「喧嘩をマチガイと呼ぶのに…」ヤクザが組同士の抗争を絶対にやめない理由
プレジデントオンライン / 2021年4月24日 11時15分
※本稿は、溝口敦、鈴木智彦『職業としてのヤクザ』(小学館新書)の一部を再編集したものです。
■力関係だけで決まる「ヤクザのシノギ」
【鈴木】現在のヤクザたちは、表面上、平和共存路線を掲げています。好き勝手に振る舞い、抗争なんてしていたら警察に潰されるだけだ。侵さず侵されずを徹底し、トラブルがあっても暴力を使わずに解決しようというわけです。
稲川会や住吉会が加入している関東暴力団の親睦団体だった関東二十日会の規約では、トラブルで拳銃を使用することを禁じていた。ヤクザなのに相手を銃撃すると処分されるわけです。
でも、それがいくら社会的に許されない行動であるにせよ、抗争しなければヤクザに存在意義などない。喧嘩をしないヤクザなど全く怖くない。腰を低くしていたって、誰も言うことを聞きません。
【溝口】ヤクザのシノギというのは、もともと誰の許可も得ていない商売です。では、誰がどこでどんなシノギをするのか、どうやって決まるかというと、それは力関係によるしかない。
自分の縄張りだろうと、みかじめ料を取る店舗であろうと、賭博を開帳する場所であろうと、みんな同じです。要するに、ここはおれの勢力圏だ、というのは力で決めるしかない。
ところが、そのパワーバランスが崩れると、合法的な企業、合法的産業のように裁判所もないし、法的な規制もないわけです。となると、「腕ずくで来い」となるのは当然のこと。やはり暴力団というのは、基本的に弱肉強食の世界であるといえる。だから、争いは絶えません。その関連で抗争も起きてくる。
■暴力団は“負のサービス産業”
【鈴木】暴力団は弱肉強食の世界なので、栄枯盛衰です。パワーバランスの変化は頻繁にあり、一代で大組織になったり、あっという間に落ちぶれたりする。
【溝口】その組の親分が病身になって、暴力団活動から退くとか、あるいは、代替わりするとか、死んでしまったりして、その組織が衰えたり混乱したりするとかね。いろんな理由があります。そうして力関係が変化すると、他の組からの侵食というものが起きる。
【鈴木】抗争にはいろいろな形態がありますが、もっともわかりやすいのは利権の取り合いです。相手の勢力範囲を侵食して、シノギを奪い取るというのが勢力拡張のもっとも簡単な方法。
ヤクザが勢力を拡大していこう、組織を強くしていこうとなったら、相手のところから奪い取るしかない。ヤクザが興味を持つ仕事は、濡れ手に粟(あわ)か、違法なのでライバルがいないかです。自分の縄張りの中で新しいシノギを開拓するという発想は、あまりない。
それよりも手っ取り早く他団体のシノギを奪いに行く。そうしたら、相手も奪われたくないからやっぱり喧嘩になる。これがもっとも簡単な抗争の勃発のメカニズムです。
【溝口】暴力団は負のサービス産業だと言いましたが、しかしながら暴力団同士がサービスの質を競い合うということは原則しない。競い合いは力関係によるものしかない。
【鈴木】経済規模が小さい地方都市では、同じエリアに複数の暴力団が巣くう状況にはなりません。分け合うだけのシノギではないし、田舎では余所者が入っていっても溶け込めないのです。それに力の勝負だから、負けた組はそこから退散するしかない。
共存なんて話になりません。関東では例外的に縄張りの既得権が認められていますが、それだって建前でしかなく、弱い組織はシノギを奪われます。
■金銭を使って平和的に問題を解決するヤクザもいるが…
【溝口】例えば歌舞伎町だと、みかじめ料なんかは早い者勝ちが基本なんです。
先取特権と言いますか、その店に最初につばをつけた者が、みかじめ料の収入を得るという不文律がある。それは鈴木さんが言ったとおり関東のほうが厳格ですが、関西でも、繁華街によってはそういうこともあるはず。しかし、このルールはたびたび崩されていき、抗争が起きることになる。
【鈴木】関西に縄張りが存在せず、力の勝負となっているのは、とどのつまり経済規模が小さいからだと思います。
裏社会でも金持ち喧嘩せずなんです。なんだかんだ言っても東京のヤクザは、金を持っているから余裕があって、ある程度そうやって他団体が進出してきた場合でも、相手の顔を立てて、「いくばくかのお金をあげますから引いてください」といった、平和的な解決で任侠を気取る。大阪ならもし誰かにシノギを取られるくらいなら潰してしまえとなります。
ただ、ヤクザは喧嘩を「マチガイ」と呼ぶ。人間誰しも間違いをする。間違いなら、なにもお互い殺し合わなくたっていい。金で解決だってできるはずというヤクザの智恵です。実際、利益を巡るトラブルはたくさん起きますが、抗争にならずに終わります。マチガイの数なら、シノギのパイが大きい東京が多いかもしれません。
【溝口】暴力的でない解決をする場合も確かにあります。第三者による仲介を立て、手打ちをするというケース。互いに争って損ならば、それは手を打つことだってある。ただそれは例外であって、一般的には相手から押し込まれた場合、跳ね返さないと、その組は立ち行かなくなります。
■暴力団にとって抗争は「必要経費」
