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「会社員の1割は仕事をしていない」日本経済を苦しめてきた"社内失業者"という大問題

プレジデントオンライン / 2021年1月3日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/airdone

先進国のうち実質賃金が上がっていないのは日本だけだ。なぜ日本は「貧しい国」になってしまったのか。経済評論家の加谷珪一さんは「会社員の1割は仕事をしていない。そうした社内失業者の存在が日本経済を低迷させている」という――。

※本稿は、加谷珪一『貧乏国ニッポン ますます転落する国でどう生きるか』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。

■なぜ企業は「設備投資」を増やさなかったのか

「失われた20年」を終わらせようと、2012年から始まったアベノミクス。主要な政策である量的緩和策というのは、日銀が大量に国債を購入して大量の貨幣を供給し、市場にインフレ期待を発生させるというものでした。インフレ期待が醸成されると、本来であれば金利が上昇するはずですが、日銀が国債を買い続けるので金利は上昇しません。

そうなると、名目金利から物価上昇率(この場合は期待インフレ率)を差し引いた実質金利が低下し、企業の設備投資が促されて、これが経済成長の原動力になるという仕組みです。金利が低下すると設備投資が拡大し、これがGDPを増やすというのは、マクロ経済における基礎的な理論であり、特段、目新しいことではありません。

しかし、期待したような成果が上がっていないことから、世の中では物価上昇が進んでいないことを問題視する意見が多いのですが、重要なのはそこではありません。インフレ期待が生じたにもかかわらず、企業の設備投資がまったく促進されなかったことが問題なのです。

実質金利が低下したにもかかわらず、設備投資が増えなかったということは、そこには何らかの理由が存在するはずであり、ここを明らかにしなければ、正しい処方箋を導き出すことはできないでしょう。

■悲観的な見通しで設備投資をしない経営者

企業の経営者はなぜ金利が下がっているにもかかわらず、設備投資を増やさなかったのでしょうか。その理由として考えられるのは、今後の市場環境に対する悲観的な見通しです。

日本では多くの経営者が、日本経済の将来を悲観視しており、市場が縮小すると考えています。このため設備投資がムダになるリスクを恐れて、金利が低下しているにもかかわらず、何も投資しないという状況が続いているのです。

日本の組織は制度疲労を起こしているとよく言われますが、組織というものは経営者がその権限を使っていくらでも変えることができます。日本の組織が制度疲労を起こして動けなくなっているというのは、経営者が機能不全を起こしていることと同義です。

日本では長期にわたって不景気が続いているせいか、企業の経営者が先行きを不安視し、現状維持を優先していることについて当然視する雰囲気がありますが、これは世界的に見るとかなり異様な光景といってよいでしょう。

企業の経営者というのは、社会的地位が高く、報酬も高額であり、何より会社の経営戦略や組織を変える絶大な権限を持っていますから、自他共に能力が高いと認める人だけが就くべき仕事というのが諸外国における一般常識です。

つまり企業経営者は選び抜かれた社会のエリートですから、いかなる環境でも一定の成果を出し続ける自信と能力がなければ、そのポストに就くべきではありませんし、会社の所有者である株主もそうした人物でなければ就任を認めてはいけません。ドイツでは、債務超過を放置した経営者は処罰されるという厳しいルールも設定されていますが、日本ではまるで状況が異なります。

■非常に自信がある経営者11%。主要国ビリ

コンサルティング会社のPwC Japanグループが行ったCEO(最高経営責任者)に関する国際比較調査の結果はかなり衝撃的です。

今後1年間における自社の成長について非常に自信があると回答したCEOは、日本ではわずか11%で主要国ではもっとも低い結果となりました。自信があると回答したCEOの比率は、過去8年にわたって毎年、世界平均を大幅に下回っており、日本の企業トップの自信のなさが顕著となっています。

