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戦後最もロシアに友好的な安倍外交への回答は「北方領土の要塞化」だった

プレジデントオンライン / 2021年2月3日 9時15分

2019年9月5日、ウラジオストクでの27回目の安倍―プーチン会談 - 写真提供=内閣広報室

安倍晋三首相はトランプ氏と親交を重ねながら、プーチン大統領にも取り入り、「トランプもプーチンも」の二股外交を進めた。安倍、トランプ両首脳が退陣した宴の後、安倍対露外交失敗のツケが回ってきた――。

■「北方領土の日」に、菅政権下で領土交渉は後退

「北方領土の日」の2月7日、恒例の「北方領土返還要求全国大会」が、新型コロナ禍で規模を縮小してて東京・渋谷で行われる。だが、肝心のロシアとの領土交渉は、菅義偉政権下でますます後退している。ロシア側は安倍晋三政権末期から高飛車な姿勢を強め、「ゼロ回答」が続く。ロシア社会の反プーチン運動の高揚もあり、領土問題での譲歩はありそうもない。対露戦略の再検討が必要だろう。

菅義偉首相は就任から2週間目の9月29日にプーチン大統領と初の電話会談を行った。日本外務省の発表では菅首相は「日露関係を重視している。平和条約締結問題を含め、日露関係全体を発展させていきたい。北方領土問題を次の世代に先送りすることなく終止符を打たねばならず、プーチン大統領としっかりと取り組んでいきたい」と伝えた。

これに対し、ロシア側の発表では、「露日関係をあらゆる分野で前進させるために努力する意志を確認した」とあるだけで、領土問題や平和条約への言及はなかった。

2020年以降、コロナ禍で日露間の対面交渉は行われておらず、北方領土のビザなし交流も昨年は初めて中止された。

■北方領土を要塞化し、領土割譲には「10年の刑」を科すロシア

菅政権発足後、ロシア側の対応はますます強硬になっている。ロシアは昨年、事実上の対日戦勝記念日を従来の9月2日から中国に合わせて3日に変更し、国後、択捉、色丹3島で対日戦勝75周年式典を実施した。菅首相とプーチン大統領の電話会談があった9月29日には、北方領土を含む地域で軍事演習が行われた。

昨年10月には、南クリル(千島)の防衛力強化のため、最新型の主力戦車T72B3の配備を開始。12月には、地対空ミサイルS300V4が択捉島に実戦配備された。射程は400キロメートルで、北海道東部上空も射程に収める。近年、最新鋭戦闘機スホイ35が3機、択捉島に配備されるなど、北方領土の「要塞化」が顕著だ。

ロシアは2020年7月、「領土割譲禁止」の条項を盛り込む憲法改正を行ったが、これを踏まえて違反した行為に最大10年の刑を科す刑法改正が制定された。今後、ロシア側交渉担当者は「10年の刑」を意識しながら交渉に臨むわけで、大きな制約となる。「領土割譲を呼び掛ける行為」も最長4年の刑だ。

こうして、第2次世界大戦の戦勝意識を高め、民族愛国主義を前面に出すプーチン路線が、領土交渉に大きな打撃を与えた。

■日本の単独行動を許さないバイデン政権で日露交渉は後退へ

バイデン米政権の誕生も、日露関係にはマイナスに働きそうだ。ラブロフ外相はバイデン氏当選後の会見で、今後の日露交渉について、「多くの分野で実際の政策がどう形成されるか見守る必要がある」と述べ、対日交渉を急がない姿勢を示した。

バイデン大統領は「ロシアは米国の安全保障にとって最大の脅威」「同盟国と結束してロシアに対峙する」と公言する反露派。ロシアはバイデン政権下での日米関係や米露関係を見極めた上で対日交渉を進めるとみられる。

ラブロフ外相はその後も、「日本がロシアを敵視する米国と同盟関係にある以上、懸念は続く」「米国が日本に中距離ミサイルを配備すれば、対抗措置を取る」と対日けん制を強めている。

親露的なトランプ前大統領は安倍政権の対露融和路線を容認したが、バイデン大統領は「同盟国の結束」を重視しており、日本の単独行動を許さないだろう。

日露交渉は歯舞、色丹の引き渡しを明記した1956年日ソ共同宣言を基礎に交渉を加速化するとの安倍・プーチン合意を受けて、2019年から本格交渉に入ったが、ロシア側首席代表のラブロフ外相は「4島がロシア領であることを公式に認めることが交渉の条件」と強調した。

これを認めるなら、領土問題はその時点で法的に決着するわけで、日本側は到底応じられない。交渉は冒頭から暗礁に乗り上げた。

■安倍前首相の涙ぐましい努力もロシアには通用しなかった

ロシアでは、昨年8月に毒殺未遂に遭った反政府活動家、アレクセイ・ナワリヌイ氏の組織による動画「プーチンのための宮殿」が大きな反響を呼び、政権の汚職腐敗やナワリヌイ氏の拘束に抗議する反政府デモが1月23日と31日、全国の100都市以上で行われた。経済停滞やコロナ禍で国民の生活苦や不満が高まっており、政権としては、世論の反発をさらに高める領土割譲には応じられない。

こうして安倍首相の退陣後、日露交渉は暗転してしまった。

戦後、安倍首相ほど北方領土問題解決に使命感を持ち、ロシアに友好的な政策を進めた首相はいなかった。安倍首相は計11回訪露し、プーチン大統領と27回首脳会談を行った。国是の「4島返還」を「2島」に譲歩し、米国の対露封じ込めにも同調しなかった。

