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性教育の教科書がAVになってしまう日本男性のセックスの貧困さ

プレジデントオンライン / 2021年2月18日 11時15分

太田啓子さん(左)、村瀬幸浩さん(右) - 撮影=プレジデントウーマン編集部

学校ではほとんど行われていない性教育。一方、最近家庭向けの本が次々と出版されており、性教育に注目が集まっている。長年学校現場で性教育に携わり、共著で出したコミックエッセイ『おうち性教育はじめます』が話題の村瀬幸浩さんと、「社会から性差別をなくすためには男の子の育て方がカギ」と説く弁護士の太田啓子さんが、日本の大人の「性」に対する知識の欠如について語った――。

■私たちは、性についてまともに学んでこなかった

【太田】今、性教育に関心を持つ親が増えています。子どもにはしっかり教えなければマズいという「危機感」を持っているのですが、そもそも親たちも性について教えられていません。どう伝えればよいかもわからず、モヤモヤしているんじゃないでしょうか。

特に女性は、自分がこれまでに男性から言われたりされたりして嫌な思いをしたさまざまな経験から、「息子があんな男になってしまったらどうしよう」と思っている人も多い。

【村瀬】私は男子校で育ち、女性とあまり話す機会もなく、性に関する教育など全く受けたことがありませんでした。古本屋で手に入れるエロ本や猥談しか情報源がなく、友人から聞くあやふやな知識しか持っていなかった。

青年時代は、女性との関係作りに自信が持てず不安や焦りがありましたし、大学生時代から付き合っていた妻と23歳で結婚してからも葛藤がありました。月経痛で寝込んでいる妻をまるで理解できない、思いやりのない夫だったと思います。今の親世代も、そんなに変わらないのではないかと思います。

■誤った知識を「学び落とす」

【村瀬】男性たちは、性について学ぶチャンスがなかっただけで、本質的に無神経だったり暴力的だったりする人などいません。しっかりと学びさえすれば、誰でも変わることができます。もし間違った理解をしてしまっていても、人間は「学び落とす」「学びなおす」ことができるんです。

私は25年間、一橋大学や津田塾大学などで「人間と性(ヒューマンセクシュアリティ)」という授業を担当したんですが、講義では「これまでの20年間で身につけた、間違ったセクシュアリティの知識や思い込みを、僕の授業で学び落としてほしい」と学生に伝えてきました。

【太田】一度誤った知識を身に付けても、変わることができると聞くとほっとします。

【村瀬】いくつになっても変わることはできますよ。あるセミナーで講演をしたとき、聴衆の中にいた60代のお医者さんがこんなことを話されました。

「いつも妻とのセックスの合図は“おい”と声を掛けるだけで、妻がそれに従うのは当たり前だと思っていました。しかし今、妻はどんな気持ちでいたのだろうかと考えます。もっと早く性について学んでいたら、妻につらい思いをさせずに済んだかもしれない」と。

そう言って涙を流されました。このように劇的に変わった方は何人もいらっしゃいます。

■「セックス=支配」になっていないか

【村瀬】実は私も時間がかかっているんです。自分がエロ本などで仕入れたセックス観や女性観が、間違っていただけでなく、私にとっても女性にとってもマイナスでしかないということに気がついたのは、随分大人になってからのことでした。

そして妻もまた、女性の体や性のことだけでなく、男性の体や性、パートナーとの関係の作り方など、知らずに大人になったと言っていました。無知で無理解な男女が一緒に暮らしていけるはずがないと気がついたところから、学びが始まりました。

村瀬幸浩さん(撮影=プレジデントウーマン編集部)
村瀬幸浩さん(撮影=プレジデントウーマン編集部)

【太田】マイナスの知識、誤った学びとは、例えばどんなことでしょうか。

【村瀬】基本的に、性には3つの側面があります。「生殖」と「快楽・共生」と「支配」です。

AV(アダルトビデオ)の表現は、まず「支配」の性ばかりなので、男は「それがセックスなのだ」と誤って学んでしまうんです。性欲と支配欲を、結び付けて理解してしまう。

さらには、「支配」と「愛」を混同してしまうこともある。「愛しているからセックスさせてくれ」と言われれば、女性は断れなくなってしまいますよね。でも、セックスをすることが愛の証しなのではありません。

