「義理チョコが終焉しバレンタインパーティーがくる」流行り廃りが決まる"ある分岐点"
プレジデントオンライン / 2021年2月12日 13時15分
■バレンタインは、なぜ短期間に激変したのか
こんにちは、桶谷功です。もうすぐバレンタインデーですね。
私が中学生だったころの2月14日は、女子が好きな男子へチョコレートを贈る日でした。毎年、そわそわと落ち着かない1日を過ごしたものです。
ところが小学生になる私の娘にとってバレンタインデーとは、「仲のいい友達とチョコレートを交換する日」になっています。ここまで短期間に意味が変化したイベントはほかにないかもしれません。
バレンタインデーの発祥に関しては諸説ありますが、一般に風習が広まってきたのは1970年代です。当初は、「女性から男性にチョコレートをプレゼントすることで、愛の告白をする日」でした。それがいつしか、「日頃お世話になっている男性へ、女性が恋愛感情ぬきの“義理チョコ”を贈る日」となり、いまは「友達どうしで“友チョコ”を交換する日」になった。
なぜこんなにも意味の拡大解釈が繰り返されてきたのでしょうか。
■メーカーが“義理チョコ”を広めた
大きな理由は、チョコを贈ることの意味が拡大すれば、マーケットが拡大することです。
当初、チョコレートを渡すという行為は「本気の告白」でした。しかし徐々に、「日頃のお礼」とか、「季節のごあいさつ」のような意味合いも含むようになった。おそらく最初の拡大解釈が行われたのは、メーカーが、“義理チョコ”を広めたときのようです。
マーケットが拡大するときというのは、大きく分けて次の3つのパターンがあります。
(1)人が広がる
(2)シーンが広がる
(3)目的が広がる
バレンタインデーは、(2)の「シーン」は2月14日で固定されていますが、(1)の「人」と、(3)の「目的」が大きく広がったことで、新しいマーケットを開拓したのです。
■義理チョコが終焉に向かった理由
意味が変わってきた理由の二つめは、「愛の告白」も「義理チョコ」も、だんだん女性にとって負担が大きくなってきたからではないでしょうか。女性から愛の告白をするのが一般的ではなく、バレンタインでいきなりチョコレートを渡すしか方法がなかった時代と違って、いまはもっと自然に愛を告白できます。「義理チョコ」も、職場で好きでもない上司にチョコレートを贈るのは気が進まないし、「あの人にあげて、この人にあげないのは悪いかな」と気を遣うのも面倒だし疲れるはずです。
実は負担が大きいのは男性も同じで、一部のモテる男性が一人でいくつもチョコレートをもらうのを見ているのは切ないし、職場で「マーケティング部女子一同より」と書かれたチョコの大きな箱が休憩室などに置いてあっても、あまりうれしくない。しかも一時期は「ホワイトデー」といって、「3月14日には男性がバレンタインデーのお返しをしなければいけない」という謎の風習もあったので、より面倒くさいことになっていました。
流行りのイベントというものは、義務的な要素、楽しくない要素が入ってきた瞬間、終焉に向かいます。「義理チョコ」が廃れたのも当然なのかもしれません。
その代わりに「友チョコ」や自分へのご褒美チョコが台頭。コロナ禍で巣ごもりするようになると、スイーツを手作りして家族だけで楽しくパーティーを開くということも増えてくるでしょう。バレンタインのパーティー化は、一つの大きな流れになると見ています。
■チョコレートとダイヤモンドの共通点
このようにバレンタインデーは、いろいろな変化を経たものの、「チョコレートをプレゼントする=好意の表れ」という基本的な図式はいまだに生き残っています。ある商品を何かのシンボルにしたり、特定の意味を乗せたりして、それが社会に定着すれば、マーケティングは大成功だと言えるでしょう。
たとえばこの連載の第一回で取り上げたハーゲンダッツアイスクリームは、単なる高級アイスクリームではなく、「これを食べると幸せな気持ちになる」というように幸せのシンボルになることを目指しています。
また少し前の話ですが、ダイヤモンドはマーケティングを通して、「愛の証」という意味付けをしたことがあります。その結果、「いろいろな種類の宝石のなかでも、ダイヤモンドだけがあなたの愛を証明するもの」という記号づけがなされ、婚約指輪などに使われるようになったのです。もっともいまは結婚式やウェディングドレスなど、結婚の形にこだわらない人も増えて、その意味も変化してきていますが。
■認知度が高いのにバレンタインでは負け組だったキットカット
特定の商品にシンボリックな意味を持たせて社会に定着させるには、絶妙な匙加減が必要です。
