コロナ禍での医療崩壊を止めるために、東京都がいますぐやるべきこと

プレジデントオンライン / 2021年1月9日 11時15分

救急救命士はコロナ疑いの患者に接する際に防護服を身につける - 筆者撮影

日本で最も救急搬送患者を受け入れている湘南鎌倉総合病院(神奈川県鎌倉市)の救命救急センター(ER)。私はこの年末年始、「絶対に救急患者を断らない」という同院に密着取材した。新型コロナの感染拡大は医療現場に大きな負担をかけているが、同院ERへの年末年始の救急患者は前年より減少している。救急医療の最前線をリポートする――。(第3回/全3回)(取材・文=ジャーナリスト・笹井恵里子)

■「コロナ治癒後の骨折」さえも、敬遠されてしまう

(※第2回から続く)

今、医療の現場では「コロナが治った人」が敬遠されている。新型コロナの陽性患者となり、入院して治療して“治った”と判断された患者が、新たな病気にかかった時の受診が難航しているのだ。湘南鎌倉総合病院ERでは、コロナが治って新たな病を発症した患者を受け入れてくれるよう他の病院にお願いしたものの、9件連続で断られたのだった。

そして10件め。

「本当ですか? 受け入れてくださるんですか?」

湘南鎌倉総合病院救急救命士の永澤由紀子さんが驚きの声で問い返しているのを聞き、よほど「受け入れが難しい」と感じていたのだと思った。その隣で、同院救命救急センター長の山上浩医師も「涙が出るほどうれしい」と喜ぶ。

患者を適切な病院に転院搬送させたいと交渉をはじめてから、およそ2時間が経過していた。それほどに今、一度でもコロナに感染した患者の「治癒後の別の病」を診ようと手をあげてくれる医療機関が少ない。内科的疾患だけでなく、「コロナ治癒後の骨折」さえも、敬遠されてしまうのだ。

■「救急調整室での電話時間が圧倒的に長くなった」

2020年は「病院への交渉時間に多くの時間をとられた」と、救急救命士の渡部圭介さんも言う。

コロナ前に比べて救急調整室での電話時間が圧倒的に長くなった
コロナ前に比べて救急調整室での電話時間が圧倒的に長くなった(筆者撮影)

「コロナ疑いとか、コロナ陽性患者でしたらここで診られます。でも、当院で検査の結果、コロナでない発熱だった、骨折とともに発熱があるなどのケースでは、他の病院に転院搬送したくてもできない状態が続いています。“発熱”がキーワードで、それがあると受け入れを悩む病院が増え、われわれがいる救急調整室での電話時間が圧倒的に長くなりました。ただ試行錯誤していく中で、絆が深まった病院もあります。そういうところと、コロナ後も共にがんばっていきたい」

新型コロナの感染拡大によってベッド満床の危機、そして医療崩壊と報道されている。しかし、連載の第1回から記しているように、大切なのは「病院間の連携」だ。

各地に少なくとも一つ以上、急性期、つまり「初療」を請け負える大病院を行政が決める。そこに、患者と、医師や看護師などの医療従事者を集める。診断が下された後、緊急性や重症度が低い場合は連携する病院が行う、手に負えない疾患は適切な医療機関に紹介する。

これは医療機関が充実している都心部では、行政がリーダーシップを発揮すれば“今すぐに”実行可能なことである。運用上のほころびはあるものの、新型コロナを契機に、神奈川県では各医療機関の役割分担の枠組みがつくられた。

■大学病院ほど各科がそろっているところはない

山上医師は「地域の大規模病院が初療の役割を担ったほうがいい」と指摘する。

山上浩医師(左)と関根一朗医師
山上浩医師(左)と関根一朗医師(筆者撮影)

「特に大学病院は、教育、研究、特殊な病気の治療などを担うのももちろん大切ですが、役割を見直す必要があるのではないでしょうか。大学病院ほど各科がそろっているところはありません。当院でも初期治療は救急医が行えますが、より専門的な治療となると、夜間の眼科や歯科の対応が難しいのが現状です」

現在は「重症者の受け入れ・治療を中心にした体制」だ。しかし、それでは軽症と思ったけど重症だったという“見逃し”が、これまでと同様、今後も起こり続けるだろう。

「ですから大学病院のような大規模病院で専門医がそろっている施設に、急性期の医療資源を集約化してERで初療を担う。そして軽症者を選別して、大規模病院から中小規模の病院に転院搬送という体制がベストだと思います」(山上医師)

