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数百人の新聞記者が束になっても、少数精鋭の"文春砲"に完敗する根本原因

プレジデントオンライン / 2021年3月25日 11時15分

コンビニエンスストアに陳列された「週刊文春」や「週刊新潮」などの雑誌=2016年9月1日、愛知県名古屋市昭和区 - 写真=時事通信フォト

なぜ週刊文春はスクープを連発できるのか。立命館大学国際関係学部教授の白戸圭一氏は「文春は『なにがニュースになるのか』という感覚が鋭い。大手新聞社と違い、国民の関心を的確に捉えたスクープを出している。両社の違いが明確になったのが、黒川元検事長の賭け麻雀問題だ」という――。

※本稿は、白戸圭一『はじめてのニュース・リテラシー』(ちくまプリマ―新書)の一部を再編集したものです。

■新聞と雑誌のニュース感覚の違いを明確にした「賭け麻雀問題」

新型コロナの感染拡大によって初の緊急事態宣言が発令されていた2020年5月、ともに活字メディアでありながら、新聞の「ニュース感覚」と雑誌の「ニュース感覚」の違いを痛感させる出来事があった。検察官の定年延長問題の渦中にいた黒川弘務・東京高等検察庁検事長(2020年5月22日付で辞職)の「賭け麻雀」に関する報道である。

経緯を簡単におさらいしよう。検事長の定年は63歳であるため、東京高検検事長だった黒川氏は63歳の誕生日前日の2020年2月7日に退官する予定であった。ところが、その直前の1月31日、当時の安倍内閣は「検察庁の業務遂行上の必要性」を理由に黒川氏の定年を半年延長する閣議決定をした。

検察トップの検事総長の定年は、検事長よりも2歳上の65歳。当時の稲田伸夫・検総長は定年を待たずに2020年7月に退官するとみられていたが、黒川氏は2月に63歳で定年を迎えるので、検事総長就任は不可能であった。

ところが、閣議決定で定年が半年間延長されたことにより、黒川氏は8月まで検察官の仕事を続けることが可能になり、7月に稲田検事総長が退官すれば、検事総長に昇格できる可能性が開けたのである。

黒川氏は霞が関・永田町界隈で「安倍政権に近い人物」などと噂されていたため、定年を延長する閣議決定に対して、野党やマスメディアから「政権に近い黒川氏を検事総長に据えることで、安倍政権下で起きた様々な不祥事に関する捜査をやめさせようとしているのではないか」などと批判が出ることになった。

■「三密の賭け麻雀」を報道した週刊文春

以上が黒川氏の「賭け麻雀」に関する報道が出るまでの顚末(てんまつ)であるが、黒川氏の定年を延長した安倍政権の狙いがどこにあったのかについては、本書の内容に関係ないので、これ以上言及しない。

黒川氏の定年延長を巡って与野党が国会で激しくぶつかり合っていた5月20日、文藝春秋社運営のニュースサイト「文春オンライン」は『週刊文春』の発売にあわせて、黒川氏が新型コロナウイルスによる緊急事態宣言発令下の5月1日から2日に東京都内の産経新聞記者の自宅を訪れ、産経新聞記者二人と朝日新聞の元検察担当記者(当時は記者職を離れ管理部門勤務)と賭け麻雀に興じていた疑いがあると報道した。

黒川氏は法務省の聴き取りに対し、賭け麻雀に興じたことを認めて辞意を示し、5月22日の閣議で辞職が承認された。一方のメディア側では、朝日新聞社が元検察担当記者を停職1カ月、産経新聞社は記者2人を停職4カ月とした。

黒川氏と新聞社の3人が雀卓を囲んでいたのは、緊急事態宣言の発令期間中であった。飲食店は休業や時短営業による減収を強いられ、閉店を余儀なくされる店も出るなど経済への影響が深刻になり始めていた。学校が休校し、映画館や美術館といった文化施設は休館を余儀なくされ、外出自粛を強いられた国民の多くがストレスを抱え、不安の渦中にいた。

