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「すべてが密室で決まる利権の祭典」日本人の東京五輪離れが起きた根本原因

プレジデントオンライン / 2021年3月28日 11時15分

東京オリンピック・パラリンピック選手村の村長に就任した川淵三郎氏(右)と東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長(当時)=2020年2月3日、東京都中央区 - 写真=時事通信フォト

東京オリンピック・パラリンピックは本当に開催できるのか。ノンフィクション作家の木村元彦さんは「8割の人が中止や延期を望んでおり、日本人の心が五輪から離れている。ステークホルダー・エンゲージメントという考え方から読み解くと、2つの致命的な原因が見えてくる」という——。

■分断の背景にあるもの

東京五輪の延期が決定して、ほぼ一年が経過した。「何が何でも開催する」という掛け声は勇ましくもそこに民意は無く、日本経済新聞の世論調査(2月1日付)では相変わらず回答者の約8割が中止か延期を望んでいるという。

本来、オリンピック好きと言われる日本の人々の心がなぜここまで五輪から乖離してしまったのか。

コロナ禍における日常生活の苦しさから、五輪の受益者である富裕層と、そうではない大多数の人々とのギャップが露見したことが大きい。「これは私たちが愛した五輪ではない」という意識が分断をもたらしたとも言える。

何が足りていなかったのかと考えるときに、私にはスポーツ法が専門の早稲田大学松本泰介准教授が発した「ステークホルダー・エンゲージメント」という言葉が最も腑に落ちた。松本氏によれば「ステークホルダー・エンゲージメント」とは、「プロジェクトの議論や意思決定のプロセスにおいて利害関係者の存在をそこに置かなくてはいけない」という意味のガバナンス論の専門用語だ。

「東京五輪のような膨大な税金を使った国家プロジェクトになれば、利害関係者は国民規模にまで及びます。ときに透明性という言葉も使われますが、単なる一方的、事後的な情報開示だけでなく、どう巻き込むのか、もっと広範な意味を持ちます。ところが、今のスポーツ界はいろんな決め事が、関係団体ではなく、ほとんど政治的な案件として、関係団体の目の届かないところで決定されて来ました」(松本氏)

■「法」と「報」の機能不全

象徴的なのは、安倍晋三前首相が五輪開催の延期を発表したことだった、と松本氏は指摘する。

「契約関係から言えば、これは当然、日本のスポーツ界全体を代表してJOC(日本オリンピック委員会)も含めて行うべきことです。ところがJOCは蚊帳の外に置かれてしまった。米国でUSOPC(米国オリンピック・パラリンピック委員会)が同じようなことをされたら、大問題になりますよ」

本来、当事者であるはずのJOCの山下泰裕会長は延期を知らされることもなく、今年になって発足したいわゆる四者会議(IOC会長、大会組織委会長、東京都知事、五輪担当相が参加)からも外されている。かように重要なことなのに誰も何も言わない。

ガバナンスが崩壊していることに神経がマヒしている。ステークホルダー・エンゲージメントは手間がかかるし、ひとつの正解は無いかもしないが、重要なのはそこでの納得である。プロセスに納得すれば、たとえ運営での不手際などがあっても「私たちの五輪」だという意識が働く。

機能していないのはガナバンスのみならず、報道を担うメディアも同様である。「法」と「報」が機能していないことが、五輪離れを加速させた。

■機能不全の「法」……無視される選手たちの声

2月3日、大会組織委の森喜朗会長(当時)がJOCの臨時評議員会で女性蔑視発言をした。翌日から森氏の処遇の検討と再発防止を求める署名運動がネット上で起こり、約2週間で15万筆超が集まった。署名は組織委に提出された。

これこそがステークホルダーの動きと言って良いであろう。

今回の東京五輪はもはや、選手のためでも自分たちのためでもなく、一部の人たちの利権でしかないことが、あらわになってきた。その中で「オリンピック憲章の定める権利および自由は人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、(中略)などの理由による、 いかなる種類の差別も受けることなく、 確実に享受されなければならない」というオリンピック憲章の根本原則は、開催国に暮らす人々の最後の拠り所であったと言えよう。

それを実現する立場にある組織委のトップが自ら貶める発言をした以上、「わきまえて」などいられない。動いたのは「私たちの五輪」をまだあきらめてはいない、スポーツに希望を見出していた人たちであろう。いくらカネ集めと政治に能力があろうとも五輪精神を蔑ろにする人間はNOなのだ。

アスリートも声を上げた。女子100mハードルの日本記録保持者である寺田明日香選手は2月5日、ツイッターで「#わきまえない女」というハッシュタグとともに、こんな投稿をした。

さらに「選手は組織委やJOCの言いなりでないことを示したかった」と発言。この言葉の持つ意味は大きい。組織委もJOCも選手のための組織であるはずだが、被支配の関係にあるという意識を選手たちに持たせてしまっている。

JOCはIOCの意向もあり、各NF(競技団体)に選手の声をくみ上げるアスリート委員会の設置を義務付けている。

しかし、コロナ禍での五輪の在り方はどうあるべきか、アンケートを取るなどの行為は一度もしていない。上意下達であり続けることに現役選手が不信を隠さず、声をあげるのは必然である。世界的にも火のついた世論は収まらなかった。

■機能不全の「報」……追認するだけの報道機関

森氏がIOCからダメを出されるという事態に陥って、次に起きたのが、その森氏による日本サッカー協会元会長・川淵三郎氏への「後継指名」だった。それも唐突に2月11日にメディアによって発表された。

ガバナンス以前の社会通念から見ても、問題を起こして辞任する人が正当なプロセスを吹っ飛ばして後継指名するなど、言語道断である。スポーツ界の常識は社会の非常識になる。ところが、これを伝える報道は、あたかも決まったかのような論調だった。

スポーツ紙に至っては、川淵氏の自宅前での囲み取材から「森氏が涙を流すのを見た川淵氏がもらい泣きして引き受けた」と、まるで義理人情の美談として扱う有り様だった。記事で読む限り、この囲み取材の中で「こんな後継者の決め方で良いのですか?」と聞いた記者がひとりもいなかったとしか思えない。

私にはデジャブが2つある。一つは06年、日本サッカー協会会長だった川淵氏が、惨敗したW杯ドイツ大会直後の記者会見で「あ、オシムって言っちゃったね」と口を滑らせるかたちで次期代表監督候補の名前を出してしまったときのことである。

この会見は、黄金世代を擁しながら2敗1分グループリーグ敗退という結果を招いた責任、技術委員会が別の人物を推薦したにも関わらずジーコ氏を監督に任命した責任を追及するはずのものだった。しかし、川淵氏の発言で空気が一変。翌日の各紙にはすべて「次期代表監督にオシム」という見出しが躍った。

このときも「会長、今はその話ではないでしょう」と疑義を呈する記者はいなかった。

■あっと言う間に既成事実化された後任人事

私がたまさかその半年前にオシム氏に関する著作を出版していたことから、直後からメディアに頻繁にコメントを求められたが、「良かったですね。川淵会長は木村さんの『オシムの言葉』を読んで次期監督に選んだと言っていましたよ」と伝えてくる記者がほとんどだった。ああ、スポーツライターは舐められているのだ、と憤怒に駆られた。

「会長はお目が高い」と言うとでも思ったのだろうか。ここで起きたのは、代表監督選考と要請のプロセスを経ずしてのモラルハザードである。以降私は、オシム氏についてのコメントは出すが、それは川淵会長のこの横紙破りに対する批判と必ずセットにして欲しいと伝えて対応した。それでもオシム氏の代表監督就任はあっと言う間に既成事実化されてしまった。当時と同じではないか。

もうひとつは我那覇和樹選手(現福井ユナイテッド)のドーピング冤罪事件におけるミスリードである。詳細は、『07年我那覇和樹を襲った冤罪事件。「言わないと一生後悔する」』(sportiva、2019年02月08日) を参照していただきたい。

川淵氏はこのときも、事実確認前にもかかわらずスポーツ紙に対し、我那覇選手の懲罰処分の内容にまで言及するという極めて軽率な発言をした。選手を守るべき競技団体のトップとしてはあらざる行為だった。

(この冤罪を看過すれば、選手たちに正当な医療行為ができなくなるとして立ち上がったサンフレッチェ広島の寛田司ドクター(当時)は「協会のトップによるあの発言がマスコミに出たことで、Jリーグももう過ちを認めて引き返すことがなくなった」と回顧する)

今回もまたプロセスを飛ばしての密室人事が既成事実化されかけた。後押ししたのは再びマスメディアである。残る人生のベストを尽くすと意欲を見せていた川淵氏であるが、官邸からのストップ(一説にはIOCが止めたという報道もある)がかかり、2月11日の午後10時には、就任を固辞したとされる。

しかし、翌12日のテレビのワイドショーでは、「世界が注視している中での人選は正当な手続きで行われるべきではないか」という議論の無いまま、またも「新会長の川淵さんはどんな人?」というテーマに終始した。

■「密室の後継者選び」の真相

私はまた、その2月11日に気になる情報を目にした。同日午前中にスポーツ法学会の境田正樹弁護士が「今日15時から森さん、川淵さん、と私で会うことになりました」と自らが密室での後継者選びを繋ぐことを発信していたのである。境田氏はスポーツ界のガバナンスの強化をする立場の人間である。

オリンピック リング
写真=iStock.com/BalkansCat
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/BalkansCat

境田氏が森氏、川淵氏を会長として適任と思うのであれば、それもまたひとつの意見ではあろうが、「組織委員会の会長は理事会から選ばれる」という定款があるにも関わらず、ガバナンスをアドバイスする立場の人間が、後継指名をする森氏の仲介者として間に入って動いた。

しかも直後に「川淵さんに何とか引き受けて頂きました」というようなワードを発信。これらが流れて私のところにも送られて来たのだ。「引き受けて頂いた」というのは主語が境田氏になるが、字義通りならば、明らかにガバナンス違反にあたる。

なぜ、境田氏はかような行動をとったのか。三者(実際はもうひとり九州のラグビー関係者も同席していたということであるが)の会談の中で何が話し合われたのか、境田氏にインタビューを申し込んだ。

■森・川淵両氏の仲介人の弁明

——今回の世論の猛反発というのは、川淵さん自身に対してというよりも、決め方のプロセスだったと思います。「評議員でしかない俺が特筆されているような形で名前があがるっていうのは、俺自身もおかしいと思ってた」と本人がおっしゃっています。しかし、人事自体があたかも決まったかのように発信されました。

【境田】僕も予想外で、当然、川淵さんと僕と、(11日午後)3時から森さんのところで会ったときには、これはまだ全然、内々の話で、これからいろんな手続きが進むということはお伝えしていました。

森さんも川淵さんに対して、今回の話は、候補にあがってからの話だから、これは内々だよというのは、言っているんですよ。なので、三者会談が終わった後、ご自宅の前で、川淵さんが記者の前で既に会長就任をしたら、というご発言までされたことは、想定外でしたね。

ただ、3人で会うっていうことは、どうも別の人が記者に既に話しておられたそうで、それで記者も川淵さんのご自宅前に集まっていたみたいですね。

■「もしも選ばれたときにお願いします」

——境田さんは、森さんから川淵さんとの会合のセッティングを頼まれたときに「こういう決め方はよくないんじゃないですか」とは言わなかったんですか?

【境田】いえ、私も法律家なので、これから会長選考プロセスがあることは百も承知です。森さんの意向とは関係なく、会長選考委員会が最終的に会長を推薦するというのは当然の話ですよ。ただ、選ぼうとするときに、誰も候補者が出ないってわけにはいかないでしょうと。

だから「もしも選ばれたときにお願いします」っていうお話をしたに過ぎないし、3人で会ったときにも、もちろんそういう話はしていたのですよ。そのことは、実は、川淵さんも囲み取材の冒頭で話をしているのです。なので、今回のもろもろの批判は、川淵さんがマスコミに話した発言の一部を切り取ってメディアがそのように評価をしている、とも言えるかもしれませんね。

——私は記者に対しても腹が立っていて。「こんな決め方、組織委の定款と違うじゃないですか!」と言う人間がなぜいなかったのか。川淵さんも「自分が特筆されているのはおかしい」って話しているわけだから、そういう質問が出れば自制がきいたんじゃないかと思うんですよ。

【境田】先ほど言いましたように、「もしも今後、会長に選ばれたらの話だよ」とは川淵さんは言っているんですよ。11日の5時ぐらいの会見の冒頭でね。ただ、その時点で、「決まったらこうする」とか、まだ言う必要のないことまでおっしゃたのは事実ですね。

■「ガバナンスを確保するために最善の方法」

——境田さんは後継指名人事に加担する気は無かったということですか。

【境田】僕はそこに介入するとか、加担するとかのつもりは全く無くて、2人に面識のあるというところにおいて間に入って、会談の場をセットした。将来的にもし選ばれたときにはお願いしますっていう話はしたという、そこだけですね。僕ね、木村さんにはね、この件の本当に根っこのところをわかってもらいたいんですよ。

我那覇の事件を通じて思ったのが、スポーツ団体がちゃんとガバナンスを構築できていないとあんな不幸なことが起きるということ。なので、2019年には、スポーツ庁でスポーツ団体向けのガバナンスコードの立案に関わりましたし、その遵守を求めて、スポーツ団体にガバナンス改革に取り組んでもらっているわけです。

今回も、組織委員会というスポーツ団体のトップが変わらなければいけないという緊急事態下で、組織委員会のガバナンスを確保するために最善の方法は何かと考えた末に取った行動であったことをご理解頂ければと思います。

ただ、この15年近く、いろいろなスポーツ政策の立案やスポーツ団体の改革に関わってきた原点には我那覇(冤罪)事件があります。我那覇事件をもう一度起こさないため、いわば、我那覇への償いなんですよ。

■後継人事は、結局自民党内の「玉突き人事」

候補者検討委員会が出した組織委会長の後継の結論は、橋本聖子五輪担当相だった。

一方でその五輪担当相の後釜には、選択的夫婦別姓に反対する丸川珠代氏が就いた。ジェンダー平等をうたうオリンピック憲章とは相いれないスタンスである。これもまたステークホルダーを巻き込んだ議論の結果とは到底言えず、自民党内の玉突き人事である。

3月16日、宮城県は確保した五輪の都市ボランティア約1700人の内、コロナへの不安などで600人近くが参加を辞退する動きがあることを発表した。辞退の増加には、二階幹事長などのボランティア軽視の発言も無関係ではないだろう。

ここまでの五輪離れから、一度、地に落ちた信頼と信用を取り戻すには、再度、「これこそが自分たちの平和の祭典」という意識をもたらす改革が不可欠であろう。

スポーツメディアもまた「密室に詳しい人」「密室に入れる人」を持ち上げ、次は誰かという人事当てクイズをするのではなく、その決定プロセスに上辺だけでなくガバナンスや透明性が効いているか、常にチェックを怠らぬことが肝要である。

セクシャルハラスメントも、ドメスティックバイオレンスも言語化することで問題解決が認識できた。

ステークホルダー・エンゲージメント。流行らせるべきワードである。

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木村 元彦(きむら・ゆきひこ)
ノンフィクションライター
1962年愛知県生まれ。中央大学卒。主な著書に『オシムの言葉』(集英社文庫)、『蹴る群れ』(集英社文庫)、『無冠、されど至強 東京朝鮮高校サッカー部と金明植の時代』(ころから)など。

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(ノンフィクションライター 木村 元彦)

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