「コロナ禍で本麒麟が大ヒット」首位奪還でもキリンビールに笑顔がないワケ
プレジデントオンライン / 2021年2月4日 9時15分
■初めて「第三のビール」がビールの年間販売数量を上回る
キリンビールが首位陥落したアサヒビールとの一騎打ちを制した背景には、コロナ禍による市場変化の影響を抜きにしては語れない。
しかし、首位を陥落したアサヒには、主力の「スーパードライ」のヒットでつかんだ「成功体験」の“罠”にはまったおごりがありはしなかったか。
アサヒは「過度なシェア競争を避ける」狙いで2020年から総販売数量の公表をやめ、「スーパードライ」など主要3商品に限って販売数量を発表する形に切り替えており、この数字はあくまでメディア各社が推計した値となっている。ここでは日本経済新聞による試算を用いた。
ビール業界の歴史に残る逆転劇を生んだ背景には、新型コロナウイルスの感染拡大による消費行動の変化が上げられる。政府による4月の緊急事態宣言をはじめとしたコロナ対策により飲食店の営業自粛や時短営業が続き、飲食店向けのビール販売は激減した。半面、「ステイホーム」や在宅勤務が広がり、「家飲み」「巣ごもり」需要で低価格の第三のビールの販売を押し上げた。
この結果、2020年の3ジャンルの販売比率はビールが41%、発泡酒は13%、第三のビールが46%となり、年間で初めて第三のビールがビールの販売数量を上回った。この市場変化がキリンとアサヒの明暗を分けた。
■キリン「一番搾り」は前年から24%の落ち込み
アサヒの主力ビールブランド「スーパードライ」は、飲食店向けと家庭向けの販売比率がほぼ半々とされ、2020年の販売数量はコロナ禍の直撃を受け、前年を22%割り込む6517万ケース(1ケースは633ミリリットル大瓶20本換算)と失速した。
ビールの不振はキリンも同様で、主力の「一番搾り」は前年から24%落ち込んだ。
「スーパードライ」はアサヒの総販売数量の半分程度を占める。ビールブランドでトップを独走してきた「スーパードライ」頼みの「一本足打法」がアサヒの弱点とされてきただけに、コロナ禍での飲食店の営業自粛や時短営業、巣ごもり需要がアサヒの首位陥落を決定づけたともいえる。
片や悲願の首位奪還を果たしたキリンは、対照的に「家飲み」「巣ごもり」需要を捉えた第三のビール「本麒麟」のヒットに支えられた。2020年は前年を32%も上回る1997万ケースを売り上げ、「一番搾り」などビールの不振を補い、ビール系飲料全体の販売数量を前年から5%の落ち込みにとどめた。
■キリンはコロナ禍を「本麒麟」のヒットにつなげた
ビール系飲料を巡っては、2020年10月の酒税法改正で350ミリリットル当たりの税額はビールで7円の減額、これに対して第三のビールは逆に9円80銭の増額となった。各社は第三のビールの増税前の駆け込み需要を狙って販促キャンペーンを展開し、キリンはコロナ禍での消費者の節約志向とも相まって「本麒麟」のヒットにつなげた。
ビール系飲料でキリンはすでに2020年上期(1~6月期)で首位奪還を果たしており、業界内では「アサヒの年間シェア首位陥落は時間の問題」ともささやかれていた。
上期の時点で、両社のシェアはキリンの37.6%に対してアサヒが34.2%と3.4ポイントもの開きがあった。それを2020年の年間シェアでその差を1.9ポイントに縮めたのは、10年もの間、首位の座を守ってきたアサヒの意地と踏ん張りがあったからだろう。
しかし、アサヒの首位陥落については、万年3位のじり貧で1980年代に“死に体”に陥っていたアサヒをよみがえらせ、シェアトップに押し上げた救世主「スーパードライ」で得た「成功体験」が染みついた慢心が、やはり見え隠れする。
キリンもかつては「キリンラガービール」で60%という圧倒的なシェアを握り、「ガリバー」とはやされた時期もあった。その驕りがその後の凋落(ちょうらく)につながったとの指摘は定説になっている。
■首位返り咲きの立役者は「P&G出身」
振り返れば、「スーパードライ」もデビューは1987年3月で、間もなく発売34年を迎える。1997年に初の年間シェアトップを手にしてから四半世紀近くもたち、その間に「スーパードライ」で育ったビール愛飲者の世代も入れ替わった。その意味で、11年ぶりとなったキリンとの逆転劇は、歴史は繰り返すことを実証する。同時に、みえざる「成功体験」の“罠”が再びビール業界の歴史にエポックメーキングとして刻み込まれるかもしれない。
ただ、キリンの首位返り咲きには布石があったことも見逃せない。それはマーケティングを担当する山形光晴常務執行役員の存在だ。
山形氏はマーケティングの人材輩出企業として定評のあるプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)出身で、2015年に入社し、2017年からマーケティングを担当。主力ビール「一番搾り」の刷新、そして「本麒麟」を投入し、ヒット商品に育て上げた。
最近も日本で初めてビールで「糖質ゼロ」を実現し、2020年10月に発売した「一番搾り 糖質ゼロ」は「家飲み」や健康志向の消費者ニーズを捉え、好調に売れ行きを伸ばしている。山形氏の登場は「公家集団」と揶揄(やゆ)されてきたキリンに外部の風を吹き込み、すでにレガシーと化したガリバー時代の「成功体験」を葬り去った、まさにキリンの首位返り咲きの立役者だ。
■2026年までに3段階の酒税改正で3ジャンルの税率一本化
しかし、ビール大手各社にとって先行きの販売環境は不確実性が高まり、厳しさが増すばかりだ。各社は毎年、1月はじめにその年の事業計画を発表する。コロナ禍の最中にある2021年も、この恒例行事で各社は実勢からみれば例年通り強気の計画を公表した。
実際、キリンは2021年のビール系飲料の販売目標を前年から1.6%上回る1億3150万ケースに据えた。2026年までの3段階の酒税改正により3つのジャンルの税率が一本化されるその先を見据え、「強固なブランド体系を構築する」(布施孝之社長)として、「一番搾り」を2年ぶりにリニューアルし、ビールの販売数量を前年比17.2%増の4220万ケースと強気の計画を立てた。
トータルの販売数量の公表をやめたアサヒは、主要3ブランドの販売数量に限って目標を掲げ、主力の「スーパードライ」で前年比8.9%増の7100万ケースと、こちらも強気の目標を設定した。ビール大手4社でこのほかサントリービールは前年比1%増の5710万ケース(除くノンアルコール)、サッポロビールも前年比4.8%増の4188万ケースと、ともに前年実績を超える計画とした。
■ビール系飲料の販売数量は16年連続で減少
しかし、ビール系飲料の国内市場は若者のビール離れや消費者の酒類に対する嗜好の多様化などで長期低落に歯止めがかからない。キリン、アサヒ、サントリー、サッポロの大手4社合計の2020年のビール系飲料の販売数量はコロナ禍の影響も加わり、前年から9%減少の3億4800万ケースに落ち込んだと推計され、16年連続で減少した。
2020年までビール系飲料でアサヒのトップ独走を支えてきた「スーパードライ」を例に挙げても、2016年まで年間1億ケースを保ってきた販売数量は、2020年に6517万ケースまでしぼんだ。
ビール大手4社が前年の落ち込みをリカバリーする仕切り直しの意味を込めた2021年の事業計画を発表するさなか、政府は新型コロナウイルス感染拡大の第3波を受け、1月8日から緊急事態宣言を再発令した。菅義偉首相が「急所」と狙い撃ちした飲食店への時短要請で、ビール各社はビール販売の「二番底」におびえる。
収束への道筋も見通せない現状で、コロナ禍による一段のビール系飲料の市場の冷え込みに身構えるしかないのか。ビール業界にとって、会食で「とりあえず一杯」の風景が当たり前に広がるまで道のりは険しい。
(経済ジャーナリスト 水月 仁史)
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