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経済学者の結論「少子化を止めるには児童手当より保育所整備を優先せよ」

プレジデントオンライン / 2021年1月18日 9時15分

画像=『子育て支援の経済学』

少子化対策には何が必要なのか。結婚・出産・子育てなどを経済学的手法で研究している東京大学大学院の山口慎太郎教授は「効果的な少子化対策の実施には、ジェンダー平等の視点が必要だ。いくつかの研究結果がある」という――。

※本稿は、山口慎太郎『子育て支援の経済学』(日本評論社)の一部を再編集したものです。

■日本の男性の家事・育児負担割合はわずか17%

本書では、現金給付政策、育休政策、そして保育政策といった子育て支援のための政策が出生率に及ぼす影響について理論的・実証的に論じている。分析のしやすさのために、1つひとつの政策を個別に取り上げて評価することが多いが、どの政策がより費用対効果が大きいのか、異なる政策をどのようにパッケージとして組み合わせると有効なのかといった点についてはそれほど明らかになっていない。

この記事では、そうした疑問に答えるうえで有効な視点を提供してくれる研究を紹介したい。カギとなるのは、ジェンダー平等という考え方だ。国際比較を行うと、出生率と強い関係を持つ重要な変数として、ここまで着目してきた家族関係社会支出だけでなく、「男性の家事・育児参加」がある。

やや古いデータになるが、図表1は縦軸に2000年の合計特殊出生率を、横軸に男性が行った家事・育児の割合をとっている。男性の家事割合は女性側が評価したもので、2002年の「国際社会調査プログラム(International Social Survey Programme:ISSP)」から得られた数字だ。この統計によると、どの国においても、家事・育児を行うのは女性が中心のようだ。スウェーデン、フィンランド、ノルウェー、デンマークといった北欧諸国とアメリカでは男性の家事・育児負担割合は相対的には高いものの、その水準は30%弱にすぎない。一方、日本の男性の家事・育児負担割合は調査対象国中の最低水準で17%ほどだ。この数字は2016年でもほぼ変わらない(総務省・社会生活基本調査)。

■男性が家事育児をする国ほど、出生率が高い

このグラフで重要な点は、男性の家事・育児負担割合が高い国ほど、出生率も高くなっているということだ。

もちろん、こうした正の相関関係が必ずしも因果関係を示しているわけではない。出生率が高く、家庭に子どもが多いから結果的に男性の家事・育児負担割合が増えたのかもしれない。あるいは、その国や地域に固有の家族観やジェンダー観が2つの変数に同時に影響を及ぼしているのかもしれない。

したがって、政策などで男性の家事・育児負担割合を増やすように誘導したとしても、それが出生率の引き上げにつながるかどうかは明らかではないため、解釈には注意が必要だ。図表1に示されるような相関関係自体は広く知られていたものの、それをどのように解釈すべきなのかは明らかではない。

以下ではまず、このデータが示す関係を検証するための経済理論を紹介する。そのうえで、出生率の引き上げにつながるより効果的な政策が何かを、実証分析の結果をふまえて検討する。

■「子どもがほしい夫」「子どもを持ちたくない妻」の結末

この節では、男性の家事・育児負担と出生率の正の相関関係の背景を分析した経済理論を紹介する(※1)。ここでは直観的に理論の概要を説明することにして、詳細は本書を参照してほしい。

この研究では、夫婦間の交渉モデルをつくり、両者がどのように子どもを持つことに合意するかについての分析が行われている。ここでカギとなるのは、夫婦で将来の家事負担について約束しても、それが守られるとは限らないという点だ。これから子どもを持つかどうかを夫婦が話し合っている場面を想像してほしい。夫は子どもがほしいが、妻は自分に家事や子育て負担が集中しそうなので子どもを持ちたくないと考えている。

このような場面では、夫は子どもが生まれたら自分が家事や子育てを積極的に行うと約束することで、妻を翻意させようとするだろう。この約束が守られると妻が信用すれば、妻は子どもを持つことに合意するだろう。しかし、この約束が将来守られることを客観的な形で担保することはできない(経済学では、コミットメントの欠如という)。

