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松山英樹選手が教えてくれた「今のメイドインジャパン」に足りないもの

プレジデントオンライン / 2021年4月19日 9時15分

米ジョージア州オーガスタで行われたマスターズゴルフトーナメント終了後、グリーンジャケットを受け取る松山英樹選手 - 写真=Sipa USA/時事通信フォト

■長年の“迷い”を一掃する発言だった

最近、若い日本人アスリートが世界で活躍するケースが目立っている。今回、米ジョージア州オーガスタの“マスターズ・トーナメント”で、松山英樹選手が日本人で初めて優勝したことは多くの感動を人々に与えた。特に注目すべきは、松山選手の「僕が勝ったことで、日本人も変わっていく」との発言だった。

1990年代初頭の大規模なバブル崩壊以降、われわれ日本人はややもすると自信を失い、「世界で通用しないのではないか」との思いもあった。しかし、松山選手の発言によって、日本の人々はそうした“迷い”を一掃することに努めるべきだ。

松山選手以外にも、テニスの大坂なおみ選手や、女子ゴルフの渋野日向子選手、米メジャーリーグの大谷翔平選手らの発言には、世界トップレベルに挑戦し、勝とうとする強い意志を感じる。そうした心理がわが国の社会と経済に与える影響は大きい。若手スポーツ選手のように世界に挑戦しようとする人が増えれば、わが国経済のダイナミズムは大きく高まるだろう。

足許、わが国では新型コロナウイルスの変異株の感染が拡大し、先行きに不安を感じる人は多い。その一方で、徐々に世界的な競争力を発揮する日本企業が増えている。工作機械はその代表例だ。それは世界がわが国のモノづくりの力を必要としていることを意味する。そうした企業が若い人や、既成概念にとらわれない人の発想を積極的に取り込み、さらなる成長を目指すことを期待したい。

■松山選手が日本社会に与えた“自信”

マスターズ優勝後の記者会見で、グリーンジャケットを着た松山選手は次のように述べた。

「僕がここで勝ったことで、今テレビを見ている子供たちが5年後、10年後にこの舞台に立って、その子たちとトップで争うことができたらすごく幸せ」。その真意は、自分の姿を見た多くの人が、やればできると自信をもってくれるとうれしいということだ。

松山選手の発言には、スポーツだけでなく、あらゆる分野で成長を実現し、自らの目標を実現する(成功する)ための重要なポイントがある。それは、憧れの存在を目指して切磋琢磨し、挑戦を続けることが成長を支えるということだ。それを松山選手はマスターズ優勝という形でわが国に示し、その姿に多くの人が感動した。

愛媛県に生まれた松山選手は、1997年にマスターズ史上最年少優勝を果たしたタイガー・ウッズ選手の姿に感動し、自分もああなりたいと強く思った。それが松山選手の原体験だった。松山選手はタイガー・ウッズ選手のような存在になることを目指して明徳義塾中学・高等学校から東北福祉大学に進学し、ゴルフの腕を磨いた。

■強い憧れ、成果による自信が成功を支える

2011年3月11日の東日本大震災の発生は、松山選手に大きな衝撃を与えた。当時、アマチュアゴルフ選手としてマスターズ出場権を手にしていた松山選手は、出場するか否かを迷ったという。周囲からは多くの応援や励ましの言葉が寄せられ、松山選手は出場を決意した。

松山選手にとって世界のトップの大会で勝つことは、自分を支えてくれた多くの人々への恩返しだったのだ。そのために、松山選手は思うように結果が出ない状況にも腐らず地道に練習を積み重ね、今回のマスターズ優勝を実現した。

その影響は非常に大きい。渋野日向子選手がメジャーで勝ちたいとの思いを強くするなど、松山選手の快挙は多くの人に前向きな気持ちをもたらした。松山選手以外にも、サッカー、フィギュアスケートやスノーボードなどでも若手日本人選手が世界で活躍している。彼らの活躍を見ていると、こうなりたいという意識、成果の積み上げによる自信の重要性を痛感する。

スポーツ会場
写真=iStock.com/Dmytro Aksonov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Dmytro Aksonov

■産業発展に欠かせない“アニマル・スピリット”

