経営学者の提言「コロナ禍の病院には"トヨタ流の権限委譲"が役に立つ」

プレジデントオンライン / 2021年1月25日 11時15分

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コロナ禍の組織経営でもっとも重要なことはなにか。神戸大学大学院経営学研究科の栗木契教授は「変化が激しく不確実性が高い環境では、権限委譲が適している。参考になるのはトヨタ流のやり方だ。これは関西のある病院でもすでに取り組まれている」という――。

■危機のなかで組織をいかに動かすか

コロナ禍のなかで忘年会も、新年会も諦めることになり、寂しい思いをしておられる方も少なくないだろう。しかし2020年は憂さを晴らして、忘れ去ってはいけない1年である。今は、重たくも貴重な1年の経験を振り返ってみるよい機会だ。

2020年は、危機のもとで組織をいかに動かすかが問われる年となった。分野や領域によってコロナ禍の影響は異なる。しかし、同じ産業のなかでも、コロナ禍のもとで健全な動きを保てたか否かの明暗が分かれるケースは少なくない。各種の経営のリーダーたちはどのように組織を動かしていたか。予断を許さない2021年に向けて、今振り返っておくべき課題である。

経営とは、組織や市場のコンテクストを踏まえた対策を選択する必要性の高い問題である。しかし、共通の課題のもとでは、地域の病院とグローバル自動車メーカーのような異業種での共通の行動原理が有効となることもある。今回は、相互依存性の高い組織の危機対応という問題について事例を振り返ろう。

■なぜ権限委譲が必要なのか

各種の危機のもとでの経営行動は、不確実性のなかで機会をたぐり寄せようとする懸命の活動となる。新型コロナウイルスなどの未知の課題への経営対応においては情報収集が大切だが、完全な情報が整うことを待っていては行動に出遅れる。

では、そこでの適切な組織行動とは、どのようなものか。経営学のテキストには、変化が激しく不確実性の高い環境では、権限の委譲が適していると書かれている。

スタッフや拠点数の少ないうちは、トップの目が組織の隅々にまで行き届く。しかし組織が大きくなると、そうはいかない。予断を許さず、各所の状況が刻々と変化していく危機のなかでは、トップがいかに優秀であっても、一つひとつの判断をすべてトップが行っていては、意志決定の渋滞が起こる。だから権限を委譲する対応が求められる。

■グローバルなサプライチェーンを維持するには

時計の針を1年戻そう。2020年2月までの中国武漢発のコロナ禍の影響は、日本の多くの産業において、中国からの製品や部品や素材の調達が細ったり、止まったりするというサプライチェーン問題だった。コロナ禍を受けて工場などに従業員が出勤できなくなったことが、その主要因である。続いて同様のサプライチェーン問題が、中国以外の国々にも広がっていく。

各地における従業員の出勤と操業を維持するための対策は、国、地域、そして一つひとつの工場によって状況が異なる。グローバル企業の本社がこれらの状況について各拠点の正確な情報を収集し、一つひとつ指示を行おうとすれば、時間を要する。それならば、世界の各国・地域の拠点において、個々に状況を踏まえて判断を行い、行動に移すほうが、より迅速で的確な対応につながる。

■単純な権限委譲ではうまくいかないケース

とはいえ、この処方箋には限界がある。国や地域の拠点への権限委譲という処方箋の有効性は、各拠点間の相互依存性が低い場合に限られる。

例えば、工場などの従業員の勤務体制や各種の手当の拡充などについては、各拠点に権限を委譲して、それぞれの判断で柔軟に対応を進めていけばよい。拠点間の相互依存性が低い問題だからである。

しかし、グローバル・サプライチェーンを確立しているメーカーの場合は、最終製品のための素材、部品の生産、そして組み立てを世界の最適地で行い、販売国へ運ぶというオペレーションを日々動かしている。この調達と生産の連鎖については、各工場間の相互依存性が高い。前工程が止まれば、後工程も生産を続けることができない。

