東浩紀「これからの知識人は"もの書き"より"話し手"に変わっていく」
プレジデントオンライン / 2021年1月2日 11時15分
■人は「文章に」ではなく「人に」お金を払いたかった
【東】これまでも人はコンテンツではなく、人間にお金を払ってきたんだと思うんです。ライター、言論人、なんでもいいんですが、みんな自分たちを「もの書き」だと思ってきた。なぜならば、いままでは文章を書くしか方法がなかったから。でも、人がお金を払いたかったのは「文章に」ではなく「人に」なんですよ。その意味で、しゃべるとか、動画っていうのはすごく向いてるんですよね。
文章の役割がなくなったということではけっしてないんだけど、すごい昔に戻れば、知識人だって街頭でしゃべる人間であって、文筆を生業としているわけではなかった。近代、新聞とか雑誌のシステムが普及していくなかで知識人は文章を書く人になった。そう考えると元の状態に戻ってるんじゃないかとも思うんですよね。こいつおもしろいぞっていう部分をいかに効率よく世界に届けていくか。
そのベースで集めたお金で取材したり、時間を作って文章を書いてもいいし、もっとおもしろいことやってもいいんだけど、とにかく人間力でお金を集めるプラットフォームみたいなことを考えてるんですよね……うわ、「人間力」とか言っちゃったよ。
——ダハハハハ! でも、たしかに東さんのしゃべりの動画を観たら課金したくなるんですよ。
■徐々に「価値の変動」を起こすのがホントの社会改革
【東】ありがとうございます。そこが大事で、そういうことについていまのインテリ層は軽視しすぎというか。「そうじゃなくて俺は文章だけでカッコよくいくから」みたいな、そういうこと考える人が多いんですよね。たしかにそういうことができる人も一定数いるけど、それは少数ですよね。人間力でやったほうが広がりがある。
じつはアーティストもそうだと思いますよ。アートでもそうだし、ぼくのような哲学でもそうなんだけど、「こいつがやってること最初はよくわからなかったけど、だんだんわかるようになってきたぞ」っていうプロセスがけっこう大事なんですよ。アートって最初に出てきたときはよくわからないわけですよ、「これなんだ?」と。でも、だんだん魅力がわかっていって、いつの間にか世の中の価値が変動するということが起こる。
それは哲学も同じなんですけど、その価値の変動を起こすためには時間がかかるじゃないですか。その時間を引っ張るのに使えるのが人間力みたいなもので。こいつのやってることはよくわからないけど、なんかすごいことやりそう、みたいな感じで時間を稼ぐ。『ゲンロン戦記』にも書いたように、そのあいだに徐々にひとの価値観を変えていくのが啓蒙というか、ホントの社会改革だと思うんですよね。
——人間力でわかりにくいことを徐々に飲み込ませていく。
■「時間稼ぎ」を軽視して、条件反射だけですべてが判断される
【東】政治家もホントはそういうものだと思います。ビジョンって最初はわかってもらえないわけですよ。けれどもこいつはもしかしたらすごいじゃないか、という感じで金を集めて活動して、20年ぐらいたってから、「そういうことだったか!」となる。その時間稼ぎが人間力だと思うんですよね。
いまの世の中はそういう時間稼ぎをすごく軽視してて、「いま私はこういう政策を実現します」みたいになっている。そして「そうだ、みんなが求めてる!」「いや、それは求めてないぞ!」みたいな条件反射だけで、政治家も判断されるし言論人も判断されるしアーティストも判断されるようになっちゃってる。それをちょっと変えたい。時間稼ぎのための人間力。
——あとで伝わればいい。
【東】そう、あとで伝わればいい。その「あとで」が難しいんですよ、いまの時代は。いまこの瞬間ジャッジされちゃうから。
■「現代思想っぽいもの」はほんとうは哲学とも関係がない
【編集部】たとえば東さんに対して、しゃべりよりも執筆に専念してほしい、もっとテキストに向き合ってほしいという声もあるように思います。
【東】ありますね。でも、そもそもそういう人たちは「現代思想っぽいもの」を書いてほしいみたいなことでしかないんですよ。それはそれで、ああいう文章を読みたい、ああいうカッコいいカタカナがいっぱい並んでるのを頼む、みたいなことでしかないから、それはほんとうは哲学とも関係がないし、べつにぼくがやりたいことでもない。
