福原愛さんの不倫騒動に「爽やかさ」を感じてしまった理由
プレジデントオンライン / 2021年3月21日 9時15分
■のんきだった日常を思い出した
非常に無責任なことをいいます。
ま、落語家はもともと無責任なことを言うのが仕事なのですが。
あくまでも個人的な見解ですが、私にとって、「福原愛さんの不倫騒動の一件」は、このコロナ禍において、はなはだ無責任ではありますが、一服の清涼剤のような感じすらしたのです。
無論、緊急事態宣言下でのあの一連の行為は、決して褒められたようなことではありませんが、マスク着用や三密回避などといつの間にか「窮屈を要求される日々」の中、あのニュースは、かつての呑気だったはずの日常に戻してくれたのではと考えるのは穿(うが)ちすぎでしょうか。
ひとごとついでに、昨年同じく不倫で叩かれた競泳の瀬戸大也選手と二人並んでバラの一輪挿しを手にすれば「不倫+不倫+一輪」=五輪になるなあと不謹慎ながらネタを作ったりもしました。
いや、「こんな状況でとんでもない!」などと考えるのは、もしかしたら、現代という価値観に縛られ過ぎなのかもしれません。
■「お妾VS本妻の壮絶バトル」の思い出話
6年前に亡くなった私の父は昭和6年の生まれでした。
生前酒を飲むと問わず語りに小さい頃の思い出話を披露してくれたものでしたが、いまでも笑えるのが、「叔父さんのお妾さんと本妻との壮絶なバトル」でした。
「いや、そりゃもう激しくてなあ。あれ見て怖いと思ったわ」などとよく言っていましたっけ。
あの頃は本家の長男は脇に女性を抱えるのはむしろ甲斐性のような時代だったのです。父は、満州事変の翌日に生まれていますので、つまり日本が中国と戦争しているという今以上に「とんでもない」時期に、長野の片田舎の一般庶民はある意味不倫が日常、つまりはデフォルトの時代だったのであります。
今からわずか7、80年前まではそんな時代だったのです。
ここで、私は、「昔の方がおおらかだったから、今の不倫を許してあげましょう」などと全女性を敵に回すような発言をしたいのではありません。
そうではなく、「戦時中というコロナ禍以上の苛烈な環境でも、人というものは陰でこっそり逢瀬を楽しむなどのことをしてしまうものなのだ」ということを訴えたいのです。
これこそがまさに師匠・談志の唱えた「落語とは人間の業の肯定である」に通底するのではないでしょうか?
■「男は最後の最後までバカだった」
落語には不倫を取り上げた作品があります。代表的なのが「紙入れ」という作品です。
あらすじは、こんな感じです。
とある大店の手代の新吉が、お得意先のおかみさんに誘われ、その旦那がいない晩、魔が差して一線を越えてしまう(ここは落語家によって演出が分かれるところです。私は「一度は寝てしまった」という設定にしています)。
その10日後、「今晩、また来てほしい。もし来なかったらこちらにも考えがある」という意味深な手紙を受け取り、悩んだ揚げ句出かけて行く。
真面目な新吉は「今日は帰ります。10日前の出来事はなかったことにしてくれ」と訴えるのだが、「もし今晩帰ったりなんかしたら、旦那が戻ってきたときにあることないこと言うから」と脅されてしまう。もうどうにでもなれとやけになった新吉は、大酒をあおり、布団へと横たわる。
「いざ」というそんな時にいきなり旦那が帰宅してしまう。慌てた新吉はおかみさんの計らいで辛うじて逃げることができたのだが、その家に旦那にも見せたことがある紙入れを置き忘れてきてしまう。しかも、紙入れの中にはおかみさんからの『今晩また来てね』という手紙が入っていたのだった。
新吉はその晩は一睡もできずにあくる朝、その家を訪ねて行く。
運よく旦那は何も知らない様子で安心したのだが、新吉の様子の異変に気付かれてしまったので、新吉は、「別の家のこと」のように今までの経緯と昨日の一件を打ち明ける。
そこへ浮気相手のおかみさんが寝起きでやって来る。呑気な旦那は自分の家の出来事とは全く思わずすべてを女房に打ち明けると、女房は「紙入れはあとでその奥さんがきっと返してくれるはずよ」と新吉を安心させる。そして旦那は「てめえの女房を獲られちまうような野郎だから、そこまでは気が付かねえだろ」というオチを言う。
いかがだったでしょうか?