後工程が止まっているのに、前工程が生産を続けると、中間在庫が積み上がってしまう。災害などによる変化のなかで各拠点がそれぞれの状況に応じて生産量を独自に決めはじめると、グローバル・サプライチェーンの各所で不足や滞留が生じる。

■「災害に弱い」との評価をはね返したトヨタ

災害などにより調達が滞っても、数日分の素材や部品の在庫が組立工場にあれば、生産を続けることはできる。しかしトヨタ生産方式は、無駄を省き、各工場は中間在庫を必要最小限しかもたない。生産の拠点間の相互依存性が高いオペレーションであり、そのためにトヨタ自動車のサプライチェーンは、災害に弱いとの評価もあった。

ところがコロナ禍のもとでのトヨタは、赤字に陥る同業他社も少なくないなかで、黒字を確保している。リーマンショック以降の10年間ほどにトヨタは、国内外の各所で毎年のように生じる地震、水害、火災などの災害に対応するなかで、災害時の組織対応の改善を進めていたことが効果を発揮していると見られる。

トヨタのグローバル・サプライチェーンの危機対応については、すでにプレジデントオンラインにおいて野地秩嘉(つねよし)氏が「トヨタがコロナ危機のとき『役員向けの報告書』を現場に禁止した理由」とのタイトルのもとでリポートを行っている。以下では、その要点を振り返り、ライブラリ・リサーチの結果も踏まえて、拠点間の相互依存性が高い組織が危機に直面した場合の権限委譲のあり方を見いだしていこう。

■東日本大震災以来築き上げてきた取引先データベース

コロナ禍が広がるなかでトヨタの各種の工場間の連鎖にも狂いが生じはじめる。自動車には3万点ほどの部品が必要であり、そのたった一つが欠けても生産はできない。トヨタでは2020年2月4日に生産・物流の対策本部が立ち上がる。この対策本部の役割は、各工場の状況を把握しながら、必要な在庫を確保するべく、調達先工場の切り替えなどの判断と指示を日々行うことである。

トヨタのグローバル・サプライチェーンの危機対応は一夕一朝に出来上がったものではない。阪神淡路大震災からの積み重ねがあるというが、東日本大震災以降にトヨタはサプライチェーンの情報システムの構築を開始し、平時からのデータベースの充実に努めてきた。現在では10次先の取引先までのデータを収集しているという。

このデータベースには、取引先の名称、生産している部品、代替生産が可能な他の工場などがおさめられている。対策本部は被災時にはこのシステムを用いて、問題が生じている工場を特定し、代替生産計画を立て、物流ルートを確立する。

トヨタは、これまでに災害のたびに、生産調査部の若手などの復旧支援のスタッフを、自社だけではなく、取引先工場にも派遣してきた。彼らは復旧のための判断のトレーニングを受けており、専門家的な視角からの情報を現地からトヨタの対策本部に報告する役割も担う。この情報には、復旧に必要な資材や、追加派遣の人員の要請などが含まれる。

■被災工場での現場経験をもつスタッフが意思決定

トヨタにはこうした蓄積があり、コロナ禍のもとでの対策本部に加わるスタッフの多くは、被災時の工場での現場経験をもつ人たちである。そのために対策本部では、情報システムを回すだけではない、経験ベースの意思決定を日々行うことができる。

会社の組織図のイラスト
写真=iStock.com/lucadp
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トヨタではコロナ禍を受けて、生産・物流の対策本部にサプライチェーンの維持にかかわる意思決定の委譲を行っている。対策本部を問題解決に集中させるために、把握した状況や、決定した対策を、役員などの上層部に伝える報告書作成などは行わなかったという。社長をはじめとする役員たちが、状況や対策を知りたければ、対策本部の大部屋に出向き、説明を求める。

■ファンクションを単位とした権限委譲

組織内の権限委譲は、災害などによる不確実性のもとで有効な経営の原則のひとつである。危機を受けて、国や地域など、地理的な範囲をより小さく絞って意思決定を行うことに切り替える組織は少なくない。

