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「問われるのは読解力より忖度力」第1回共通テストは"国語"に致命的な問題がある

プレジデントオンライン / 2021年1月30日 11時15分

教室の前に置かれた消毒液 - 筆者撮影

大学入試センター試験に変わって、今年から導入された「大学入試共通テスト」。それを受験した国際教育評論家の村田学さんは「日本教育のガンは国語だとわかった。国語の出題形式が変わらないと、思考力や表現力は育たない」と語る。国語試験で感じた問題点とは――。

■共通テストをお試し受験

1月16日、筆者は受験生として、第一回大学入学共通テストの受験会場にいた。

現在47歳。過去にセンター試験を2回経験したことがある国際教育評論家として、国が進める大学入試改革の目玉である「共通テスト」をお試し受験してみようと思ったのだ。

ちなみに、試験中にマスクから鼻を出して失格になり、トイレに立てこもって逮捕された受験生(その後、釈放された)が私なのではと心配する友人が多数いたが、私ではない。試験中、ずっとマスクをしていると耳が痛くなって、ズラしたりしていたが、幸いに注意されることはなかった。

■緊張感に包まれたコロナ禍の受験会場

私の受験会場は東京都立大学の南大沢キャンパス(八王子市)だった。当日、最寄りの南大沢駅から試験会場までの通路では、拡声器で「前の人と距離を空けて進んでください」という呼びかけがされていた。

正門前で受験生は、手を消毒し、さらに受験票チェックを受ける。その後、受験する教室へ向かうが、建物前で体温チェックと掲示されたコロナ対策を確認し、再度、教室前に置かれた消毒液で手指消毒を行った。

筆者は大講義室で受験した。扉を開けると200人ほどの受験生の姿が目に入ったが、物音はない。会場を沈黙が覆い、咳をすることもはばかれる緊張感が張り詰めていた。

30年前に受けたセンター試験では、休憩時間など同級生や予備校の知り合いと話し、キャンパスで昼食を共にしたものだ。しかし、コロナ禍の共通テストは消毒、マスク着用、会話なし。トイレに行く時以外、自分の席にいることが受験者に課せられて、一日中、お葬式のような雰囲気だった。

■知識がなくても解ける問題が増えていた

私はこの日、「地理A」「政治経済」「国語」「英語」の4科目をお試し受験した。

地理Aや政治経済では、論理的な思考力や読解力があれば、知識がなくても解ける問題が多かった。

たとえば、地理Aの問題ではタピオカミルクティーという身近な題材をきっかけに、「なぜ、世界中からさまざまなものが集まり、食べたり、飲んだりできるようになったか」が問われた。問題ではこのテーマの研究事例として不適切なものを選ぶ。選択肢は次のとおり。

1 原産地を表示する制度により、地域ブランドを明示したフランス産のチーズが安価に輸入されるようになった。
2 自由貿易協定の締結により、オーストラリア産の牛肉が低い関税で輸入されるようになった。
3 輸送技術の向上により、ニュージーランド産のカボチャが日本での生産の端境期に輸入されるようになった。
4 養殖技術の確立により、ノルウェー産サーモンを一年中輸入できるようになった。

答えは1で、原産地を表示する制度が、世界中から食べ物が輸入されることの直接的な理由ではないことがわかれば小学生でも解けそうだ。

政治経済では、不良債権処理と貸し渋りの関係を、「経済不況以前」→「経済不況」→「不良債権処理」時の銀行のバランスシート(貸借対照表)を見て考える問題が出題された。高校生がバランスシートを見たことはないかもしれないが、答えはすべて図の中に書かれている(問題1参照)。知識偏重と批判されてきた日本の大学入試を、思考力重視に変えようとする意思を感じる問題が多かった。

「政治・経済」で出題された問題例
「政治・経済」で出題された問題例(出典:中日進学ナビ 2021年度大学入学共通テスト 問題・解答速報より)

■まるで「ブラタモリ」。解くのが楽しかった

解いていて楽しかったのは、地理Aの第5問。

京都市に住むタロウさんが、京都府北部の宮津市の地質調査をする設定の問題。現在の地形図と江戸時代の絵図を比較したり、宮津湾と阿蘇海の間にある「天橋立(あまのはしだて)」の調査では、タロウさんの撮った写真が示され、地図上のどこから撮影したかを問うたり(問題2参照)。筆者が試験の前の週に見た「ブラタモリ」でまさに同じようなことをしていて、解きながら番組を見ているような楽しさを感じてしまった。

「地理A」で出題された問題例
「地理A」で出題された問題例(出典:中日進学ナビ 2021年度大学入学共通テスト 問題・解答速報より)

