1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 政治

「日本とはレベルが違う」中国人に春節帰省を諦めさせる北京政府の大重圧

プレジデントオンライン / 2021年2月8日 11時15分

2月12日から始まる旧正月(丑年)を前に、上海の豫園を散策する人々 - 写真=AFP/時事通信フォト

■中国でも「年末帰省」は自粛ムード

「もう丸1年も両親に会っていないので、自分は今のところ帰省するつもりでいるんですが、もしかすると、出発直前になってキャンセルする可能性も出てきました。中国ではいつ、何が起こるか分からないですし、もし実家がある都市で、私が滞在中、急にロックダウンなんていうことになったら……。両親も私のためを思ったり、世間体を気にしたり、苦悩しているようです」

春節が10日後に迫る2月初旬、上海の外資系企業に勤務する20代の独身男性に春節の予定を聞いてみたところ、こんな返事が返ってきた。大みそかに当たる2月11日から1週間、春節休暇で実家に帰る予定で航空券の予約をしていたのだが、1月末に両親からかかってきた電話により、帰省するかどうか、迷いが生じているという。

電話の内容というのは、両親が住むマンションがある地区の居民委員会(町内会のような住民組織)から両親への連絡で、もし、春節期間中に外部都市から帰省する親族がいる場合、その親族はPCR検査の陰性証明を必ず取得するように、との通達があったというのだ。

■「民族大移動」が今年は半数以下になる見込み

報道されている通り、中国では今年に入り、新型コロナの新規感染者が東北地方の吉林省などを中心に増えた。2月に入り収束傾向にあるが、1月は1日に100人を超える日もあったので、緊張感は続いている。政府は今年の春節の「帰省自粛」を広く呼び掛けており、公務員や国有企業の職員は「帰省禁止」、農村地区への帰省者に対しては、帰省日からさかのぼって7日以内のPCR検査の陰性証明と14日間の自宅観察を義務づけている。

そうした厳しい措置の影響もあり、今年の「春運」(1月28日~3月15日までの40日間で組まれる、春節期間中の特別輸送体制)は、例年なら約30億人が移動する「民族大移動」となるところ、直近の発表では11億5200万人にまで減少すると見込まれている。例年なら、すでに混雑が始まっている各地の空港やターミナル駅は、閑散としているという。

しかし、春節は1年に一度の中国のお正月であり、家族だんらんの場だ。この時期だけは何としても家族と過ごしたい、と思っている中国人は非常に多い。そのため、政府の「帰省自粛」があっても、11億人以上は移動をする。

■地方から中央政府への“忖度”が働いている

この男性もそうしたひとりだが、実家がある地区は地方の省の大都市で、今年になってから新規感染者は出ていない「低リスク地区」。吉林省などの「高リスク地区」ではない。そのため、帰省の際に「陰性証明は必要ない」とされていたので、男性はほっと胸をなで下ろしていたのだが、男性によると「なぜだか分からないのですが、うちの都市でも、農村と同じく厳しい措置を求められるそうなんです」というのだ。

男性は「他の省出身の同僚たちにも聞いてみたのですが、どうやら他の大都市も同じような状況だそうです。地方から政府への一種の“忖度”というのでしょうか。公式的な発表やニュース報道などでは、一部地域を除いて、『PCR検査の陰性証明は必要ない』とされているのに、実際は、各地方都市が自らハードルを上げ、内々に通達を出している。これは、できるだけ面倒を起こさないよう、自分たちの都市に帰省してくる人を極力減らしたい、できれば帰省するな、ということなんでしょうね……」とため息をつく。

この男性の場合、家族に会いたい気持ちが強いので、今のところは、帰省直前にPCR検査を行い、陰性証明を取得して帰省したいと考えているが、「問題は実家がある大型マンション(団地)のゲートをくぐるときにチェックされることなんですよね……」と打ち明ける。

■管理人に逐一チェックされる中国人の暮らしぶり

中国の大型マンションは周囲が高い鉄柵などで囲われていることが多い。1つのマンション群は2~3棟と小規模の場合もあるが、10~30棟以上もある場合もあり、小さな町のようになっている。そこは中国語で「小区」(シャオチー、住宅区画)と呼ばれており、大型の「小区」だと敷地内に公園や子ども向けの遊び場、売店、レストランまであったりする。

男性の実家があるマンションも10棟以上ある大型のマンション群で、ゲートには数人の管理人や警備員が常駐していて、出入りする人をチェックしている。居住者は、あらかじめ支給されている入館証のようなパスをゲートで見せるようになっている。

上海の密集したマンション
写真=iStock.com/zhuyufang
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/zhuyufang

通常なら、ゲートは少し開いているので、毎日スーパーに行く人などは顔パスで通れる場合もあるが、来客がある場合は、事前に申請しておくか、そうでない場合は、ゲートにいる管理人から住民に確認の電話が入ることもある。自動車の入場も同様で、勝手に敷地内に入ることはできない。

この男性も、帰省して敷地のゲートに到着した際は、住民の家族である証明が必要であるのと同時に、今回は陰性証明も見せなければ中に入れてもらえないが、その際、「○号棟の○△さんのところは、○日に上海から一人息子が帰ってきた」ことも管理人にしっかりチェックされる。

