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「そこまで傷つくことかな?」相談相手をかえって傷つけてしまう人の残念な口癖

プレジデントオンライン / 2021年3月21日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/enviromantic

最近まで、深刻な「犯罪」とみなされていなかった痴漢。被害者も、被害にあうことを恐れている人も、その深刻さ、つらさをなかなか周りに理解してもらえないことがあります。社会学者の森山至貴さんは、「ひどいとは思うけど、そこまで傷つくことかな?」に象徴される「ずるい言葉」は、弱い立場の人たちをさらに傷つけるといいます——。

※本稿は、森山至貴『10代から知っておきたい あなたを閉じこめる「ずるい言葉」』(WAVE出版)の一部を再編集したものです。

生徒A「今朝電車の中で痴漢されそうになったから、降りるふりして隣の車両に移ったんだよね」
生徒B「実際にさわられたりしなくてよかったね」
生徒A「うん。なんで学校に来るためにこんな目にあわなきゃいけないんだろう」
生徒B「でも痴漢されたわけじゃないし、ひどいとは思うけど、そこまで傷つくことかな?」

■傷ついていると認めてもらえなくて傷つく

人を傷つけることは悪いことである、という感覚は多くの人が持っていると思います。ところが、このことがいつもきちんと認識されているかというと、残念なことにそうではありません。なぜなら、「傷つく」という経験にまともに取り合わなくてよい、とされてしまう場合があるからです。

そのひとつの例が痴漢です。痴漢されるということは、勝手に自分の身体を性的な欲望の対象としてみなされ、自分の意志に反してその欲望を満たすために利用されることですから、そのことに傷つくのは当然です。

ところが、自分の意志に反して自分の身体を扱われてしまうことのひどさは、残念ながらこれまでとても軽視されてきました。「さわられたくらいで減るものでもあるまいし」といった自分勝手な正当化によって、痴漢はたいしたことではない、そんなことでいちいち傷つくな、というとんでもない考え方がまかり通ってしまっていたのです。

痴漢に関して、もうひとつ大事なポイントがあります。痴漢は多くの場合男性から女性に対しておこなわれますが、その背景には「女性の身体は男性が自由に扱ってよいもの」という考えが存在しています。痴漢が軽視されることは、多くの場合において女性の意志や自由が認められていない、つまり女性が弱い立場にもともと置かれていることと結びついているのです。

たしかに、もともと弱い立場に置かれている人が傷ついたとして、その経験が軽視されがちだ、ということはないでしょうか。転校生だったら方言やアクセントをからかわれても仕方がない、目が見えない人間はぶつかられても仕方がない、車いすなら乗車拒否されても仕方がない……本当に残念なことに、思い当たる例はいくつもあります。傷ついていると認めてもらえないことによってさらに傷つく、という悪循環は、残念ながらこの世の中のいたるところに存在するのです。

■なぜ優しい言葉をかけないのか

さて、このシーンでは、痴漢にあいそうになるという生徒の経験を、もうひとりの生徒は傷ついた経験とは認めていないのでしょうか。どうも、傷ついた経験と認めてはいるようです。ただし、この言い方は、「大変だったね」とか「大丈夫?」といった優しい言葉がけからはずいぶんと遠いもののようにも思えます。

このように、応答が素直な優しい言葉になっていないのには、ふたつの理由が考えられます。

まず、実際には痴漢にあっていないのだから、それほど傷ついていない、と聞き手側の生徒は判断しているから、という理由です。

でも、ここには問題があります。たしかに、痴漢にあうことと痴漢にあいそうになることは別のことです。ただし、別のことであることは、一方にくらべてもう一方の「傷」が浅いとか深いとかいったことを意味しません。特に、痴漢にあいそうになっただけだから傷は浅い、という考え方は、恐怖を感じることの痛みを軽視しています。