チョコレートつながりで非常にうまくいった例を挙げると、ネスレのキットカットが「受験のお守り」として使われるようになりました。
キットカットは日本では1973年から発売されている定番商品で、認知度も高いのに、バレンタインの時期になってもあまり売り上げが増えないのが悩みでした。要するに、あまりにも一般化したコモディティであるがゆえに、女性が男性にあげると、「なに、俺はキットカットで済まされちゃうわけ?」ということになってしまう。
ほかのメーカーのチョコレートは、売り上げ全体の3割近くをバレンタインで売るところもあると言われているのに、キットカットはほとんど売り上げが膨らまない。ほかのチョコがうらやましかったことでしょう。
そんなキットカットが受験のお守りになったのは、九州の博多弁で、「きっと勝つと(きっと勝つぞ)」との語呂合わせだというのは有名な話ですが、実はこの語呂合わせをつくったのはメーカーやマーケターではありません。ここが大事なところですが、実は自然発生的に起きたムーブメントを拡大しただけなのです。
■キットカットが受験のお守りになるまで
あるとき、「なぜか九州でだけ、キットカットが売れている」というデータがあがってきた。当時コンフェクショナリー(菓子部門)のトップを務められていた高岡浩三さん(高岡さんはのちにネスレの社長となります)が、そのデータに注目し、理由を調査した。そこで「きっと勝つと」の語呂合わせで受験のお守りに使われているということを突き止め、それを全国に広めたのです。
しかしネスレは「きっとサクラサクヨよ。」というコピーで受験生を応援したただけで、「キットカットを食べたら合格するよ」とは一切言っていません。
なぜなら「こちらに誘導したい」という思惑が透けて見えると、消費者は「操作されている感」を感じてしまうからです。しかも受験というみんなが真剣に取り組んでいるものを、軽々しく扱うのはよくない。だから小売店は大々的に「受験生応援コーナー」をつくって「これで合格」とポップをつけたりしたけれど、ネスレは「合格する」とはひとことも言いませんでした。
目指したのは、メディアに取り上げてもらうことです。例えばネスレのサイトで絵馬に願いごとを打ち込んで送ると、実際にネスレがその願いごとをプリントアウトして北野天満宮に持ちこんで祈祷してもらう。そうするとそこへテレビ局の取材が入って、「ネスレがこんなことやってます」というニュースになる。
あるいはタクシーとコラボして、満開の桜と「きっとサクラサクよ。」が車体に描かれたタクシーが、センター試験に遅刻しそうになった受験生を最寄り駅から会場まで送り届ける。これもほっこりするニュースです。
そうするとニュースを見た人が自然と知るかたちになるので、押し付けられた感じがないのです。
■“自然発生”がキーワード
無理にブームや意味をつくろうとすると、ダジャレで一時的な笑いをとれても、それで終わってしまいます。キットカットと同じころ、「コアラのマーチ」も「コアラは寝てても木から落ちない」ということで受験生のお守りになりましたが、こちらは比較的、自然発生的でした。完全にあと出しジャンケンだったのがポッキー。「ポッキーで吉報」というコピーを考えた人は天才だと思いましたが、なかなか浸透しませんでした。
ロッテの「ガーナ」が、パッケージの赤とカーネーションの赤を記号的に結び付けて「母の日チョコ」のキャンペーンを毎年続けていますが、それほど広がったとは聞いていません。自然発生ではなく、マーケティングだけで「母の日にチョコレート」というまったく新しい意味付けを作り上げるのはなかなか難しいのかもしれません。
決して自分たちがつくった意味を押し付けないこと。これが季節のイベントや新しい意味を定着させるときの鉄則ではないでしょうか。
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株式会社インサイト 代表取締役
大日本印刷、外資系広告会社J.ウォルター・トンプソン・ジャパン戦略プランニング局 執行役員を経て、2010年にインサイト社設立。初著『インサイト』(ダイヤモンド社)で、日本に初めてインサイトを体系的に紹介。商品開発・ブランド育成などのコンサルティングを行っている。
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(株式会社インサイト 代表取締役 桶谷 功 構成=長山清子)
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