今年12カ月の自社の成長見通しについて「非常に自信がある」と回答した割合
出所:PwC Japanグループのプレスリリース

絶大な権限を持っているにもかかわらず、自社を成長させる自信がないと考える人物が組織のトップに立っているわけですから、企業が成長できるわけがありません。

■経済が上向かないのは政府のせいじゃない

日本では政府の政策が経済動向を決定すると考える人が多いのですが、これも正しい認識とはいえません。

経済動向を決定するのは消費者に製品やサービスを提供する企業や、こうした企業から商品を購入する消費者の力であって、政府はそれを側面支援する役割に過ぎません。経済主体のひとつである企業の経営者がこのような状況では、日本が成長しないのも当然の結果なのです。

日本はこれから人口が減っていきますから、このままでは市場が縮小する可能性が高いと考えられます。しかし企業には、より儲かるビジネスにシフトする、海外でビジネスを展開する、M&Aで規模を拡大するという選択肢があり、それを実現するために設備投資資金が存在します。

加えて、こうした難易度の高い投資を実現する能力や胆力を持っているからこそ、企業経営者は高い報酬と社会的地位が約束されているのです。

■サラリーマン社長は一掃すべき

ところが日本では、いまだに年功序列による内部昇格でトップに就く経営者が多く、十分な適性を持たない人物が企業の舵取りをしているケースが多く見られます。日本経済を本当に成長させたいのであれば、有能な人材を経営者に据えるという社会的コンセンサスを一刻も早く確立する必要があると筆者は考えます。

ノートパソコンを前にちんぷんかんぷんだと両手を広げるシニアのビジネスマン
写真=iStock.com/deeepblue
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/deeepblue

硬直化している日本企業の経営環境を改善すれば、多くの企業が、国内市場を生かした付加価値の高いビジネスモデルに移行できるはずであり、それが実現すれば、日本経済は再び、自律的な成長モードに回帰できます。

■経営者にやる気があれば組織はすぐに変わる

日本はボトムアップ型の企業文化なので、経営者が組織を変えるのは難しいという指摘もありますが、これについても疑ってかかる必要があるでしょう。

新型コロナウイルスによる感染拡大が本格化した2020年1月、国内ネットサービス大手のGMOインターネットは、感染から従業員を守るため、他の企業に先がけて国内従業員の9割にあたる4000人を在宅勤務させました。

在宅勤務で働く若い女性
写真=iStock.com/SetsukoN
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SetsukoN

他の企業の決断がかなり遅れたことを考えると、同社の実行力には目を見張るものがありますが、在宅勤務になかなか踏み切れなかった他企業の社員は、同社の社員よりも著しく能力が低いのでしょうか。そんなことはないはずです。

同社が瞬時に在宅勤務に移行できたのは、経営トップのリーダーシップによるところが大きく、GMOにおけるこの事例は、有能な人物を経営者に据えれば、組織は劇的に変わるということを如実に示しています。

もし多くの企業で有能な人物をトップに据え、強いリーダーシップを発揮させることができれば、ほぼ確実に従業員の賃金は上昇し、それによって日本の消費は大幅に拡大するでしょう。その理由は以下の通りです。

近年は経営学が高度に発達し、どのように経営すれば高い付加価値を得られるのか(つまりどうすれば儲かるのか)という方法論はほぼ確立しつつあります。

一部からは弊害を指摘する声も聞こえてきますが、それでも諸外国において、経営学の定石にしたがって意思決定を行う人物をトップに据えるケースが多いのは、こうした方法論を活用すれば、特殊なカリスマ性がなくても、ある程度までなら適切に企業をマネジメントできるからです。

実際、大規模な赤字を垂れ流していたシャープやソニーといった企業は、経営者が変わっただけで、あっという間に業績を回復させることができましたが、ソニーを立て直した平井一夫氏やシャープ再建を託された台湾鴻海精密工業出身の戴正呉氏は何か特別なマジックを使ったわけではありません。彼等は経営学の定石にしたがって、淡々とトップとしての役割を果たしたに過ぎないのです。

