あのインテルも苦境…半導体業界の激変が日本にとってチャンスである理由
プレジデントオンライン / 2021年1月22日 17時15分
■DXの波に台頭した台湾のファウンドリー
コロナショックの発生によって、世界経済の環境変化のスピードが加速している。米携帯電話大手ベライゾン・コミュニケーションズのトップのハンス・ベストベリ氏が「コロナショックによって世界経済のDX(デジタル・トランスフォーメーション)は5~7年前倒しされた」と指摘するほど、そのインパクトは大きい。
そうした状況下、世界の半導体業界では台湾のファウンドリー(半導体受託生産会社)であるTSMC(台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング)の影響力が一段と高まっている。世界のIT、自動車など多くの企業が、世界最大手のTSMCの生産ラインを取り合い半導体の需給逼迫(ひっぱく)は鮮明だ。
世界の半導体業界が重大な構造変化に直面する中、わが国の企業は微細かつ高純度の半導体関連部材や、IT機器から社会インフラまで幅広く使われるパワー半導体(電力の供給とコントロールを司る電子部品)の分野で強みを発揮している。最先端(回路線幅5ナノメートル)の半導体生産に不可欠なEUV(極端紫外線)フォトレジスト(感光材)やその原料の分野で世界的なシェアを持つ本邦企業は多い。
今後、IT関連の投資は世界各国で増加し、半導体需要も増勢を維持するだろう。動線を前提としない経済活動を支える大手ITプラットフォーマー不在のわが国にとって、半導体関連の部材、製造装置(精密機械)、およびパワー半導体関連企業の競争力は、中長期的な経済の安定に無視できない影響を与えるだろう。それに加えて、高い製造技術と新しい発想の結合を目指す企業が増えることが、中長期的なわが国経済の展開に無視できない影響を与えるはずだ。
■生産委託が加速する半導体業界
スマートフォンの創造やSNSをはじめとするプラットフォーマーの出現と成長は、米国をはじめ各国の経済成長に無視できない影響を与えた。IT先端技術の活用はデータの重要性を高め、DRAMなどのメモリや中央演算装置(CPU)への需要が高まった。世界の半導体業界では、いち早く、より多くの需要を取り込もうと競争が激化した。その中で変化にいち早く対応し、影響力を発揮しているのがファウンドリー最大手のTSMCだ。
端的に言えば、アップルのiPhoneのヒットのインパクトは大きかった。アップルは、生産工場を持たない“ファブレス”のビジネスモデルを確立し、ソフトウエアなどの設計と開発に注力し、生産を台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業傘下のフォックスコンに委託した。それによって、アップルは設備投資の負担を軽減し、より短期間での新しい製品やサービスの創出を目指した。
その結果、半導体業界ではファウンドリー企業の重要性が一段と高まった。特に、TSMCは最先端から旧式の半導体までを総合的に生産する体制を確立した。それが、米半導体のAMD、NVIDIA、さらにはアップルなどからの生産委託を獲得し、半導体業界における設計・開発と生産の分離が加速した。
■かつて世界を席巻したインテルも…
他方、1990年代から2000年代初めにかけて米マイクロソフトのシステムを支えるCPU(中央演算装置)メーカーとして世界を席巻した米インテルは変化への対応が遅れた。同社は設計・開発・生産までを自社で手掛ける“垂直統合”のビジネスモデルにこだわった。その分、インテルがTSMCと同程度のスピードでチップの回路線幅を細くする“微細化”への取り組みを進めることは難しかった。
2020年7月、インテルのボブ・スワンCEOは外部への生産委託を検討していると述べた。それを見た世界の投資家は、かつて隆盛を誇ったインテルが、垂直統合の体制が環境変化にうまく対応できていないとの見方を強めた。
両社の株価推移を確認すると、2012年半ば以降、TSMCの株価上昇が鮮明だ。投資家は、世界の半導体産業の主導権がインテルから台湾のTSMCにシフトし始めたと考えている。ある意味では、世界の半導体業界における生殺与奪の権が、インテルからTSMCに移りつつあるように見える。
■世界に負けない日本企業の「強み」
わが国にはTSMCのようなファウンドリー企業も、NVIDIAのような半導体企業も見当たらない。また苦戦しているとはいえ、インテルも挽回を目指している。