■もし、1年前のように完全封鎖になったら…

むろん、大型マンションなので、いちいち覚えているわけではないし、陰性証明があれば正々堂々と入れるはず……なのだが、男性の顔を知っている近所の人もいるし、知らない住民も「帰省者」をどんな目で見るか、といった心配がある、と男性はいう。むろん、男性が現在住んでいる上海でも、1月下旬には十数人の感染者が出ており、上海でも、これから先、何があるか分からない。帰省先で問題なくても、上海に戻れない可能性もゼロではない。

というのは、ちょうど1年前の2020年の春節。男性は実家に帰ったのだが、帰省中に武漢でロックダウンが始まり、政府から、春節休暇の延長が発表された。男性は上海に戻ることができなくなり、そのまま実家に滞在。春節休暇が終わったあと、上海に戻ったが、会社からは2週間、自宅待機をするように言い渡された。

上海随一の観光スポット・外灘(バンド)
写真=iStock.com/yangna
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/yangna

勤務先に復帰できたのは春節から1カ月以上経ってからだった。幸い、そのときは実家がある都市も、上海も、コロナの大きな影響は受けなかったが、万が一、今回、実家があるマンションや、実家がある都市でコロナの感染者が急増した場合、実家に留め置かれるばかりか、実家のあるマンションからゲートの外に一歩も出られない可能性もある。

■2人の陽性者のために2万4000人が自宅隔離

1年近く前の2月末、ロックダウン中の武漢に住む女性の記事でも書いたことがあるが、ロックダウンされた際、大型マンションは食料品の調達などの面で、管理人が一括で手配してくれたり、健康管理の相談に乗ってくれたりするというメリットがあるが、その反面、いざ感染者が出たら、その「小区」に住む数千人の住民全体の「連帯責任」となってしまうという恐怖心もある。

中国では、多くの人々は一軒家ではなくマンション住まいで、たいていのマンションでは住民がウィーチャット(中国のSNS)でつながっている。自分と自分の家族さえよければいい、というわけにはいかないのだ。そのため、男性の同僚の中には「考えた末、両親のことを思って帰省を断念した」人もいるそうだ。

帰省を断念した人の数は、もちろん統計に出ないので分からないが、男性の印象では「知人の3~4割くらいが、すでに断念した、あるいは断念する方向で検討中」だという。そのうち、高リスク地区である河北省など東北地方へはもちろん、北京に実家がある人も帰省を諦めたそうだ。

日本でも報道されたように、北京市も今年に入ってから感染者が急増。英国由来の変異株の感染者が2人出た地区では、たった2人の影響で、約2万4000人が2週間、有無を言わさず自宅隔離とされた。

■「帰省どころか、家からも出られない」

筆者は、現在北京に住んでいて、上海に実家がある独身女性のことを思い出し、彼女に連絡を取ってみた。春節はどうするのか、と聞いてみると「もちろん、帰れませんよ。北京から、いえ、マンションからも、ほとんど外には出られないんじゃないかと思います」との答えが返ってきた。

春節休暇は暦通りに休めるそうだが、そこは首都であり、他の都市より政府の締めつけは厳しい。会社から「帰省禁止」「北京から別の都市への移動禁止」の通達があり、北京市内の自宅に引きこもることになりそうだという。政府が「就地過年」(そこで年を越そう)と呼びかけていることもあり、「やむを得ない」と話す。

「お正月、1人で何をする予定?」とたずねてみると、「たぶん、大みそかの前に大量の食材を買い込んで、ずっと家で寝ているかな……」との寂しそうな返事だった。会社の同僚の知り合いは1月に封鎖された北京市南部の地区に住んでいて、リモートで仕事をしていたと聞き、「自分にも危機が迫っていると感じました」と話していた。

■全人代を前に政府からのプレッシャーがすさまじい

中国人にとって、春節は1年でいちばん重要なイベントだ。中国の大型連休といえば2月の春節と10月の国慶節の2つだが、春節は家族とともに「過年」(年を越す=正月を迎える)をすることが最も伝統的、かつ親孝行だとされている。

通常だったら、都会で働く子どもは、帰省のためのチケットが発売されると同時にチケットを購入し、両親と親戚のために、たくさんのお土産やお年玉を用意する。出稼ぎ労働者の場合、帰省時期が早く、故郷に1カ月以上も留まる場合もあるが、都市部の会社員などの場合は、暦通り、1週間ほど帰省することが一般的だ。

お正月期間中は、家族でごちそうを食べたり(お正月料理として全国的に有名なのは餃子だが、近年はそれ以外にも豪華な料理を食卓に並べる)、親戚の家に挨拶回りに行ったり、旧友に会ったりして、のんびり過ごす。

だが、今年は政府から「帰省自粛」という、異例の通達が出た。「自粛」なので、強制ではないものの、日本のゆるすぎる自粛と違って、中国の自粛は非常に厳しいものだ。政府は3月に重要な政治イベントである全人代(全国人民代表大会)を控えているだけに、この春節をいかにして乗り切るかに神経を尖らせている。

それが暗黙のプレッシャーとなって全国民に伝わっているだけに、「帰省するべきか、帰省せざるべきか」、多くの国民は大みそかまで頭を悩ませることになりそうだ。

----------

中島 恵(なかじま・けい)
フリージャーナリスト
山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。新著に『中国人のお金の使い道 彼らはどれほどお金持ちになったのか』(PHP新書)がある。

----------

(フリージャーナリスト 中島 恵)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください