1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 社会

「独身男性のゴミ部屋には縛り系のエロ本が多い」数千冊をため込む切ない理由

プレジデントオンライン / 2021年3月26日 11時15分

運び出しの様子。50代男性の住むゴミ屋敷では、1万冊以上の本があり、そのうち2000冊程度がエロ本だった。 - 撮影=笹井恵里子

私はこれまで生前・遺品整理会社「あんしんネット」の作業員として、多くのゴミ屋敷を整理してきた。ゴミ屋敷清掃は過酷な仕事だが、遺品整理の第一人者である石見良教さんはどんな現場でも怯まない。なぜそこまでの熱意をもてるのか。のべ5時間を超えるインタビューで「遺品整理人」の覚悟に迫った――。(連載第12回)

■人生でこんなにエロ本を見たのは初めてだった

普段、私は「エロ本」を目にする機会はない。ところが、独身男性が住むゴミ部屋を片付けていると、必ずといっていいほど目にする。10冊程度であればまだ理解できるが、数えきれないほど出てくる家が少なくない。今月片付けた50代男性の住むゴミ屋敷では、ざっと1万冊以上のさまざまな本があり、その5分の1、つまり2000冊程度が成人向け雑誌、いわゆる「エロ本」だった。たぶん人生でこんなにエロ本を見たのは初めてだ。

【連載】「こんな家に住んでいると、人は死にます」はこちら
【連載】「こんな家に住んでいると、人は死にます」はこちら

石見「たしかに男性のゴミ部屋には多くのエロ本が存在しますね。ゴミ部屋という閉ざされた空間で、イメージだけが膨れ上がり、多く購入しているのかもしれません。恋愛の機会がないのですから、そのような視覚に訴えるものに頼らざるを得ないんでしょう」

その50代男性宅にあるエロ本のほとんどは、“しばられた女性”が表紙を飾っていた。彼はおだやかな雰囲気で、部屋の整理について尋ねる私の質問にも、ていねいに答えてくれた。女性をしばるような乱暴さは感じられない。

■他人には見られたくない“宝の山”をどうするか

石見「しばる系のエロ本が多いのも、ゴミ部屋の住人にはよくあるケースです。ゴミ部屋の整理で、亡くなった方ではなく生きている男性が依頼者である場合、ナヨナヨしているといいますか、性格的には“気の弱い人”が多い印象です」

石見良教さんの現場での様子
撮影=松波賢
石見良教さんの現場での様子 - 撮影=松波賢

気が弱くても、あれだけ大量の本を購入する「所有欲」はすさまじい。

現代ではネット配信が主流で、今後大量のエロ本が出てくるゴミ屋敷は少なくなるだろう。ただ、エロ本に限らず、他人には見られたくない“宝の山”を持つ人は多い。私も今、自分が突然死したらと考えると、誰の目にも触れてほしくないものがいくつかある。周囲が認識する私のイメージと一致しないからだ。けれど自分にとっては大切な物だから、それを今すぐ処分することはできない。

■「幼い頃に描いた思い出の絵」は処分できない

ある孤独死現場で、亡くなった家主の男性が書いたと思われる「好きだった女性への恨み文」を見つけた。作業を見守る男性の母親にとても見せられなかった。息子が他人を恨み、孤独の中で死んだであろうこの文書を見せることは、気丈に明るく振る舞う高齢の母親に、苦しみしか与えない。

50代男性宅のキッチン。複数の包丁があった。
撮影=笹井恵里子
50代男性宅のキッチン。複数の包丁があった。 - 撮影=笹井恵里子

私がそう振り返ると、石見さんが「反対に家族に知らせてあげたほうがいいケース」を紹介してくれた。

石見「若くして離婚し、その後一人暮らしをしていた男性が孤独死したんです。離れて暮らす元妻と子供からの整理依頼で、過去の嫌な思いしかなかったのでしょう。『あの人は死んでよかった』『物はすべて処分してください』と言う。けれどもわれわれが整理をすると、幼い頃の子供が描いた思い出の絵が大切に保存してある。

そういう時、私は手紙を書くんです。『あなたはすべてを処分してくださいと言いましたが、私にはできませんでした。それは最後まであなたのことをお父さんは思っていたと感じたからです』と記して、その物と一緒に送る。すると大抵の人は、気持ちが変わります」

それを聞いて、“遺品整理人”の仕事が少しわかった気がした。

■故人や依頼人の心をつかまなければ「整理」にならない

そもそも遺品整理とは、亡くなった人(故人)の持ち物の整理を行うこと。最近は依頼のうちゴミ部屋化した家、それも孤独死現場が多いから、「整理=ゴミ部屋、あるいは孤独死現場の清掃」という構図だが、本来の仕事は“掃除”ではない。

石見「物の整理は簡単にできるんですよ。でも、最終的に整理してあげたいのは、残された家族の“心の整理”なんです。だから現場で故人の思いを読み取るようにしています。窓からの風景を見て、目の前に桜が咲いていればこの角度に座って見ていたんだろうな、ここで酒でも飲んでいたんだろうなとか、イメージを展開させていく。想像力を働かせ、故人や依頼人の心をつかまなければ本当の整理をしたことにならない」