わたしたちがスポーツ選手の活躍に胸躍らせるのは、日常にはない情熱や感動があるからだ。その感覚を自ら実現したいという思いを持つ人の挑戦が、さらなる満足感(付加価値)を生み出す。それは、ビジネスや経済にも当てはまる。

経済学の観点から考えた場合、一国の産業が競争力を発揮し、より多くの付加価値を生み出すためには、自己実現や成功にこだわる人々の“アニマル・スピリット”が欠かせない。アニマル・スピリットあふれる環境が、個人や組織の成長を促進し、経済全体での付加価値の創出を支える。

そうした環境の重要性を指摘したものに、米ハーバード大学のラジ・チェティ教授らの研究がある。同教授らの研究では、幼少期にイノベーションに触れる環境が、その子供の後々の成長に大きく影響するとの考察が示されている。

■“失われた30年”から抜け出せない日本

ここでいう環境とは、自分のやりたいことを目指して努力を重ね、社会に貢献している人が多くいる状況と定義できる。松山選手がタイガー・ウッズ選手の雄姿に感動しゴルフの道を志したように、成功している人の姿を見て感動する環境は、人々がより高い成長を目指すために重要な一つの要素だ。その図式を企業に当てはめると、個人の努力と成功に周囲が共感し、さらなる挑戦が進む体制の整備が重要だ。端的にいえば、オープン・イノベーションだ。

ただ、過去のわが国経済を振り返ると、そうした環境の整備が容易ではない時期が続いた。1989年末に資産バブル(株式と不動産のバブル)はピークを迎え、1990年代初頭にバブルは崩壊した。その後、不良債権処理に時間がかかる間に韓国や台湾、中国など新興国の工業化が進み、家電などの生産はわが国企業が重視した垂直統合からユニット組み立てによる分業体制に移行した。

その結果、日本企業の競争力が低下し、わが国経済は“失われた30年”と呼ばれる長期の停滞に陥った。その間、わが国企業は自己変革を目指して新しいことに挑戦するよりも、既存の体制を維持し、それが難しくなれば資産の売却によって収益を確保するという厳しい状況に直面した。

■モノづくりの力が再び求められている

しかし、徐々にわが国企業には、かつてのような勢いや、競争への自信が戻りつつあるように見える。その象徴が機械産業だ。2018年以降の中国経済の“成長の限界”への懸念、米中対立の先鋭化、さらにはコロナショックの発生によって、海外からわが国の工作機械への需要は一時期落ち込んだ。

昨年後半以降、中国での生産活動の回復、世界的な半導体の需給逼迫などによって海外からわが国の工作機械への需要は高まった。それに加えて、2021年3月には、2年4カ月ぶりに工作機械への内需が前年同月比でプラスに転じた。

その意味は大きい。世界が、わが国の精緻なすり合わせ技術を生かしたモノづくりの力を求めている。具体的には、半導体の製造、工場の省人化を支える制御機器や関連パーツ、自動車の生産などのために、わが国の製造技術の重要性が一段と高まっている。

■経済の活力を高めるには挑戦が欠かせない

コロナショックによって、わが国のIT化の弱さ、遅さははっきりした。しかし、世界経済のデジタル・トランスフォーメーション(DX)推進のためには、半導体などモノの生産が欠かせない。それをわが国の微細な素材などの生産技術が支えている。

ある意味では、米中対立やコロナ禍はわが国経済の強みを確認する重要な機会だ。機械以外にも、高純度の半導体関連部材や水素関連の技術、石油化学製品などの分野で、わが国のモノづくりは国際的な競争力を発揮している。

見方を変えれば、バブル崩壊後の経済の低迷にもめげずに、わが国の企業は地道に微細かつ精緻な、他国企業が簡単に模倣できないモノづくりの力を磨き、高めた。マスターズ制覇を果たした松山選手や、コースにお辞儀をした早藤キャディーの姿は、そうしたわが国企業のひたむきな取り組みと重なる部分がある。

松山選手をはじめとする若手スポーツ選手の世界的活躍のように、わが国企業も世界的な競争力を発揮し始めている。そうした環境に多くの人が関心を持ち、さらなる挑戦を重ねることこそが、わが国の社会と経済全体の活力を高めることにつながるはずだ。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。

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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)

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