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「コロナは治ったのに転院先が見つからない」救急の最前線でいま起きていること

プレジデントオンライン / 2021年1月8日 11時15分

湘南鎌倉総合病院のERの様子 - 筆者撮影

日本で最も救急搬送患者を受け入れている湘南鎌倉総合病院(神奈川県鎌倉市)の救命救急センター(ER)。2020年1月から12月までのER受診総患者数は4万3199人、さらに同年2月から2021年1月3日までに798人の新型コロナ患者の入院治療を行ってきた。同院では救急の発熱外来を訪れるおよそ「6人に1人」が新型コロナ陽性患者という。
私はこの年末年始、「絶対に救急患者を断らない」という同院に密着取材した。同院各科の医師、そして周囲にある地域の病院が、救急医療の最前線で奮闘する現場をリポートする——。(第2回/全3回)(取材・文=ジャーナリスト・笹井恵里子)

■男性は「診療拒否同意書」にサインし、ERを去った

2020年年末の湘南鎌倉総合病院ERにもさまざまな人が訪れ、一時期はごったがえしていた。

「死んでもいい。俺は帰るよ」

50代男性患者の大きな声が私の耳に入ってきた。

男性は母親と二人暮らしで、飲食店を経営している。2週間前から咳が出て、症状は治まりつつあるものの、なかなかスッキリとよくならないと近所のクリニックを受診したところ、血液中の酸素の値が悪かった。クリニックの紹介でERを受診し、「肺炎」と判明。しかし詳しい検査を受けてもらえないため、肺炎は肺炎でも、細菌性なのか、新型コロナのようなウイルス性のものかはわからない。

ERでの診療の様子
ERでの診療の様子(筆者撮影)

「コロナの影響で客が激減した。週末やっと多くの客が入るんだ。休むわけにはいかない」

おそらく忘年会、新年会のことを指しているのだろう。担当医は何とか治療を受けてもらおうと説得する。

「医師として自宅に帰ることは絶対に勧められません。あなたの今の状態は低酸素状態。慢性的に低酸素にさらされれば、軽い肺炎でも悪化しますし、脳の細胞にも影響します。周囲の方への感染も心配ですので、お仕事も休んでください。このままでは死んでしまいます」

それに対して男性が返した言葉が、前述の「死んでもいい」だった。男性は「診療拒否同意書」にサインし、ERを去った。

■「他所で断られる患者が、うちの病院に集まってくる」

医療介入を必要とする患者は「新型コロナか、そうでないか」という単純な2分類ではない。むしろ、単に「新型コロナ陽性患者」だけなら、自宅療養でOKなのだ。

同院救命救急センター長の山上浩医師によると、「自宅で療養していた新型コロナ陽性患者の状態が悪くなった時、救急車が呼ばれる。そして、他所で断られる患者が、うちの病院に集まってくる」という。陽性患者の救急搬送であるから、急きょ隔離したスペースが必要になる上に、複数の疾患を併せ持つことが多いため、大半の病院から敬遠されてしまう。

例えば新型コロナ陽性患者が脳出血を発症したり、転倒して骨折したり。特にがんや糖尿病などの生活習慣病を患う高齢者は重症化のスピードが速いため、診療に不慣れな医師は受け入れを拒みやすい。ほかにも透析を受ける患者が新型コロナに感染すれば、当然透析の準備も必要になる。

■「ウイルス感染を疑う軽症の人を診るスペース」をつくった

同院では新型コロナ陽性の透析患者も多数受け入れている。私の目の前で、透析のための機器と場所が足りなくて、慌ただしく対応した場面もあった。

もちろん新型コロナと全く関係なく、ほかの原因による肺炎、脳血管心疾患、交通事故、不慮の事故の患者もERを訪れる。

仕事で「電撃傷」(感電)を負った人、飲酒後に転倒して外傷性くも膜下出血を発症した80代の男性、路上で殴り合いの兄弟げんかをして顔面から血を流す40代男性、サッカーの自主練をしていて足を脱臼した10代の男の子など、年末年始も次々に患者が運ばれてきた。

「救急現場にはなんの病気が潜んでいるか、どこが傷ついているか、わからない人がたくさんきます。今回は“感染症の蔓延”という特殊な状態ですが、それでも普段の救急体制と基本的には変わりません。常日頃から救急体制が機能している病院であれば、どこも普段と同じでしょう。ただ隔離スペースをどうするか、それが一番の悩みでした。一時期、内科や外科などほかの科の先生方にERに入ってもらおうという話になったのですが、普段さまざまな患者を見慣れていないと混乱が起きると思い、『ウイルス感染を疑う軽症の人を診るスペース』をつくったのです」(山上医師)