■400万人も無駄遣いしている

多くの日本企業において、こうした有能な人物がトップに就任すれば、事業内容を見直し、付加価値が低く薄利多売となっている事業を整理する一方で、付加価値が高く、今後の成長が見込める分野への投資を強化していくことでしょう。仮に組織内に抵抗があったとしても、有能な経営者であれば改革を断行するはずです。

そうなると、組織内における人材のミスマッチがより顕著となり、人材が過剰となっているところから、人材が足りないところへの移動が促進され、社会全体で雇用の流動性が高くなるはずです(つまり転職が活発になります)。

実は現時点においても、日本の企業組織には、事実上、社内で仕事を見つけられない、いわゆる社内失業者が400万人も存在しているといわれます(リクルートワークス研究所調べ)。これは企業に雇用されている正社員の1割にも相当する話であり、日本は壮大な労働力の無駄遣いをしているのです。

■社内失業者を整理すれば生産性は上がる

各国の労働生産性を比較すると、驚くべき事実が分かります。

日本はドイツや米国など生産性の高い国と比較して、同じ金額を稼ぐために1.5倍の人数を投入しています。日本人の労働者は米国人やドイツ人よりも著しく能力が低く、1.5倍の人数を投入しないと同じ仕事ができないのでしょうか。

そうではありません。

つまり1.5人のうち0.5人は、事実上、仕事をしていない状況であり、まさに先ほどの社内失業状態になっている可能性が高いのです。つまり日本全体で見た場合、かなりの労働力を無駄に捨てており、これを解消するだけでも劇的な効果が得られます。

理屈上、社内失業している400万人がいなくても、会社の業務は回るわけですから、この人材が他の事業に従事すれば、そこで所得を得ることができ、日本人の所得の総額が増えます。しかも、ひとつの事業に従事する社員の数が減りますから、当然の結果として平均賃金は上昇していきます。

つまり事業を最適化して、生産性を上げれば、おのずと賃金は上がっていくのです。賃金が上がると、消費が拡大しますから、企業業績は上向き、これがさらなる賃金上昇をもたらすというプラスの循環が生まれます。

■経営者は「儲かるビジネス」に注力せよ

企業が儲かるビジネスばかりに注力したら、付加価値が低いビジネスを担う企業がなくなってしまうと主張する人がいますが、そんな心配はまったく必要ありません。

例えば、ある企業の一部門に1000人が雇用されており、経営者の判断によってこの部門からの撤退が決断されたとします。その部門が作っていた製品やサービスに対するニーズがゼロであれば話は別ですが、実際にはそんなことはなく、ニーズはあるものの利益率が低いことが撤退の理由なはずです。

加谷 珪一『貧乏国ニッポン ますます転落する国でどう生きるか』(幻冬舎新書)
加谷 珪一『貧乏国ニッポン ますます転落する国でどう生きるか』(幻冬舎新書)

もしそうであれば、撤退した部門を競合となる企業が買収したり、従業員を引き取るといった形で事業そのものは継続される可能性が高いでしょう。部門を引き受けた会社の従業員数が1000人だった場合、一気に事業規模が倍になりますから、市場でのシェアが上がり、顧客に対して強気の価格設定ができるようになります。シェアが拡大した企業の付加価値は上昇しますから、従業員の賃金もやがて上昇していくでしょう。

つまり、ある企業が儲からない事業から撤退した場合、その事業が消えるのではなく、買収や合併などを通じて、それは儲かるビジネスへと変貌を遂げるのです。

近年、業績が好調であるにもかかわらず希望退職を募る企業が増えています。こうした動きは企業の組織再編が進み始めている象徴といってよいでしょう。

したがって、企業経営者というのは、常に儲かるビジネスに専念するという方針を愚直に進めればよく、結果的にそうした行為は従業員の賃金上昇につながっていきます。この愚直な施策を徹底して実行できるかどうかが、経営者としての腕の見せ所なのです。

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加谷 珪一(かや・けいいち)
経済評論家
1969年宮城県生まれ。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村証券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。その後独立。中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行うほか、億単位の資産を運用する個人投資家でもある。

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(経済評論家 加谷 珪一)

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