三浦瑠麗「スキャンダル攻撃だけでは政権交代は実現できない理由」
プレジデントオンライン / 2021年3月26日 11時15分
※本稿は、三浦瑠麗『日本の分断 私たちの民主主義の未来について』(文春新書)の一部を再編集したものです。
■政権交代するための3つの手法
過去の経験に照らせば、自民党が一部であるにせよ中央あるいは地方で権力を失ったのは、1993年の細川政権、2009年の民主党政権、2010年からの維新ムーブメント、小池旋風によって都議選で都民ファーストが躍進した2017年の4回である。
いずれも「改革保守」イメージがついた勢力に負けており、2009年には民主党が有権者の勘違いも含めて外交安保リベラルのみならず中道からリアリズムまでの票を取れたことが政権奪取のカギだった。
世の中は、民主党の失敗についてばかり分析する傾向にある。だが、政権を取りたいならば、もっと民主党の成功について分析する努力が必要だろう。日本における政権交代のカギは、議員の数による連合ではない。明確なメッセージを発することのできる勢力が、有権者の価値観と合った方向性を打ち出した時に、政権交代が起きるからだ。
すでに振り返ってきた通り、政権奪取して多数派を取りに行くためには、ある程度自民党のことも評価している有権者を取り込む必要がある。
多数派形成の戦略を前提とすると、一番わかりやすい考え方は、自民党政権の度重なるスキャンダルに対して、よりクリーンな政治のイメージを掲げ、有権者に刷新を選択してもらうことである。
二つ目は、安倍政権や菅政権がすでに掲げている経済成長のための構造改革や女性活躍支援に、より強くアクセルを踏み込むというもの。三つ目は、世襲反対や国会改革などの先進的なイメージを前面に出したやり方である。
実際にはシングル・イシューではなく、この三つをすべて組み合わせなければ、多数派の形成は難しいだろう。しかし、これらの手法は政党の価値観が有権者の大半とずれている場合には効果を上げにくい。また、二つ目の手法を取ろうと思えば経済リアリズムにおいて自民党よりも突出していなければならない。
■国民に受け入れられなかった「12のゼロ」
ところが、野党はこれまで「消えた年金問題」で成功したようなピンポイントでの攻め込みに軸足を置いてきた。立憲民主党は2017年の結党間もない衆院選において、護憲派やスキャンダルを厭(いと)う層からかなりの同情・共感票を得ることができた。
しかし、希望の党は注目度のわりにさしたる議席数を確保できず、イメージ戦略だけでは日本の有権者はついてこないことを白日の下に晒した。多くの報道では、小池百合子氏の「排除いたします」発言が失速のカギとなったとされているが、私の分析は異なる。
実際には、小池氏の得意とするイメージ戦略だけでは大義がもたなかったことが失速の原因だからだ。希望の党が掲げた消費増税先送り、原発ゼロ、憲法改正の組み合わせと、満員電車、花粉症、食品ロスなどの「12のゼロ」は国民に受け入れられなかった。
日本人の変化を望む気持ちを吸収するためには、虎視眈々と政権を窺う政策集団としてのたわめられた力やエネルギー、そして時代がその人たちとともにあるという大義が必要である。東京都知事選の重みは、やはり政権選択選挙が持つ重みとは違うし、個人を選ぶ選挙であるという点が大きな違いだ。
「悪代官」的な敵を倒し、新しい風をもたらす颯爽とした小池百合子氏のイメージだけでは、政権選択選挙に勝利することはできないのである。現に、排除発言前から希望の党の人気は失速し始めていた。
■政権選択の選挙となった3つの事例
2019年の参院選では、野党は年金問題に焦点を当てようとしたが、熱心な報道にもかかわらず有権者はさほど反応しなかった。
むしろ選挙活動が活況を呈したのは一部のれいわ新選組(以後れいわ)支持者だが、ちゃぶ台返し型の現状打破志向がごく一部の革新勢力にしか訴求力を持たないことは、選挙結果を見れば明らかである。
しかし、有権者は一体どのようにして、単なる政局と政権選択を左右する論点とを区別するのだろうか。参考にできる近年の例は三つ存在する。
ひとつは2005年の郵政選挙。二つ目は先ほども出てきた2009年の民主党政権誕生、三つ目は日本維新の会の大阪土着化である。この三つの事例は、国民に改革の負担を強いる要素と、夢と希望を与える要素との配分が優れていたということができる。
