「きっかけは夫婦げんかだった」更年期の絶不調を起業のバネにした2児の母の執念
プレジデントオンライン / 2021年1月20日 8時15分
■更年期世代カップルのコミュニケーションを支援
女性のLINEには朝いちばんに、体調を尋ねるメッセージが入る。「よく眠れず疲れが取れていない」「体調はいいけど気分は落ち込み気味」といったメッセージを返すと、そのメッセージがパートナーに伝えられる。
そんなふうにパートナーとのコミュニケーションを促すのが、高本さんが運営する「wakarimi」だ。冒頭のように、その日の女性の体調がパートナーの男性に伝えられるほか、更年期や女性の健康に関するクイズが出されることもある。また、「相手に対して感謝していること」「休日にしたいこと」などの答えを共有したりすることもある。コミュニケーションを改善するためのアドバイスが受けられるほか、2人で行うワークショップなども配信される。
「今は男性も女性も忙しく、休日も疲れています。会話もだんだんなくなって、『相手は自分のことを全然わかってくれない、自分のことを気にかけてくれない』と、お互いに疑心暗鬼が広がってしまう。そこで、その日の体調だけでなく、お互いが考えていること、感じていることをうまく引き出し、言語化して相手に伝えられるようコミュニケーションの手助けをするのがwakarimiです」
■更年期の症状で夫婦仲がぎくしゃく
高本さんがwakarimiの着想を得たのは2年前。43歳のときだ。
「すごく疲れやすくて、肩こりがひどい、頭痛がする……と、日に日に体調が悪くなり、仕事や育児は何とかこなしても、家事まで手がまわらなくなってきたんです。夫に『しんどい』と言ってもなかなか理解してもらえず、サボっているようにしか見られない。ケンカが増えて、夫婦のコミュニケーションは最悪の状態になりました」
そんな中、たまたま医療関係の仕事をしている友人から、「更年期障害ではないか」と指摘された。
「更年期障害というのは50代くらいで始まると思い込んでいたので、私も驚いたのですが、調べてみたら、まさに更年期障害の症状そのもの。更年期は閉経の時期をはさんだ前後10年間くらいを指すので、40代で症状が出はじめることが多いんですね」
不調は女性ホルモンの変化によるものだとわかったが、高本さんは、それを夫にも理解してほしいと考えた。
「でも、私からすれば『これだけ体調が悪いんだから、見たらわかるだろう』と思うけれど、彼からすると『説明してくれないとわからないし、どうしてほしいかは言ってもらわないとわからない』。どちらが悪いというわけではなく、伝え方を変えないといけなかったんです」
お互いの認識のズレをどう埋めるか。コミュニケーションの見直しがスタートした。
■実体験から得たアイデアをビジネスに
「今、自分がどういう体調なのかを説明し、彼に何をしてほしいかを言葉にして伝えるということを実践し始めました。同時に、いろいろな論文を読んだり、夫婦カウンセラーの資格をとったりと、女性の体のことや夫婦間のコミュニケーションについても学びました。そうしていくうちに、体調をコントロールできるようになり、パートナーとの関係も改善。生活も楽になってきました」
周りの友人たちに聞いてみると、同じように、更年期による不調や、そこから生まれるパートナーとのコミュニケーションのすれ違いに悩んでいる人が多かった。そして「自分の体験を体系立てて、システムに落とし込めば、ビジネスになるんじゃないか」と思い至った。実体験がwakarimiにつながった。
wakarimiのシステムには、自身の体験から得たアイデアをふんだんに盛り込んだ。
「まず、更年期の知識をパートナーと共有すること。そして、女性の体調を日々、パートナーに伝える仕組みを考えました。でも、ただ伝えるだけでは不十分です。『女性がこうだから、男性はこんな風な行動をするといい』『こんな声かけをするといい』と、できるだけ、どんなアクションをすべきか具体的にわかるようにしています。相手に感謝を伝えることも重要です。『今、パートナーに感謝していることは何ですか』『どれぐらいありがとうと言えていますか』、そういった問いかけをして、その答えを相手に伝えるようなワークも入れました」
β版は2020年4月に完成。7月には本格稼働を迎えた。ビジネス化を思いついてからわずか半年という早いスピードで起業が実現した。
■もっと「更年期」を知ってほしい
wakarimiの料金はカップルで月1500円(税抜き)。登録者数はじわじわと増えており、100組に近づいている。立ち上げ後は高本さん自らが、更年期や夫婦間コミュニケーションに関する講習会やセミナーを積極的に主催しているほか、最近ではフェムテックに注目が集まっていることもあり、メディアに取り上げられることも増えている。
