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「わかったフリ」よりは「わからないフリ」をしたほうが人生は生きやすい

プレジデントオンライン / 2021年4月22日 15時15分

撮影=関健作

元陸上選手の為末大さんは、陸上を引退して、会社を立ち上げて数年間、「事務仕事が苦手」ということに悩み続けた。そして、あるときから、事務仕事を得意な人に任せるようになった。そこで得た教訓とは――。

※本稿は、為末大『為末メソッド 自分をコントロールする100の技術』(日本図書センター)の一部を再編集したものです。

■「向いていない」のではなく、「慣れていないだけ」と考える

人には誰しも、「向いていない」ことがある。資料づくりが苦手とか、球技はどれもうまくできないとか。でも、その向き不向きの判断を、急ぎすぎていることはないだろうか。少しやっただけで「向いていない」と決めつけるのではなく、「慣れていないだけ」と考えて、チャレンジしてみよう。

苦手意識があっても、やっていくうちに慣れて、うまくこなせるようになることは、よくある話だ。何度か経験を積んでみると、パターンが掴めてきて、気後れせずにできるようになるのだ。「向いていない」という思いを、経験による「慣れ」で埋めていくようなイメージをもてるといいかもしれない。

もちろん本当に「向いていない」ということもありえる。「向いていない」のか「慣れていない」のかを判断する基準として、その分野で実績のある人を見てみることをすすめたい。はじめは「かなわない」と思ったとしても、その人に近づけるよう、一応努力してみる。一定の期間が過ぎたときに、続ければ追いつけるのか、がんばっても追いつけないのか、自分自身で判断を下すのだ。

前者なら、慣れていなかっただけ、後者なら、向いていなかったと考える。一度、誰かを追いかけてみることで、その人との距離が、肌感覚で見極められるようになってくるのだ。その山は挑みがいのある山か、自分自身に問いかけてみよう。

■なんでもひとりでやりすぎない

陸上を引退して、会社を立ち上げて数年間、あることに悩みつづけていた。僕は強烈に、事務仕事が苦手なのだ。しかも、「会社のことは、経営者がすべてやるべき」という考えが強かった。陸上選手時代はコーチもつけず、なんでもひとりでやってきたからかもしれない。その考えから抜け出せず、事務仕事に取り組んで、失敗して落ち込んで……という負のサイクルを繰り返していた。

でも、ある日突然、解決策に気がついた。「これ、得意な人にやってもらえばいいんだ!」。いま考えれば当たり前のことだけど、当時は強い衝撃を受けたものだ。ハードルで言えば、9台目と10台目を他人に任せられる。僕は8台目までを極めればいい。「こんなことがあっていいのか」とビックリした。僕はそれ以降、事務仕事を得意な人に任せるようになった。

社会には、自分の苦手なことを、いとも簡単にこなしてしまう無数のスペシャリストがいる。それならば、苦手なことはきっぱりとギブアップして、彼らに任せてしまうのもひとつの手だ。ギリギリになって「できませんでした」では致命傷になってしまう。だから、勇気をもって早めに切り上げることも、大事な選択なのだ。

そして、「わかったフリ」よりは「わからないフリ」をすることも忘れてはいけない。人間は基本的に教えたがり屋だ。教える側はハッピーになるし、教わる側の知識は増える。一石二鳥とは、まさにこのことだ。

■「衰え」は技術を磨くチャンス

自分の思うように頭や身体が動かなくなったとき、人は「衰え」を感じる。もうずっと下降線なのだと、落胆してしまう人もいるかもしれない。でも、僕はそうは思わない。「衰え」は、技術を磨くチャンスだ。

物事が好転しているときに、人はわざわざそのやり方を変えようとは思わないものだ。でも、衰えてうまくいかなくなると、必死で考えなければいけなくなる。何に需要があって、何が不必要か。何を伸ばすべきで、何はあきらめるべきか。頭をフル回転させて、選択して、いいところを磨いていく作業が必要になる。だからこそ、さらなる成長が期待できるのだ。

新豊洲Brilliaランニングスタジアムにて
撮影=関健作

そしてそれは、衰えに限った話ではないと思う。人生には、いろんなアクシデントがある。たとえばケガをした場合は、痛みを覚えるだろう。「ここが痛いのはなぜだろう」「どうすれば痛くなくなるのだろう」「この痛みがある中でも、できることは何かないだろうか」と考えはじめる。同じように、何かに対して違和感があるとき、その違和感を起点にして、物事をより深く考えていけば、事態を好転させる分岐点になるかもしれない。

「衰え」も「痛み」も「違和感」もピンチではなく、チャンスなのだ。解決策を考え、優先順位をつけ、取捨選択をしていく作業は、必ず技術の向上につながる。マイナスをプラスに変えるほどの経験にもなりえる。

■職業は「ツール」にすぎない

競技生活を引退するアスリートから、次にどんなキャリアを築いていくか、相談を受ける機会がよくある。そんなとき、僕は「何の仕事がしたいか」ではなく「どんなことが好きなのか」をまっさきに聞いている。その理由は、僕が「職業は好きなことを実現していくための『ツール』にすぎない」と考えているからだ。

子どもに「夢は何ですか」と聞くと、「サッカー選手」「パティシエ」「消防士」など、ほとんどの子は職業を答える。でも、夢を考えるときに本当に大事なのは、職業そのものではなく、「何をしたいのか」だと思う。たとえば「いい会社に入ること」を目標にすると、内定をもらった時点がゴールになってしまいかねない。

僕も、もともとは「オリンピアン」が夢だった。でも、それが叶ったとき、それはあくまで「ツール」だったんだと気がついた。僕はオリンピアンになって「人をおどろかせたかった」のだ。「日本人が陸上競技でメダルを取るなんて!」とおどろかれることが夢だったのだ。

