「マスコミが無視する事実」安倍政権の"側用人"は民主党政権でも官邸官僚だった

プレジデントオンライン / 2021年1月2日 9時15分

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菅政権は「安倍政権の継承」を謳っている。その外交政策はどのようなものになるのか。外交ジャーナリストの手嶋龍一氏と作家の佐藤優氏の対談をお届けする――。

※本稿は、手嶋龍一・佐藤優『菅政権と米中危機 「大中華圏」と「日米豪印同盟」のはざまで』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■「安倍政権の外交政策を一言で説明せよ」と言われたら…

【佐藤】対中国政策は菅政権のアキレス腱になる可能性があると思っています。「自由と繁栄の弧」構想は、第二次安倍政権の途中までは継続されてきたと考えています。

【手嶋】ということは、安倍政権は、7年8カ月の間に外交政策の舵を途中で切ったとみているわけですね。

【佐藤】そうです。ですから、「安倍政権の外交政策を一言で説明せよ」と言われても返答に窮してしまいます。

【手嶋】そうだとすれば、建前として「安倍政権の継承」を謳う菅政権が、いったい何を引き継ぎ、どこを捨てるのか。菅外交の今後にも関わる重要な話になりますね。

【佐藤】「自由と繁栄の弧」に象徴される安倍外交は、民主主義の価値観を前面に押し立てた外交なんです。自由や民主主義、基本的人権、市場経済といった普遍的価値に依拠しながら、外交政策を立案し、大胆に実行していったわけです。

【手嶋】「日米基軸」「アジア諸国との友好・善隣」「国連中心主義」といった総花的な従来の日本外交からすれば、随分とエッジが効いたものになっていますね。

【佐藤】しかし裏を返せば、普遍的価値を共有できない中国など権威主義的な国家は力で封じ込めていく外交政策に他なりません。結果的に、日本と中国、ロシアとの関係は冷え込んでいきました。ロシアに関して言えば、対ロ強硬派の原田親仁氏(前ロシア大使)が政府代表として北方領土交渉にあたったのですが、袋小路に入ってしまった。前期の外交は、手詰まり感が顕著になったと私は見ています。

■安倍官邸が行った「外交機関」のリシャッフル

【手嶋】そうした手詰まり感もあって、安倍外交は新たに舵を切ったと佐藤さんは見立てているわけですね。さて、どのようにして転換を図ったと見ているのですか。

【佐藤】ズバリ、「安倍外交機関」のリシャッフルです。後期の安倍官邸で外交政策に大きな力を揮ったのは、今井尚哉首席秘書官兼補佐官、それに内閣情報官から国家安全保障局長となった北村滋氏のふたりでした。

【手嶋】日本のメディアでは、このふたりは、安倍総理の側用人のように書かれていますが、総理に個人的に仕える秘書的な存在ではなく、「安倍機関」の主要なパートを受け持つ公人という位置づけですね。

【佐藤】その通りです。このふたりは、「安倍機関」の不可欠な一員として、国家に仕えている官僚であり、権力を私物化しているのではない。その対極にいる官邸のプレーヤーだと見るべきでしょう。

■民主党政権から一貫して官邸にいる人材

【手嶋】安倍政権は、右派のイデオロギー色が濃いこともあって、民主党と縁の深い人材は登用しなかったと思われがちです。現に藪中三十二(やぶなか みとじ)元外務次官などは民主党政権に仕えた人として安倍政権ではまったく登用されませんでした。しかし、ちょっと意外な事実なのですが、安倍総理から重要な役割を任されている人材のなかには、民主党政権から一貫して官邸で仕事をしている人たちがいます。

その筆頭が北村滋内閣情報官(当時)で野田佳彦内閣に仕えています。さらに内閣府で宇宙を取り仕切っている宇宙政策委員会の葛西敬之(JR東海名誉会長)・松井孝典(東大名誉教授)の正副委員長コンビもそうです。ちなみに、菅総理は、北村氏はむろん、葛西、松井の両氏も、引き続き「菅機関」の重要メンバーとして引き継いでいます。

【佐藤】ええ、その点では、今井氏は資源エネルギー庁の次長として、民主党政権で東日本大震災後のエネルギー供給確保に奔走していました。今井氏は、菅官房長官としばしば対立したこともあって、官邸には内閣官房参与として残りましたが、影響力は限定的です。

北村氏や今井氏は、選挙という民主的な手続きで国民から選ばれた時の政権に仕えているのであり、総理個人に奉職しているわけではないという意識を持っているんだと思います。まさしく「首相機関」たるゆえんです。

■米中対立の板挟みになっている日本

【手嶋】安倍政権の後期に入ると、外交分野ではまず日中関係に変化があらわれました。日中平和友好条約の締結からちょうど40周年に当たる2018年10月、安倍総理は、じつに7年ぶりに中国を訪れ、習近平国家主席ら中国側首脳らと会談しました。釣魚台で催された歓迎の宴は、それまでの冷たい日中関係を考えると意外なほど温かい雰囲気で行われました。

