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名車「クラウン」があっという間に売れなくなった本当の理由

プレジデントオンライン / 2021年2月28日 11時15分

2018年6月26日、東京都内で開催されたコネクテッドカーを紹介するイベントで、オールニューデザインのフラッグシップセダン「トヨタ クラウン」を発表する豊田章男社長。 - 写真=EPA/時事通信フォト

2020年11月、かつては日本の庶民の憧れだったトヨタ高級車のメジャーブランド「クラウン」の生産終了が報じられた。いったい何がそうさせたのか? 車の製造・販売の現場を知り尽くした専門家、平塚俊樹氏がその意外な理由を語る――。

■新車が年24万台も売れていた一大ブランド

トヨタの高級車ブランド“クラウン(王冠)”が、ついに消滅するという(東京中日新聞2020年11月11日付)。1955(昭和30)年の販売開始以来65年、15代にわたってトヨタおよび日本の代表的なセダンとして親しまれてきた。CMのコピー「いつかはクラウン」に象徴されるように、庶民が所得増とともに買い替え・グレードアップしてゆく車の“頂点”であり、バブル期の1990年度には新車23万9858台を売り上げた一大ブランドである。

しかし、その後は徐々に販売台数を減らし、2001年度には7万8656台に。現行のクラウンが発売された2018年度に5万8548台を数えたのが近年のピークだった。コロナ禍に見舞われた20年は、一時激減したトヨタ車全体の新車販売台数が4~10月に前年同期比16%増の急回復を見せる中、同1万7988台から1万821台と前年から約4割も減らしていた。

トヨタは公には認めていないものの、クラウンの名の神通力がここまで衰えてきたのをみれば、ほぼ既定路線のようだ。何がこうした結末を招いたのだろうか。

■ライバル車はあらゆる最新技術を、惜しげもなく搭載

「直接的な理由は、『100万円、150万円は当たり前』という直近のドイツ車の値引き攻勢でした」――大手車用品メーカーでクレーム対応を務め、大手自動車メーカーの開発アドバイザーを務める平塚俊樹氏は、自身でも身銭を切った車の買い替えで試行錯誤を繰り返してきただけに、その指摘はリアリティ十分だ。

「ベンツ、アウディ、BMWなど世界中で売れているドイツ勢。その日本国内での値引き攻勢の尖兵となったのは、クラウンにはないクリーンディーゼル車でした。高速道路での走行のフィーリングが素晴らしく、セダンで長距離移動する個人の客層をとりこに。しかも、バックする車の後ろを監視するRCTAや、ハンドル操作を支援して車線から外れるのを防ぐLTA等々、あらゆる最新技術を惜しげもなく搭載してきたんですね」

アダプティブ・クルーズ・コントロール(ACC、前の車との車間距離を保ち、停止・再発進も行える機能)や自動ブレーキも、常に最新のもの。じゃあ、クラウンだって日本が誇る最新設備を積めばいいじゃないか、と誰でも思いつきそうなものだが、後述するようにそれがうまくいかなかった理由がある。

「クラウンに限らず、日本のセダンじゃとても勝負になりません。レクサスも負けている。今、唯一張り合えるのは、トヨタの世界戦略車であるカムリくらい」と平塚氏は言う。ドイツ車と張り合える車と、そうでない車との違いを理解するにはまず、このクラウンとカムリの車本体の仕組みやボディの構造についての簡単な説明が必要だ。

■質実剛健、“壊れません”というコンセプト

同じ高級セダンでも、クラウンとカムリには大きな違いがある。クラウンはFR(=フロントエンジン・リアドライブ)、カムリはFF(=フロントエンジン・フロントドライブ)。FRとは、後輪駆動。最もポピュラーな前輪駆動=FFと同様にエンジンは前方についているが、シャフトで後輪に動力を伝達して駆動する。乗用車のつくりの根幹に関わる違いだ。

ここに、ボディの構造の違いが重なる。

「堅固なフレームにボディを載せた昔ながらの『フレーム構造』と、基本的に外殻のみでフレームがない『モノコック構造』の2つがあります。頑丈なフレーム構造に対し、スペースを確保しやすいのがモノコック構造。カムリはこれです。対するクラウンは、長年フレーム構造のFRを通してきました」

フレーム構造のFRを一言で言うと質実剛健、“壊れません”だ。クラウンのパトカーやタクシーが数多く見かけられた理由はそこにあった。

デジタルな車のデザイン
写真=iStock.com/Peshkova
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Peshkova

■融通の利かなさがネックに

「その堅牢頑丈というコンセプトゆえに、最新技術にも確実な耐久性があるかどうかを、クラウン開発者がいちいち見てから搭載している感じがありました。その融通の利かなさがネックになった。最新技術が最初からオプションで付いているドイツ車に対し、クラウンのオプションが後付けのオーダーメイドだったのも、運命の分かれ目だったかもしれません」

実はFR自体の“頑丈”イメージは、高級車にFRが多かった時代の名残り。FFとの強度の差はない。むしろFRはFFより部品が多くコスト高だ。かつ昔は運転のフィーリングは双方でまったく違っていたが、今は電動パワーステアリングにさまざまな車体制御がてんこ盛り状態なので、ほぼ見分けはつかなくなっている。