男性の場合は、愛を表現する言葉やしぐさ、伝え方を学んでいないから、愛といえばセックスしか思い浮かばないんです。ところがそれは、女性にとっては愛情を伝えるメッセージではなく、ただ「オレの言うことを聞け」という支配の表れになってしまうことがあります。それでは、男女の関係性はよくなりませんよね。

支配ではない愛の表現を学ぶ機会がなかった人は、どうすれば相手に伝わるのか、相手にたずねながら別の表現方法を学び直してほしいんです。

■「女性に性的快楽を“与える”のは男性」というファンタジー

【太田】「支配」の性しか知らないままで、相手に対して支配的になることで相手に快楽を与えていると思い込んでしまう。そして、それに快楽を感じたり、それを愛だと思い込んでいる人もいますよね。

【村瀬】快楽には、体の気持ちよさと心の気持ちよさの2つがあります。相手とのコミュニケーションを通じて喜びを分かち合える性行為なら、安心感や一体感を得られ、心の気持ちよさを感じることができます。

日本でも、江戸時代に描かれた春画などを見ると、とても開放的で、男女ともに快楽を楽しんでいた様子がうかがえます。嫌がっている女性を無理に組み敷くようなものは少ない。庶民から武家まで幅広く親しまれ、子孫繁栄の縁起物とまで言われていました。もちろん、それだけで江戸時代の性を論じてはいけませんが。

【太田】春画には、女性が主体的に楽しんでいる描写も多いですよね。

【村瀬】そうなんです。ところが、明治時代になると政府は、「性に関することは卑猥なもの」として春画を取り締まるようになりました。

そして大日本帝国憲法のもとで家父長制度や男尊女卑の考え方が広められたのです。大正になるとキリスト教の影響で、純愛や処女の絶対性など、純潔こそ価値のあるものだとされるようになりました。

【太田】「女性に性的快楽を与えてあげるのは男性の役割」というファンタジーの刷り込みもあると思うんですよね。「何も知らない無垢な女性を自分が開眼させる」とか、逆に「年上のセクシーな熟女に導かれたい」とか。ファンタジーとはいえ、どちらも極端というか、全く対等な関係ではないのが気になります。

■フロイトが説いた女性の「ペニス羨望」

【村瀬】1960年から1970年代のジェンダー革命以前は、ヨーロッパでもエロスの主役は男性で、女はそれに従うものだとされていました。例えば、精神分析学の創始者として知られるフロイト(1856-1939)は、「クリトリスによる女性の快感は子どものもので未熟だ。成熟した女の快感はヴァギナオーガズムだ」と述べています。

【太田】女性の声を聞かずに、ただ「そうであってほしい」と思っていたのでしょうか。なぜそんなにクリトリスを敵視するんでしょうね(笑)。

【村瀬】ヴァギナオーガズムは、男がいて初めて成り立つものだからです。男性のペニスを挿入しないとオーガズムは生まれないという主張、というか押し付けです。「女はペニスがないという“欠損”を、男に対する屈辱と感じ、男への羨望を自覚する」。つまり女の子は、男の子のようなペニスがないことに気がつくと、「男の子のようにペニスを持ちたい、自分の中に獲得したい」と思うようになるのだとフロイトは述べていました。

しかし近年では、女性の学者たちが、ペニス羨望とヴァギナオーガズムを徹底的に批判し、女性のオーガズムについて論じた論文をたくさん出すようになりました。これまで科学的に正しいとされてきたことも、変わっていくと思いますよ。

■AVで「学んだ」セックスで思い悩む男性

【太田】「男性がオーガズムに達するのがセックスのゴールだ」と思われているのは、そういうことも関係しているのでしょうか。「なぜそこが『ゴール』なのか。私の『ゴール』はまだなんだけど……」という女性は多いと思いますよ。それから、「オーガズムをゴールにするのではなく、ただハグをしてスキンシップをするだけでいい」という女性も多いと思います。男性には、そこがなかなか共有されないこともありそうです。

太田啓子さん(撮影=プレジデントウーマン編集部)
太田啓子さん(撮影=プレジデントウーマン編集部)

男性向けとされるAVは、セックスに至るまでのコミュニケーションが丁寧に描かれているものが少ないのではないでしょうか。「コミュニケーションが乏しく、女性の主体性や同意を軽視するセックスは、『AVというファンタジー』の中では女性にとっても快楽であるかのように見えているけれど、現実世界ではただの『支配としての性』という暴力でしかない」ということを、もっと知ってほしいのですが。

