「サッカーボールをもらった子が喜ばない理由」サイコパスの背筋の凍る回答
プレジデントオンライン / 2021年3月25日 11時15分
※本稿は、妹尾武治『未来は決まっており、自分の意志など存在しない。心理学的決定論』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■社会的に成功していれば、社会的に許容される
「サイコパス」という存在が知られている。強すぎる合理性、論理性を有する一方で、人間的な情緒性が欠落している存在をサイコパスと叫ぶ。彼らの中には実社会で成功している者も多い。
特にサイコパスの比率が非常に高い職種として、デイ・トレーダー、裁判官、弁護士、弁理士、外科医、大学教員などが挙げられる。サイコパスは、社会的に許容されているといえる。脳が多数派とは異なっても、社会的に成功さえしていれば、社会的な許容が得られる。
相似形の話として、お金持ちの躁病は、病気と認識されないというものがある。精神的に躁状態で、破滅的な金銭感覚の持ち主であっても、それが成り立つほどの高収入者である場合、彼らは病気とは認識されない。マイケル・ジャクソンのような生活であっても、それを支えるお金があれば、彼らは病気とは認識されないのだ。
脳がサイコパス気質であり、少数派のアブノーマルな状態であっても、それが他者に迷惑をかけない、自分自身で安全な範囲で完結させることさえできれば、社会はそれを許容するのだ。許容される以上に、崇拝の対象になることさえある。
■崇拝されるブラック・ジャック、ザッカーバーグ、ジョブズ
天才外科医のブラック・ジャック(手塚治虫による名作漫画の主人公)に心躍ったのは、彼のある種の超合理的なサイコパス的発想「救って欲しいなら大金を払うべき」が痛快だからだろう。
彼を崇拝して、医師を目指した人は多いはずだ。ただし、ブラック・ジャックは実際には、深い人間愛に裏打ちされた言葉を発しているので(患者はのちになってそれに気がつけるのだが)、彼がサイコパスなのか、サイコパスを演じた善人なのかは意見が分かれるだろう。
映画『ソーシャル・ネットワーク』では、フェイスブックの創設者であるマーク・ザッカーバーグがそのサイコパス気質のせいで、他者とトラブルを抱え続けていく様を描いている。同様のことはアップルの創業者であるスティーブ・ジョブズにも見られる。
彼らに共通しているのは、サイコパス気質が原因でトラブルを抱えまくっても、それを補ってあまりうる金銭(サイコパス気質をビジネスに巧みに活用して得た金銭)がある点である。人はこういった異形の人物に憧れ、崇拝すらすることがある。
■サイコパスにはグラデーションがある
サイコパスについても、その一語で括るのは非常に簡単ではあるが、実際にはグラデーションがある。サイコパス傾向が強い人、弱い人、傾向が強く出るタイミングや日、出ないタイミングや日はそれぞれ大きいばらつきがあることには注意が必要だ。
ここで自分自身のサイコパス傾向を簡単にチェックしてみよう。ヘアサイコパステストというテストがある、図表1の20の質問項目に対して、とても当てはまる2点、少し当てはまる1点、全く当てはまらない0点で、何点取れるかを試してみて欲しい。
40点満点だが、得点が高い人はサイコパス傾向があるといえる。例えば30点以上の人はその傾向がある可能性がある。もちろん正確な診断には医師の判断が必要であるが、簡易な傾向はここでつかめるはずだ。
■誰でも大なり小なりの「サイコパス的特性」を持っている
実際の医療現場では問診が併せて行われている。例えばこんな質問にどのように答えるだろうか?
<一般的な回答>
A たかしくんは、サッカーが好きではなかった。
<サイコパス傾向のある人の回答>
A たかしくんには、足がない。
Q 大嵐の日、あなたは車でバス停の前を通りかかった。そこには、死にかけの老人、自分の好みの異性、友人の3人がいるとする。車は二人乗りで一人しか乗せることはできない。あなたは誰を助ける?
<一般的な回答>
A 誰でもよいので、誰か一人を助ける。
<サイコパス傾向のある人の回答>
A 友人に車を貸して老人を連れていってもらい、自分はその場に異性と残る(つまり、人助けの名誉欲と性欲の二つを同時に満たすという異常に高い合目的性と利益追求の回答ができるという意味。ちなみに、私はこの回答を思いついてしまった。誰でも大なり小なりのサイコパス的特性は持っている。そのため、数例の回答でサイコパス的回答をしたとしても、それがすぐに治療が必要なレベルの問題であるとは思わないでもらいたい。ちなみに、サイコパスは治療といっても、傷を絆創膏(ばんそうこう)で治すような簡単なものにはならないし、治療が可能なのかどうかすら、現在の医療ではまだよくわかっていない)。
サイコパスについて詳しくは、中野信子先生の著書『サイコパス』が的確で短くまとまっており、お勧めであるので、興味を持たれた方はそちらを読んでいただきたい。
■サイコパス気質がDNA伝播で有益に働くケースがある
サイコパス気質は一体なぜ人類の進化の中で滅亡しなかったのか?