院外に建てられたプレハブのコロナ臨時病棟
筆者撮影
院外に建てられたプレハブのコロナ臨時病棟 - 筆者撮影

それが院外に設置されたプレハブの「発熱外来」だ。救急外来でのトリアージで「軽症」とER看護師に判定され、さらにウイルス感染が疑われる場合、ここにまわされる(図表参照)。同院の場合、発熱外来を受診したおよそ「6人に1人」が新型コロナ陽性だという。

湘南鎌倉総合病院の救急医療(ER)体制

■開業医の協力が得られたから「発熱外来」を設置できた

現在、湘南鎌倉総合病院の発熱外来は24時間体制で診察を行っている。午前中は同院の各科医師、午後は地域の開業医、日祝・夜間など一般外来の診療時間外ではER医師が担当する。開設が決まった当初は「コロナの患者を診る」という姿勢を前面に出すことになるため、“風評被害”を恐れて「院外設置」に反対する意見も院内から出たという。結果、予定より1カ月遅れて2020年4月スタートとなった。それでも私には相当早い決断だと感じる。

「もし発熱外来がなかったら、ERに患者さんが入りきらなくなっていたでしょう。また“院内”に設置すれば、新型コロナの患者が入り込むリスクも高くなります。外にあれをつくって本当によかった」と山上医師は振り返る。

それは同院がここ5年で築いた“地域病院との連携”があってこその実現ともいえる。地域の開業医はプレハブが建つ前から、同院での新型コロナ診療に積極的に参加してくれていたというのだ。

一方で、今も開業医の協力が得られず、厳しい状況が続く地域も多い。

青森県八戸市では2施設を除き、開業医が「かかりつけ患者以外は対応しないこと」を表明している。コロナ重点病院でもある八戸市立市民病院院長の今明秀医師が嘆く。

「本来は歩ける患者や、コロナの疑いの患者は開業医が、歩けない時や入院が必要な患者を当院で診るという体制にしたかったのです。ところが、コロナ患者を分けて診察する体制が作れないこと、もし開業医の病院職員で陽性患者が出てしまって病院が休業となった時の補償が少ないこと、そして風評被害を恐れて、受け入れが難しいようです」

■私立病院と地域の病院が協力するのはとても珍しい

湘南鎌倉総合病院では、発熱外来で開業医が診察してトラブルが起きた場合、その責任は「病院が請け負う」のだという。同院ER所属で、積極的にコロナ治療に参加する関根一朗医師に話を聞いた。

山上浩医師(左)と関根一朗医師
筆者撮影
山上浩医師(左)と関根一朗医師 - 筆者撮影

「開業医の先生方に協力をお願いしたくても、見逃しや誤診をしてしまったときに“誰が責任をとるか”という問題で躊躇してしまう病院が多いかもしれません。当院ではこちらが責任をもつということと、開業医の先生方に診ていただくケースは、若くて合併症がない患者さんが中心。コロナが心配で受診する人を手分けして診断していこうというスタイルです」
「ですから他の病気の可能性が高かったり、複雑な疾患はこちら(救急医)に任せていただいてOKです。お互いにストレスのない関係をつくるのが連携できるポイントですね。今回、公的病院でなく、われわれのような私立の病院と地域の病院が協力するということは、とても珍しくて、貴重なつながりだと思っています」

■通常の救急患者を守るための「コロナ臨時病棟」

さて、発熱外来は、コロナの疑いがあったり、不安を訴えたりする患者を判定する場所だが、同院には、入院の必要なコロナ患者を治療する「コロナ臨時病棟」もある。同院のそばに神奈川県によって建設され、180床を確保しているが、看護師の人手が足りない。そのため、ERを受診する患者数に制限はないが、入院前提の患者に対しては「1日10人まで」と神奈川県新型コロナ感染症対策本部にお願いしている。それでも、1日10人以上の入院を受け入れる日もあり、大多数の病院よりも受け入れ人数は多い。