【村瀬】AVは、「出会ったらすぐに挿入して、激しくピストン運動して女性をいかせて、射精して終わり」というものが多い。AVでセックスを学んだ男性たちは、それに縛られて苦しむわけです。勃起しないとダメ、挿入しないとダメ、女性をオーガズムに達させなくてはいけないと必死になる男性は多いですよね。

残念ながら、それが「男らしいセックス」で、女性を支配するというシチュエーションが圧倒的に多いので、性に関心を持ち始めた若者が、何もわからないままこうしたAVを手に取って、ゆがんだセックスを「学んで」しまうのは大問題ですね。

■AVを見るときに必要なリテラシー

【太田】母親としての思いでもあるんですが、若い男の子たちが、AVで「支配としての性」に触れて、「性ってそういうものだ」と思い込んでしまうのはイヤだなという思いがあります。パートナーとの対等な関係作りや、コミュニケーションについて丁寧に描かれたAVがあってほしいです。そういうことを踏まえた上でいろいろなファンタジーに触れるならまだしも、いきなりレイプや痴漢や、女子高生のセーラー服で興奮するたぐいのAVから入るのはやめてほしい。

【村瀬】同感です。AVを見ることがダメというわけではないんです。

大学の授業では、AVを見るときのリテラシーとして、これだけは考えてほしいと伝えてきたことが2つあります。「相互性」と「対等性」です。この2つが表現されているかどうか。2人が対等な関係かどうか。お互いに相手を楽しませ、双方が快感を得ているという関係を大切にしてほしいと思います。

そこさえ押さえていれば、大きな目で親としては「水清ければ魚棲まず」という気持ちでいるのがいいかもしれません。あまりにも澄みきった水の中では元気よく生きていけないですから。

【太田】そうですね。清いものも濁ったものも混在する社会の中で生きていくときに、大切なのはリテラシーです。まずは大人の方も、こうしたリテラシーを学び直していかなければならないと思います。

【村瀬】対等性が重要なのは、セックスをする時だけではありません。昨年(2020年)末にはアフターピル(緊急避妊薬)を薬局で購入できるようにするべきかという議論が盛り上がりましたが、性教育が遅れている日本でこそ早く実現してほしいものです。コンドームが破れてしまった時や、性暴力被害者にとっても、緊急避妊ができるのは大きな安心になります。アフターピルも、選択的夫婦別姓も、なかなか進まないのは、やはりまだまだ男女が対等な世の中ではないからなのでしょう。

【太田】日常生活でも、ベッドの中でも、大切な人との間に「相互性」と「対等性」があるかどうかは、その2人の関係性に大きな影響を与えると思います。この2点については、さまざまな場面で確認していきたいですね。

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村瀬 幸浩(むらせ・ゆきひろ)
元高校教師、性教育研究者
東京教育大学(現筑波大)卒業後、私立和光高等学校保健体育科教師として25年間勤務。この間総合学習として「人間と性」を担当。1989年同校退職後、25年間一橋大学、津田塾大学等でセクソロジーを講義。従来の性教育にジェンダーの視点から問題提起を行ってきた先駆者。一般社団法人“人間と性”教育研究協議会会員。著書に『恋愛で一番大切な“性”のはなし』、共著に『おうち性教育はじめます』など多数。

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太田 啓子(おおた・けいこ)
弁護士
2002年弁護士登録、神奈川県弁護士会所属。離婚・相続等の家事事件、セクシャルハラスメント・性被害、各種損害賠償請求等の民事事件などを主に手がける。明日の自由を守る若手弁護士の会(あすわか)メンバーとして「憲法カフェ」を各地で開催。2014年より「怒れる女子会」呼びかけ人。2019年には『DAYS JAPAN』広河隆一元編集長のセクハラ・パワハラ事件に関する検証委員会の委員を務めた。共著に『憲法カフェへようこそ』(かもがわ出版)、『これでわかった! 超訳特定秘密保護法』(岩波書店)、『日本のフェミニズム since1886 性の戦い編』(河出書房新社、コラム執筆)。著書に『これからの男の子たちへ』(大月書店)。

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(元高校教師、性教育研究者 村瀬 幸浩、弁護士 太田 啓子 構成=太田 美由紀)

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