痴漢されることがこわくて電車に乗れない、方言やアクセントをからかわれるのがこわくてクラス内の会話に入れない、目が見えないのでいつだれにぶつかられるかと思うとこわくて外出できない、乗車拒否されると心が苦しくなるので車いすで出かけるのをためらう……これらは実際に十分に起こりうることと結びついた恐怖なのですから、単なる「思いすごし」などではないのです。

むしろ、このような恐怖を感じざるをえないこと、それ自体がひとつの傷であり、ある人が弱い立場に置かれてしまう、ということの意味なのです。

女性専用車両
写真=iStock.com/Diego Fiore
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Diego Fiore

■「弱い立場に置かれる」ということの意味

たしかに、聞き手側の生徒は痴漢にあいそうになった生徒が「傷ついていない」とは言っていません。でも、その傷つき方が重すぎると言っています。つまり、傷つき方にはちょうどよい程度というものがある、と言っているわけですね。

森山至貴『10代から知っておきたい あなたを閉じこめる「ずるい言葉」』(WAVE出版)
森山至貴『10代から知っておきたい あなたを閉じこめる「ずるい言葉」』(WAVE出版)

ところが、すでに考えてきたように、弱い立場に置かれるということは、実際の経験の有無にかかわらずひどく傷つく立場に置かれることを意味しています。であるならば、感じ方が重すぎると言ってしまうことは、相手が弱い立場に置かれてしまっていることを認めていない、ということを意味してはいないでしょうか。

つまり、痴漢にあうリスクをかかえながら通学しなければいけない、という点を無視して、痴漢にあう経験をあたかもおみくじで凶や大凶をひくような、単なる「運が悪かったこと」と同じ程度のものとしてしか聞き手側の生徒は考えていない可能性があります。これがふたつめの理由です。つまり、弱い立場に置かれる、ということの意味を理解していないのです。

裏を返せば、弱い立場に置かれることで傷つけられそうになる経験それ自体が傷つくという経験でもあるのだ、と理解していれば、だれかにつらい経験を打ち明けられたとき、相手の傷の程度を軽く見積もるようなことをせずにすむようになるわけです。「そこまで傷つくことかな?」と言って相手を落胆させたりさらに傷つけたりせずにすむよう、このことをいつも頭の片隅に置いておけるとよいと、私は思います。

■ぬけ出すための考え方

相手が傷ついていることを認めなかったり、たいしたことではないと言ってさらに傷つけたりすることがあります。これを避けるためには、弱い立場に置かれるということについての理解が必要です。

もっと知りたい関連用語

【痴漢】

もし「痴漢罪」という言葉があると思っている人がいるとしたら、それは誤りです。電車やバスなどの公共交通機関で他人の身体に許可なくさわる、というイメージがありますが、実際にはそれ以外のところでおこなわれる場合もあり、また身体にさわるのではなく自身の性器を露出する、などの場合もあります。

なので、法律的に痴漢は、刑法176条の強制わいせつ罪、各自治体の迷惑防止条例違反、場合によっては刑法174条の公然わいせつ罪や刑法208条の暴行罪にあたる犯罪として裁かれます。

「痴漢罪」という罪名がないのなら、痴漢は言うほど悪くない行為だろう、というイメージを持つ人がいるかもしれません。でも、痴漢はストーカーやドメスティックバイオレンス(配偶者やパートナーに対する暴力)、強制性交と同じく性暴力です。他人の意志や身体を性的なやり方で傷つける卑劣な行為であるということは、どれだけ強調しても強調しすぎることはありません。

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森山 至貴(もりやま・のりたか)
早稲田大学文学学術院准教授
1982年神奈川県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻(相関社会科学コース)博士課程単位取得退学。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻助教を経て、現在、早稲田大学文学学術院准教授。専門は、社会学、クィア・スタディーズ。著書に『「ゲイコミュニティ」の社会学』『LGBTを読みとくークィア・スタディーズ入門』。(プロフィール写真:島崎信一)

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(早稲田大学文学学術院准教授 森山 至貴)

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