「男は最後の最後までバカだった」という安心感からいつも最後のところで笑いがクライマックスになるネタであります。
■不義密通は死罪でも…
女性が積極的に不倫の主導権を握っているこの噺とは対照的に、大店の主人とお妾さんとのセンシティブな間柄を田舎者という設定の権助という下男が傍若無人に振る舞うという「権助魚」や「権助提灯」という落語もありますが、これらが古典として残っているということは、やはりみな江戸っ子たちはひそやかにいろんなことをやっていたんだよなぁとつい笑いたくなってしまいますよね。
ま、とは言いつつも昨年夏に出版した『安政五年、江戸パンデミック。』(ソニーミュージックエンタテインメント)にも書きましたが、実際江戸時代においては男女間の不義密通は、命がけでありました。
江戸中期に定められた「公事方御定書」の下巻は103条からなり、刑罰規定が収録されていました。その「密通御仕置之事」には、武家にせよ、町人や農民にせよ、密通したことが明らかになれば、妻も密通した男も死罪とのこと。
いやはやとんでもなく厳しいなぁと思いがちですが、調べてみますと、こういう具合に処せられるのはあくまでも表向きで、実際に「妻が寝取られた」などと公儀へ訴え出た場合、露見して後ろ指をさされたり、恥をかくのは自分や親族です。なので、たいがいの場合は表沙汰にせずに当事者間で穏便に処理するのが一般的だったそうです。
そう考えると裏側ではうまい具合にかようなバランスが取れていたからこそ、「紙入れ」のような落語が作られたのではと想像します。
■当事者の皆さん、ほんとごめんなさい
まして「紙入れ」は、封建制度の中で虐げられていたと思われがちな女性が主体となっているという「男女平等感覚」に江戸っ子たちの先見性の萌芽を感じ、さらに飛躍させるならばその体現バージョンが福原愛さんだったと考え併せてみると、なんとなく快哉(かいさい)すら感じませんでしょうか(当事者の皆さん、ほんとごめんなさい)。
くどいようですが、不倫はいけないことです。誰かを傷つけるものです。
が。
「人間はしちゃいけないことをしてしまうものなのだ」と受け止めて考えてみたほうが人には優しくできるのではないでしょうか。植木等さんが歌っていた「わかっちゃいるけどやめられない」のが人間なのです。
「不倫は絶対悪!」と言って不倫してしまった人たちを必要以上にたたく姿はどうかと思います。そういう言動は当事者の身内のみに許された行為でもありますもの。
「不倫はいけない」というルールをこしらえないと何をするかわからないほど不完全なものが人間なのだよ……とわきまえることが、個人単位で言うならば優しさでもあり、おおらかさでもあり、許しにもつながります。そしてこれらが積み重なってゆくことで社会全体の柔軟性や寛容性が涵養されてゆくのではと、察します。
もう結論はおわかりですよねえ。
不倫しましょうではなく、やはりつまりは「落語を聞きましょう」ということなのです。安全です。パートナーと一緒に聴けば家庭円満にもなりますよ。引き続き、立川談慶をよろしくお願いします。
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立川流真打・落語家
1965年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。ワコール勤務を経て、91年立川談志に入門。2000年二つ目昇進。05年真打昇進。著書に『大事なことはすべて立川談志に教わった』など。
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(立川流真打・落語家 立川 談慶)
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