全然老け込まない「34歳長距離ランナー」が進化し続ける背景に"中国ブランドのシューズ"
プレジデントオンライン / 2021年4月2日 11時15分
■34歳にして東京五輪男子マラソン代表内定選手を蹴散らす快走
人間だれしも、年齢を重ねれば、老け込む。
とりわけ体力がパフォーマンスに影響大なアスリートにとって、加齢は最大の敵といえるが、30代も中盤に入ってなお輝きを放ち続ける長距離ランナーがいる。2020年11月26日に34歳を迎えた佐藤悠基だ。
佐藤はチームの縮小化を進めている日清食品グループから11月1日にSGホールディングスに移籍。12月4日の日本選手権10000mでサードベストとなる27分41秒84で7位に入った。
佐藤以外の入賞者は23歳(①相澤晃)、22歳(②伊藤達彦)、25歳(③田村和希)、29歳(④河合代二)、30歳(⑤鎧坂哲哉)、29歳(⑥大迫傑)、20歳(⑧田澤廉)。年齢的には佐藤がダントツで“高年齢”である。
それにもかかわらず、元日の全日本実業団駅伝(ニューイヤー駅伝)では最長4区(22.4km)で怒涛の14人抜きを披露。同じ区を走った、東京五輪男子マラソン代表内定の中村匠吾(富士通)、ハーフマラソン日本記録保持者の小椋裕介(ヤクルト)、日本選手権10000mで日本新記録を叩き出した伊藤達彦(Honda)らを抑えて区間賞を獲得している。
佐藤は日本長距離界で燦燦と輝くエリート街道を駆け抜けてきたランナーだ。中学(3000m)、高校(10000m)、U20(5000m)と各世代の記録を塗り替えると、箱根駅伝では3年連続(東海大学)で区間新記録を樹立。日本選手権10000mでは4連覇(11~14年)を達成して、ロンドン五輪(12年、5000mと10000m)にも出場した。
日本長距離界では“走る伝説”になりつつある佐藤だが、高校時代は5000mで高校記録を打ち立てた佐藤秀和(仙台育英)、大学時代は北京五輪10000mにも出場した竹澤健介(早大)。超強力なライバルに敗れたことで、さらに強くなった。
「世代のトップにずっといて、常に追われる立場だったので、『負けたくない』という気持ちでやってきました。負けたら悔しいですし、自分ならもっとできると思い続けられたことが大きかったと思います。負けるときは、自分のパフォーマンスをしっかり発揮できなかったことに原因がある。その原因を突き止めて、より良いトレーニングをすれば勝てる、という気持ちがありました。それを継続してきた結果だと思っています」
■高額治療器も自腹「身体にかけるお金は出し惜しみしません」
瀬古利彦がソウル五輪の男子マラソンで9位に終わり、シューズを脱いだのは32歳のときだった。佐藤は34歳になっても、まだまだ自分が成長していることを実感しているという。
「昨年12月の日本選手権10000mは7位でしたけど、やることをしっかりやっていれば、上位で戦えますし、まだまだ成長できると思いました。自分の可能性を感じることができましたね」
佐藤が10000mで日本トップクラスの証しといえる27分台に初めて突入したのは大学3年生の時で、13年後にも27分41秒84をマークした。通常なら、遅くなってもおかしくない。だが、それを可能にしたのは身体のケアを大切にしてきたことにあるという。
「回復力は明らかに20代より落ちているので、リカバリーについては若い頃よりも工夫しています。身体にかけるお金は出し惜しみしません。治療院に行くだけでなく、自分でも結構高い治療器を購入してケアしています。仮に治療器が100万円だとしても、それ以上稼ぐことができれば収支はプラスになる。毎日使っていたら元は取れますし、それでケガが減れば、継続して良いトレーニングができて結果も出るはずです」
■「ジョグも1回1回テーマを持たせて走るとやる気が出てくる」
実業団は監督やコーチが練習メニューを組み、チーム全体で朝練習と本練習(主に午後)を行うのが一般的だ。佐藤の場合は自ら練習メニューを考えて、日々実行している。どんなことを意識してトレーニングをしているのだろうか。
「ポイント練習はチームのメニューを見て、なるべく合わせて一緒にやるようにしていますが、それ以外は個人でやっています。朝は完全にフリーですね。自宅周辺を走ることが多いんですけど、冬の早朝は寒いので、日が上がって暖かくなってからしっかりと動かすようにしています。とにかく効率よくいいトレーニングができるように考えてやっています」
個人でのトレーニングはモチベーションを維持するのが簡単ではない。リモートワークが増えて、自宅では仕事に集中できないという人もいるだろう。佐藤はどのように気持ちを高めているのだろうか。
「気持ちが乗らないときは、身体が限界を迎えているときと、単純に気分が乗らないときがあると思います。身体が限界を迎えているときは、身体の声に従い、練習内容を見直して、少しセーブします。気分的なものは走り出してしまうと、そのうち気持ちが乗ってくるので、とにかく練習を始めることを大切にしています」
自分の体と相談して、考えて、よりよい方法を決めて実践する。ビジネスと同じだ。
長距離選手はインターバルなどのスピード練習やレースより少し落としたペースで行う距離走(20~40km)などのポイント練習を週に3回ほど行う。その他は基本、ジョグになるが、佐藤はジョグの“中身”も工夫している。練習に何となくはない。常に目標意識が明確なのだ。
「ジョグも1回1回テーマを持たせて走るとやる気が出てきます。たとえば朝40分走るとして、どんな内容にするのか。速めのジョグ、ビルドアップ、途中だけ少し上げるなど、同じ40分走るとしても内容を変えれば、その効果も違ってきます。その日の体調や次のポイント練習のことを考えて、臨機応変にやっています。いろんなパターンのジョグを持っていると使い分けられる。そこはシューズと一緒ですね」
■ナイキだけでなく、中国ブランドなど5モデルのシューズを履き分け
