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トヨタが重宝する「ひとりで解決できる社員」とはどんなスキルを持つのか

プレジデントオンライン / 2021年2月24日 9時15分

米ラスベガスで開かれた世界最大のIT家電ショー「CES 2020」で実験都市計画について発表するトヨタ自動車の豊田章男社長=2020年1月6日 - 写真=dpa/時事通信フォト

新型コロナウイルスの影響で自動車業界は危機にある。だが、トヨタ自動車だけは直近四半期決算で黒字を計上した。なぜトヨタは何があってもびくともしないのか。ノンフィクション作家・野地秩嘉氏の連載「トヨタの危機管理」。第19回は「危機管理人はどう生まれるか」——。

※本稿は、野地秩嘉『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■トヨタの危機管理は人材教育にもなる

危機管理にかかわったトヨタの人に話を聞くと、口をそろえて「危機管理に参加したり、支援に行くと、自分自身が成長する」と答える。

人に教えるには自分が勉強しなければならない。支援に行くと、現場でさまざまなくふうを考えなければならない。それは講義を聞いて知識を得るよりも、はるかに役に立つ。知識は本から学べるけれど、スキルは体に記憶させるしかない。

思えばトヨタの危機管理は人材教育にもなっている。

この点について、危機管理人の朝倉正司もうなずく。

「僕は、性善説になるかもしれないけれど、人はみんな人を助けるのが好きなんだと思う。災害や感染症の蔓延で出社できなくなる。仕事ができなくなって、ぼんやりしているスタッフに『さあ、現場に行って直してこようぜ』と言ったら、みんな目が輝くんですよ。自分の気持ちにもいいし、世の中のためになったと感じるんでしょうね。帰ってきてから、バリバリ仕事をするようになる。金がかかる人材教育のセミナーなんかに行くよりも、災害の支援で汗を流して働いた方がよっぽどいいんだ」

■災害や理不尽をどう魅力的なことに変えるか

トヨタは黙々と支援をしている。支援に人を出している。一方通行にも見える。だが、人を助けることは自分にも跳ね返ってくる。情けは人の為ならず、である。

英語のことわざに「人生が酸っぱいレモンを与えるのならば、レモネードを作れ」というものがある。

酸っぱいレモンにかじりついて、酸っぱさを嘆いていても始まらない。それよりも酸っぱいレモンにほんの少しの砂糖を加えれば子どもたちが喜ぶレモネードに変えることができる。

危機管理、支援とは酸っぱいレモンにほんの少しの砂糖をまぶすような行為だ。災難や理不尽なことには創造的なくふうで対処して、魅力的なことに変える。そう信じることから始める。

■「1000種以上のねじから1本を探し出せ」

朝倉、尾上恭吾が好例だが、トヨタの危機管理人は生産調査部で協力工場の指導をし、かつ、災害支援で現地へ行ったことがある人間が中心だ。加えて、調達の人間と保全マンたちだろう。

つまり、生産調査部の人間は日常的に危機管理の仕事をしているから危機管理チームの柱になる。では、彼らは配属されてから、どういった教育を受けてきたのか。

腰に縄を巻かれる寸前までいった友山がよい例だけれど、生産調査部員はこれまでスパルタ式実践教育を受けてきた。

たとえば、協力工場へ行き、ラインの前に立つ。上司が床に白墨で円を描く。

「ラインのどこに滞留があるのか。では、どう直せばいいのか。それがわかるまで、ここに立ってろ。トイレだけは行ってもいい」

そうして、1時間ほど経ったら、様子を見に来る。

「これこれこうです」と部下は答える。

「違う」

それだけ言って立ち去る。

結局、一日中、立たされたなんてことはかつては日常茶飯事だった。

あるいは新人に1本のねじを示す。

「工場のなかでこれと同じものを見つけてこい」

なんだ、簡単じゃないかと思ったとたん、上司は罵声を浴びせる。

「おまえ、絶対に人に聞くな。もし、聞いたら、ぶっとばす」

自動車工場にあるねじの種類は1000種類ではすまない。新人は何日もかけて工場中を歩いて、作業者が使っているねじを見つめ、自分が大事に持っているねじと同じものかどうかを調べる。

ふたつともにいったい、何の意味があるんだろうと思われる教育だ。

小さなネジ
写真=iStock.com/geogif
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/geogif

■名前で呼ばれず、改善案も無視される下積み時代

だが、現場を知る、ラインの滞留がわかるようになるには座学では不可能だ。理論を知ったからといってわかるものではない。自転車に乗る、水泳を覚えるのと同じで、手本を見て、実際にチャレンジをして、フィードバックを受けて体感するしかない。

ラインを見つめることで言えば、立たせた後、上司が見本を示してくれる。そうすれば、勘所がわかる。ただし、すぐに教えたら、身につかない。けれども、丸一日、円のなかに立っていた後であれば、どうにかして見つけようという執念が湧いてくる。執念がなければスキルは身につかない。

ねじを探すことも、それをしているうちに、新人はトヨタの現場で働く作業者の仕事がよくわかるようになる。現場の人間とのコミュニケーションが取れるようになる。新人が現場に慣れるための教育が「ねじ探し」だ。

また、生産調査部の人間は協力工場へ連れていかれ、そこで置き去りにされることもある。

「ラインのカイゼンが終わるまで帰ってくるな」

ひとりで先方の社員寮に泊まり、毎日、工場へ行って、ラインの滞留を見つけて、改善案を出す。

自動車産業
写真=iStock.com/pierrephoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/pierrephoto

最初のうちは誰も話しかけてこない。改善案も無視される。友山さん、朝倉さん、尾上さんなど、名字を呼ばれることはない。「トヨタさん」と呼ばれるだけ……。

ひとりで食事をして、ひとりで部屋に帰って、仕事をして、洗濯物を部屋に吊るして寝る。そういう生活を3カ月から半年、1年以上も経験した人間がいる。

■実践的で厳しい訓練だけが危機管理人を作る

なぜ、そこまで一見、理不尽なスパルタ式の教育をしてきたか。

野地秩嘉『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)
野地秩嘉『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)

それは、楽な教育という温情をかけると、実際の危機管理の現場では通用しないからだ。危機の現場とは命にかかわる現場だ。ちょっとした油断が本人や周囲の命にかかわる。

厳しい教育は油断や気のゆるみをなくすためのものだ。

危機の現場ではひとりで考えなくてはならない。上司はいない。ひとりで苦労した体験を頼りにプランを考え、実行し、かつ、被災した人間の力になる。

生産調査部で厳しくしつけられていれば、危機の現場でも動揺せず、焦らずに仕事をまっとうできる。

ただ、今の生産調査部はかつてのような過酷な教育はしていない。しかし、ぬるい指導はしていない。

実践的で厳しい訓練だけが危機管理人を作る。

こうした人材教育を続けていることがトヨタの強さであり、その強さが危機管理につながっている。トヨタの危機管理の土台にあるのはトヨタ生産方式という手法の実践、そして、危機管理人を育てる日々の人材教育だ。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。noteで「トヨタ物語―ウーブンシティへの道」を連載中(2020年の11月連載分まで無料)

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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