「約3兆円の巨額買収か」米国大手2社がキオクシア買収を焦る本当の理由
プレジデントオンライン / 2021年4月12日 9時15分
■“巨額買収検討”の裏に米企業の焦り
わが国の半導体メモリメーカーであるキオクシアホールディングスに対し、米国の半導体大手2社がそれぞれ買収を打診している。買収を打診したのは、米マイクロン・テクノロジーと米ウエスタンデジタルで、米紙ウォールストリート・ジャーナルが報じた。
キオクシアHDは、かつての東芝メモリHDだ。昨年10月に東京証券取引所への上場を予定していたが、米政府の取引規制によって先行きの不透明感が高まったとして、上場を延期している。その評価額は300億ドル(約3兆3000億円)規模といわれる。
この巨額買収の背景には、中国半導体産業の成長に対する米半導体企業の焦りがある。
足許、世界経済にとって半導体の重要性が高まっている。米中のIT先端企業は、デジタル化や環境関連の技術に加えて、宇宙開発にも取り組んでいる。先端分野を中心とする中国との競合に対応するために、米国企業にとって半導体の生産能力引き上げは喫緊の課題だ。
それは、米国が自国の生産能力を拡大して半導体のサプライチェーンを分散し、中国の台頭を抑えるために重要だ。つまり、経済の成長と覇権の維持の両面において、米国にとって半導体生産能力の増強は欠かせない。そのために、バイデン政権は財政面から民間企業の投資を支援する。世界の半導体業界において、米国企業を中心に大規模に再編が進む可能性が高まっている。
■コロナ禍で半導体需要は急上昇しているが…
バイデン政権下の米国は、自国を中心とする半導体のサプライチェーンを整備し、経済の回復と安定、および、世界の覇権国としての地位を守ろうとしている。その背景には、世界の半導体サプライチェーンが、特定の企業に依存していることがある。
新型コロナウイルスの感染発生は、世界全体の半導体需要を押し上げた。コロナ禍によって世界経済の“DX=デジタル・トランスフォーメーション”が急加速し、スマートフォンやサーバー向けの半導体需要が高まった。それに加えて、巣ごもり需要が白物家電やゲーム機向けの半導体需要を増加させた。さらには自動車のペントアップ・ディマンドの発現も半導体の需要を高めた。
その一方で、半導体の供給は、世界最大のファウンドリー(半導体受託生産企業)である台湾積体電路製造(TSMC)頼みの状況だ。世界的な半導体の設計・開発と生産の分離が進む中で、TSMCは米国企業などから生産委託を取り付けた。
その上に、米国が中国のファウンドリー大手、中芯国際集成電路製造(SMIC)に制裁を課したことも重なり、世界の企業がTSMCの生産ラインを奪い合っている状況だ。TSMCは微細化への取り組みを推進し、ファウンドリー2位のサムスン電子との競争格差は開いている。当面はTSMCの独走が続くだろう。
■躍進する中国企業に負けられない
それに加えて、米国での寒波発生も半導体の需給を一段と逼迫させた。その結果、米国では自動車生産が減少している。半導体の供給不足が続くことは、米国の期待インフレ率を押し上げる要因の一つだ。
他方、中国では清華紫光集団傘下の長江存儲科技(YMTC)が国際的な競争力の向上を目指して半導体メモリの開発と生産力の強化に取り組んでいる。中国共産党政権は、補助金政策などによって国内企業の半導体設計、開発、生産能力の向上を強力に支援している。
自国を中心とした持続力の高い半導体のサプライチェーンを構築し、さらには先端分野での中国の台頭を抑えるために、バイデン政権は半導体産業への支援を中心とした2兆ドル(約220兆円)規模のインフラ投資計画の実現を目指している。
■3位のキオクシアを4位と5位が狙う理由
マイクロンとウエスタンデジタルが、それぞれキオクシア買収を検討している背景には、そうした環境の変化がある。両社にとって重要なことは、世界トップクラスの半導体の設計、開発、生産能力を手に入れ、韓国、中国の半導体メーカーに対する競争優位性を発揮することだ。
