「能力はあるのに働かない社員」に冨山和彦が鬼になった本当の理由
プレジデントオンライン / 2021年3月26日 15時15分
※本稿は、冨山和彦『リーダーの「挫折力」』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■多種多様な人を束ねるのが現代のリーダー
同じ会社、同じ部署でずっと働いてきたからといって、相手のことを十分に理解しているとは思わないほうがいい。育ってきた環境や年齢、性格によって人の考え方は十人十色だからである。
これが他部門や他社となるとなおさらである。私がかつていた携帯電話会社は、さまざまな会社からまったくバラバラの業種の人が集められた、寄せ集めチームだった。昨今では同様に、買収や合併により突然、別の会社の人たちと同じチームとして働くようなケースも増えている。さらに、パート・アルバイトや派遣社員といった異なる労働形態の社員や、日本人以外の社員も増えている。
今のリーダーには、こうした多様性の高い組織をまとめていくことが求められているのだ。
このような組織において、何もしなくても人間関係がスムーズにいくことなどまず、あり得ない。では、どうすればいいのかというと、まずは、それらの人々の「クセ」を見抜くことが重要だ。
■「クセ」を見抜くことが、相互理解の第一歩
例えば鉄鋼メーカーには、鉄鋼メーカーの思考のクセがある。商社には商社のクセ、電機メーカーには電機メーカーのクセがある。皆自分のやり方が普通で、正しいと思っている。
用語一つとっても、業種によって解釈はまちまちである。例えば「長期」というと、鉄鋼メーカーの人は20年、30年単位を考える。一方、商社の人、市況商品の貿易にかかわってきた人などは、10年でもはるか先のことのように感じ、彼らの「短期」は「今日」を意味する。同じ日本人とは思えないほど、頭の中身が違うのだ。当然、話は噛み合わない。
一人ひとりを見ても、すでに定年間近の人もいれば、入社まもない若者もいる。大会社からの出向もいれば、派遣で来た人もいる。個々の抱える背景もキャリアも能力も、まったく異なるのだ。こうした個々の特性を知らなければ、組織を動かすことはできない。
この経験は、のちに任されることになる産業再生機構での仕事に大いに役立った。あらゆる業界、業種、規模の企業の再生を手がけるにあたっては、まずはその企業の社員の思考のクセを見抜くことが必要になるからだ。
これは一つの会社内でも実は重要だ。営業、製造、経理などの各部門によって、使う言葉や立場はまったく異なってくる。それら他部署の人の思考のクセを知らなければ、社内でコンセンサスが取れていたと思っていたことが実際には取れておらず、思わぬ失敗をすることがある。
■いい面も悪い面も含めて「好き」になる
産業再生機構自体、銀行員、コンサルタント、会計士、投資ファンド、弁護士、労働組合、官僚など、非常に多様なバックグラウンドの人たちの寄せ集めだった。当初は、そこから起因する軋轢や内部対立は日常茶飯事だった。幸いCOOである私自身は、それまでに同じような状況でいろいろと「痛い」経験をしてきたのと、これらの職種の多くを自分自身で体験していた。だから組織内部が対立から協調、団結へと転換するプロセスは、ほぼ予想通りのシナリオでハンドリングすることができた。
おそらく肝心なのは、「相手に興味を持つ」ということなのだと思う。相手に興味を持てば、当然そのクセも見えてくる。かつては仕事後の飲みニケーションや、いわゆる「タバコ部屋の会話」でコミュニケーションを取ったものだが、現在はなかなか難しくなっている。だが、その気になればコミュニケーションの機会などいくらでも作ることができるはずだ。
こうしてコミュニケーションを取った結果、相手のことがいい面も悪い面も含め見えてくるはずだ。このとき、ある意味ではいい加減な部分やダメな部分を含めて、人間を好きになることが「理解」への第一歩だ。
アメリカ先住民には、「愛するということは、相手を理解すること」という意味の言葉があるそうだ。好きになれば好奇心が湧いてくる。どんなに嫌なやつでも、好奇心を持って観察すれば、その裏側にある人間の切ない部分、愛すべき弱さが見えてくる場合がほとんどである。それがわかれば、その人間は、もう半分あなたの手中に落ちたも同然である。
■始末が悪い、優秀なのに働かない社員
相手のことを理解するためには、「相手に関心を持つ・好きになる」ことが重要だと述べた。しかし、残念ながら、自分が相手をいくら好きになろうとしても、相手がその気持ちに応えてくれるとは限らない。それほど人間関係というものは単純ではない。