しかし経営の判断の有効性は条件しだいであり、危機のなかでの権限委譲をどこに対してどのように行うかを見誤ると、権限委譲は効果を発揮するどころか、組織をさらなる混乱に陥れる場合があることには注意が必要である。

コロナ禍のもとでのトヨタは、サプライチェーンについての地理的な範囲を絞る権限委譲は行っていない。トヨタの生産活動は、グローバル・サプライチェーンのなかで行われるようになっており、国や地域の各拠点の相互依存性が高い。

そのなかでトヨタは権限委譲を地理的な単位ではなく、ファンクション(機能)を単位に行っている。平時より生産と物流の危機対応の調査などにかかわってきた部門を中心とした対策本部に、サプライチェーンにかかわる意思決定の委任が行われている。この権限委譲を支えるデータベースやスタッフの専門性については、平時よりその充実がはかられている。

■関西ろうさい病院での「権限委譲メソッド」

トヨタは日本を代表する巨大なグローバル企業である。スケール感の違いから、その危機対策は自社には縁遠い話と感じてしまう方もいるかもしれない。だがトヨタ流のファンクションを単位とした権限委譲は、より小さな規模の組織でも有効である。このことを確認するために、コロナ禍第1波を受けての地域の病院の対応に目を転じよう。

関西ろうさい病院は、兵庫県尼崎市にある病床数642床の病院である。地域医療支援病院として年間7000件ほどの救急医療を24時間態勢で受け入れている。同病院は、診療部門、事務部門などからなるが、今回取り上げるのは、この病院の看護部門におけるコロナ禍のなかでの対応である。同病院には、嘱託も含めると700名ほどの看護師がいる。部門としての組織立った行動が求められるが、そのスケールはトヨタと比べると格段に小さい。

関西ろうさい病院は感染症指定医療機関ではなく、コロナ禍の第1波、第2波の期間には、新型コロナ患者の診療や入院治療は担当していない。しかし新型コロナ感染の可能性のある帰国者・接触者外来は受け入れており、他の症状で来院、入院した患者が新型コロナに感染している場合もある。感染予防を行い、地域の救急医療が崩壊することのないように対策を進めてきた。

同病院は、新型コロナ患者を受け入れる中核病院とのすみ分けのなかで、コロナ禍のもとでは例年よりは多い数の救急患者を受け入れ、これまでの第1波、第2波では院内感染を発生させることなく、地域医療を支えてきている。

■新型コロナの発生を受けての病院の対応

新型コロナウイルスへの感染が拡大しはじめた2020年の3月、関西ろうさい病院の副院長兼看護部長の平井氏のもとに感染管理認定看護師(以下、感染管理CN)から「対応しきれない」との訴えがあった。業務が急増し、情報も錯綜(さくそう)するなか、仕事をこなせなくなっていたのだ。

一般に病院には、外来や病棟で直接患者に接する看護師の他に、専門性の高い看護を担当する看護師がいる。関西ろうさい病院の場合には、感染管理の他に、がん看護、慢性疾患看護、緩和ケアなどを担当する専門看護師や認定看護師がいるという。

関西ろうさい病院の感染管理CNたちは、日々の保健所との窓口として情報収集に努めるとともに、入手した情報を踏まえた対策を必要に応じて病院内の医師や看護師に伝達していた。コロナ禍のなかで、この保健所とのやり取りや病院内の情報伝達の業務が、大幅に増加していた。

■まずは権限委譲で業務負担を軽減

平井氏は、保健所との窓口は事務部門に交代してもらい、各病棟などへの情報伝達については看護副部長に加わってもらうことにした。看護副部長と感染管理CNで対策本部のような関係をつくり、ここに感染症対策の意思決定と管理の権限を渡すかたちに組織運営を変えたのである。