【鈴木】全くその通り、報復こそすべてですよね。やられたらやり返すという暴力団の基本原理から外れた組織は、いずれ消滅に追い込まれる。
せめて何回か戦わないとメンツが立たない。昔はやられたら一刻も早く報復をするべきと言われていた。組員が殺されたら、ヒットマンは葬儀に出席せず、すぐに拳銃を持って襲撃に行きました。
また、昔はヤクザの息のかかった建設会社がごろごろあって、玄関先に拳銃を撃ち込まれても、翌日の朝には元通りに直っているなんてこともあった。だから新聞沙汰にならない事件もたくさんありました。
【溝口】弱肉強食で、餌をお互いに争って食う、そういう世界です。この世の中で、食えずに我慢するなんていうことは生存のしかたとしてあり得ないわけで、常に食っていなければ、その組は消滅する。
だから、暴力団にとって抗争は、人的にも金銭的にも「必要経費」という考え方がある。あるいは長期的に見れば「将来投資」という言い方もできるかもしれません。
【鈴木】確かに損害も含め、抗争はビジネス的な観点から見ても成り立っています。例えば、ある地域のソープランドの利権を取りに行って喧嘩した場合、勝てば、その利権はすべて自分のところに入って来る。さらに、相手からも落とし前が取れる。そういう意味で、収支が合う抗争というのがあるわけです。
【溝口】そうですね。損して得取れ、と。
■抗争に勝利すれば仕事を請けやすくなる
【鈴木】さらに長期的には、暴力イメージが高くなるので、あとあと、自分たちのところにいろんな利権が舞い込んでくることになります。暴力団に仕事を頼みたいときには、やっぱり、喧嘩の強いところにみんな頼みたいわけです。
【溝口】それは当然そうなる。
【鈴木】だって、そういう人たちは暴力で解決してほしいんですから。例えば同じ債権回収を頼むにしても、強いところに行くに決まっている。で、強い組織に行こうと思っても、食べログのように暴力団の暴力をネットで比較検討はできない。何を基準にするかといえば、繁華街にでかくて立派な事務所があって、組員もたくさんいるようなところです。
【溝口】そうなるには、他団体を侵食して、大きくなるしかないわけです。だから、抗争は必要経費である、と。
【鈴木】抗争にかかる金というと、一般的には銃の調達とかをイメージするのかもしれませんが、そんなのは100万とか200万とか300万とかだから、大した金額ではない。裁判になった場合の弁護士費用とか、逮捕された組員の面倒を見る金に比べたら、微々たるものです。
やっぱり大きいのは人件費です。例えば暴力団抗争で相手を殺し、幸い、無期懲役を免れ、30年懲役で結審したとします。長期累犯者が収容されるLB級刑務所に収容されるわけですが、都合よく近くの刑務所とはなりません。
■抗争の年間費用は約5億円
沖縄の組員が熊本刑務所に収容されるなら最低限の交通費で済みますが、仙台刑務所や旭川刑務所なら飛行機代だって馬鹿になりません。級が上がり、毎月一回、面会ができるようになったとする。幹部や奥さんなどのアゴアシ代(旅費・交通費)だって相当です。
弁護士費用もかさむし、彼らが体をかけた(命をかけた)仕事に関して報酬も払わなきゃいけない。それを考えたら、武器なんて、必要経費にも入らないくらいで。
【溝口】そうでしょうね。
【鈴木】一度、大きな抗争を経験した暴力団のトップに、抗争の経費がいくらかかるか聞いたことがあるんです。そうしたら、年間5億円と言っていた。妥当です。
例えば襲撃に備えて防弾車をつくるために、自分たちで海外に出かけ、ピストルを撃って車を潰したりする。日本に防弾車なんかありませんから、自分たちで仕様をつくる。それに、潜っているヒットマンに渡す経費が馬鹿にならない。
ターゲットを殺すためにずうっと張り込みして、つけ狙い、一瞬のチャンスを待つのですから、シノギなんてしていられません。そのための住居だとか、車だとか、食事だとか、さまざまな費用がかかる。ヒットマン一人につき、月に20万円かかったとする。10人いたら200万円です。実際はもっと人数がいるはずです。そして何年続くかわかりません。
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ノンフィクション作家
1942年生まれ。東京都出身。早稲田大学政治経済学部卒業。『食肉の帝王』で2004年に講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に『暴力団』『山口組三国志 織田絆誠という男』などがある。
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ジャーナリスト
1966年生まれ。北海道出身。日本大学芸術学部写真学科除籍。ヤクザ専門誌『実話時代』編集部に入社。『実話時代BULL』編集長を務めた後、フリーに。著書に『ヤクザと原発』『サカナとヤクザ』『ヤクザときどきピアノ』などがある。
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(ノンフィクション作家 溝口 敦、ジャーナリスト 鈴木 智彦)
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