だからといって、組織の「問題児」を放置していると、その毒は組織全体に回りかねない。リーダーは時に、果断なる手を使う必要も出てくる。
携帯電話会社の立ち上げで、ある大手メーカーから出向してきた人がいた。キャリアもあり、さほど無能には見えない。にもかかわらず、まったく働く意欲がなく、むしろ積極的にサボっているように見えた。それなりに能力があって、それなりに責任のあるポジションにいた上に、そこそこ弁もたつのでよけいに始末が悪い。誰が見てもその人がいなくなったほうが、仕事は前に進む状況であった。
■働かない社員の本音は「出向元に帰りたい」
彼の行動が腑に落ちなかった私は、タバコ部屋や飲み会も駆使して、本人自身を含むいろいろな情報ルートから情報を集める努力をした。そしてやがてわかったのだが、彼はこの会社に来たこと自体が不満だったのだ。
大手メーカーにいた彼からすれば、立ち上げたばかりで、海のものとも山のものともわからない携帯電話会社への出向は気に入らなかった。現在と違い、90年代初頭の携帯電話は「バブル時代の徒花商品」といわれ、一部の人だけが使う特殊な道具と思われていたのだ。
早く出向元に戻りたい彼としては、ここで成果を上げて余人をもって代えがたい存在になっては困る。早く追い返されるよう、あえて働かないようにしていたのだ。家庭内にも問題を抱えていて、そのため早く東京に帰りたいという事情もあったようだ。一方で、わりと淡々としたシニカルな性格の人で、東京にさえ帰れれば、自分の評価が下がったり、ポストが格下げになったりすることも、あまり気にしない感じだった。
■社長に「彼は使いものにならない」と進言
この手の高学歴インテリ系の、しかもいい年をした一流企業の社員は、自分の価値観や家庭の事情も含めた「本音」については、よほど追い詰められない限り、自分からは吐露しない。それよりも「皮肉屋」になって、賢げな外見を取り繕いながらサボるほうを選択する人が圧倒的に多い。
こうなるともう、目指している方向が違う以上どうしようもない。もちろん説得するという手もあるだろうが、事業の立ち上げという忙しい時期に、たった一人のために使える時間は限られている。それに背景事情を知れば知るほど、彼はまさに性格とインセンティヴに忠実に行動しているとしか思えない。
結局、彼については、タイミングを見計らい、彼に起因する明確な失策が表面化したときに、トップに直訴することにした。社長に「かくかくしかじかの理由で、彼は使いものにならない」と進言し、出向元に帰ってもらうことにしたのだ。
■結束力を高めるために「飛ばす」判断も必要
もちろん、こういう「人を刺す」ような行為はある意味、悪辣な行為である。組織運営上も、また私自身の中間管理職としての政治的な立場を守る上でもリスクを伴う。
だから彼が問題児であることは社内の一つの空気にはなっていたが、社長への直談判は、ひそかに直接やって、できるだけ外には漏れないようにした。もちろん、私自身は沈黙を守り通した。それでもこういうことは、どうしても滲み出るもので、その後、私を警戒する幹部社員、批判的な人々は増えたようである。ただ、そういうマイナス面を覚悟しても、組織全体の目的達成とその本人自身の幸福にとって、あの時点では、彼を「飛ばす」ことが正しいというのが私の判断だった。
事業や組織がだんだん一つにまとまっていくのは、やはり気持ちがいいものである。苦戦しながらも、それを乗り越えてきたという自己実現感も得られる。やがて、そこで働く人同士の連帯感も生まれてくる。
ただし、どんなに頑張っても、全員を同じ船に乗せたまま幸せにできるとは限らない。先の大手メーカーから来た社員のように、降りてもらわねばならない人が出てくることもある。そのときは「力」の行使を躊躇してはならないのだ。
その際、降りてもらう人、降りてもらうタイミング、降ろし方をうまく演出できれば、組織全体の結束力を高め、エンカレッジできる場合もあるのだ。
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経営共創基盤グループ会長
1960年生まれ。東京大学法学部卒、在学中に司法試験合格。スタンフォード大学でMBA取得。2003年から4年間、産業再生機構COOとして三井鉱山やカネボウなどの再生に取り組む。機構解散後、2007年に経営共創基盤(IGPI)を設立し代表取締役CEO就任。2020年10月より現職。パナソニック社外取締役。
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(経営共創基盤グループ会長 冨山 和彦)
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