「デジタル庁創設でも期待薄」霞が関のデジタル化が進まない本当の理由

プレジデントオンライン / 2020年12月25日 11時15分

デジタル・ガバメント閣僚会議で発言する菅義偉首相(右)。左は平井卓也デジタル改革担当相=2020年12月21日、首相官邸 - 写真=時事通信フォト

■多くの関係者を驚かせた「全国一律」の一時停止

菅義偉首相は12月14日、「Go To トラベル」を全国一律に一時停止すると発表した。専門家が集まる政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会は、東京都などの感染拡大が目立っていた地域発着の旅行を対象から除外するように求めており、一部地域の一時停止は予想されていたが、「全国一律」というのは多くの関係者にとって驚きだった。

報道では、国土交通省関係者の話として「菅首相が12月14日午後6時半過ぎに発表した時点では、観光庁の課長級には全国一律の停止の方針は伝わっていなかったとみられる」としており、担当の観光庁ですら寝耳に水の決定だったようだ。

いったい誰が菅首相に「全国一律」の一時停止を進言したのか。多くの関係者は首相補佐官の和泉洋人氏だろうとみる。和泉氏は国交省(旧建設省)の出身で、安倍晋三内閣発足直後の2013年1月から補佐官を務めてきた。

安倍政権時代の官邸官僚としては首相補佐官兼秘書官だった今井尚哉氏が絶大な力を握っていると言われてきたが、和泉氏は当時から官房長官の菅氏に近いとされていた。菅氏が首相になって、首相を支える存在になっている。

■政治主導で動く「Go To トラベル」

和泉氏が「全国一律」一時停止を主導したとすれば、出身母体の国交省が知らないわけがなさそうなものだ。ところが、観光庁長官の蒲生篤実氏と和泉氏ら官邸官僚は意思疎通ができていない、という。

というよりも、蒲生氏が国交省でも総務畑や企画畑が長かったこともあり、観光行政に明るくないことから、官邸が相手にせず、当初から「Go To トラベル」は官邸主導、政治主導で動いているという事情がある。

10月に宿泊予約サイトで割引率が下がる問題が発生したが、この時も観光庁は旅行業者からの苦情を放置し、国交相や官邸に報告しないという失態を演じた。その時も和泉氏が問題を把握したのは旅行業者に関係する別の省庁OBからの情報だったとされ、観光庁は和泉氏の信頼を完全に失っている。そんな「人間関係」が菅首相の「目玉政策」の変更決定で、観光庁が蚊帳の外に置かれる原因になったとみられる。

■霞が関官僚の深夜勤務が常態化している

たまらないのは政策を実行する現場の官僚たちだ。突如、全国一律となって、キャンセル料の扱いや事業者へのキャンセル分の補償などの細部の決定に忙殺された。12月15日午前中に赤羽一嘉国交相が詳細を発表するまで、まさに徹夜での調整作業が進められた。

「働き方改革」が求められる中で、霞が関官僚の深夜勤務は常態化している。そのほとんどが政治家に「振り回されている」結果だ。菅内閣発足時に、文部科学省の新しい副大臣と大臣政務官計4人の初登庁が深夜になり、職員ら100人以上が待機して出迎え、日付が変わってからの記者会見があったため、職員が未明まで対応に追われたことが話題になった。

夏の国会議事堂
写真=iStock.com/Boomachine
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Boomachine

副大臣の「出迎え」は論外としても、夕方の本来の退庁時間になって政治家からの指示が来て、翌朝まで作業に追われるケースは珍しくない。翌日の国会答弁の準備に追われる姿などはよく知られた光景だ。災害対策など本当の緊急事態の時は別として、なぜ深夜の仕事がなくならないのだろうか。

■「人と人のつながり」で情報が伝わる仕組み

ひとつは霞が関では、「情報の共有」が今でも「属人的」に行われていることだ。人と人のつながりで情報が伝わるが、いまだに電話が主流で、組織的に一斉メールやSNSが情報伝達手段として使われることはない。

幹部官僚は首相官邸や他省庁の幹部たちと個人的にパイプを築き、情報を得る。その多彩な情報源を持つ幹部が重用され、出世していくという傾向も強い。Go To トラベルの一律一時停止の情報を観光庁が早い段階でつかめなかったとすれば、そうした人間関係ができていなかった、ということに、今の仕組みではなるわけだ。

逆に言えば、政策がどこで実質的に決まっているかが見えない、ということになる。日本学術会議の議員の任命拒否問題で、誰がどの段階で6人の任命拒否を議論し、どういうプロセスで決めたのか、国会質問が繰り返されてもいまだにはっきりしない。それは意思決定の実質的なプロセスが決められておらず、幹部官僚や大臣の「裁可」が形式的な儀式になっているため、誰が本当に決めたのかが見えないのだ。情報の共有と決裁フローの明確化、上場企業ならば当たり前のガバナンスの仕組みが欠如しているとも言える。

■「デジタル庁」は業務フローを変えられるか

菅首相が目玉として掲げる「デジタル庁の新設」の成否は、こうした仕組みをデジタル・ツールを使って整理できるかどうかにかかっているとも言える。菅首相の言葉で言えば「縦割り行政の打破」ということになるが、省庁の壁を越えて情報が共有され、明確なプロセスで政策案を決定していくことが、実はデジタル化の本質なのだ。いわゆるDX(デジタル・トランスフォーメーション)である。

デジタル庁は、2021年の秋に向けて設置準備が進んでいるが、霞が関の仕事の仕方、業務フローを変えられるかどうかが焦点になる。12月22日に自民党政務調査会のデジタル社会推進本部が、デジタル庁の業務について「提言」をまとめ、菅首相に申し入れを行った。その中にも、霞が関の仕事の仕方について触れた部分がある。

「公務員の労働環境におけるIT投資は、職員の意欲と能力を最大限に引き出し、ひいては社会全体の生産性の飛躍的な向上にもつながる投資であることを再認識すべきである。また、業務改革・デジタル化への理解を深め、その考え方の下、働き方改革やワークライフ・バランス等の方針にも沿った形で業務を遂行するための必須条件でもある。さらに、多様で柔軟な働き方の実現(在宅勤務、モバイルワーク、フレックスタイム、フリーアドレスオフィス、ウェブ会議の活用促進)、ペーパーレス化、非対面化、文書管理の効率化、内部事務作業の効率化、内部共通事務のシステム化を進めることで、従来の業務工程の刷新を図ることが必要である」

メールマーケティングの概念
写真=iStock.com/anyaberkut
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/anyaberkut

■メールやSNSを使わない理由は「セキュリティー」だった

民間企業ならば当たり前のことだが、改めてデジタル化の意義を示すところから始めないと、霞が関は変わらないという事情が伺える。

さらに具体策が並んでいるが、そのいくつかを抜き出してみよう。

・チャット等コミュニケーションツールの整備
・資料等を同時編集可能なコラボレーションツール
・国と地方公共団体との連絡等を一元的に行う行政情報連絡ポータル
・組織によってバラバラに設定されている職員ID、業務ID等の統一化、共有化
・霞ヶ関の深夜勤務の要因となっている国会答弁作成を効率化し、様式の微調整や印刷等を不要とするweb上で完結可能な答弁作成ツール

メールやSNSを使わないのは「セキュリティー」が理由とされてきた。自宅に持ち帰れるパソコン端末がごく少数のため、霞が関の幹部官僚は基本的に在宅勤務ができない。メールでパスワード付きファイルを送り、パスワードを別送する方法が長年採られてきた。これも今やメールのセキュリティー技術の進歩からほとんど意味がないにもかかわらず、慣例として定着していた。さすがに11月末に平井卓也・デジタル改革担当相が内閣府、内閣官房で廃止することを発表した。

■「プリント→押印→PDF化」という笑えない業務フロー

デジタル化と言いながら、霞が関の役所では少なからず、パソコンで作った文書をプリントアウトして押印し、さらにスキャナーで読み込んでPDF化するといった笑えない業務フローを実践している。押印の廃止、というのは実はこんなところから出てきている話なのだ。

前述の提言で導入すべきだと指摘された「ツール」は民間ならば「常識」とも言えるものだろう。だが、問題は、霞が関の官僚たちの意識改革ができるかどうかだ。いまだに「情報」を握ることが「権力」を握ることだと考える政治家や幹部官僚は少なくない。情報ツールの活用で組織がフラットになれば、事務次官や局長の「権威」が低下すると考える官僚たちは、デジタル庁によって仕事の仕方が変わることに抵抗するに違いない。

パソコンやSNSを駆使する政治家は増えてきたが、国会にはテレビ会議が可能な部屋が参議院に1つしかないと言われる。「デジタル庁設置」によって霞が関の仕事の仕方が変わり、行政の生産性が劇的に変わるかどうか。菅内閣の真価が問われる。

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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)
経済ジャーナリスト
1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。

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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)

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