50年低迷続きの高級腕時計「商品を変えずに5年で売上3倍」を達成した外様の復活テンプレ10
プレジデントオンライン / 2021年5月4日 9時15分
※本稿は、梅本宏彦『眠れる獅子を起こす グランドセイコー復活物語』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。
■3大逆風の下、腕時計事業の業績をどん底から回復
私は大学卒業後、総合商社の三菱商事株式会社に入社し、長年国内と海外での鉄鋼取引に携わってきました。
「自分自身を変えよう!」、当時はそんな想いを持って、約28年お世話になった三菱商事を自ら退社しました。その後オーナー経営会社への転職を経て、2003年10月にセイコーウオッチ株式会社へ入社し、国内営業本部特販営業部に担当部長として配属されました。
そして国内・海外両営業本部での営業・マーケティングを担当し、その間に取締役、常務へ昇格、海外と国内の両営業本部長を務めた後、2011年2月にセイコーウオッチでナンバー2の役職である代表取締役専務執行役員(後に代表取締役副社長兼COO)に就任して全社事業執行の最高責任者になりました。
その頃、セイコーウオッチは苦境の中にありました。
世界を襲ったリーマンショックの影響でセイコーウオッチの売上は2009年度には4割近く大幅に下落し、それと同時に営業利益も急角度で減少、腕時計事業の業績は最悪の状況となっていました。
2010年度に入っても大きく回復する戦略がなかなか見出せず、非常に苦しい状況に陥っていました。
■ほとんどが生え抜きの社員の中、「外様」が抜擢された
そのような状況下、私は服部真二社長(当時)から、「どん底の業績を回復せよ」という大きな課題を与えられました。
当時、服部時計店の流れを組むセイコーウオッチは社員のほとんどが生え抜きの社員でした。そんな中で服部社長は、あえて外様の私を抜擢したのです。
「セイコーウオッチの腕時計事業を再構築・復活し、外から来た私だからできる新たな視点で事業戦略を考え実行するように」との、服部社長の熱い思いであると私は受けとめました。服部社長にとっては大きな決断であったと思います。
ところが、私が事業執行の最高責任者に就任した翌月2011年3月、東日本大震災が起きました。さらに2008年に1米ドル100円を割った円高が、追い討ちをかけるようにその後も進行し、2011年には年間平均レート79円台という超円高になりました。この状況が2012年まで続いたのです。
東日本大震災は国内のビジネスに大きな影響を与えました。
一方で、当時セイコーウオッチの売上の過半数を占め、営業利益を稼ぐ中心的役割を果たしていた海外ビジネスは、超円高によりさらに大きな打撃を受けることになりました。
私は会社を率いるリーダーとして、「リーマンショック」「東日本大震災」「超円高」という3大逆風の下で船出することになりました。
私の好きな言葉に、日本電産株式会社 代表取締役会長(CEO)の永守重信氏が仰った「風がなくても凧をあげる」があります。
会社にとって逆風の時、すなわち追い風がまったく吹いていない逆境の時であっても、経営者は凧をあげなくてはいけない。風を自ら起こし、走り、凧をあげる。社員たちも全員で走る。
それによりどのような厳しい状況下であっても、会社の業績を伸ばすことができる。そのような意味だと私は理解しています。
私は、今がその時であると思いました。
セイコーウオッチとして最も厳しい状況の今こそ、自らがまず走り、そして社員全員で走り、風を起こし、凧をあげようと。いよいよ6期連続増収、売上2倍、営業利益4倍への助走が始まったのです。
■6期連続増収、売上2倍、営業利益4倍を達成できたワケ
事業執行の最高責任者となった私は、今こそ、事業構造を大転換させる時だと考えました。この大嵐に立ち向かうには、従来の方針・戦略を転換し、新たな成長戦略を策定・実行するしかないと強く思ったのです。それは私が海外と国内の営業本部長時代にすでに考え、推進してきたことを、事業執行の最高責任者として一気に全社方針とすることを意味していました。
その方針は、全世界における「セイコーブランドの価値向上」による事業構造の大転換です。すなわち、従来の中価格帯〜普及価格帯中心の商品販売の事業構造から、高価格帯〜中価格帯中心の事業構造への大転換を図るということです。