「wakarimiを使い始めた女性からは、『パートナーが寄り添ってくれるようになった』という感想をいただきます。『相手に不満を抱えていたけれど、思いやりがなかったわけではなく、ただ私の体調がわかっていなかっただけでした。意外と私のことを考えてくれていたことがわかり、反省しました』という声もありました。また、体調が悪いことを自覚するきっかけになり、婦人科の受診につながったというケースもあります」
同時に課題も見えてきた。
「そもそも『更年期』という言葉に対して拒否感のある人が多いんです。『こんなに抵抗感が強いのか』と驚いたほど。『更年期障害に悩む人のためのサービスです』と言っても、『更年期って50代くらいの女性の話でしょう? 私はまだ更年期じゃないから必要ありません』となってしまう。ですから、『何か不調はありませんか? こんな症状はありませんか?』とヒアリングし、更年期について知ってもらいながらサービスの必要性に気づいてもらうようにしています」
■男性に使ってもらうために工夫
また、女性の側が「使いたい」と思っても、男性に使ってもらうのが難しいという壁もある。
「そもそも夫婦のコミュニケーションに課題があるカップルのためのサービスですから、当然と言えば当然です。『どうせすんなりOKしてくれないだろうから、使ってほしいと頼みにくい』という女性が多い。でも、実は夫に声をかけてみたらすんなり使ってくれたというケースも多いんです。壁は、女性の心の中にある『断られたらイヤだな』という不安感、ということも多いんですよね。『友達に、使ってみてほしいと頼まれたから、お願い』と、“外圧”を言い訳にするとうまくいくようです」
男性に使い続けてもらえるサービス作りも、簡単ではない。
「男性は一つひとつのやり取りについても、すぐに『なんでこんなことに答えなくてはいけないんだ』となってしまう。理由を明確にしないと動いてくれないので、丁寧に説明して納得してもらえるようにしています。また、女性の“しんどさ”の原因を理論的に説明したり、一週間に一回、女性の体調を数値化したレポートを送ったりしています。数字の裏打ちがあると、腹落ちしてもらいやすいようです」
ただ、最初は興味を持って動いても、だんだんとはなれていくユーザーもいる。
「ゲームと同じです。いかにコンテンツを充実させて、飽きずに使ってもらえるか。継続的に新しいコンテンツを追加して、検証しながら進めています」
■今や「更年期」は企業が取り組むべきテーマ
wakarimiは高本さん自身の原体験から立ち上げた事業だったが、実は欧米では、女性の更年期のケアの必要性については、社会的な認知が広がりつつあり、企業や政府も力を入れて取り組んでいるという。
「女性の就労人口に占める更年期世代の比率が年々高まっているからです。特に、ジェンダーギャップが埋まって女性が活躍している国ほど、こうした取り組みに積極的です。イギリスでは10社に1社が、福利厚生として社員に更年期向けプログラムを提供していると言われます」
更年期の症状が出てくる40代は、会社でも責任あるマネジメントのポジションにつき始める時期だ。女性が、力を発揮しながら働き続けられる環境づくりを考えると、更年期のケアは避けて通れない。
「日本では、更年期世代の女性の2割ぐらいは更年期障害が原因で退職するというデータもあります。wakarimiも今後は、直接カップルに利用してもらう(BtoC)だけでなく、企業に福利厚生として導入してもらい、研修とセットで社員に提供してもらう(BtoBtoC)といったやり方にも力を入れるつもりです」
日本では、家庭でも職場でも、まだまだ女性の生理や更年期にともなう不調の理解は進んでいるとはいえない。高本さんは、「少しでも女性の『しんどさ』について理解が広がり、つらい思いをする女性が少なくなれば」と話している。
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wakarimi代表
1975年生まれ、滋賀県出身。1999年お茶の水大学卒業後、セブン&アイ入社。2006年帝人に転職。2016年にアメリカでMBA取得。ヘルスケア系企業を経て、医療向けAIロボットソフトウェアベンチャーに参画。2020年4月wakarimi立ち上げ。滋賀県大津市在住。2児の母。
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(wakarimi代表 高本 玲代 構成=池田 純子)
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