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「東日本大震災以上のダメージ」からたった1カ月で回復したルネサスの奇跡

プレジデントオンライン / 2021年4月26日 9時15分

ルネサスエレクトロニクスの那珂工場=2021年4月11日、茨城県ひたちなか市 - 写真=時事通信フォト

■これぞ“メイド・イン・ジャパン”の力だ

4月17日、自動車の走る、曲がる、止まる、を制御するマイコンの世界大手であるルネサスエレクトロニクス(ルネサス)が、火災発生によって一部の稼働を止めていた那珂工場(茨城県ひたちなか市)のN3棟での生産を開始した。それは、安心と安全の象徴である“メイド・イン・ジャパン”のモノづくりを支える“現場力”を世界が再認識する機会になった。

わが国の雇用などを支えてきた自動車産業を中心に、世界全体で半導体不足が深刻化な状況下、那珂工場の火災によって追加的に半導体供給が落ち込む展開は大きな痛手だ。その影響を抑えるために、自動車、建設、機械などの企業が協力して那珂工場に人材を派遣し、早期の復旧を実現した。

各企業が磨いてきた、サプライチェーンのレベルから環境変化への対応を目指し、高度かつ精緻なモノづくりを継続する組織力(モノづくりの底力)は、わが国経済の財産だ。それは人工知能=AIなどで容易に再現できるものではない。

今後、ルネサスに求められるのは、各産業界からの期待に応えるべく、よりよい車載半導体などの製造技術と事業運営に関するリスク管理体制を強化することだ。そのためには、ルネサスの経営陣が組織全体をより強固に一つにまとめなければならない。それが、ルネサスのモノづくりの精神を育み、競争力向上を支えるだろう。

■ダメージは「東日本大震災以上」

3月19日、午前2時47分ごろに、ルネサス那珂工場のN3棟の一部で火災が発生した。同日の午前8時12分ごろに火災は鎮火した。出火元は、N3棟内のめっき装置だった。3月20日の午後1時ごろに警察と消防による現場検証が終了した。

半導体の生産では、クリーンルームと呼ばれる生産施設内の微細なチリや、生産工程で用いられる水や各種化学物質の純度がわずかに異なるだけで、チップの性能に影響が出る。それだけに、火災の影響がどの程度か、ルネサスの取引先企業や多くの半導体の専門家が注目した。

火災の影響は、かなり深刻だった。同社の柴田英利社長はその状況を「東日本大震災以上のダメージ」と評した。ルネサスが公表した鎮火後の工場内部の写真を見ると、製造装置の筐体や内部の基盤などが焼けただれ、焼け落ちた工場の天井や機材が床に山積していた。

それを見た半導体生産の専門家は、「近年の半導体生産ラインの停止ケースの中でもN3棟の被災状況はかなり深刻であり、生産の再開には最低でも数カ月はかかるのではないか」と事態を重く受け止めていた。

■世界的に半導体需要が増す中…

火災発生直後、自動車産業の関係者などが東日本大震災後の状況を思い起こしたはずだ。当時、那珂工場は被災し生産が停止した。その結果、世界の自動車生産が減少した。

3月20日にルネサスは、火災によって純水の供給や空調、さらには製造装置に被害が出たこと、火災によってN3棟1階のクリーンルームの面積の約5%が焼損したことを発表した。翌21日に、同社は1カ月以内の生産再開を目指すと発表した。なお、火災により23台の半導体製造装置が焼損した。

火災のイメージ
写真=iStock.com/chonticha wat
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/chonticha wat

1カ月以内での生産再開は、ルネサスの目標というよりも、わが国産業界全体からの要請だった。昨年秋口以降、世界全体で半導体の不足が深刻化している。その状況下、わが国自動車メーカーは徹底したリスク管理によって半導体を確保して減産を限定的に食い止めつつ、トヨタなどが米国と中国で需要を獲得している。

■各業界の人材が起こした奇跡

わが国経済全体で考えた場合、火災によってマイコンなどの供給が一時的に減少したとしても、その状況が長期化する展開は何としても回避しなければならない。それは、完成車メーカーや自動車部品メーカー、さらには足許で内外需を取り込んでいる工作機械メーカーの業績だけでなく、経済全体での所得・雇用に無視できない影響を与える。