ここでも自ら希望した10人のER医師が治療に参加している。各々がだいたい月に1週間程度、この病棟で勤務するイメージだ。前出の関根医師もその一人。

「病院だけでは運営が難しかったと思いますが、神奈川県が土地を確保し、建設するというハード面で支援してくれたので、連携できてすごくありがたい」と喜ぶ。

コロナ臨時病棟での診療報酬は県のものになるが、一方で医師や看護師の人件費も負担してもらえる。建物が「院外」にあることで、コロナの院内感染リスクも極力抑えられる。

コロナ臨時病棟
筆者撮影
コロナ臨時病棟 - 筆者撮影

「通常の救急患者を守り、“断らない救急”を実践するためにも、コロナ陽性患者で入院が必要な人をここで診られるのはとても有り難い」と、山上医師も言う。

しかしエクモ(ECMO=体外式膜型人工肺)などの医療機器が必要になるような新型コロナの重症患者が発生した場合は、他院へ転送することになる。

■「のぼり」より「くだり」の転院搬送が難航する

私が取材した年末も、9人の退院に加えて、1人の重症患者が転院搬送されるところだった。転院先の病院に運ぶまで付き添う澁谷大樹医師の顔に緊張感が走っている。

(写真左)転院搬送の様子、(写真右)澁谷大樹医師
筆者撮影
(写真左)転院搬送の様子、(写真右)澁谷大樹医師 - 筆者撮影

「新型コロナの場合、呼吸状態が急に悪くなることがあるので、搬送時間が長くなって状態が悪くなったら救急車内で気管挿管を行わなければならないんです」

この日は10人が退院したものの、12人の新たなコロナ患者が入院になった。最近は出ていく以上に入ってくる患者が多い。そこで重要となるのが、このような「転院搬送」なのだ。

転院搬送とは、病院から病院へ患者を搬送することを指し、二つのパターンがある。先ほどの例のように、より高度な治療を必要とする搬送を「のぼり搬送」といい、その反対に緊急治療の必要性が薄い患者が別の病院へ搬送されることを通称「くだり搬送」という。

新型コロナに関しては、「のぼり」より「くだり」のほうが難航している印象を受ける。

「シンプルにコロナに感染して肺炎で入院しました。肺炎が良くなりました。お大事に、と帰れる人は少ない」と、山上医師。

「コロナに感染したことを契機に食べられなくなった、だから施設に戻れない、などのケースはよくあります。本来は次のステップとしてリハビリできる病院に送りたいのですが……」

しかし、新型コロナが治癒した後の、受け入れ先確保が難しくなっているのだ。

救急救命士のみなさん。(向かって左から)渡部圭介さん、村上さん、永澤由紀子さん、加藤大和さん
筆者撮影
救急救命士のみなさん。(向かって左から)渡部圭介さん、村上大樹さん、永澤由紀子さん、加藤大和さん - 筆者撮影

■知的障害をもつ50代女性の「受け入れ先」を探す

1月3日に日付が変わった真夜中、救急救命士3人と、山上医師は、ある患者の転院に頭を悩ませていた。

知的障害をもつ50代女性が2020年12月、新型コロナの検査で陽性と判定された。2週間入院して治療を受け、その後に陰性を確認して12月下旬に退院。しかし、1月2日に再び呼吸の状態が悪くなり、発熱もあっため、救急車で同院ERへ。ERではレントゲン、CT、心電図、尿検査、そして新型コロナに関する抗原定量検査を行った。結果、コロナに関しては陰性、肺炎も新型コロナの跡はあるものの再燃していないと判定された。

「もうコロナを疑わない状態ならば、患者を他院に転送させたい」と、山上医師は考えた。より緊急性の高い患者を受け入れ、治療を進めなければならないからだ。新型コロナ感染症対策本部が作成した「神奈川モデル」では「検査結果で(コロナが)陰性化した患者の入院管理」をわりふられた病院がある。

同院には医学的知識を有する救急救命士が勤務し、救急車からの電話を受けたり、ほかの病院への転院搬送の交渉などのような煩雑な作業を行っている。救急救命士が受話器をとった。私も隣で電話に聞き入った。

■「PCR検査で陰性を確認しなければ、受け入れられません」

「わたくし、湘南鎌倉総合病院の救急調整室の永澤由紀子と申します。転院をご相談したい患者がいまして……はい、はい……」

次第に永澤さんの表情が曇っていく。「わかりました。ありがとうございます」と受話器を置く。

1件めに連絡した病院は、「夜間の受け入れは厳しい」ということで受け入れを拒否した。

2件め。

「ベッドが空いておりません」

3件め。

「当直医の私では判断できかねます」

4件め。

「当院ではADLが自立した方(一人で身の回りができる人)のみを受け入れています」

5件め。

「その患者さんは吸引が必要でしょうか?」(必要、と永澤さんが答える)「でしたら受け入れできません」

* * *

次々に断られて9件め。これまでのように永澤さんが一通りの説明を終えると、

「抗原定量検査で陰性を確認したとのことですが、PCR検査で陰性を確認しなければ、当院では受け入れられません」と言う。

永澤さんが「わかりました。お忙しい中ありがとうございました」と受話器を置く。山上医師は大きなため息をつき、肩を落とした。

(第3回に続く。1月9日11時公開)

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笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)など。

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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)

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