習近平主席もじつにリラックスした様子で、日中関係がよくなっていることを窺わせました。この時、習近平氏は「政治権力を目指すには、党組織に入ってそれを拠り所にせざるを得ない。中国は一党独裁なので、自分は中国共産党に入ったが、アメリカに生まれていれば共和、民主いずれかの政党に入ったことだろう」と発言して、陪席していた中国側の要人を戸惑わせました。

この時、安倍総理が「では日本に生まれていれば自民党に入ったんですね」と応じて笑いを取ったほどに和やかな雰囲気でした。習近平主席が日本へ招待されたのもこの時でした。「桜の咲くころに」と応じたといいます。

卓上の日章旗と五星紅旗
写真=iStock.com/MicroStockHub
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【佐藤】20年4月に予定されていた習主席の国賓としての来日は、新型コロナの影響で延期になりましたが、もし実現していれば政治文書も交わされ、日中関係の安定ぶりを世界にアピールしたはずです。

【手嶋】日本の外交当局は、アメリカ政府には、かなり念を入れてこの訪中の様子をブリーフィングしたのですが、トランプ政権内の対中強硬派の受け止めは冷ややかでした。米中の対立が険しくなっているなかで、「習近平の微笑」は、日米同盟に楔(くさび)を打ち込もうという意図が見え見えだと受け止めたからでしょう。日中の関係改善を喜んでいる節は窺えず、その基調はいまに至っています。

■日本とロシアの関係は錯綜している

【佐藤】菅内閣が取り組まなければならない日中関係もかなり難しいのですが、日ロ関係は、それ以上に入り組んで厄介です。

【手嶋】日本を代表する「クレムリン・オブザーバー」である佐藤優さんがそういうのですから、日本とロシアの間柄は相当に錯綜しているのでしょう。

地図のロシアにロシア国旗のピン
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手嶋龍一・佐藤優『菅政権と米中危機 「大中華圏」と「日米豪印同盟」のはざまで』(中公新書ラクレ)
手嶋龍一・佐藤優『菅政権と米中危機 「大中華圏」と「日米豪印同盟」のはざまで』(中公新書ラクレ)

【佐藤】安倍総理の突然の辞任を受けて、ロシア大統領府のペスコフ報道官は「非常に残念だと思っている。安倍氏の後任が露日関係をさらに発展させることを期待している」と述べましたが、日ロ関係がかなり厳しいことを暗に認めています。その一方で、ペスコフ報道官はイタル・タス通信に「プーチン大統領と安倍氏の間には、仕事を成し遂げるための輝くような関係があった」と最大限の賛辞を送り、後継者にプーチン大統領と良き関係を築いてほしいとシグナルを発しています。

【手嶋】プーチン政権からのメッセージを単なる外交辞令と受け取るわけにはいきませんね。

【佐藤】そうだと思います。安倍総理が辞意を表明した3日後、安倍・プーチン電話会談が行われました。そこでも領土問題を解決する大切さが強調され、両首脳は今後も平和条約交渉を継続することが重要だと確認しています。

私が得ている情報ですと、安倍総理はその時、「1956年の日ソ共同宣言を基礎に平和条約交渉を加速する」と述べ、2018年11月の「シンガポール合意」に言及しました。日ロ双方の外交努力で国境線を画定しようと念を押したのではないかと思います。

■「日ロの平和条約交渉」を動かす時だ

【手嶋】この安倍・プーチン電話会談は、型通りの退任のあいさつのように見えますが決してそうではありません。ロシア国内の対日強硬派は、領土の割譲を禁止する憲法改正を踏まえて、日ロの平和条約交渉にすら否定的な動きを見せていました。こうしたなかで、プーチン大統領自身が、平和条約交渉の継続を確認したのなら、菅政権もそうした両首脳の意向を受け継いで、平和条約を取りまとめ、歯舞群島と色丹島の引き渡しに望みをつなぐことが可能となります。

【佐藤】ええ、対ロ交渉では、菅政権は先の「シンガポール合意」に沿って、対ロ外交を淡々と、そして粘り強く進めていく方針を明確にしています。この点については9月29日に行われた菅総理とプーチン大統領の電話会談でも両首脳が確認しています。ずっと動かなかった日ロの平和条約交渉を動かすべきでしょう。そのためには、過剰な理念など必要ではない。時として有害ですらある。安倍政権は身をもって、こうした教訓を残したとも言えます。

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手嶋 龍一(てしま・りゅういち)
外交ジャーナリスト、作家
9・11テロにNHKワシントン支局長として遭遇。ハーバード大学国際問題研究所フェローを経て2005年にNHKより独立し、インテリジェンス小説『ウルトラ・ダラー』を発表、ベストセラーに。『汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師』のほか、佐藤優氏との共著『インテリジェンスの最強テキスト』など著書多数。

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佐藤 優(さとう・まさる)
作家・元外務省主任分析官
1960年東京都生まれ。作家・元外務省主任分析官。英国の陸軍語学学校でロシア語を学び、在ロシア日本大使館に勤務。2005年から作家に。05年発表の『国家の罠』で毎日出版文化賞特別賞、翌06年には『自壊する帝国』で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『修羅場の極意』『ケンカの流儀』『嫉妬と自己愛』など著書多数。池上彰氏との共著に『教育激変』などがある。

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(外交ジャーナリスト、作家 手嶋 龍一、作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)

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