実は感情を抑制し合理的に自己の利益を追求することは、DNA伝播(でんぱ)にとって有益に働くケースがあったと考えることができる。極端な例ではあるが、自己利益のための殺人がDNA伝播にとって効果的であるとする論文が存在する。
ベネズエラ南部(ブラジルとの境)のヤノマミという部族では、25歳を超える男性の44%に殺人の経験がある。この時、殺人経験ありの男性では、平均の妻の数が1.63人、子供の数が4.91人となるのに対して、殺人経験なしの男性では、平均の妻の数が0.63人、子供の数が1.59人と大きく低下することがわかっている。
つまり、ある種の人間同士の競争においては、暴力や犯罪によって権利を強く主張することが有利に働いてしまうという事実がどうもありそうなのである。暴力的で積極的な他者への介入が、殺人と婚姻のチャンスを同時に上げているのである。
ちなみに、ヤノマミは新生児が生まれた瞬間、人間として育てるか精霊として天に還すかを判断し、天に還す場合、バナナの葉に包んでアリ塚に置き、そのまま殺してしまうという風習も持っている。この文化は犯罪とは一概にはいえないが、価値観として興味深い。日本人からすれば、明らかに正すべき文化(悪習)といえるかもしれないが、ここまで述べてきた通り、殺人でさえも文化や多数派・少数派といった要因によって、肯定されうるのが人間社会なのである。
■DVは「脳の欲望」かもしれない
他にも、2018年8月に「ネイチャー・ヒューマン・ビへービアー」に掲載された論文も興味深い。この論文では、ボリビアのアマゾンに住むチマネの五つの村の異性愛の女性105人にインタビューによる調査を行った。
その結果、婚姻関係にある親密なパートナーからの暴力を受ける女性たちは、暴力を受けない女性たちより、平均して多くの子供を産んでいることが判明した(なお、この「暴力」には性暴力も含まれているため、暴力が直接的な子供が増える要因ともなっていた)。近親者間暴力が子の数を増やすように作用している可能性があるのである。つまり、DV(ドメスティックバイオレンス)はDNAの伝播に役立つからなくならないという可能性があるのだ。DVもDNAという人間の本質に操られた、意志を超えた、脳の欲望として考えることができるのかもしれない。
もちろん、だからといって、現在の社会でDVが許容されるものだという主張では全くない。根絶されるべき問題であると思っているし、被害者の救済が望まれることは明記しておく。
■犯罪にはなんらかの遺伝的要因がある
サイコパスの扁桃体は、正常者のそれよりも体積が18%低下していることが報告されている。扁桃体の体積の低下は、恐怖感情の低下と関連していることが想定されている。つまり、罪を犯してもそれに見合った恐怖を感じないということである。
極度の虚言癖者の前頭前皮質は、正常者のそれよりも体積が22%増加していることも知られている。前頭前皮質は「相手の心を読む」「思考力」と関係があるといわれており、サイコパスがどうすれば他者を騙せるか、一般人以上の思考力を使って、判断していることがうかがえる。
暴力性の遺伝率は、一卵性双生児と二卵性双生児の比較研究から40~45%程度であるとされている。実の親の犯罪件数は、子供の犯罪件数と相関するが、それはたとえ里子に出された子供であっても、依然として高く相関することも知られており、犯罪になんらかの遺伝的要因があることは明確である。
■「少数派が人類を進化させてきた」という仮説
社会的に許容された少数派が人類を進化させてきた、という進化心理学的な仮説も存在する。例えば、偉人のほとんどは発達障害の傾向があったのではないか? とする言説がある。アインシュタイン、エジソン、モーツァルト、ビル・ゲイツ、ザッカーバーグ、スティーブ・ジョブズ、彼らの記録を紐解くと、おそらく発達障害の傾向があったと考えられる。人間にとって本当に重要な発見は、発達障害という少数派が相対的に、比率的により多く切り開いてきた可能性があるのだ。
ここで、凶悪犯罪者が発達障害だという意味で述べている訳ではないことには注意が必要である。私がいいたいのは、脳には強い個性があるという事実だ。凶悪犯罪者を賞賛することは全くしていない。彼らは法によって裁かれるべきだ(ただし死刑が最適かどうかは私にはまだわからない)。
しかし、人類の長い歴史を見ると、犯罪を犯さない範疇(はんちゆう)で脳に強い個性を持つある種の異常者(犯罪者は含めたくない)が、そのままでは閉塞した存在になりかねない人類を、新しい地平に導いてきた可能性もあるのかもしれないのである。
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九州大学大学院芸術工学研究院准教授
東京大学IML特任研究員、日本学術振興会特別研究員(SPD)、オーストラリア・ウーロンゴン大学客員研究員を経て、現職。東京大学大学院人文社会系研究科(心理学研究室)修了。心理学博士。専門は知覚心理学だが、これまで心理学全般について研究及び授業を行ってきた。筋金入りのプロレスマニア。著書に『脳がシビれる心理学』(実業之日本社)、『おどろきの心理学』(光文社新書)、『売れる広告 7つの法則』(共著、光文社新書)、『脳は、なぜあなたをだますのか』(ちくま新書)、『ベクションとは何だ!?』(共著、共立出版)などがある。
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(九州大学大学院芸術工学研究院准教授 妹尾 武治)
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