となると、車内がずっと広くて安価なFFに買い手が走るのは当然だ。クラウン同様に堅牢FRのイメージが強かったBMWですら、というよりだからこそ、どんどんFFに転じていったのは、ちゃんと理にかなっているのである。

■個人客はドイツ車に、法人顧客はアルファード・ヴェルファイアに

実は、クラウンは2003年末に市場投入された「ゼロクラウン」によって、一度はこうしたイメージを刷新している。

「ゼロクラウンは、頑固に続けていたフレーム構造から、モノコック構造の最新型の車に生まれ変わりました。セダンの中でも異彩を放つ下取りの良さと、小幅な立体駐車場にも入る1800mm以内の横幅がいい」

モノコック構造に変えて車内が格段に広くなったことで、客先を乗せるための広さを重視する法人顧客に大きな人気を呼び、ゼロクラウン投入後の2004年度の新車販売台数は前年度比28%増の10万391台となった。

しかし、翌2005年度は7万7241台と再び下落。以降は下落傾向が止まらず、2010年度には3万6419台まで落ち込んだ。

「FRはやはりそのまま。そこへ同じトヨタのラージミニバン、アルファード(2002年発売)とヴェルファイア(2008年発売)がサスペンションの構造を変えて乗り心地を向上させたんです。そもそも、ラージミニバンの室内はセダンよりも圧倒的に広いので、法人顧客はクラウンからこの2つに流れ出しました」

■“いつかはクラウン”が、“さよならクラウン”に

それならば……と2018年に販売を開始した現行のクラウンには、一気に最新技術を詰め込んだのだが、それゆえに先代クラウンより価格が上がってしまった。しかも、北米市場で最も売れていながら国内ではイマイチだった前出のカムリの存在感が増してきたのが大きかった。

「カムリの完成度が、すさまじく上がってきました。もともと価格もリーズナブルだから、海外での販売台数が爆上がりし、中古車の人気も上昇。その結果、5年後の下取り予想価格がクラウンに匹敵する水準に上がってきたんです。見た目のエンジンスペックは同等、室内はFFのカムリが圧倒的に広い。なのに新車の価格はクラウンのほうが圧倒的に高い。とあれば、結果は自明です」

個人客は最新技術と値引き攻勢のドイツ勢に取られ、法人顧客はアルファードやヴェルファイアに奪われ、さらにカムリの急激な追い上げ……全方位を固められた現行のクラウンの販売台数は、先代の3分の1程度にまで落ちてしまった。

「あっという間でした。先代はまだ価格がリーズナブルだったのに……。そもそもカムリのように海外でも売れる世界戦略車でなければ、開発費も出ません。どこまでも日本向けに作られたクラウンは、国内とは対照的に海外では無名に近い。“いつかはクラウン”が、“さよならクラウン”となってしまった。トヨタのセダンは、カムリの一択になった感があります」

■結局、クラウンは冒険しなかった

平塚氏は、付き合いのあるトヨタディーラーに「ずっと憧れていたから」とクラウンを所望したところ、「クラウンは中古の価値がないから」などと止められて、結局カムリを購入したという。「2年後にカムリWSに乗り換えたら高査定にびっくり。ディーラーからすれば、査定額の低いクラウンを買わせてしまうと買い替えを提案できなくなるのが怖いんです」。

結局、最後までネックとなったのはFRの呪縛だった、と平塚氏は言う。

「フレーム構造のFR、直6エンジン、幅1800mmの立体駐車場に入る日本向け高級セダン……これ一式すべてが時代に合わなくなった。幅1800mm以内のセダンなら、静かで壊れず、しかも高査定のプリウスがありますし。今、買い手は高級セダンには質実剛健なんかじゃなくて、前述のような最新技術を求めています。耐久性は技術で担保できている。結局、クラウンは冒険しなかった。古い呪縛が最新技術に負けたんです」

20年11月に“終わり”が報じられて以降、郷愁まじりでクラウンを惜しむ声もきかれる。「クラウンはFR」という固定観念からは自由になれなかったのか。昭和から今に至るクラウンというブランドの存在感を思えば、もったいないとだれしもが思うだろう。

■すでにフラッグシップではなくなっていた

「ただ、1989年の高級セダン・セルシオ発売の段階で、クラウンはトヨタの個人向けの最上モデルではなくなっていました。(06年にレクサスブランドに移行した)セルシオは本当に素晴らしい車でした。もしクラウンがフラッグシップであれば、近年の自動運転もいち早く導入するはず。でも、実際に導入されたのはレクサス。クラウンはFRでありながら、すでにフラッグシップの高級車ではなくなっていたんです」

それでも、トヨタ販売店の底力でクラウンはどうにか売れ続けたが、20年5月より全国のトヨタ販売店において全車種全店扱いとなり、アルファード、ヴェルファイアらと同列で売られるに至り、ついに「まったく売れなくなった」という。

FRにこだわって、新しい顧客のニーズの変化についていけなかったとあらば、消えてゆくのも致し方なしということか。昭和のクラウンの輝かしさを知る世代にとっては、誠に寂しい話ではある。

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西川 修一(にしかわ・しゅういち)
ライター・編集者
1966年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒業。生命保険会社勤務、週刊誌・業界紙記者、プレジデント編集部を経てフリーに。

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(ライター・編集者 西川 修一)

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