感染管理CNは、担当する専門領域に通じている。それは机上の知識だけでない。インフルエンザなどの感染症は毎年のように発生する。病室や手術室などで問題が発生するたびに、病院では医師や看護師などが参加する改善プロジェクトを立ち上げており、感染管理CNはそこにリーダーとして参加する。こうした活動を通じて認定看護師は、病院内の各所の部門やスタッフの状況にも通じていた。

■管理の徹底は対策チームで補完

では、なぜ、感染管理CNは、コロナ禍に対応しきれないと感じているのか。平井氏は、感染管理CNが苦手としているのは、管理の徹底の問題だと考えた。

感染管理CNは、保健所などから入ってくる情報を踏まえて、病院内での新型コロナウイルスに対応した清掃の方法、防護服の着用方法、あるいは検体の採取方法など決め、その実行を徹底させていくことが職務となる。そのためには各病棟などへの指示の伝え方、そして伝達した内容がきちんと実施されていることの確認が重要になるが、こうした管理活動には感染管理CNは慣れていない。

一方看護副部長は、日常より各種の管理活動を行っている。関西ろうさい病院の看護副部長たちは、必要に応じて担当する病棟などに出向き、日々の指示がどれだけ実行されているか、指示が徹底しにくいのはどの師長が担当する部門かなどを把握したり、改善のためのフォローを行ったりしていた。

こうした日々の管理の経験に富んだ看護副部長と、感染症の専門知識をもつ感染管理CNが連携して、病院内の感染症対策を進めるようにしたのである。これを平井氏は、「人を活かす組織づくり」と語る。

病院では、病棟ごとに患者の病状も異なり、通常は面会や患者の行動などは、病棟ごとの判断で柔軟に対応する。しかし、未知のウイルスに直面するなか、院内感染を発生させないためには、必要な対策をすべての病棟などで徹底しなければならない。一病棟だけで対策が完結するわけではなく、病院内の各部門の行動の徹底が、相互を支え合う状況となっていたことを踏まえての組織対応である。

その結果、コロナ禍の第1波、第2波において、関西ろうさい病院はクラスターを発生させることなく、地域の急性期病院として、通常より多くなった救急患者を受け入れ続けてきた。

現在の第3波のもとでは、新型コロナウイルス感染者の増加に伴い感染症指定医療機関での受け入れが困難になってきている。そのため関西ろうさい病院院も重症患者(ECMO:エクモ対応)などを受け入れ、かつ救急患者の受け入れも継続している。国・地域の動向を見ながらさらに効果的・効率的な組織対応が求められているという。

■組織の大小を問わず使える「権限委譲」テクニック

各種の拠点や部門間の相互依存性が高い場合には、組織のファンクションを単位とする権限委譲が有効となる。このことはグローバル・サプライチェーンを動かす巨大メーカーでも、地域の急性期病院でも変わらないようである。

組織の構成員の能力を高めたり、情報システムを整備したりしておくことも、平時においての危機への備えとして重要だが、緊急時には組織の運営方法の切り替えの判断をリーダーが行わなければならず、この判断が危機下での組織のパフォーマンスを左右する。本稿の二つの事例から学んだポイントをまとめておこう。

・危機が生じた後は、組織のリーダーがすべてを引き受け意思決定するのではなく、適切な拠点や部門に権限を委譲することで、早期の臨機応変な対策が実現する。

・この権限委譲には、地理的な範囲を絞っての委譲とともに、ファンクションを単位とする委譲があり、組織の拠点や部門の相互依存性が高い場合には、後者の有効性が増す。

・危機のもとでのファンクションを単位とする権限委譲の有効性を高めるためには、あらかじめファンクションごとの危機対応の専門スタッフを確保し、これらのスタッフに各種のプロジェクトなどで現場を踏ませることで土地勘を養わせておくとよい。

・ファンクションを単位とする権限委譲は、専門スタッフを中心としたチームに対して行うとよい。組織全体のリーダーが担うべき大きな役割は、この緊急対応のチームの編成をどのように行うかである。

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栗木 契(くりき・けい)
神戸大学大学院経営学研究科教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)

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