真剣に考えたらだれでもそうだと思うけど、自分のやりたいことってよくわからないものなんですよね。何をやりたいかを発見するためにも時間が必要で、それを迷いながらみんな生きてる。何が言いたいかっていうと、そういう要求を他人に対してする人というのは、ぼくに限らず人間とは何かがあまりわかってないんじゃないかっていう気がするんですよね、根本的に。
——人間的な東さんに興味がないんですかね。
【東】結局のところぼくはぼくでいろいろ悩んでるわけですよ。悩んで何かを探しているわけです。それに対して、「いや、君はもっとここに力を注いだほうがいよ」とか言うのって、おまえの人生じゃないんだし、みたいなところがある。
もっとふつうに答えると、ぼくの哲学っていうのはゲンロンの実践というか、こういう人生とセットになってるし、ぼくがもしこういうことをやらないで執筆を続けていたら、それこそたぶんどっかの段階で全部飽きて、何もものを書かなくなったと思うんですよね。
■文系の研究者はもっと大学の外と触れたほうがいい
【東】この10年、大学とか出版のなかにいたときとはぜんぜん違う人たちと出会っていろんな経験を積んだことによって、いまぼくは想像できる読者の広がりがぜんぜん変わっている。だから文章も書ける。そうじゃなかったら、大学とか批評が好きな人たちだけ相手にしてる文章なんてパターンが限られてるし、それこそ書かなくなったと思うんですよ。
だからぼくからすると、いまの大学の先生たち、特に文系の大学の人たちっていうのは、もっと大学の外と触れたほうがいいと思うんですよね。そうじゃないとすぐ行き詰まってやることがなくなっちゃう。
——いま順調に啓蒙はできてると思いますよ。あきらかに東さんのことを知らなかった人が東さんのしゃべりを聴いて人に興味を持ってっていう段階は間違いなくクリアできてて、それで本を読んでみる人がいるから、この本も売れてるんだと思います。
【東】それはうれしいことです。
——久田(将義)さんみたいな真逆な人と絡むことで。
【東】久田さん、ぼくとまったくちがうひとだからね。話も、いつも合ってるんだか合ってないんだかわかんない(笑)。
——それなのに酔っ払って5時間とか平気で話すじゃないですか。あれをやればアウトローにしか興味ない人にも引っ掛かるんですよ。
【東】ぼくはなぜか昔から妙にアウトローの人たちに好かれるという特徴があって、「君はインテリだけど男の心がわかってるね」みたいな雰囲気になりがちなんです(笑)。
■現実の人間社会では「人間力」が決定的に大事
【編集部】書籍の冒頭に「ゲンロンは、学会や人文界の常識には囚われない、領域横断的な『知のプラットフォーム』の構築を目指しています」と書かれています。学会や人文界、さらに出版業界も「話すこと」を軽んじるのが常識になっていたと感じます。
【東】人間社会って誰がしゃべるかっていうことがすごく大事なんですよね。自然科学の世界では誰がしゃべるかってことは関係ない。事実は事実。でもそれは人間社会を相手にするときは通用しない。それなのに、要は文系の理系コンプレックスというか、理系的な考え方でやるのがすべて正しいっていう素朴な思想が文系にも入り込んでるよ。
だから「人間力で突破」というと、まったく知的なことではないように聞こえる。知的なことは誰がしゃべっても関係ない、事実は事実であり真実は真実なんだ、とみんなが思い込んでる。だけど、現実の人間社会はそう動いてないんですよ。人間社会を動かす知のあり方をリアルに考えたら、やはり誰がしゃべるかみたいな、人間力みたいなところが決定的に大事なんですよね。
——結局は人の問題だってことですね。
■「文系の学者はいらない」といわれる意味を考えたほうがいい
【東】たとえば今回の日本学術会議の問題でもぼくが一番ショックを受けたのは、世の中が文系の学者をこんなに軽視しているということに対してですよ。日本学術会議であの6名が任命拒否されたことに対して世論は非常に冷淡だった。それに対しても文系の学者は怒っている。でもぼくは、怒るのはわかるんだけど怒ってる場合でもないぞ、と考える。こんなに冷淡だということの意味を少し考えたほうがいいんじゃないかなと。