その危機感が、産業界が協力してN3棟の復旧に取り組む原動力になった。通常、半導体の生産ラインが止まると、再開には数カ月以上の時間を要する。目標期間内にN3棟の生産が再開されたのは、柴田社長が発言した通り「奇跡的」だった。

生産再開を支えたのが、わが国の“モノづくりの現場力”だ。自動車や半導体製造装置、設備保守など各業界の人材が、感染対策を徹底しつつ復旧に取り組んだ。地域別にみると、自動車産業が成長してきた中京工業地帯などから那珂工場へ多くの人員が派遣された。

人数は多い日で1600人に達した。それに加えて、半導体製造装置など精密機械メーカーがわが国に集積していることも、迅速な生産再開を支えた。東日本大震災後の那珂工場復旧に取り組んだ各企業の経験も発揮された。

■精緻なすり合わせ技術の経験が活きた

特に重要な役割を発揮したのが、完成車メーカーとサプライヤーが蓄積してきた精緻なすり合わせの経験値だ。トヨタ自動車など自動車メーカーは、常日頃から原価低減への取り組みと、需要創出のための品質の向上に努め、サプライヤーと密にコミュニケーションをとる。

サプライヤー各社は、完成車メーカーの高い要求水準を満たさなければならない。その積み重ねによって、関係企業が生産継続のために、いつ、どこで、誰が、何をしなければならないかが瞬時に把握できるサプライチェーンが構築され、製造業の生産性が向上した。

ノートパソコンを持つ土木技師と女性作業員が握手
写真=iStock.com/ichz
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ichz

それに加えて、東日本大震災の教訓を生かして、自動車各社はサプライチェーン・リスクの管理体制を強化し、ある程度の供給の停滞に耐えうる事業運営体制を整備した。そうしたモノづくりを支える現場力が、火災発生から1カ月以内の生産再開を支えた。感染対策を徹底し、ルネサスの早期生産再開を支えた各企業の現場力は称賛に値する。

■日本製造業の底力を再認識できた

近年、世界的にAIを用いた生産プロセスの省人化や管理が重視され、ルネサスなどわが国企業もそうした取り組みを進めてきた。それでも、火災を防ぐことはできなかった。火災発生が今後の完成車生産に与える影響は慎重に見る必要があるが、今回のケースは世界各国がわが国製造業の現場力、その底力を再認識する重要な機会だ。

重要なことは、各企業から派遣された人々が、何としても期限内に復旧させるという熱意を共有したことだ。コロナ禍によって人と人が直に会い、協力することは容易ではない。その状況にもかかわらず、異なる企業から集まった人々が“大部屋方式”と呼ばれる情報連携を徹底することによって集中力を発揮し、那珂工場の早期生産再開を実現させた。

それは、組織の実力が、それを構成する人の数と、個々人の集中力に依存することを確認する良いケーススタディだ。急激な環境変化に対応し、企業が事業を継続するためには、組織が一つにまとまり、一人ひとりが集中力を発揮しなければならない。

■国際競争力を目指す最後のチャンスだ

今後、ルネサスに求められるのは、そうした現場の底力を引き上げ、より良いモノづくりを目指す精神を組織全体で共有し、高めることだ。それが、火災前の製品出荷水準への迅速な回復のみならず、ルネサスの競争力向上を支えるだろう。

近年のルネサスには、組織内面の強化よりも、買収による成長の加速を重視してきたように映る部分がある。買収が重要であることに異論はない。ただ、ルネサスの母体となった各企業の風土は異なる。人々の考え方、生き方が異なれば、作るモノも異なる。ルネサステクノロジ時代を含め、リーマンショック後にルネサスが赤字に陥った一つの要因は、より良いモノを、より効率的に生み出すために組織が一つにまとまり、人々が集中力を発揮することが難しかったからだろう。

当面、世界経済全体で半導体不足は続く。それは、ルネサスが国際競争力の向上を目指す最後のチャンスといっても過言ではない。同社経営陣が今回の生産再開および出荷水準の回復への取り組みを契機にして組織を一つにまとめて個々人の集中力を引き出し、研究開発の強化やより良いリスク管理体制の整備に取り組む展開を期待したい。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。

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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)

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