現在、佐藤はシューズに関しては特定のメーカーとあえて契約していない。そのためさまざまなメーカーのシューズを履いて、トレーニングのモチベーションにしているという。ポイント練習で使用するシューズだけでも5モデルほどを使い分けている。
「いろんなシューズを試しているので、どんなシーンで使えるのか履きながら感じとっています。ここにきてナイキ以外もいいシューズを出してきている。いま面白いのは中国のLI-NING(リーニン)ですね。ナイキ ズームX ヴェイパーフライ ネクスト%に近い感覚のシューズです。いずれにしても、脚の状態、練習内容、何のレースを目標にしているかで、使用するモデルを変えています」
佐藤は近年、ナイキ厚底シューズを使用してきた。昨年3月の東京マラソンは「ズームX ヴェイパーフライ ネクスト%」(以下、ネクスト%)と前足部にエアが搭載されている「エア ズーム アルファフライ ネクスト%」(以下、アルファフライ)と悩んだ末に前者を選んでいる。しかし、今年元日のニューイヤー駅伝はアルファフライを着用。最長4区で9年ぶりの区間賞を獲得した。
「ネクスト%とアルファフライは別物のシューズだと思っています。ネクスト%は誰でも履きこなせる万能シューズ。一方、アルファフライはちょっとクセがあるので、うまく履かないと故障するリスクがあります。でもしっかり履きこなすことができれば、ネクスト%より力を発揮するシューズなのかなと思っています。両モデルで体重のかけ方、フォーム前掲の角度が違います。自分の感覚ですけど、アルファフライ仕様にするトレーニングもしっかりやりました。結構時間をかけてアルファフライを履ける身体を作ってきた感じです」
ナイキ厚底シューズは世界のメジャーレースを席巻している。2月28日のびわ湖毎日マラソンでも“ナイキ勢”が大活躍。2時間4分56秒の日本記録を打ち立てた鈴木健吾(富士通)がアルファフライで、2時間6分台をマークした土方英和(Honda)、細谷恭平(黒崎播磨)、井上大仁(三菱重工)、小椋裕介(ヤクルト)の4人はネクスト%を着用していた。日本人選手40人がサブテン(2時間10分切り)を果たすなどシューズの影響もあり、レベルが急騰している。
「近年の好記録は間違いなくシューズの恩恵があるでしょう。ただレース当日のパフォーマンスに影響するというよりも、僕自身はトレーニングをしていても疲労がたまりにくくなったことと、従来よりもワンランク上の練習ができるようになったことが大きいと思っています。僕自身も20代の時よりもいいトレーニングができていますから」
■「何かやろう」と肩に力を入れない、ルーティンや勝負メシもなし
34歳になってもフィジカル面で成長を感じている佐藤。メンタル面では何を意識しているのだろうか。
「『何かやろう』と思うと、余計なことをしてしまいます。それはレースにとってマイナスになることが多かったので、最近は何もしないことを心がけています。集中力はレース当日になれば自動的にスイッチが入るので、ルーティンもありません。ルーティンをすることで実力を発揮できる部分はあると思うんですけど、そのルーティンができない場面もある。それで力を発揮できないようでは困りますからね。海外レースでは、国内レースのようにはいきません。勝負飯も特にないですし、その場にあるもので、レースにプラスになるものを選んでいます」
大きな舞台では誰もが緊張するものだ。スポーツの世界ではチャレンジャーよりもチャンピオンのほうが重圧は高くなる。長年、追われる立場にいる佐藤は、プレッシャーを跳ねのけるには万全な準備が大切だと力説する。
「自分はやってきたことがすべてだと思うようにしています。やってもいないのに当日力を発揮しようと思っても無理ですから。プレッシャーを感じないようにするには、レースまでの練習をいかにこなすのか。そこだけじゃないでしょうか。若い頃はプレッシャーに負けて、余計なことをしていました。いまは余計なことをしないように自分をコントロールしています」
■「マラソンも2時間4分30秒くらいまで行けると感じています」
勝利の方程式は存在するだろう。スポーツでもビジネスでも一度コツをつかむと、同じやり方を繰り返す人がいる。しかし、佐藤は常に“新たな視点”を持つようにしているという。
「ルーティンもそうですが、決め事を作ってしまうと考え方に偏りができてしまい、新たなことを吸収できなくなる恐れがあります。いまの自分の身体は変化が激しいので、それに応じてトレーニング方法、リカバリーの仕方を変えないといけません。そこで決まり事を作ってしまうと、新しいことを試せなくなる。なるべく固定観念を持たずに、常にアップデートできるようなスタンスでいることを心がけています」
各世代の記録を塗り替えて、トラックや駅伝では無双を誇った佐藤だが、やり残したことがふたつある。ひとつはマラソンでの活躍。もうひとつは日本記録の樹立だ。マラソンの自己ベストは2時間8分58秒。トラックや駅伝の走りから考えると明らかに物足りない。元日のニューイヤー駅伝4区ではびわ湖毎日マラソンで2時間6分台をマークした細谷、井上、小椋に完勝しているだけに、本人も自身のマラソンに大きな可能性を感じている。
「びわ湖で日本記録(2時間4分56秒)が出ましたけど、いまやろうとしていることがうまくいけば更新可能な記録だと思っていますし、2時間4分30秒くらいまでは行けるんじゃないかなと感じています。あとはどこまでマラソン練習ができるのか。その覚悟だけだと思っています」
“天才ランナー”と呼ばれた男にはどんなクライマックスが待っているのか。佐藤悠基の競技人生はまだまだ終わらない。
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スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(スポーツライター 酒井 政人)
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