そうしたタイミングで、国会で「渦中の人」である検察の最高幹部が、よりによって「権力の監視役」であるはずの新聞記者と「三密」状態で賭け麻雀に興じていた――。

麻雀
写真=iStock.com/DarrenGJ
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/DarrenGJ

■賭け麻雀を取材の一環としてとらえた新聞社

『週刊文春』の報道で明らかになったその事実は、新型コロナウイルスで自粛生活を強られている国民の間に猛烈な反発を巻き起こした。多くの人が、麻雀のメンツが『産経新聞』と『朝日新聞』の検察担当のベテラン記者だった事実を知り、大手新聞社と捜査機関の癒着を見せつけられた気分になった。

この一連の顚末の興味深い点は、賭け麻雀の事実を報道したのが雑誌メディアの『週刊文春』であり、新聞ではなかったことである。

『週刊文春』の編集部は、多くの国民が営業自粛や失業で苦しんでいる最中に、国会で渦中の人である検察ナンバー2が「三密」状態で違法性のある賭け事に興じている事実を何らかの方法で知り、「これはニュースだ」と判断したから記事化したのだろう。

一方の新聞記者たちは、「黒川氏が賭け麻雀に興じている」という事実を知っていたどころか、一緒に雀卓を囲み、黒川氏が帰宅するためのハイヤーも用意していた。

新聞社の人間たちは、この状況で黒川氏と雀卓を囲む行為が「ニュース」になってしまうかもしれないとは、想像すらしなかったのだろう。『週刊文春』の報道が出た直後に産経新聞社の東京本社編集局長が紙面に掲載した次の見解が、自社の記者二人が黒川氏と麻雀に興じていた理由について正直に説明している。

■国民の「ニュース感覚」を捉えた文春

「産経新聞は、報道に必要な情報を入手するにあたって、個別の記者の取材源や取材経緯などについて、記事化された内容以外のものは取材源秘匿の原則にもとづき、一切公表しておりません。取材源の秘匿は報道機関にとって重い責務だと考えており、文春側に「取材に関することにはお答えしておりません」と回答しました」

白戸圭一『はじめてのニュース・リテラシー』(ちくまプリマ―新書)
白戸圭一『はじめてのニュース・リテラシー』(ちくまプリマ―新書)

つまり、雑誌にとって、緊急事態宣言下の検察トップの賭け麻雀は「ニュース」であったが、新聞にとってそれは「ニュース」ではなく「取材」の一環であった。

だから「○○新聞の記者である私は本日、国会で問題になっている検察ナンバー2の東京高検検事長と緊急事態宣言下で三密状態で雀卓を囲み、検事長の帰宅のためにハイヤーも提供した」などという新聞記事が彼ら自身の手で書かれることはなく、代わりに週刊誌が書いた。

そこで明らかになったのは、「文春砲」と言われるスクープ連発の週刊誌のニュース感覚と、大手新聞社のニュース感覚の決定的な違いである。そして、国民の多くは『週刊文春』とニュース感覚を共有していたから賭け麻雀に怒った。その反対に、大新聞の社会部の検察担当記者のニュース感覚は、国民のニュース感覚とは違っていた、ということだろう。

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白戸 圭一(しらと・けいいち)
立命館大学 国際関係学部 教授
1970年生まれ。立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了。毎日新聞社でヨハネスブルク特派員、ワシントン特派員などを歴任。2014年に三井物産戦略研究所に移り、欧露中東アフリカ室長などを経て、現職。京都大学アフリカ地域研究資料センター特任教授を兼任。著書に『日本人のためのアフリカ入門』、『アフリカを見る アフリカから見る』(ともにちくま新書)、『ボコ・ハラム――イスラーム国を超えた「史上最悪」のテロ組織』(新潮社)など。

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(立命館大学 国際関係学部 教授 白戸 圭一)

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