その一方で、わが国には、半導体関連の部材や製造装置などの分野で競争力を発揮している企業が多い。半導体関連の部材分野において、わが国企業は高純度のフッ化水素、フォトレジスト、シリコン、セラミックなどで世界的なシェアを持つ。わが国企業は原材料の段階から微細かつ高純度の製造技術の向上を追求することによって、海外の企業が模倣できない半導体関連部材を生み出した。大企業だけでなく、中堅企業も微細な素材分野での比較優位性を発揮している。
半導体の製造装置や工場の自動化に必要な工作機械分野でも、わが国は精緻なすり合わせの技術を磨くことで競争力を維持している。逆に言えば、各種部材や部品を組み合わせて生産されたメモリ半導体などは、分解することによって競合企業に模倣されやすい。
■日本進出をもくろむTSMC
コロナショックの発生によって、わが国企業が持つ微細な原材料の創出技術や、高度なすり合わせ技術の重要性は一段と高まった。テレワークの導入やITプラットフォーム上での動画視聴やネットショッピングの増加によって、世界的に半導体やパソコンなどの生産が増えた。中国では自動車のペントアップディマンドも発現した。それが、半導体の需給を逼迫させ、関連する原材料への需要を支えている。
また、工場の自動化に必要な工作機械や制御動作に関連する装置分野でも、わが国は世界の需要を取り込んでいる。TSMCはわが国での工場建設を目指している。その理由は、より効率的に高純度かつ微細な半導体関連の部材を調達するだけでなく、半導体製造装置や各種精密機械メーカーとの連携を強化して、ファウンドリー企業としての総合力を高めるためだ。
また、大量の電力供給や制御を行うパワー半導体分野では、わが国企業が世界の3割程度のシェアを確保していると考えられる。パワー半導体分野でわが国企業は、高熱への耐性向上や電力損失の抑制を実現する原材料の開発などに取り組み、国内自動車メーカーの要求に応えてきた。それはパワー半導体市場でのシェア維持を支える要素の一つといえる。
■日本企業が生き残る方法は
コロナショックによって加速したDXは、さらに勢いを増すだろう。半導体需要は増加し、機能向上の重要性も増す。それを支える要素は多い。米国やEUなどは環境政策を推進し、再生可能エネルギーの利用増加を目指す。自動車の電動化、ビッグデータの分析による需要創造、工場や家庭でのIoT(インターネット・オブ・シングス)技術の導入も半導体需要を押し上げる。逆に言えば、半導体の機能向上は人々のより良い暮らしに不可欠だ。
それは、わが国にとってチャンスだ。わが国には、他国にはまねできない微細かつ精緻なすり合わせ技術がある。それを新しい発想(ソフトウエア)と結合することによって、企業が新しい人々の生き方という意味での需要創出を目指すことは可能だ。
良い例に、ソニーのEV試作車である“VISION-S”の試験走行がある。ソニーは、モノづくりの精神を磨き、画像処理を行う“CMOS(相補性金属酸化膜半導体)センサー”の需要を取り込んで業績を立て直した。強みを新しいコンセプトの自動車創造に用いることによって、ソニーは人々に新しい生き方を提唱しようとしているように映る。
そうした取り組みが、これまでにはないICチップの創造や機器の開発を支える。ある意味では、ソニーはかつて“ウォークマン“のヒットによって世界の音楽文化を一変させたような強さ、輝きを取り戻そうとしているように見える。新しい発想の実現に取り組む企業の増加は、わが国の経済と社会の活力向上に欠かせない。
■部材の進化がイノベーションを支える
コロナショックの発生によって、米中の大手プラットフォーマーに比肩する企業が見当たらないなど、わが国のIT後進国ぶりは鮮明だ。感染再拡大や変異種の発生によってわが国経済の回復には、数年単位の時間がかかるだろう。
だからと言って、悲観しても仕方がない。突き詰めていえば、半導体は新しい発想の実現を支える。わが国企業には半導体関連の部材や製造装置、およびパワー半導体関連の技術を磨き、それらの要素と新しい発想の結合をより積極的に追及してもらいたい。それが、次世代の環境、自動車、通信分野でのイノベーション発揮を支える。
そのために、政府はスピード感をもって雇用に関する規制の緩和などに取り組み、人々の新しい発想がよりダイナミックにモノづくりに反映される環境を目指すべきだ。
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法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)
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