「車椅子じゃスカートは穿けない」アローズ創業者を奮い立たせた女性の悩み
プレジデントオンライン / 2021年3月5日 11時15分
※本稿は、澤田智洋『マイノリティデザイン 弱さを生かせる社会をつくろう』(ライツ社)の一部を再編集したものです。
■麻痺でボトムの着脱が難しい、サイズがない…
アパレル企業のユナイテッドアローズと協働した、「041(オールフォーワン)」というプロジェクトを紹介します。
障害のある友人たちと話していると、日常的に着る服にさまざまな課題を抱えていることに気づきました。「麻痺があるのでパンツやスカートの着脱が難しい」「目が見えないから、どうコーディネートすればいいのかわからない」「自分に合うサイズの服がない」──。どうにかこの問題を解けないか。
そんな中、知人を介してユナイテッドアローズとのご縁をいただきました。
初顔合わせの場で、「実は……」と友人たちの課題を共有したところ、みなさん「え?」「そうだったんですね……」と思いがけない様子です。というのも、「衣服についての基本的な課題はおおかた解決されていると思っていた」と。
■ペルソナよりも、実在する「ひとり」のために
それを聞いて、今度はより詳細に障害のある友人たちから服にまつわる声を拾い、「障害者が抱える、服の6課題」と題した資料にまとめました。当事者たちがいまだに、「着脱」「サイズ」「冷え」「素材」「フォルム」「デザイン」という課題に悩まされている、という事実をまとめた内容です。そしてユナイテッドアローズのみなさんに、こうご提案しました。「ターゲットやペルソナを設定するのではなく、実際に存在する『ひとり』を起点に新しいファッションを開発しませんか?」。
そして、こうお願いしました。「御社のようにブランド力があり、広く知られるアパレル企業が、たったひとりの障害者のためにものづくりをすれば、きっと世の中に大きなインパクトをつくれる。なにより、障害者たちはこんな課題を抱えていて、これを解決できるのはみなさんしかいない。みなさんの力が必要なんです」。
資料を前に、ユナイテッドアローズのみなさんはこう言ってくれました。「知ったからには『やる』以外の選択肢は考えられませんね!」。
■一点もののスーツを仕立てるかのようだった
そこからの、ユナイテッドアローズの動きは桁違いのスピードでした。
社内に一斉送信で「このプロジェクトに参加したい人は手をあげてください」とメールを流すと、すぐに十数人のメンバーが集まったそうです。しかも、普段は縦割りのセクションを超えて、デザイン部門、パタンナー部門、生産管理部門、素材を調達する部門などから、まさにオールスターチームが出来上がったんです。
こうして始まったプロジェクトの名前は、「041 FASHION」。041は「ALL FOR ONE」を意味します。
「だれかのため」「ターゲットのため」ではなく、服に切実な課題を抱える6名を開発の起点として、それぞれに対して「ひとりのため=オールフォーワン(041)」の服づくりを行うことになりました。
その「ひとり」のうちのひとりが、関根彩香さん。脊椎損傷によって12歳から車イス生活をしています。車イスを使いはじめてから、ほとんどスカートをはかなくなったそうです。「着脱しづらいし、車輪に巻き込んでしまう可能性がある」から。「オシャレをしたい」とたまにスカートを買ってみても、結局着られないまま「友人に譲ることを繰り返していた」と言います。
通常業務の合間をぬって開発は進みました。試作品ができては関根さんにはいてもらい、意見を聞いてまた改良する。このサイクルを何度も丁寧に重ねました。まるで、オートクチュールで一点もののスーツを仕立てているかのように。
■「機能的でかわいい」アイテムが誕生
半年を経て出来上がったのが「フレアにもタイトにもなるスカート」です。
前身頃はプリーツスカート、後身頃がゆったりとヒップにフィットしたタイトスカートになっていて、「プリーツ1つひとつ」にファスナーがついています。
なにがすごいって、このファスナーを閉じるとスカートがタイトに、開くとフレアになる。「1着1枚で二度おいしい」みたいなこの洋服は、タイトにしておけば移動中、車イスの車輪に巻き込まれる心配もありません。人と会う場面ではファスナーを開いてフレアにすれば、ちょっと華やかなイメージになります。つまり、シーンによって表情を変えられる、まったく新しいスカートが誕生したんです。
また、筋ジストロフィーという病気で思うように身体を動かせない真心ちゃんという女の子がいました。
彼女の課題は、「口の周りの筋力が弱く、どうしてもよだれがたれてしまう」こと。でも、よだれが出るからといって赤ちゃん用のスタイをつけるのは、8歳の女の子にとってはいささか恥ずかしいことです。
その課題を解決するためにユナイテッドアローズが用意したのは、「スタイにもなるエプロンドレス」。
つまり、「一見するとドレスに見えるスタイ」という逆転の発想でした。
■たったひとりのニーズが、新しい「美」を生み出した
当事者が喜んでくれたのはもちろんのこと。では企業の商品として見たときのお客様の反応はどうだったか。
うれしかったのは、「スタイにもなるエプロンドレス」の当事者だった女の子のお母さんが「(健常児の)お姉ちゃんが着てもかわいい」と言ってくれたこと。また、「フレアにもタイトにもなるスカート」も、すこしズラして着用すると、片方はプリーツで、もう片方は曲線的になり、アシンメトリー(左右非対称)を表現できることから、新しい着こなしができるアイテムとしてプロ受けする商品となりました。
障害のある「ひとりのため」に生まれたこれらのアイテムは、結果的に、障害のあるなしにかかわらず「カッコいいから」「機能性が高いから」という理由で、さまざまな人に購入されていったんです。
2018年4月。発表記者会見を開催すると、メディアが詰めかけました。そして、ユナイテッドアローズの創業メンバーで、長らくクリエイティブディレクターをつとめた栗野宏文さんは「041」をこう評価してくれました。
「メガネが開発されるまでは、目の悪い人は障害者だった。今やメガネは個性。たったひとりのニーズが、新しいデザインと『美』を生み出しました。これはいわゆる社会貢献ではなく、新しいビジネスの第一歩。その結果として、世の中の役に立てばいい」。
架空のペルソナやターゲットではなく「ひとり」を起点に商品を開発することが、世の中にとっての新しい価値を生んだのでした。
ひとりを起点に、みんなにとって心地いい服をつくる。つまり、「041(ALL FOR ONE)」は「140(ONE FOR ALL)」になったんです。
■「041は、服屋の原点だったんですよ」
栗野さんに聞いてみたことがあります。「どうしてふたつ返事で引き受けてくれたんですか?」と。するとこんな話をしてくれました。
「041は、服屋の原点だったんですよ。そこに居るのが、お客さんだったからです」。
ハッとしました。
「歩きやすい靴が欲しいとか、軽くて温かい上着が欲しいとか、ニーズはどんな人にでもありますよね。本来、それを具現化することで僕らはこの商売を成り立たせてきたわけです。障害当事者にユナイテッドアローズの本社に来てもらって、さまざまな課題や要求をもらう。それに対して、みんなで『こういうアイデアはどうだろう』と話し合う。目の前に『こんな服が欲しい』と言ってくれる人がいる。
でも今は、縦割仕事や分業化と言ってしまえばそれまでだけど、お客様のニーズは、販売スタッフを通して間接的に聞くことはできても、当事者からは聞けない。だからこそ、当事者から聞けたっていうのは燃えますよね、やっぱり。別に『お困りごとを解決する』っていう意味だけじゃなくて、服を作るプロとして『おもしろいじゃん!』という気持ちがあった。お客さんが喜んでくれるんだったらやろうよ、という」。
■自分のすべてを発揮する最高の場面だった
さらに、栗野さんは続けて話してくれました。
「結局このプロジェクトの肝は、もちろん障害当事者のみなさんのための服ですから、動きやすいとか、着やすいとかいう機能面、ギアとしての要素がいちばんに来るわけですよね。でも、『カッコいいかどうかは関係ない?』と言われたら、そうじゃない。『せっかくだからカッコよくしなくちゃ』というクリエイターとしての気持ちをどれだけ込められたかだと思うんですよね」。
ユナイテッドアローズの社員さんが、障害当事者のみなさんを見ているときの目が本当に印象的だったのを覚えています。もう、目がキラキラに輝いていた。
あえてこういう言い方をすると、障害当事者の方を見て、キラキラすることってないじゃないですか。でもきっと、服作りのプロフェッショナルにとって、障害当事者の方が持つある意味での弱さや、解決すべき課題は、「自分というすべてを発揮する」最高の場面だったんです。
役立つ、かつ、目立つ。視力を補完するためのメガネがいつしかファッションアイテムになったように。「041」から生まれた服が健常者にも購入されていったのは、だれかの弱さが、だれかの強さを引き出したから。超マイナーな世界のために超メジャーな企業が動いたから。そんな魔法がかかったからなんだと思います。
■メジャー企業だからこそ抱えていた2つの課題
「041」に参加してくれた多くの社員さんは、きっとそこまで自分たちの仕事に不満を持ってはいなかったはずです。憧れのアパレル業界で、花形の商品企画やデザインに取り組んでいられている。でも、ユナイテッドアローズの中にも大きな課題感があったと栗野さんは言います。1つは、モチベーション。
「デザイナーって、最初はたとえばパリコレとかミラノコレクションに代表される既存の権威に認められるために必死にやるんです。でも、ようやく認められる頃にはそんな自分の初期衝動も、ちょっと萎えてきてしまう」。
もう1つは、大量生産・大量消費の社会。
「なぜそんなに急ぐ? とふと思う。早いことはいいこと? というふうに。でもファストフードは肥満を生み、ファストファッションは大量廃棄や、バングラデシュで起きた『ラナ・プラザの悲劇』のような、過酷な労働環境を生んだ。早いって、なにかいいことがあったのか? あんまりないんじゃない? イージーに選ばれるようなものをやっているかぎりは、イージーに消えてくしかないか」。
■「カラカラに喉が渇いていた」同士が出会った
自分たちのつくった洋服が、お客様の手に届くことなく廃棄されることもある。次から次へと新たな流行が生まれ、あっという間に忘れ去られていく。そんなことですこしずつモチベーションが削られ、自分のクリエイティビティがすり減っていくような、そんな感覚。
CMというシャボン玉をつくっている僕ら広告クリエイターと同じです。いや、どの業界のクリエイターも、同じような悩みを抱えているのでしょう。
けれども障害当事者たちの課題が突きつけられたとき、社員さんたちの目の色が変わりました。
障害当事者のみなさんは、ファッションというものに対して、カラカラに喉が渇いていました。「わたしたちは購入対象ともされていない」というあきらめの中、それでも心のどこかでオアシスを求めていた。「気に入った洋服を着たい」「それを着て、おでかけがしてみたい」。その渇きを、クリエイターたちにぶつけたわけです。
クリエイターたちもまた、カラカラに喉が渇いていたのかもしれません。表現としても商品としてもつくり尽くされているファッション業界で、障害当時者たちの課題が光り輝いて見えたのかもしれません。みんな、「もっといいもの」をつくりたかった。
もっと本質的なものを、心から求められるものを、「たったひとり」のために、持てる才能を注ぐことができるこのプロジェクトが、みんなの心に火を灯したんです。
■マイノリティとマジョリティの世界に橋が架かった
2018年のリリースから2年が経った2020年の秋、「041」は雑誌「BRUTUS」に掲載されました。
今、ファッションの特集をやるなら、「きれいな服を買いましょう」という話ではなく、そもそも「人と服ってなんだろう?」という話がしたい。そこで栗野さんの元にも声がかかったそうです。「041」というプロジェクトが始動したのは、世の中で「ダイバーシティ」とか「SDGs」といった言葉が、今ほど叫ばれるより前のことでした。
それから数年が経ち、栗野さんの言葉を借りれば、ユナイテッドアローズには「041」というシード(種)が植えられ、ダイバーシティやサステナビリティに関するプロジェクトも徐々に進んでいるそうです。
また、プロジェクトに携わった方の中には、打ち上げの席で、「実は自閉症の家族がいる」ということを初めてカミングアウトしてくれた人もいたそうです。
家族のために「なにかできたらいいな」と思っていたけど、よもや「自分の本業でそんなことができるとは思ってもいなかった」と。今でもスタッフとエレベーターで乗り合わせたときなどに、「障害のある方でも買いやすいウェブサイトもつくりませんか?」といった追加提案をされることもあるそうです。
本当に、福祉業界からするとめちゃくちゃ心強かった。
マイノリティの世界に、ある意味マジョリティな力が掛け合わさることが、こんなにも希望になるなんて。リーディングカンパニーが持つ包容力が、こんなにもカッコよくて大きいものだなんて。ふたつの世界に橋が架かった。ここに橋を架かけられるなんて、思ってもいなかった。
これからもこうやって、あらゆる業界で「マイノリティデザイン」を進めていきたい。そう思わせてくれたプロジェクトでした。
■「より良い働き方」のために定めた3つの方向性
「切断ヴィーナス」「NIN_NIN」「041」とプロジェクトを進めるにつれ、そこに関わるクリエイター自身の飢えや、悩みや葛藤とも向き合うことになりました。
そして、こう思ったんです。
僕らは、自分のアイデアで「より良い社会をつくる」以前に、そのアイデアを生むための「より良い働き方」をつくらなければいけない、と。
自分の時間を、人生を、経験を「その才能を費やす使い道はそれでいいんですか?」ともう一度、自分に問いかけ、時間を割いて、僕は自分の働き方を3つの方向性にまで絞りました。
①広告(本業)で得た力を、広告(本業)以外に生かす
②マス(だれか)ではなく、ひとり(あなた)のために
③使い捨てのファストアイデアではなく、持続可能なアイデアへ
今、僕のすべての仕事は、この3つの方向性に沿っています。逆に言うと、それ以外の仕事はお断りしています。20代の頃は、仕事を断るのが怖かった。嫌われるんじゃないか、生意気だと思われるんじゃないか、仕事が減るんじゃないか。
でも、断る。
自分で自分の仕事を編集していかないと、芯を食った働き方はできない。だから、勇気を持ってこの3つのディレクションに絞りました。
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コピーライター、世界ゆるスポーツ協会代表理事
1981年生まれ。言葉とスポーツと福祉が専門。幼少期をパリ、シカゴ、ロンドンで過ごした後、17歳で帰国。2004年、広告代理店入社。アミューズメントメディア総合学院、映画「ダークナイト・ライジング」、高知県などのコピーを手掛ける。2015年にだれもが楽しめる新しいスポーツを開発する「世界ゆるスポーツ協会」を設立。これまで80以上の新しいスポーツを開発し、10万人以上が体験。また、一般社団法人障害攻略課理事として、ひとりを起点に服を開発する「041 FASHION」、ボディシェアリングロボット「NIN_NIN」など、福祉領域におけるビジネスを推進。著書に『ガチガチの世界をゆるめる』(百万年書房)、『マイノリティデザイン』(ライツ社)がある。
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(コピーライター、世界ゆるスポーツ協会代表理事 澤田 智洋)
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