もちろん、夫婦間の信頼関係に基づいて約束を信じてもらうことはできるかもしれないが、間違いなく約束が守られると妻に確信させることは、一般的にはかなり難しいだろう。すると、結局この夫婦は妻の反対により子どもをもうけない。

背中合わせで座る男女の影
写真=iStock.com/kemalbas
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kemalbas

■「妻が子どもを持ちたくない」国ほど、出生率が低い

そして、この認識は政策上重要な含意を持つ。前章までに紹介した経済理論は、子どもを持つことの費用を下げるような政策は、出生率引き上げに効果があることを示していたものの、そこで考慮されていたのは夫婦全体での費用と便益の比較であり、誰が実際に費用を負担するのかといった視点は欠けていた。

仮に夫婦間で交渉が行われて、将来の家事負担などについて合意できるのであれば、この点は問題にならない。しかし、将来の家事負担について約束ができないならば、誰が子育ての負担を引き受けるのかといった男女間の分配がきわめて重要になってくる。これは家庭内において男女平等化が進むことが、少子化対策として有効でありうることを示しているのだ。

この理論は、「世代間とジェンダーにおける諸問題についての研究プログラム(Generations and Gender Programme:GGP)」から得られたデータをもちいた記述的分析から出発している。この調査では19のヨーロッパの国々の大人を対象とし、家族間関係に着目したパネルデータを作成している。

この研究が最初に注目したのは、夫と妻のそれぞれについて、いま子どもを持ちたいと思っているかどうかに対する回答だ。彼らの主な発見は3つある。

1つ目は、夫婦間で子どもを持つかどうかについて意見の一致がみられないことはめずらしくなく、25~50%の夫婦がそれに当てはまることだ。

2つ目は、妻が子どもを持ちたくないと思っているケースのほうが、その逆よりも多いこと。

そして3つ目は、妻が子どもを持ちたくないと思っていることが多い国ほど、出生率が低い点だ。実際、こうした意見の不一致がみられる夫婦は、そうでない夫婦と比べて、その後の出生率が低いことも明らかにしている。

■夫の子育て参加が進む国ほど、夫婦の意見は一致している

次に注目した変数は、夫の子育て負担割合だ。子育てについてのさまざまな質問から、夫の子育て負担割合の平均を国ごとに計算している。そして、意見の不一致の指標として、妻だけが子どもを持ちたくないと答えた割合から、夫だけが子どもを持ちたくないと答えた割合を引いた値を国ごとにもちいている。

図表2に示したように、これらの変数を国ごとにつくると両者が負の相関をしていることがわかった。こうした結果は、横軸に労働時間の男女差をとった場合でも成り立つ。つまり、子育てや労働市場における男女平等が進んでいる国ほど、子どもを持つことについての夫婦間の意見の一致がみられるのだ。そして、そうした意見の一致がある国ほど出生率が高いというのが、この研究で行われた記述的分析の要点だ。

【図表2】男性の子育て参加が進む国ほど、出産についての夫婦間の意見が一致
画像=『子育て支援の経済学』

■「妻の負担軽減」が、出生率の引き上げに効果的

前の節で紹介した理論の肝は、家庭が負担する子育て費用の総額だけでなく、夫と妻がどのような割合で費用を負担するのかが出生行動に影響を与えることを理論的に示した点だ。つまり、単に子育て費用を引き下げるだけでなく、妻の負担軽減に焦点を当てた政策が、出生率の引き上げに特に効果的であるということだ。

しばしば目にする、「ジェンダー平等は出生率向上につながる」という言説に、経済学的な裏づけを与えたともいえる。そうした観点から考えると、児童手当や子育て世帯に対する税制優遇措置は、妻の負担軽減に焦点を当てていないため、出生率の向上に十分な効果が発揮できないと考えられる。

一方、育児休業政策や保育に対する補助金等は、女性の子育て負担の軽減に特に効果的であると考えられるため、同じ費用のもとでも効果的な政策になると予想される。

それではこうした理論的予測は、どの程度実証的に支持されるのだろうか。出生率の引き上げという目標を掲げている政策にはさまざまなものがあるが、複数の政策を同時に評価して、実証的に優劣をつけるというのはなかなか難しい。