救急の現場では「軽症と思ったけど、実は重症だった」というケースが頻発する。例えば、おなかが重苦しくて気持ちが悪い時は「心筋梗塞」が、背中が痛いというケースの中には「大動脈解離」が潜んでいる恐れもある。「感染症」だってそうだ。

「熱があるから感染症とも限らないし、熱がないから感染症でないとも限りません。体温35度5分の低体温で運ばれて、実はすごく重症の感染症だった場合もあります」(同)

■医師会や自治体が決断すれば「交通整理」はすぐに実行可能

救急医のようなオールマイティーな医師が診断を下し、より専門的な治療へは各科につなぐ。2024年度から適用される「医師の働き方改革」を見据えても、「医師と患者の集約化」と「地域間の連携」の流れをつくることが必須だろう。

空調の常時換気に加えて、2時間に1回は扉を全開放して、換気を行っている
筆者撮影
空調の常時換気に加えて、2時間に1回は扉を全開放して、換気を行っている - 筆者撮影

この流れが全国で最も滞っているのが、東京都といっていい。毎晩、すべての科で当直医がスタンバイしている大学病院が近距離圏内に複数存在するのだ。これは医師の疲弊を招く。月ごとに救急外来を当番制にする、あるいは行政主導で初療を請け負う病院を決定するなどの“交通整理”が必要だろう。繰り返しになるが、それは医師会や自治体が決断すれば、すぐに実行可能なこと。現に神奈川県はその枠組みを始めている。

2020年4月、私はプレジデントオンラインで「全国の救命救急センター長たちが『医療崩壊』という言葉に違和感を持つ理由」という記事を執筆した。その際、東京都医師会に「都内の救急搬送受け入れが厳しい状態だが、なぜそこの交通整理を行わないのか」という質問を文書で送った。それに対し、東京都医師会は「現状、その問題は認識しており、東京都・東京消防庁・学識者の方々と検討、調整中でございます」と回答した。

今回、この記事を書くにあたり、「あれから半年以上、東京都医師会ではどのような取り組み・体制づくりを行ったか。神奈川県のような各病院の機能分化に値するようなものはあるか」という質問を文書で送ったが、期日までに回答はなかった。

■公的な病院がコロナ受け入れのリーダーシップをとるべき

埼玉医科大学総合医療センター総合診療内科・感染症科教授の岡秀昭医師は、「新型コロナに関しては私学である私たち大学病院が軽症から重症まで受け入れを行ってきた。しかし本来は、まず県立や国立などの公的な病院が積極的に診て、受け入れのリーダーシップをとるべき」と強調する。

昨年、毎日新聞の報道では、確保病床があるものの運用されていなかった事例があった。そのように公的病院すら受け入れが不十分だとすれば、たしかに民間病院も動くまい。

「実際のところ風評被害がありますので、民間病院ではハードルが高いです。公的な病院はもし運営がうまくいかなくても補填されますし、まずは公的病院がしっかり診療し、その上で民間病院に委託していく、あるいは役割分担していくことが重要ではないでしょうか」と岡医師は言う。

ER内の医療資材を載せたワゴン
筆者撮影
ER内の医療資材を載せたワゴン - 筆者撮影

■開業医が「熱や咳のある人を診られない」のはおかしい

一方、地方では医療機関の数が少なく、必然的に集約化が進んでいる。

八戸市立市民病院院長の今明秀医師は「ここでは救急病院=コロナ重点病院」と話す。

「当院では新型コロナ患者の軽症者は総合診療科と呼吸器科が、中等症と重症者は救命救急科が担当しています。今のところは新型コロナの陽性者が少なく、インフルエンザ患者がいないために救急もコロナの治療もまわっていますが、患者数が増加してくれば開業医の協力が必要です」

しかし、コロナ治療に及び腰の開業医も少なくない。ある感染症の専門医は「もちろん勇気を出して診療に参加している開業医もいる。そういう頑張っている医師を支援する診療報酬が必要」と前置きした上で、

「町医者で熱がある人、咳がある人を診られないというなら、今まで何をやってたの? と言いたいですね。なぜならクリニックにかかる理由の1位と2位は熱と咳じゃないですか」と憤る。

「今回、新型コロナを診れない開業医がいるとしたら、高齢で自分が感染したら怖いというのと、もう一つは開業するにあたり感染症を含めたトレーニングを受けていないからでしょう。しかるべき感染予防対策をとっていれば、そう簡単には伝染しない。日々コロナの患者を診て、勉強している医師ならわかるはず」

■元日のER受診者数は前年より減少している

「感染者増大」という報道ばかり流れているが、2020年年末から今年はじめにかけての湘南鎌倉総合病院ERは、例年よりぐっと「患者数」が少なかった。2020年元日のER受診者数が263人だったのに対し、今年の元日は134人。ほぼ半減していたのだ。八戸市立市民病院院長の今明秀医師も、「2020年12月は通常の外来、救急外来ともに10%減少し、静かな年末年始だった」と話す。

八戸市立市民病院院長の今明秀医師
八戸市立市民病院院長の今明秀医師

「年末年始にこんなにすいているのは、前代未聞の事態ですよ」と、山上医師が言う。

患者殺到に備えて、通常より多めの人数の医師に勤務をお願いしていた。やや手持ちぶたさな新米医師たちに、

「それじゃあ前代未聞の30分休憩をあげよう」と笑いかける。

「しっかり休んできます」

応える医師の表情が少しゆるむ。

ERでは、8~9時間のシフト制勤務だ。同院に限らず、内科や外科などのほかの科では自分の患者の具合が悪くなると帰れないため、36時間勤務などザラにある。だがそれでは集中力がもたないと、同院ERでは三交代制で勤務時間を短くしている。そのかわり勤務中はなかなか休憩がとれない。患者からひとときも目が離せないからだ。「3分間」も現場を離れられないという意味で、「救急医の食事はカップラーメンを選んではいけない」という不文律があるぐらいである。

休んできますと宣言したのに、皆、15分もすると現場に戻ってきた。“休憩”に慣れていないため、落ち着かないようだ。そんな姿を見て山上医師が笑う。和やかな年明けだった。

例年に比べると湘南鎌倉総合病院ERは和やかな年明けだった。
筆者撮影
例年に比べると湘南鎌倉総合病院ERは和やかな年明けだった。 - 筆者撮影

■コロナ診療のために「通常の救急を停止」では本末転倒

2021年1月6日付の読売新聞の朝刊1面には、<救急も停止「現場もたない」>という見出しがおどった。記事には「年末年始も感染者数は減少せず、緊迫した医療現場」とある。さらに通常の救急患者の受け入れを停止したという大学病院の状況も記されていた。

コロナの重症と中等症患者であふれた医療現場は大変な状況だろう。しかし、病院として、通常の救急を停止するという姿勢を、私は非常に疑問に思った。

水道や電気のように、生死に関わる救急医療は“地域のインフラ”だ。

湘南鎌倉総合病院院長の篠崎伸明医師は2020年2月に新型コロナ患者の入院を初めて受け入れた時点で、「コロナを含めたERは最後まで死守する」と宣言したという。

そう宣言すれば、自分たちの病院だけでは診られないほどの患者が殺到する恐れがある。それなら周囲の病院と連携すればいい。あるベテラン救急医はこう指摘した。

「中等症を全科をあげて診療する、または他院へ転院搬送して、より重症を受ける体制をとる。必ずしても大学病院で診療しなくてよい患者を“転院搬送”できないのであれば、そもそもそれを整備してこなかった医師会や自治体にも責任があります。それはまさに平時の救急医療システムの整備そのものの遅れ、そしてそれを問題視してこなかったツケです」

■コロナ禍以前より東京都の救急体制は全国ワーストだった

そう、コロナ禍以前より救急医療システムはまわっていなかった。私は2018年から全国の救命救急センターに足を運び、現場を見て、何とか現場の崩壊を防ぎたいという思いから、2019年8月、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)を出版し、私なりの提言をまとめている。

新型コロナで医療崩壊が取りざたされるようになり、記者会見では「東京ルールの適用件数」が取り上げられるようになった。東京ルールとは、救急車の受け入れを5回断られたケースに対し、地域の医療機関が相互に協力・連携して救急患者を受け入れるルールのことで、「救急車の搬送困難さ」を表しているという。

ERでの治療は時間との闘いになる
ERでの治療は時間との闘いになる(筆者撮影)

しかし、コロナ禍より前から10回以上電話しても、搬送先の病院が決まらない事例はすでに多発していた。何よりコロナ発生より前から、東京都は119番に通報してから現場に到着するまで(レスポンスタイム)が10分を超え、そして「病院収容までのトータル所要平均時間が50分」と、どちらも全国ワーストだった。何を今更、というのが私の感想だ。自分たちが整備してこなかったことを、さも「新型コロナの感染拡大」がすべての元凶かのように、まるで国民にばかり非があるように言う、国や行政、医師会の姿勢はいかがなものか。

また別の救急医はこう言う。

「大学病院クラスでしたら、医師数はあるはず。“何を優先するか”の判断が、そのまま病院の姿勢を表しているのかと感じます」

何を優先するか。それは「確実に利益が見込める患者」ではなく、命に関わることがある「救急患者」だ。実際には軽症というくくりでも、痛みをこらえている、死ぬのではないかという不安がある、新型コロナに限らないすべての救急患者だ。その重症度は事前に“選別”できない。だからこそ規模が大きい病院のERに医師を集めて、ひたすら診察と治療を繰り返していくしかないだろう。

■男性患者の所持金は7円で、精神科に行く交通費もない

2020年年末、「不安が強い」という理由で40代男性患者が救急車で湘南鎌倉総合病院ERに運ばれたきた。ひととおり診察した後、異常はないと判断されて帰宅を促されるが、男性患者は「入院」を申し出た。

担当の山田拓也医師は「ここで入院することはできない。認められない」ときっぱり告げる。そして「精神科に紹介状を書こうか」と提案する。しかし、男性患者の所持金は7円。その精神科に行く交通費さえなかった。

「何もやる気がでないという感じ?」と、山田医師が問うと、

「はい」と、男性患者。

「今の希望は?」と聞けば「父親と連絡をとること」だという。だが、父親には勘当されているとのことで、山田医師が両親や兄弟の携帯に電話をして事情を話しても、身内が手を差し伸べてくれることはなかった。

「でもここで入院して待つことはできないから」と、山田医師は繰り返し、今度はその男性患者がかかっていたという精神科に連絡をする。

■「診療費は支払われない可能性が高いでしょうね」

しかしその精神科も、男性患者とのトラブルがあったのか、診療を受け付けないという。

「患者は自殺するリスクもありますが、それでも診察していただけませんか?」と山田医師がお願いしても、先方は受け入れ拒否。

1時間後、知りあいだったという地域のボランティア団体が男性患者を迎えにきてくれることになった。

「本日の診察の支払いは?」

私は山田医師に聞いた。

「所持金7円ですので今日は無理でしょう。後日郵送で請求になると思いますが、支払われない可能性が高いでしょうね」

顔には疲労の色が濃くにじんでいた。私がそれを口にすると、

「いやあ……」と、山田医師が天を仰いだ。

「暴れるなどこちらに迷惑をかけているわけではないから警察の対象にはならないですし、自分の体を傷つけているわけでもないから治療はできないし、それほどの切迫感もない。ER医師として何かできないか考えていたのですが、彼から情報を集めて知り合いの方に手当たり次第連絡をするしかありませんでした」

■医療従事者と住民の両方を守るために、いまなにをするべきか

ERには2020年、たくさんの自殺未遂の患者も運ばれてきた。精神疾患を持つ人、自殺未遂の患者が救急車で搬送される場合、受け入れを断られやすい。診察や治療に手がかかるうえ、手術や入院で診療報酬を得られるわけではないからだ。病院や医師たちの負担は大きい。それは「断らない救急」の負の面といえるかもしれない。

それでも同院ERは、ここで全ての患者を受け入れる。

だからこそ地域住民は、「何かあれば、いつでもこの病院が受け入れてくれる」と、この地で安心して暮らしていける。

この3回の連載で、私は日本で最も救急搬送患者を受け入れる湘南鎌倉総合病院ERの様子を伝えつつ、この地域をモデルとし、トップダウンで各地の病院機能の役割分担を進めてほしいと願いながら筆を進めた。

大規模病院に医療資源と患者を集約させ、周囲の病院がその後方支援をする。それは医師をはじめとした医療従事者と、住民の両方を守ることになる。今回の密着取材で改めてその確信を得ている。

コロナ禍は長年無視されてきた医療業界の問題点を露見させた。非常時の今だからこそ、改革は進めやすいはずだ。「医療崩壊」といわれる危機を繰り返さないためになにをするべきか。このリポートが一助になることを願っている。

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笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)など。

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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)

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