ネットでも「文系の学者いらなくね?」みたいなことをバンバン書かれてて、世論調査でも「日本学術会議の組織見直しについて賛成」が7割とかになってる(※)。これはもう、文系の学問全体に対する社会的な信用が地に落ちていて、単に税金で飯食ってうるさい社会運動やってるヤツぐらいにしか思われてないんですよ。それこそ「現実」なんですよね。だからこそ、人間力を持った大学人が求められる。
※編註:JNN世論調査(2020年11月7日、8日)では、日本学術会議の組織見直しについて「賛成」が66%、「反対」が14%、「答えない・わからない」が20%だった。
——すごい大ざっぱなこと言ってるような気もしますけど、まあわかります(笑)。
【東】また叩かれるんだろうなあ。
——たとえば久田さんなんて人間力のかたまりじゃないですか。
【東】そうですね。
■学者の人たちは「東はどうしたんだ?」と無視するはず
——ジャンル関係なく、結局はそこですよね。今回の本は語りおろしですけど、ふつうに書いた本より評価が下がったりするんですかね。
【東】評価も何も、今回は学者の人たちは「東はどうしたんだ?」って感じで無視だと思います。ぼくだって、他人がこんな本を出したらそう思いますよ。「どうしたんだ? まず顔が表紙じゃないか、おかしいだろ」と。
——その客観性はあるんですね(笑)。
【東】あるある。いちおう言っておくと、ぼくは反対したんですよ。でも編集部が「いいんだ、これなんだ」と。帯の「三国志のように面白い」ってフレーズもやめたほうがいいんじゃないかって言ったんだけど、「いや、『三国志』とか出すと中央公論の読者の心には響くんだ」と。でも、そもそも誰も言ってないじゃん。「『涙なしでは読めない』と称賛の声続々!」って、届いてないですよ、これ!
——そもそも出版前ですもんね(笑)。
【東】そう! 届くわけがない(笑)。
——ゲラを読んだ人が言ったんじゃないですか?
【東】そうじゃないんですよ! じつは、これ、ぼくが『ゲンロン戦記』出るよとニコ生やったときのコメントの声です。だから彼らも読んでない。とにかく、そういう帯だからぼくが読者だったらギョッとしますよ、「なんじゃこりゃ?」と。でも開くと意外とまともなところも言ってるんで、できれば広く手にとって欲しいと思ってるんですけどね。
——自分ならやらないことに乗っかるのも重要ですよね。
【東】そうそう、今回は乗っかりました。
■みんなもっと「マスコミ」にいら立ってると思っていた
【編集部】本のなかで「ゲンロンを強くするためには『ぼくみたいなやつ』を集めなければならないと考えていた」とおっしゃっています。「『ぼくみたいなやつ』はどこにもいない」ということに気づくまで、10年の試行錯誤が必要だったのはなぜだったとお考えでしょうか。
【東】まずぼくは、みんなもっとマスコミみたいなものにいら立ってると思ってたんですよね。ゼロ年代の頃は若い人たちも同じようないら立ちを共有してると思ってたわけですよ。だから一緒にゲンロン作ろうと思ったわけで。でも、10年たってみたらみんなべつにいら立ってたわけじゃなかったんだなと。ふつうにワイドショーに出たりラジオ局のアンカーやったり、ちゃんと社会と折り合いつけてる。ぼくみたいに社会と折り合いがつかないヤツって珍しいんだなっていうのは思いました。
あとはちょっと引いて言うと、ぼくにはいろんな限界があって、それはぼくの出自とか人生経験と関係している。ぼくは東京の郊外に育って、進学校に行ってそのまま東大に行ってるわけですよね。それが限界だとは前から思ってたんだけど、この10年でそれにすごいぶち当たったんですよ。単純に世間が狭いし、「他人」ということで想像する範囲が狭い。
そのことがわかってきて、ぼくのようなヤツがいっぱいいてもぜんぜん世の中はよくならないと思ったんですよね。俺がいっぱいいる世界って悪夢そのものであって、それはダメだ、と。そういうこともわかるようになってきた。そんなことが40代半ばになってわかるってこと自体がたいへんなことですけどね。
■「率直に話し合うのが嫌なひともいる」とようやく気づいた
——それはゲンロンでいろんな人と会うようになった結果で。
【東】ホントにそう。コミュニケーションのあり方ひとつとっても、いろんな人がいるわけですよね。ぼくにとってはズケズケ話すのがいいコミュニケーションなわけだけど、そういうのが嫌な人もいる。昔は「もっと率直に話し合おうよ!」ってばかり言っていたけど、でも、そもそも率直に話し合うのが嫌なひともいて、それはそれで性格的に向いてる仕事もあるんだなっていうことに気づくのにぼく40代半ばまでかかった。それがホントに大問題なんですけど。