マイクロンはDRAM市場で世界第3位、NAND型フラッシュメモリ市場で第5位だ。シェア面で同社は韓国勢の後塵を拝しているが、技術面では176層の3D(3次元)NAND型フラッシュメモリを世界で初めて出荷するなど、世界トップの技術力を発揮している。マイクロンはキオクシアを手に入れることによって経営体力(開発力や競争力、供給体制など)を引き上げ、名実ともに世界トップの半導体メモリメーカーの地位を目指したい。
■争奪戦はこれから熾烈化する
ウエスタンデジタルにも同じことがいえる。NAND型フラッシュメモリ市場で第3位のキオクシアと第4位のウエスタンデジタルのシェアを合計すると、トップのサムスン電子を上回る可能性がある。ウエスタンデジタルは、旧東芝メモリ時代からキオクシアと四日市工場(三重県)を共同運営してきた。事業運営面での親和性が高い部分があるため、買収後の組織統合などは進めやすいとの見方もある。
ウエスタンデジタルが世界のメモリ市場で存在感を発揮するためにキオクシアは手放せない。逆に、キオクシアが他社に買収されると、ウエスタンデジタルの競争力は低下する恐れがある。ウエスタンデジタルがさらなる競争力の発揮を目指し世界トップのNAND型フラッシュメモリ企業の地位を目指すために、キオクシア買収は重要な手段の一つだ。
その一方で、投資ファンドを経由してキオクシアに資金を提供している韓国のSKハイニックスも影響力を強めたい。
昨年、SKはインテルのNAND事業の買収を発表した。買収額は約90億ドル(9500億円)で、SKグループにとって過去最大の買収となった。この結果、SKはキオクシアを抜いて、NAND事業で世界シェア2位に躍り出た。
スマートフォン市場で中国が最大のプレーヤーとなったように、半導体市場でも中国メーカーが大きく伸長する可能性がある。SKはその展開に対応するため、自社のシェア拡大が重要だと考えたのだろう。
■日米3社の「半導体連合」が実現?
今後、キオクシアを取り巻く環境はさらに変化する可能性がある。一つの展開として、キオクシアとマイクロンとウエスタンデジタルの3社の提携による日米の半導体連合が目指されることが考えられる。
また、韓国SKがそれに異を唱え、争奪戦がさらに激化したり、買収が難航したりする展開も考えられる。また、キオクシアの既存株主の意向も争奪戦に影響を与えるだろう。キオクシアの40.64%の株式を保有していた東芝は保有株を削減し、得られた資金を社会インフラ事業の強化に再配分することを目指してきた。その一方で、東芝は、東芝株を保有する海外株主との関係が円滑ではない。東芝の収益状況や株主との関係なども、キオクシアの争奪戦に影響を与える要因だ。
米国企業によるキオクシア買収検討は、世界の半導体業界の再編が進みつつあることを示す。中長期的に世界経済全体でIT関連の投資は増加傾向をたどるだろう。すでに米中のIT先端企業は、衛星やロケット開発などに取り組んでおり、先端分野を中心に半導体需要は増大するだろう。米エヌビディアによる英ARM買収に加え、サムスン電子が日米欧の半導体メーカーの買収を検討しているとみられることは、そうした展開を見越して事業運営体制を強化するためだ。
■技術の海外流出を防がなければならない
その状況下、インテルなどの米大手半導体メーカーにとって買収戦略の重要性は高まっている。韓国では、マグナチップ半導体が中国系ファンドに買収されるなど、世界の半導体産業界全体で陣取り合戦が熾烈化しつつある。
そうした変化にわが国企業は、自力で対応しなければならない。本邦企業に求められることは、米中をはじめ世界各国から必要とされる半導体関連の技術を自力で開発し、競争力を発揮することだ。それが難しくなれば、収益が減少して経営体力が低下し、海外企業に買収される可能性は高まる。
自力での長期存続が難しくなった結果として海外企業に買収されることは、わが国の国力を支える技術が海外に流出することを意味する。企業トップはその点を肝に銘じなければならない。
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法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)
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