■文法・訳文中心から「実用英語」重視が鮮明

民間試験の活用が見送られ、何かと注目を浴びていた英語試験。「リーディング(80分)」「リスニング(60分)」に分かれていて、それぞれ比較的平易な英語ながら、文章量が多く、速読(速聴)能力が求められる内容になっていた。

これは大学入学後に、英語文献にあたって、レポートをまとめる能力があるかを問う内容。センター試験の文法や訳文、読解中心の出題から、実用英語に大きく舵を切っている。長年、インターナショナルスクールの経営に携わり、海外の教育を見てきた筆者としては、非常に喜ばしい変化だと感じた。

おもしろかったはリーディングの英文として、学生同士のメッセージアプリのやりとりがあったり、イギリスの学校の生徒会長が、校長に放課後の活動時間の変更について抗議する文章があったこと。新しい校長によって、放課後の活動時間が6時から5時までと短くなった。それは電気代を節約するためではないかと問い、自分たちは放課後の活動を非常に大切に考えているので元に戻すように主張している。イギリスやアメリカの学校では、校長によるルール変更も、その根拠を問い、自分たちの権利主張をするのが当たり前だ。受験生に対してこうした文化を紹介する内容になっている点も、非常に良い問題だったと思う。

■国語だけ時が止まったようだった

受験した4科目のうち、唯一、変化が感じられなかったのが「国語」だ。筆者が30年前に受験した時と同じ、現代文2問、古文1問、漢文1問という出題に驚いた。現代文の小問題5問は、必ず漢字の問題だったが、それさえ同じだった。まるで時が止まったかのようである。

筆者の読解力の問題かもしれないが、出題内容もほかの教科に比べて難解で、ひらたくいうと、ひねくれているように感じた。

たとえば、妖怪の定義がテーマの第1問。

大ブームを巻き起こしたアニメ「妖怪ウォッチ」の妖怪定義に結びつくと期待して読んだが、江戸時代に妖怪がキャラクターになるまでの背景と分析だった。それはいいのだが、分析の方法としてフランスの哲学者、ミシェル・フーコーのアルケオロジー(考古学)の手法がとられる。

妖怪と格闘した跡が残る筆者の「国語」の問題用紙
筆者撮影
妖怪と格闘した跡が残る筆者の「国語」の問題用紙 - 筆者撮影

アルケオロジーの具体的な説明は紙幅の問題(と、筆力の問題)で避けるが、難解な哲学的な手法を理解しているか、それによって妖怪の定義が変わっていくことを理解できているかが、選択問題で問われていく。その文章がいちいち難解で、なんというか……「中二病」をこじらせた文学青年が書いたように思えたのだ(あくまで個人の感想です)。

そして、この選択問題で問われているのは、本人が論理的に読んだり、論ずる力よりも、こじらせた文学青年(出題者)の意図を読み取る、「忖度力」のような気がすると言ったら言い過ぎだろうか。読解力を選択問題で測ろうとすることに無理があると感じた。

もちろん、共通テストでは国語でも記述問題を導入しようとしていたが、採点が大変なことや不平等になるとの指摘によって見送られたことはしっている。苦肉の策で、妖怪の定義の変遷をまとめた「ノート」を登場させて、ノートに整理したときにどんな文言が入るかを選ばせる問題まで出ていた。選択問題でなんとか、記述力(ここではノートにまとめる力)を測ろうとする涙ぐましい努力の跡が見えた。

しかし、それでもお膳立てされた選択肢の中から出題者が考える正解を選ぶことには変わりはない。「忖度力」しか問わない試験で、自ら仮説を立てて検証し、論理的に組み立てていく「論文」を書ける学生がとれるのかは大いに疑問だ。

国語は、すべての学問の基礎である。その国語力を問う、日本の最高学府・大学の入学試験で、記述力が問われてこなかったことが、日本の教育では思考力や表現力が育たないといわれる最大の原因だったと痛感した。

欧米の大学の試験では、必ず記述がある。欧米でも採点者によって不平等になるという批判はもちろんあるが、それでも記述力を問うことの大切さを理解しているからこそ、入試では記述させるのだ。日本にマークシート方式が導入された共通一次が始まった1971年から42年間。毎年50万人以上もの受験生がマークシートを黒く塗りつぶす度に、学問の基礎である国語力を黒く塗りつぶしてきた。

一度は導入が検討された国語の記述問題。文科省は見送りを発表したが、どうか記述から逃げずに検討を続けてほしいと願っている。

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村田 学(むらた・まなぶ)
国際教育評論家
アメリカ生まれ、日本育ちの国際教育評論家。3歳でアメリカの幼稚園を2日半で退学になった「爆速退学」経験から教育を考え続ける。国際バカロレアの教員研修を修了し、インターナショナルスクール経営などを経てie NEXT & The International School Timesの編集長を務める。

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(国際教育評論家 村田 学)

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