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「飲み会を絶対に断らない女」は、生涯をかけて何を積み上げてきたのか

プレジデントオンライン / 2021年3月3日 15時15分

衆院予算委員会に臨む参考人の(右から)山田真貴子内閣広報官、総務省の谷脇康彦総務審議官、吉田真人総務審議官、秋本芳徳前情報流通行政局長=2021年2月25日、国会内 - 写真=時事通信フォト

■菅首相は「体調不良ならやむを得ない」と突き放した

山田真貴子さんが3月1日、内閣広報官を辞めた。2月25日の衆院予算委員会では東北新社からの接待は認めた上で、「職務を続けていく中で、自らを改善していきたい」と辞任を否定していた。それなのに、「体調不良→入院→辞表提出→受理」と一転。東北新社に勤務する息子の父である菅義偉首相も「女性の広報官として期待しているので、そのまま専念してほしい」(24日)から一転、「体調不良ならやむを得ないと判断した」(1日、衆院予算委員会)と突き放した。

菅首相が当初「広報官留任」と判断したのは、「自分の息子のせいで、自分の抜擢した広報官が辞める」ということを既成事実化したくなかったからだと思う。26日に予定していた記者会見を取りやめたのは、ほとぼりを冷ますつもりだったろう。が、「山田広報官隠し」と批判され、会見代わりの「ぶら下がり」でも結局、接待問題を聞かれた。どうしても「息子&山田」となるという事態にいら立ち、流れは一気に辞任へ。そんなふうに想像する。

だけど、こんな展開、素人の私だって想像できる。菅首相という人の、読みの甘さ、政治センスのなさに加え、冷たさも見えてしまった。「守らないなら、最初から辞めさせてやれ」と思う。体調が悪くなるほど、追い詰められた山田さん。接待を受けたことは十分に問題だが、もっと別な幕引きができたはずだ。

■なぜ「飲み会を断らない女」という話題を出したのか

森喜朗さんをきっかけに広まった言葉でいうなら、山田さんは「わきまえている女」に違いない。だからこそ、内閣広報官にまで上り詰めた。そして、非常に戦略的に上っていった人だ。「飲み会を断らない女」と自らを語って話題になった動画は、現在非公開になっている。が、すべてを見ると、実に奥の深い「山田流戦略解説」になっていた。

改めて説明すると、山田さんが総務審議官だった20年6月、「超教育協会」(会長・小宮山宏元東大総長)の求めに応じて寄せたものだ。これからの若者に3つのメッセージがあると言い、最初の2つを「ニューノーマル」「グローバル社会」と語った。どちらも「ネット社会とネット活用が大切だから、こういうことをしなさい」という内容で、超教育協会の「IT教育推進」という設立趣旨に添ったものだ。

そして3つ目は「幸運を引き寄せる力」で、ここに「飲み会」が出てくる。協会とまるで関係のない内容で、彼女にしてみればサービスというか親切心というか、「最後に、いいこと教えてあーげる」だっただろうと想像する。

で、なぜそれが「幸運を引き寄せる力」だったかといえば、自信があったからに違いない。

■私も「飲み会を断らない女」だったからよくわかる

山田さんは、「女性初」のポストを次々ゲットしていった人だ。2013年、安倍晋三内閣で「女性初の内閣総理大臣秘書官」になり、15年に「総務省初の女性局長(情報通信国際戦略局長)」、16年に「全省初の女性大臣官房長(総務省大臣官房長)」になった。総務審議官という同省の女性初の次官級ポストについたのは、この動画の前年。しみじみとわが身を振り返り、「私は幸運を引き寄せてきた」という自己肯定感でいっぱいだったろう。

内閣広報官・山田真貴子氏の紹介ページ
写真=内閣官房公式サイトより
内閣広報官・山田真貴子氏の紹介ページ - 写真=内閣官房公式サイトより

では、彼女の思う「幸運を引き寄せる力」とはどんなものなのか。最初に言ったのが、「実績をあげられるプロジェクト」「チャンスをくれる人」に巡り会う幸運をみなさん願うと思います、だった。幸運=上へ行かせてくれる「こと」と「人」に出会うこと。そう山田さんは定義する。

少し自分の話をさせていただくと、私は山田さんと同学年だ。山田さんが1960年生まれ、私は早生まれの61年生まれ。私は83年、山田さんは84年に就職した。新聞記者と国家公務員。職種は違うが、86年施行の「雇用機会均等法」以前に仕事を始め、そこから長く働いたという点では同じだ。私も「飲み会を断らない女」だったから、山田さんのメッセージはよくわかる。

■「チャンスをくれる人」を見つけにいって努力する

当時、ほとんどの職場には男性しかいなかった。今ではそういう男性同士がうごめいている世界を、「ホモソーシャル社会」と正しく表現するようになった。が、当時はそういう言葉もなく、そこに入っていった女性はとにかく手探りで進むだけだった。

ホモソーシャル社会は、男同士で評価したりされたりするのがデフォルトだ。山田さんのメッセージにならえば、女性に「チャンスをくれる人(=男性)」は非常に珍しい。そして、チャンスをくれる男性がいなくては、「実績をあげられるプロジェクト」にもよばれない。だから、そういう人に出会ったら超ラッキー。女性を評価する男性は、それだけで見る目がある。だから、その人についていくぞ、オー。若い頃の私は、そんなふうに生きてきた。