根室市役所横に立つ「国民悲願の声」
撮影=プレジデントオンライン編集部
根室市役所横に立つ「国民悲願の声」 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

ロシアだけを対象とした対露経済協力担当相を設置し、経済協力の「8項目提案」を行った。

だが、こうした涙ぐましい努力もロシアには通用しなかった。

北方領土を4度も視察した政権内反日派のメドベージェフ安保会議副議長(前首相)は2月1日の会見で、「(領土割譲禁止という)憲法上の立場がはっきりした以上、ロシア領を日本に引き渡す交渉を行う権利がない。日本との平和条約交渉はテーマがなくなっている」と述べ、“交渉打ち切り”を示唆した。

■ロシアは日中を天秤にかけて中国を選択

安倍・プーチン交渉が始まった頃、ロシアには中国と日本を天秤にかける動きがみられた。

だが、2014年のウクライナ領クリミア併合で欧米から経済制裁を受ける中、ロシアは中国に傾斜し、準同盟と言えるほど軍事・経済的連携を強めた。

中露貿易は日露貿易の4倍以上で、プーチン政権が日本よりも中国を選択したことは明らかだ。

「私とウラジーミルの手で必ず平和条約を締結する」「平和条約締結へ確かな手応えを得た」などと期待を煽(あお)った安倍首相は、「平和条約締結が実現しなかったことは断腸の思い」の一言を残して退陣し、交渉の詳しい経緯は不透明なままだ。

■「トランプもプーチンも」の安倍二股外交にロシアは不信感

実はこの間、欧米諸国が安倍政権の融和的な対露外交に冷ややかな視線を送っていたことはあまり知られていない。

ドイツのメルケル首相は2015年3月の訪日時に安倍首相に対し、「武力でクリミアを併合したプーチンを見逃せば、中国もアジアで同じことをやりますよ」と警告していた。

ある西欧の外相も安倍首相に「主張を弱めると、ロシアは逆に攻撃的になる」と伝えていたという。

米国務省当局者も2年前、筆者に対し、「安倍政権の対露外交はあまりに楽観的で、希望的観測を基に外交を展開している。今のロシアが領土を返すはずがない。プーチン政権の外交・安保戦略の本質を直視すべきだ」と述べていた。

羅臼町望郷台公園から国後島を望む
撮影=プレジデントオンライン編集部
羅臼町望郷台公園から国後島を望む - 撮影=プレジデントオンライン編集部

この当局者は「安倍首相の対露外交はどうせ失敗する。日本は教訓を学ぶことになるだろう」と冷淡だったが、結果的に的中した。

安倍首相はトランプ氏と親交を重ねながら、プーチン大統領にも取り入り、「トランプもプーチンも」の二股外交を進めようとした。しかし、米国の厳しい圧力に直面するロシアは、安倍政権の虫のいい対露外交に不信感を抱いていたようだ。

領土問題を「経済協力」だけで解決するのは無理

ロシアに融和姿勢を貫いた安倍外交の司令塔は、今井尚哉前首席秘書官ら経済産業省グループだった。経産省は伝統的に、経済協力をてこに外交課題を解決しようとし、主権意識や安全保障への配慮が希薄だ。

外務省ロシアスクールのOBは、「安全保障に配慮し、毅然と交渉しなければ、領土問題が前進するはずがない」と当初から経産省外交の「失敗」を予想していた。

今井氏らは「日本に親近感を持つプーチン大統領の下でしか解決させるのは困難」という発想で臨んだようだが、モスクワ国際関係大学のドミトリー・ストレリツォフ教授は「日本側はプーチンが独断ですべて決められる強い指導者との幻想を信じていたのか」と皮肉っていた。

■30年前に外務省が大失敗

プーチン政権の内政・外交が硬直化する中で、プーチン時代の領土問題解決はもはや不可能とみるべきだろう。安倍外交挫折の代償は大きく、北方領土問題の一層の長期化は避けられない。

羅臼町望郷台公園のプレート
羅臼町望郷台公園のプレート(撮影=プレジデントオンライン編集部)

一方、反政府指導者のナワリヌイ氏は2年前、北方領土問題で、「世論が返還に反対している。私や他の人物が大統領になっても、結果の出ない交渉を日本と繰り返すだけだ。解決に現実味はない」と突き放していた。(『日本経済新聞』2019年3月14日朝刊)ロシアの政権がどちらに転んでも、日本には厳しい展開が待っている。

この点で、30年前のソ連邦崩壊直後の千載一遇のチャンスに、日本外務省が積極的な外交攻勢を行わず、絶好の機会を逸してしまった責任は重い。

この際、改めて過去の対露外交の「失敗の研究」が必要だろう。

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名越 健郎(なごし・けんろう)
拓殖大学海外事情研究所教授
1953年、岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒。時事通信社に入社。バンコク、モスクワ、ワシントン各支局、外信部長、仙台支社長などを経て退社。2012年から拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学特任教授。著書に『北方領土はなぜ還ってこないのか』、『北方領土の謎』(以上、海竜社)、『独裁者プーチン』(文春新書)、『ジョークで読む国際政治』(新潮新書)などがある。

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(拓殖大学海外事情研究所教授 名越 健郎)

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