——最後に、SF大会がゲンロンにここまで大きな影響を与えていたと思わなかったです。
【東】じつはそうなんですよ。SFってすごく変な世界で、ときどきSFブームってのが来るんですよね。それであいだに冬の時代がある。冬の時代は「SFって誰が読んでるの?」って状況になるんだけど、でもずっとコアな人たちは読み続けている。だからSF大会は世界のペースとは関係なく、我関せずのペースでやり続けてる。
SFの人たちは、世間の時間とはまったく関係なくSFだけの時間を持ってる。これ、けっこういいんじゃないかと思うんですよね。ときどきベストセラーが出たり世の中でブームが来たりするんだけど、関係なくSFのコアは守られている。文化って本来はこういうもので、アニメとかゲームだってそういう人がいっぱいいたから支えられてきたわけで。
——いまは巨大産業になっちゃったけど。
■ネットで検索せず、もっと自分の第一印象を大切にするべき
【東】だから、いまみたいにみんなが「Netflixは」とか「興行収入が」みたいなことばっかり言ってる世界はなんだろうなっていう気はするんですよね。吉田さんも同じ世代だからわかると思うけど、そういう意味ではぼくは古いタイプのオタクなんです。たとえばぼくは押井守が好きだったんだけど、中学校2年生ぐらいで「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」に衝撃を受けてから、押井守の話をじっくりできる仲間と出会うまでに10年ぐらいかかってると思うんですよ。
ところがいまはどんなマイナーな監督やクリエーターに出会っても、すぐ検索してすぐ仲間が見つかり、「あれ、俺の感じた衝撃と違ったのかな?」と考えてすぐ軌道修正しちゃうわけですよ。でも、昔はそこで時間稼ぎができた。インターネットがなかったんで、ずっと自分なりに考えることができたわけですよね。「俺にとっての押井とはなんだろう?」みたいな。俺の押井論みたいな。
そういうのはたいがい勘違いなわけですが、でも、そういうことを考える時間が必要だと思うんですよね。そういう勘違いが多様性を作る。いまはそれがなくなっちゃって、そこは若い人たちは気の毒だなと思うんですよね。
——どうしても見方が一定になっちゃいますよね。
【東】うん。自分の軸が固まる前に検索して調整しちゃう。だからこの作品はすごいと思っても、検索すると「たいしたことない」「前作に比べるとずいぶん落ちた」みたいなことばっかり出てくると、「あ、そういうもんなのか」って思っちゃう。あれは気の毒だと思う。もっと自分の第一印象を大切にするべきなんですよね。
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批評家・哲学者
1971年東京生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。株式会社ゲンロン創業者。同社発行『ゲンロン』編集長。専門は哲学、表象文化論、情報社会論。著書に『存在論的、郵便的』(1998年、第21回サントリー学芸賞 思想・歴史部門)、『動物化するポストモダン』(2001年)、『クォンタム・ファミリーズ』(2009年、第23回三島由紀夫賞)、『一般意志 2.0』(2011年)、『弱いつながり』(2014年、紀伊國屋じんぶん大賞2015「大賞」)、『ゲンロン0 観光客の哲学』(2017年、第71回毎日出版文化賞 人文・社会部門)、『哲学の誤配』(2020年)ほか多数。対談集に『新対話篇』(2020年)がある。
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プロインタビュアー
1970年生まれ。綿密な事前調査に定評のある「プロ」インタビュアー。タレント本収集家としても有名。著書に『吉田豪の喋る!!道場破り』『元アイドル!!』ほか。
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(批評家・哲学者 東 浩紀、プロインタビュアー 吉田 豪)
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