職業という「ツール」で叶えるものは何でもいい。「人を幸せにしたい」「黙々と作業したい」「とにかくお金を稼ぎたい」「趣味のために最低限の収入を得たい」。きっと、人それぞれだろう。その道を選んだ理由さえちゃんとあるのなら、それでいいのだ。職業は「ツール」。そう思えれば、ためらうことなく使い倒せるし、ときには交換だってできるはずだ。

■人生は暇つぶし

たとえ陸上競技で世界一の人間でも、1000年前の世界だったら、「村で一番足が速い男」という評判が立って、それで終わりだったのだろう。そう考えてみると、誰にとっても、いつの時代でも、共通で価値があることなんて、何もないのかもしれない。だったら、結局は、自分の思うようにやるしかないのではないか。

僕は、人生の苦しさのほとんどは、自分自身について「この部分はすばらしいけど、ここはすばらしくない」と思い悩んでしまうことにあると思っている。「すばらしい」とか「すばらしくない」という価値観から離れてしまえば、肩の力が抜けて自由になれる。あとはそれこそ「なるようになる」と思うのだ。

なにもみんながみんな「世捨て人」みたいになれ、と言いたいわけじゃない。人の評価が気になるのは、当然のことだ。でも、思い悩んだら、そのことからちょっと距離をとって考えてみるといい。そのときだけでも「ま、人生って暇つぶしだよね」と考えられれば、生きていくのはずっとラクになる。

何か、あらがうことのできない運命に悩んでいる人に、僕はこの言葉を伝えたい。「人生は暇つぶし」だ。あまりに周囲の期待が高かったり、注目を集めていたり、勝敗が決まるレールに乗ってしまっている人たちにも、僕はこの言葉を伝えたい。「人生は暇つぶし」。

■無邪気なモチベーションを保つ

無邪気に「楽しい!」と感じられることは、モチベーションをグッと引き上げてくれる。反対に、人から強制されていたり、義務的に仕方なくやっていたりすると、モチベーションはものすごく下がる。僕たちのやる気って、そもそもそういうものではないだろうか。いやいや取り組んでみたところで、思うような効果は出ない。仕事でもプライベートでも、「楽しい!」という無邪気なモチベーションを、いかに保つかがポイントだ。

新豊洲Brilliaランニングスタジアムにて
撮影=関健作

モチベーションを維持するうえで、「how思考」という考え方はとても有効だと思う。たとえば、登山中に「なぜ(why)この山に登るのか」と考えても、足取りは軽くならない。それよりも「どうやって(how)登るのか」と考えてみる。すると、置かれた状況そのものを楽しめるようになる。「どうやって」には、自分で自由に考えられる余白があるから、それがワクワクする楽しい気持ちにつながっていくのだ。

新豊洲Brilliaランニングスタジアムにて
撮影=関健作

無邪気なモチベーションを保つ方法は、人それぞれ。「社会の役に立つ」と思えるときに、モチベーションが上がる人もいるだろう。みんなに感謝されることが原動力になる人もいれば、とにかくモテることがやる気につながる人もいる。「やる気スイッチ」は、一人ひとり違う場所にある。だからこそ、「この状態に入ったときに、自分はがんばることができる」ということは何か、自分自身で探っておこう。

■幸せの鍵は「なにげなさ」にある

「幸せ」って、人それぞれ。そうは知りつつも、なんとなく「お金持ちになる」「社会的に影響力をもつ」といった、目に見える成功が「幸せ」につながっていると、人はどうしても考えがちだ。

為末大『為末メソッド 自分をコントロールする100の技術』(日本図書センター)
為末大『為末メソッド 自分をコントロールする100の技術』(日本図書センター)

でも、成功している人って、ほんの一握り。そう気がついてもいるはずだ。「いつかは成功できるんだ!」と夢を見ながら幸せを保つのは、もはや厳しい世の中になってきている。ならば、そんな時代に、僕たちはどんな幸せを追い求めればいいのだろう。

幸せとはもうちょっと、本能に近いところで感じるものではないか。僕はそんなふうに思う。食べること、睡眠、性に関すること、肌で感じるもの――。最近、僕がもっとも幸せを感じるのは、海辺で風に吹かれて、ボーっとしているときだ。ただ風に吹かれて、何を考えているわけでもない時間が幸せなのだ。そういう「なにげない」ことこそが、幸せに近づく鍵なのではないだろうか。

それから、「加速しないもの」を幸せの基準にもつと、人間は幸福を維持しやすいと思う。「加速しないもの」とは、たとえば、「仕事終わりの1杯のビールが美味い!」という感覚のことだろう。その瞬間の、その一杯が美味い。それだけで満たされる。たったそれだけのものだ。幸せの鍵は、なにげなくて、加速しないものにこそ、隠れているものだと思う。

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為末 大(ためすえ・だい)
Athlete Society 代表理事
1978年広島県生まれ。スプリント種目の世界大会で、日本人として初めてメダルを獲得。2000年から2008年にかけてシドニー、アテネ、北京のオリンピックに連続出場。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2020年5月現在)。2012年現役引退。アジアのアスリートを育成・支援する一般社団法人アスリートソサエティの代表理事を務める。新豊洲Brilliaランニングスタジアム館長。ベストセラーとなった『諦める力』(プレジデント社)は、高校入試、課題図書などに多く選定され、教育者からも支持されている。最新刊は親子で読む言葉の絵本『生き抜くチカラ』(日本図書センター)。

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(Athlete Society 代表理事 為末 大)

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