「聖徳太子が祈った同じ場所で拝める」日本最古・飛鳥大仏が国宝指定されない歴史的理由
プレジデントオンライン / 2021年4月30日 9時15分
■なぜ日本最古の寺院にある飛鳥大仏は国宝に指定されないのか
このところ、近現代建築の文化財指定が増えてきている。
2020年には新たに犬吠埼灯台(1874年初点灯、千葉県銚子市)などの4つの灯台が重要文化財に指定された。現役の灯台の重要文化財指定は初のことである。
また、今夏に登録有形文化財(建造物)に指定される予定で注目は、神戸市摩耶山麓に建旧摩耶観光ホテル(1930年築)。曲線が強調された外観や、アール・デコ調の舞台などが特徴の建築物だ。1993年にすべての営業を終えても撤去されず、廃墟マニアの聖地として知られていた。近年はクラウドファンディングによる保全資金の呼びかけに注目が集まっていた。
国宝においても2009年、旧東宮御所(迎賓館赤坂離宮)が近代建築物として初めて国宝に指定されている。国宝は、重要文化財の中から特に価値の高いものから選ばれる。
■「重要文化財止まり」になっている歴史的な経緯
とはいえ、国宝の“定番”はやはり寺社由来のものだろう。
例えば、奈良の法隆寺は美術工芸品20点、建造物18点の計38点もの国宝を保有している。
最古の国宝は、「土偶(縄文のビーナス)」(紀元前3000年〜前2000年前の品)である。
そして、最新の国宝(建造物)は昨年に指定された八坂神社本殿(京都市東山区)だ。
一見、「国宝に違いない」と思えるような文化財が、実は指定から外れているケースもある。その際たるものが「飛鳥大仏」だ。
飛鳥大仏を所有するのは、日本最古の寺院、飛鳥寺(奈良県明日香村)である。最古の寺院にある飛鳥大仏は当然、国宝に指定されてよさそうだが、「重要文化財止まり」なのだ。それには歴史的な経緯がある。飛鳥寺の歴史をひもといてみよう。
■609年完成の釈迦如来坐像「飛鳥大仏」は座高3mの端正な佇まい
飛鳥寺は588年、蘇我馬子が発願し、推古天皇の時代である596年に創建された。大阪の四天王寺と並ぶ日本最古の寺院である。
※ちなみに、「最古の木造建造物」である法隆寺は607年完成。また、「伝承上の最古の仏像」は、朝鮮半島から日本に渡来した最初の仏像、一光三尊阿弥陀如来像。長野・善光寺に祀られているとされているが、それは「絶対秘仏(ご開帳されることがない)」のため現存するかどうか、その存在も含めて調査できない。
飛鳥寺の全容が判明したのが、1956年の発掘調査においてのこと。その結果、創建当時の寺域は南北320メートル、東西が210メートルあり、現在の飛鳥寺のおよそ20倍の規模があったとされた。
塔を中心にしてその東西に金堂が建てられ、塔の北側に中金堂を置いた。それらを回廊がぐるりと取り囲み、回廊の外に講堂があった(飛鳥寺式伽藍配置)。日本でも初めての本格的寺院の建設とあって、朝鮮半島の百済から大勢の建築技師や僧侶が派遣された。その中には瓦職人もいた。飛鳥寺は日本における瓦建築の第一号でもある。
創建当時、飛鳥寺は法興寺、元興寺などとも呼ばれた。平城京遷都の際には、飛鳥寺は2つに分離した。移転したほうの寺院は、現在の元興寺(奈良市)となっている。そのまま残り続けたほうが現在の飛鳥寺だ。
飛鳥寺の本尊は、創建とほぼ同時期に鋳造された釈迦如来坐像だ。609年に完成。通称、「飛鳥大仏」と呼ばれている。座高3メートルの端正な佇まいだ。建立当時は光背がついており、三尊仏(文殊・普賢菩薩とのセット)を構成していた。
手掛けたのは渡来系仏師である鞍作鳥(くらつくりのとり、止利仏師)。鞍作鳥の作例としてはほかに、法隆寺金堂釈迦三尊像(国宝)がある。飛鳥大仏は銅15トンが使用され、当時は表面には金30キログラムを使って鍍金(めっき)が施されていたとされるが、今ではすっかりはげてしまい漆黒の肌をしている。
■飛鳥大仏は現在、国宝指定の最有力候補
飛鳥大仏は面長の顔、アーモンド型の目、そしてアルカイックスマイルと呼ばれるほほ笑みが特徴だ。アルカイックスマイルはギリシア彫刻に見られる表情で、シルクロードを伝わって日本にその意匠がもたらされたと考えられている。つまり、飛鳥寺(や法隆寺)はシルクロードの東の最果ての聖地でもあるのだ。
日本仏教史、あるいは仏像史上、極めて重要な地位を占める飛鳥大仏だが、先述のように文化財としての指定は国宝ではなく重要文化財である。
その理由は、戦後の文化財保護法施行時、額や右手3本の指、左耳などの一部以外は後世に作り直されたものと判断されたからだ。確かに、記録では飛鳥寺は平安、鎌倉時代に火災に見舞われて焼失。仏身の大方が溶けてしまったと考えられていた。
しかし、2012年、早稲田大学学術院の研究チームがX線を使った分析調査を実施したところ、「造立当初の箇所と鎌倉時代以降に修復したとされる箇所の銅などの金属組成には際立った差異が見られず、仏身のほとんどが飛鳥時代当初のままである可能性が高いことが判明」(早稲田大学学術院)したという。
2016年には大阪大学や東京都文化財研究所などがさらに詳細に調査を加えた。すると、顔の部分はほぼ建立時のオリジナル、体は鎌倉時代の火災で溶けたものを再利用して鋳造され直された可能性が高いとする発表がなされた。
仮に頭部だけがオリジナルだったにせよ、「山田寺の仏頭(興福寺蔵)」のように国宝指定されている例がある。飛鳥大仏は十分、国宝になる可能性を秘めており、一転、国宝指定の有力候補になっている。
■「聖徳太子が祈っていた同じ場所で、現代人も拝むことができる」
文化財としての価値はさることながら、飛鳥大仏の宗教性も見逃すことはできない。そのうえで重要なのは、調査では台座の石(兵庫県産龍山石)が創建時から一切、動かされていないことが判明したことだ。飛鳥大仏は奈良時代に据え置かれてこのかた、ずっと同じ場所で祀られ続けているのだ。
飛鳥寺の植島寶照住職は、「大仏が動いていないということは、かつて、聖徳太子が祈っていた同じ場所で、現代人も拝むことができるということ。そこに有り難さを感じて手を合わせてもらいたい」と話してくれた。
つまりは、古寺の存在意義は、建物や仏像だけではなく、「信仰空間」にあるということなのだ。大仏自体は動かず後世、仏殿が再建された。したがって、外に出すことができず、美術展に貸し出されたことも一度もないという。
詳しくは拙著『お寺の日本地図 名刹古刹でめぐる47都道府県』(文春新書)を手に取っていただければ幸いである。本書は飛鳥寺のように、すべての都道府県に1つの寺院を紹介し、その秘めたるエピソードを紹介している。
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浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『寺院消滅』(日経BP)、『仏教抹殺』(文春新書)など多数。近著に『仏具とノーベル賞 京都・島津製作所創業伝』(朝日新聞出版)。浄土宗正覚寺住職、佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事、(公財)全日本仏教会広報委員など。
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(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)
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