よく、小泉政権では「痛みを伴う改革」が支持されたと言われるが、これを文字通り受け取ると間違う危険がある。社会が自己改革に賛同するハードルは高いからである。郵政解散の場合には「抵抗勢力」を跳ね返すため、あえての民意を問う解散総選挙、痛みを伴う改革という二つがあいまって、有権者と小泉純一郎氏の一体性を高めた。
勧善懲悪は分かりやすい。痛みは、国民自らが負う負担というよりも「庶民のまっとうな感覚」を政治に反映するためのごたごたや不都合を甘受するという意味合いに取られたのではないだろうか。
要は、変化を嫌う国民が変化を受け入れるには、それにより生み出されるよほどの価値が提示されない限り、難しいということだ。その点、政治が既得権にメスを入れることによって成長するというストーリーは十分に希望を与えるものであり、日本人の改革に関する自画像にマッチした。
■「大義」を掲げられなければ政権交代はできない
二つ目の民主党政権誕生は、政権交代というキーワード自体が大義となった稀な例だが、ここでも霞が関や外郭団体にメスを入れる勧善懲悪型の「庶民のまっとうな感覚」が重視された。
予算を抜本的に組み替え、霞が関の埋蔵金を掘り出すという主張も、行革によって効率化を進めるという主張も、成長を示唆する希望となった。しかし、この手法は一度失敗すると有権者の信頼が離れ、二度目に同じ主張を繰り返しても支持が集まらない傾向にある。
三つ目の維新運動では、はじめに無駄の排除が重視され、大阪の地域ナショナリズムに支えられて逆境からの成長を目指す改革志向が示された。その後、霞が関の埋蔵金と同様、二重行政の廃止が大きな宝の山として認識されたが、維新は何もコストカットだけを訴えてここまで来たわけではない。
2019年の大阪W首長選で投票を大きく左右したのは二重行政の廃止に加えて、万博誘致などの経済成長を狙う戦略だった。維新が国政で大きな足掛かりを作れないでいるのは、二重行政の廃止や大阪ナショナリズムに匹敵するような国政上の論点としての大義を創り出せていないからだ。そうしたなかで目新しい政策ばかりを追いかけていても党勢は衰えるばかりである。
つまり、野党に大義があるとみなされなければ、政権選択選挙には結び付きにくい。昨今の自民党は下野の失敗に学んで、この点に自覚的であるように見える。大義は、対立軸と深く関係している。
■リベラル勢力が改革保守を味方につける可能性は低い
大嶽秀夫は『日本政治の対立軸』(中公新書、1999年)で90年代の日本政治の混乱を振り返ったうえで、新たに生じるだろう対立軸を新自由主義的な改革とそれへの対抗理念と位置づけた。
当時、この本は広く読まれてスタンダードとなった。だが、現在の日本政治を見た時、大嶽の予測には異論を唱えざるを得ない。新自由主義思想をめぐる対立なるものは、おそらく一部のインテリの頭の中にしか存在しないからである。新たな言葉を対立軸に据えるにあたっては、人々の直接的な利害とアイデンティティが絡んでいなければならない。ヨーロッパで反グローバリズムが反移民と結びついたように。
日本で「新自由主義」を自ら標榜する政治家の名前を挙げてくれと言っても、おそらく一人も挙がらないだろう。日本には極端な思想をとる政治家はほとんどいないからである。つまるところ、反・新自由主義とは市場競争の行き過ぎやグローバル化に対する抵抗、平等を求める価値観の総体にすぎない。
とすればそれは従来の経済的な左右の対立軸で説明できるだろう。しかも、後述するように日本では自由貿易や外国人労働者の受け入れに対する支持は党派を超えて高く、反グローバリズム感情は強くない。
そのうえ、今後経済的な価値観の対立が政党を分極化させるとしても、リベラルが社会的価値観の異なる改革保守を味方につけられるかどうかは、かなり微妙だ。それは、米国で言えばトランプ支持の労働者とサンダース支持者が組むようなものだからである。
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国際政治学者
1980年、神奈川県生まれ。神奈川県立湘南高校、東京大学農学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。著書に『21世紀の戦争と平和』(新潮社)、『日本の分断』(文春新書)など。
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(国際政治学者 三浦 瑠麗)
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