■最も大きな効果があるのは「保育と幼児教育への財政支出」

1つのやり方は、国際パネルデータに基づいた分析を行うというものである。国によって、政策導入のタイミングや介入の強さが異なることを利用し、政策が出生率に及ぼす影響を評価するというものだ。これは差の差分析(DID)の応用とみなすことができる(※2)

山口慎太郎『子育て支援の経済学』(日本評論社)
山口慎太郎『子育て支援の経済学』(日本評論社)

ここでは、国際パネルデータを利用して、異なる家族政策の効果を評価した研究を紹介(※3)しよう(推定結果の詳細は『子育て支援の経済学』を参照)。分析によると、育児休業期間そのものは出生率にほとんど影響がない。一方で、その給付金が支払われる期間は出生率引き上げに小さいながらも影響がある。最も大きな効果があるのは保育と幼児教育への財政支出だ。対GDP比で1%ポイント増えると、出生率(女性1人当たり子ども数)は0.27上昇する。

ここまでこの本で取り上げてきたような、一国内での制度変更を利用して政策効果を識別する研究では、厳密な形で異なる政策を比較することは難しい。しかし、前の章で紹介したように、ドイツの保育所整備の費用対効果について、現金給付と比較する形で概算を行った研究(※4)がある。

それによると、保育所整備は現金給付より5倍も大きな効果を上げるそうだ。もちろん、これは非常にざっくりした試算にすぎないが、かなり大きな違いなので、女性の子育て負担軽減に直接効果がある保育所整備が有効であるという議論を支持しているといえるだろう。

■効果的な少子化対策には「ジェンダー平等」の視点が必要

本記事では、効果的な少子化対策の実施にはジェンダー平等の視点が必要であることを示した理論的な研究と、関連する実証研究の結果を示した。異なる政策を1つの実証研究で比較することが難しいため、現時点ではどの政策が他の政策よりも優れているのかは必ずしも明らかではない。今後は、そうした政策研究の積み重ねが必要となるだろう。

(※1)Doepke,M.and Kindermann,F.(2019)“Bargaining over Babies:Theory,Evidence,and Policy Implications,”American Economic Review,109(9):3264‐3306.
(※2)このアプローチの利点は、複数の政策を1つの枠組みのなかで分析できることと、政策の一般均衡効果も含めたうえで評価できることにある。一方で、識別に必要な平行トレンドの仮定の検証も容易ではないため、前章までに紹介した分析に比べると、推定値がバイアスを含んでいる可能性が高くなってしまうという欠点がある。また、国際比較可能な政策変数に注目するということは、国ごとの細かい制度の違いは捨象されることを意味する点にも注意が必要だ。
(※3)Olivetti,C.and Petrongolo,B.(2017)“The Economic Consequences of Family Policies:Lessons from a Century of Legislation in High‐Income Countries,”Journal of Economic Perspectives,31(1):205‐230.
(※4)Bauernschuster,S.,Hener,T.and Rainer,H.(2016)“Children of a(Policy)Revolution:The Introduction of Universal Child Care and Its Effect on Fertility,”Journal of the European Economic Association,14(4):975‐1005.

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山口 慎太郎(やまぐち・しんたろう)
東京大学大学院経済学研究科教授
1999年、慶應義塾大学商学部卒業。2006年、ウィスコンシン大学マディソン校にて経済学博士号(Ph.D.)を取得。マクマスター大学助教授・准教授、東京大学大学院経済学研究科准教授を経て、2019年より現職。専門は、結婚・出産・子育てなどを経済学的手法で研究する「家族の経済学」と、労働市場を分析する「労働経済学」。2019年に出版した『「家族の幸せ」の経済学 データ分析でわかった結婚、出産、子育ての真実』(光文社新書)では、第41回サントリー学芸賞を受賞。同書は、「『週刊ダイヤモンド』ベスト経済書2019」の第1位にも選出。その他、査読付き国際学術雑誌に、本書で紹介した論文をはじめ多数の論文を発表している。自身のホームページやツイッター(@sy_mc)でも、多数の情報発信を行っている。

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(東京大学大学院経済学研究科教授 山口 慎太郎)

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