50代男性宅のキッチン
撮影=笹井恵里子
50代男性宅のキッチン - 撮影=笹井恵里子

石見「ゴミ山になるのも孤独死してしまうのも、どこかに原因があるはずです。だから現場に入ると、なぜこの人は孤独死してしまったんだろう、逃れる術はなかったんだろうかといつも考えますね。

殺人現場も印象に残ります。母親が育児に疲れて子供を殺めた事件や、子供が両親を殺害した現場の特殊清掃(遺体でダメージを受けた室内の原状回復をする作業)を行ったことがあるんです。殺人はナイフのケースが多いので、あたり一面に血がばーっと飛び散る。その拭き取りをしていると、むなしさを感じます。『なぜ』『どうして』という言葉で頭の中がいっぱいに……」

■一戸建てのゴミ部屋で、居住者は孤独死していた

一つひとつの現場、特に精神的に負担がかかる現場ほど、作業完了とともに忘れるようにしていると、石見さんは言う。

石見「われわれの作業は職人作業と同じで、一つの現場には作品の意味合いもあります。自分の中で仕事が完結していれば終わりにできる。しかし悪い現場ほど記憶に残ってしまう」

50代男性宅のキッチン。ゴミに埋まって使えなくなっていた。
撮影=笹井恵里子
50代男性宅のキッチン。ゴミに埋まって使えなくなっていた。 - 撮影=笹井恵里子

石見「ある一戸建てのゴミ部屋整理で、後悔したことがあります。家主が生存していて、本人の依頼で始まった作業だったのですが、1階部分の整理が完了したところで2階はしなくてもいい、と言われました。2階には大量のゴミが残っていましたが、本人がOKを出してくれなければ作業を進められないのでやむなく手を引きました。

しばらくして、近くの民生委員さんが見守り活動の一環で声をかけると、その家から返事がない。なんとその人は、室内で孤独死していたんです。民生委員さんは責任を感じて仕事を辞めてしまいますし、われわれももっといろんな職種の人たちを巻き込んで、本人を説得し、ゴミ部屋を片付ければよかったと反省しました」

■生前整理であれば、生活を再建できる可能性がある

昨年末、私が関わった現場でも、生活再建への道のりがついていない状態で、ゴミ部屋整理の作業を終えることがあり、とてもつらかった。いくら本人が「これでいい」と言っても、これでは人間としての生活が保証されないのではないか、と思った。

孤独死現場では「遺品整理」しかできないが、生前整理であればゴミ部屋に住む人の生活を再建できる可能性がある。だから生前整理の依頼があること、その仕事に関われることには、希望を感じる。

石見「そう。『生前整理』は将来の自分のために整理を行うことですし、それから高齢者が住みやすいように環境を整える『福祉住環境整理』も、まさに生き続けるための片付けといえるでしょう。ですから生前整理や福祉住環境整理を行う際に、『このままでは孤独死します』というようなゴミ部屋を見たら、『このままではまずいから物を捨てよう』と本気で説得します。うちの作業員でも遠慮がちに言うことがありますが、それではダメです。ゴミ部屋化してしまう人は孤独に生きているから、話しかけられると案外うれしいものなんですよ」

■「これはあなたが亡くなったら、ただのゴミだよ」

遺品整理であれば、その人の生活に思いをはせ、処分するものと誰かのために残すものを分ける。しかし生前整理の場合、誰のために残せばいいのか。ゴミ部屋には、例えば「レシートの束」や「賞味期限切れの食品」など、物としての価値はないが、当人にとってはこだわりのあるものが数多ある。

整理のために入室しようとする石見良教さん(撮影=笹井恵里子)
整理のために入室しようとする石見良教さん(撮影=笹井恵里子)

石見「私ははっきりと断言しますよ。『これはあなたが亡くなったら、ただのゴミだよ』と。いくら大切に保管してもなんの意味もない、今処分したほうがいいと話します。それでも『処分したくない』と言う人も多いですね。その時は、『じゃあ死ぬまで抱えといていいけど、あなたが亡くなった後に俺がここに来たら処分するからね』と言います。するとハハハと笑って、『いいわよー』と返されるのがオチですが。

でも、これだけは言えます。生前、介護、死後でいうと、死後の整理が一番大変。ですから元気なうちに、身の回りの物の整理を少しでも進めてほしい。エロ本のような“見られたくないもの”があって、自分の死後に見られて恥ずかしいと思うなら、やはり健常なうちに自分の手で始末するしかない。50歳を超えたら考えたほうがいいでしょう」

石見さんのもとには、これまで「自分が亡くなったら遺品整理をしてほしい」という依頼がおよそ70件あったという。中でも依頼して1カ月後に死亡してしまった60歳女性の事例が、興味深い。(続く。次回は3月27日公開予定)

----------

笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)など。

----------

(ジャーナリスト 笹井 恵里子)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください