中国人の尖閣諸島上陸に「遺憾」しか言えない国のままでいいのか
プレジデントオンライン / 2021年3月30日 9時15分
■中国の領海侵犯を警戒した日米合同演習を予定
3月16日、日米両政府は、外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会を東京で開催した。バイデン政権発足以来、閣僚の来日は初となる。防衛省では岸信夫防衛相とロイド・オースティン米国防長官による会談が行われた。ここでは、尖閣諸島(沖縄県)に対して日米安全保障条約第5条が適用されることを再確認したほか、中国への警戒の一環として、自衛隊と米軍による共同演習を実施する方向で一致した。
この演習には、日本側は陸海空の自衛隊、米側は海兵隊と陸海空軍が参加する予定になっている。中国海警局船舶の尖閣諸島周辺での動きを受けて、防衛省もようやく重い腰を上げたわけだ。先立つ2月26日の岸防衛相の記者会見では、尖閣諸島に外国公船から乗員が上陸を強行しようとした場合に、相手の上陸を阻止するため、自衛隊による「危害射撃」が可能との見方が示された。
■「尖閣有事」を論じる以前の問題が日本にはある
中国は日米共同演習に対して強く反発するだろう。しかし、この演習が想定しているのはあくまでも、中国軍が尖閣諸島のどこかの島を占領した場合である。武装した民間人が不法上陸するといったような「グレーゾーン事態」では、日米安保条約第5条が適用できないため米軍は介入できない。
危害射撃については「海上警備行動」、自衛隊と米軍の出動については「防衛出動」が発令されている場合の措置だ。ことに「防衛出動」は、明確に侵略と認められない限り発令されず、かなりハードルが高い。
では、中国海軍艦艇が尖閣諸島領海を侵犯していない“平時”に、明確な武装もしていない外国人が尖閣諸島に上陸した場合、どのような対処がありうるのか。
このケースは過去に3回存在する。このときに日本がどのような措置を行ってきたのか。これを振り返ると、「尖閣有事」を論じる以前の問題が横たわっていることがよくわかる。
■1996年、大挙してやってきた中国系の活動家たち
海上保安庁によると、1972年の沖縄返還協定による施政権返還後、2004年まで尖閣諸島に上陸した外国人が逮捕された例はない。
尖閣諸島に外国人が初めて上陸したのは1996年10月。主体となったのは、香港、マカオ、中国大陸の団体「保釣行動委員会」だ。日本の政治団体が尖閣諸島の北小島に灯台を設置したことに反発し、香港、マカオ、台湾の議員や活動家など約300人が抗議船約50隻で尖閣諸島へ接近した。
その中で、4人の活動家が魚釣島に上陸。台湾の旗を立て、上陸50分後に自主的に離島した。このとき、日本側は活動家を逮捕しなかった。
その後、2003年に、警察庁や海上保安庁、法務省入国管理局(現・出入国在留管理庁)などは中国や台湾の活動家による抗議行動への対応を検討した。抗議船が接近した場合、(1)巡視船に沖縄県警の捜査員が同乗、海保と共同で上陸を阻止する、(2)上陸を許した場合、石垣島から県警のヘリが出動、身柄確保にあたることなどを決めた。
■マニュアル第一段階はさっそくに破られた
しかしその翌年、中国人活動家が海上保安庁の警戒網をくぐりぬけて尖閣諸島に上陸した。警察と海保が合同で対処する間もなく上陸を許してしまったのだ。
2004年3月24日午前6時20分過ぎ、魚釣島の領海を警戒中だった第11管区海上保安本部(那覇市)巡視船が、領海内に中国の抗議船「浙普漁21114」がいるのを発見した。午前7時20分、中国船は11管の制止を振り切り、活動家7人が魚釣島に上陸した。手こぎボートボート2隻に分乗しての上陸だった。
16時35分、沖縄県警はヘリコプターで20人の警察官を派遣。17時35分に6人、山頂に登っていた残る1人は下山後に、それぞれ出入国管理および難民認定法(入管難民法)違反の現行犯で逮捕した。上陸から逮捕まで、実に10時間以上がかかっている。7人は抵抗することなく身柄確保に応じたという。
逮捕という強硬措置からわずか2日後の26日夜、7人は入管難民法第65条を適用し強制送還された。あまりに早いこの幕引きの裏では、小泉純一郎首相(当時)が、「日中関係に悪影響を与えないよう大局的に判断しなければならない」として関係部署に指示したといわれている。
■2012年、再び「保釣行動委員会」が上陸
3度目の上陸は、2012年に起きた。8月15日午後5時29分、「保釣行動委員会」の活動家らが乗船する抗議船「啓豊2号」が日本の領海内に侵入。活動家ら7人が魚釣島に上陸した。ただしそのうち2人は岩場から船にすぐ引き返している。上陸した5人は入管難民法違反(不法上陸)の疑いで、船に戻った2人を含む残り9人を海上保安庁が同法違反(不法入国)の疑いで、沖縄県警が現行犯逮捕した。
活動家らは上陸直前、第11管区海上保安本部の巡視船にレンガのようなものを投げつけていた。
海上保安庁は、入管難民法違反(不法入国)容疑で現行犯逮捕した中国籍の男ら9人について、「ほかに法令違反はなかった」として身柄を入管当局に移送した。
抗議船は改造漁船とみられ、海保が船内の立入検査を実施した際、食料や日用品などのほかは、旗やのぼりなどしかなかった。団体側は、上陸後に同島の灯台を破壊することを目標の一つに掲げていた。
■公務執行妨害を不問とし2日後に強制送還
警察と海上保安庁による取り調べ後、身柄を引き渡された法務省福岡入国管理局那覇支局により14人全員の強制送還手続きがとられた。この時も2004年の事例と同様に、わずか2日後には、乗ってきた抗議船と那覇空港からのチャーター機によって香港に強制送還された。
チャーター機の費用は、基本的に活動家ら本人が負担することになる。しかし、本人が支払うことができない場合は国費、すなわち税金となる。
民主党・野田佳彦首相(当時)は15日夜の記者会見で、「法令にのっとり厳正に対処する」と発言した。だが、巡視船にレンガを投げたにもかかわらず、彼らが公務執行妨害容疑で逮捕されることはなかった。
2003年時点で危機管理マニュアルは策定されていた。にもかかわらず、中国への過剰な配慮が行われ、早期の幕引きが繰り返された。何があっても「遺憾」としか言えない日本政府が、将来的に強硬な姿勢を取ることができるとは思えない。これから先も、中国は日本を甘くみて挑発的な行動を取るだろう。
■「遺憾」で済ませられない事態が起こりかねない
今後中国は、日米共同演習などの対抗策として、海警局船舶の護衛のもと数十隻の中国漁船で押し寄せ、海上保安庁の能力を飽和させる作戦に出るかもしれない。この場合、尖閣諸島に上陸するは、漁民に扮した「海上民兵」になると思われる。
彼らは軍事訓練を受けている。尖閣諸島周辺海域に機雷を敷設して海自、海保の動きを封じることもできるし、上陸して地雷を埋設することも考えられる。
多数の武装した漁船を相手にする場合、どのような措置が取られるのだろうか。海上保安官が漁船に乗り移り、船員を逮捕することは容易ではない。武装した漁船への立入検査は命がけだ。もし、海上保安官が死傷しても、日本政府は「遺憾」で済ませるつもりなのか。
中国に過剰に配慮する必要はない。日本が単独で対処することになる「グレーゾーン事態」に対応したマニュアルの策定を急ぐべきだろう。
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元航空自衛官、ジャーナリスト
1969年、愛知県生まれ。1987年航空自衛隊入隊。陸上自衛隊調査学校(現・情報学校)修了。北朝鮮を担当。2008年、日本大学大学院総合社会情報研究科博士後期課程修了。博士(総合社会文化)。著書に『北朝鮮恐るべき特殊機関 金正恩が最も信頼するテロ組織』(潮書房光人新社)、『中国の海洋戦略』(批評社)などがある。
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(元航空自衛官、ジャーナリスト 宮田 敦司)
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