そして、ここからが山田さんの山田さんたるゆえんになる。山田さんはビデオの中で、こう続けた。「しかし、良いプロジェクトや人に巡り会う確率というのは、人によってそう違うはずはありません」。違いは、「多くの人に出会い、チャレンジしているか」である、と主張していた。

つまり山田さん、「(女性に)チャンスをくれる人」に会うためには、出会いの回数を増やさねばならない、と言っているのだ。「出会えたらラッキーだからついていく」が私なら、「見つけにいって努力する」が山田さん。これはまるで違う。

■「断らない」をポリシーとしてきたという生き方

彼女にはその手法で上り詰めたという自負がある。だから、こうアドバイスする。「イベントやプロジェクトに誘われたら絶対に断らない。まあ飲み会も断らない。断る人は二度と誘われません、幸運に巡り会う機会も減っていきます」。そして、例のセリフになる。「まあ私自身、仕事ももちろんなんですけど、飲み会を絶対に断らない女としてやってきました」。

先ほど書いたように、私も飲み会は断らない女だった。余計な話だが、入社して最初に褒められたのが、字の大きさとアルコールの強さだった。単純にうれしかったが、まあ無自覚に飲んだだけのことだ。ただし、これは私だけでなく、同世代で「長」がつく職務についた女性には、案外「飲むことを苦にしない」タイプが多かったように思う。

お酌をする手元
写真=iStock.com/kanzilyou
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kanzilyou

ところが、山田さんは違う。「飲む」にも戦略性というか、迫力があふれている。何かと言うなら、「絶対に」だ。「絶対に断らない女としてやってきた」とはつまり、「断らない」をポリシーとしてきたということの表明。同学年として、これ、すごいと思う。

■なぜ彼女ほどの女性が表舞台から去ることになったのか

「雇用機会均等法」以後の後輩を見て驚いたのが、「均等だったのは、雇用機会だけじゃないか」と怒っていたことだ。

入社後も男女関係なく、メインストリームを歩めると思っていた。それなのに、現実はゴリゴリの男社会。約束と違うじゃないかと怒っていた。彼女たちを見て、自分はメインストリームの手前も手前、「会社に入れていただけただけでありがたい」と思っていたことに気づいた。そして、私ほどではないにしても、均等法以前の女性で、最初からメインストリームを歩く気まんまんというタイプは少なかったように思う。だから、山田さんってすごいなー、と素直に思う。

一方で「飲み会」を語る山田さんを見て、この動画、からかわれてしまうのも無理ないなあ、と思ったりもした。官僚としての慎重かつ賢い言葉遣いの向こうから、自己愛というか全能感というか、そういうものが透けて見えるのだ。「7万円もごちそうされちゃったのねー」という目で見ると、それが役人のおごりのようにも感じられる。

繰り返すが、山田さんはすごい女性だ。自ら地図を描き、堂々と歩いてきた。それなのに、追い詰められる形で表舞台から去ることになった。それが男社会の現実だったとすると、なぜ彼女ほどの女性がそういうことになってしまったのだろうと思う。

■彼女は「総務省の常識」に従ったのだろう

彼女にとって、安倍晋三前首相と菅首相は「チャンスをくれる人」だった。今回のことで改めて「官邸による官僚支配」の問題点が浮き彫りにされた。が、彼女個人に目をやれば、2人がもたらした「プロジェクト」でチャレンジし、結果を出しただけとも言えるだろう。

私を複雑な気持ちにさせるのは、山田さんに「過剰適応」を見ることだ。菅首相の長男が所属する、東北新社という利害関係先との会食。届けもせず、代金も支払わず。予算委員会で山田さんは「気の緩み」と反省を語った。

思うに彼女は「総務省の常識」に従ったのだと思う。「首相の息子が出席するのだ、断れない」なのか「行っておいて損はない」なのか「行かなきゃ損」なのか、それはわからない。おそらく何かしらの常識に従った。かなりの高級店とわかっているのに「ま、いいか」と支払わない。そんなことができるのも、それが「常識」と思っていたからだろう。

■「王様は裸だ」と言えるはずの立場だったのに

マイノリティーの強みとは、「王様は裸だ」と言えることだ。接待されていい相手ですか? お金払わなくていいですか? 「王様」に対しても、そう言える。ホモソーシャル社会で、女性はその役割を果たせる。それが行き詰まった社会を変える唯一の手段。そんなふうにさえ、思っている。

山田さんは、マイノリティーではなくマジョリティーの論理に適応してしまった。だから抜擢されるのか、抜擢されるからさらに適応するのか。男社会に地図を描き、ぐんぐん歩いた人なのに、それがすごく残念だ。

彼女の辞任が、せめて気の緩みきった菅政権への特大級の警鐘となってほしい。同学年として今、思っていることだ。

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矢部 万紀子(やべ・まきこ)
コラムニスト
1961年生まれ。83年、朝日新聞社に入社。宇都宮支局、学芸部を経て、週刊誌「アエラ」の創刊メンバーに。その後、経済部、「週刊朝日」などで記者をし、「週刊朝日」副編集長、「アエラ」編集長代理、書籍編集部長などをつとめる。「週刊朝日」時代に担当したコラムが松本人志著『遺書』『松本』となり、ミリオンセラーになる。2011年4月、いきいき株式会社(現「株式会社ハルメク」)に入社、同年6月から2017年7月まで、50代からの女性のための月刊生活情報誌「いきいき」(現「ハルメク」)編集長。著書に『笑顔の雅子さま 生きづらさを超えて』『美智子さまという奇跡』『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』がある。

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(コラムニスト 矢部 万紀子)

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