そしてその中核となるブランドとして、50年間売上が低迷していた高級腕時計のグランドセイコーを、独自のマーケティング戦略により復活・急成長させて、グローバル化を推進しました。
さらに、中価格帯の上位ブランドとして、新商品のセイコーアストロン(世界初アナログGPSソーラーウオッチ)ビジネスの垂直立ち上げ、新たな市場(需要)開拓を目指した機械式時計のプレザージュ、そしてセイコーが得意としてきたスポーツウオッチのプロスペックスの3ブランドについても、グローバルブランドとしての推進を図りました。
まさに、3大逆風が「追い風」となって教えてくれた事業構造の大転換でした。
そして新たに考えた戦略を実行した結果、セイコーウオッチの業績は、2009年度を底として6期連続増収、売上2倍、営業利益4倍となり、同社発足以来の最高の業績を上げることができたのです。
■事業復活のカギは「10の戦略メソッド」にあり
こうしてセイコーウオッチの腕時計事業はどん底からの復活を遂げました。その中核となったのが、セイコーの高級腕時計であるグランドセイコーの復活・急成長でした。
商品はそのまま変えず、その売上を5年で3倍にしました〈第1ステージ〉。
グランドセイコーは1960年に誕生したセイコーの高級腕時計で、50年もの間、売上が低迷していました。
しかしながら、高精度で高品質・高品位を誇る国産腕時計であり、3つのキャリバー(腕時計の心臓部)をもっています。
世界最高級の9Fクオーツ、同じく世界最高級の9Sメカニカル、そしてセイコー独自の駆動機構技術をもつ9Rスプリングドライブの3つです。
グランドセイコーは、スイスなど外国製高級品と同等もしくはそれを上回る世界最高水準の品質を誇り、文字盤も見やすく正確で、つけ心地も良い究極の高級時計です。品質の高さについては、セイコーウオッチの社員も製造を担当する製造会社2社(セイコーエプソン株式会社、セイコーインスツル株式会社)も自信を持っていました。
そして取引先である一流小売店の人たちも、実はその品質の高さを評価していたのです。
それほど優れた腕時計なのに、なぜ50年間も売れなかったのか? まさに「眠れる獅子」です。「これは売り方を変えれば強力な戦力になる!」と、私は確信しました。
■「世界で勝負するならグランドセイコーしかない!」
「日本、そして世界市場で勝負するならグランドセイコーしかない!」
そう決意した私は、グランドセイコーの売上を一気に伸ばすための成長戦略を描きました。流通(売り場)、製造、営業、広告宣伝、ブランド……つまりすべての戦略を刷新し、即断即決の精神で次々と実行に移したのです。
この成長戦略を考える上で大きなヒントになったのは、セイコーウオッチの社員や製造会社がもともと持っていた情報、および取引先(小売店)の人たちから現場で得たヒントでした。私はその情報やヒントを基に、グランドセイコーの成長戦略を考えました。
その結果、どうなったか?
商品自体は何も変えていないのに、グランドセイコーは5年で3倍の売上を達成! ついに、眠れる獅子の覚醒です。
しかも「リーマンショック」「東日本大震災」「超円高」という3大逆風下においてです。長く苦戦していたグランドセイコーを、一流の高級腕時計ブランドとして確立させることができた理由はその戦略にあります。
では、どうすればそのような戦略が立てられるのか?
そこには多くの秘訣があります。それが10の戦略メソッドです。これはあなたのビジネスでも使えるメソッドです。
■どのビジネスにも使い回せるV字復活「10の戦略メソッド」
1、「3つの現場」が教えてくれる
「社内、販売、製造」という3つの現場が、ビジネスのヒントを教えてくれる。「3つの現場」は情報の宝庫
2、まず先に取引先を儲けさせる
取引先を先に儲けさせることが、自社の売上、利益拡大への近道
3、大逆風は変化するチャンス
大逆風は、事業構造を変える絶好のチャンス
4、自社の経営資源の棚卸し
自社の「強み」と「弱み」は何? 「強み」を活かし、「弱み」を課題として解決するのがビジネス成功の秘訣
5、会社の顔となるブランドを作る
最初からグローバルな視点でブランドを作る
6、すべての商品で儲けようとするな!
商品には3つの役割がある。
①売上・収益の柱となる商品
②収支トントンの商品
③アドバルーンの商品
7、良い商品必ずしも売れない!
商品が良いからと言って必ずしも売れない。50年間売上が低迷していたグランドセイコーは、商品はそのまま変えずに、売り方を変えて、5年で売上が3倍になった。売るための戦略をどう考え、実行するかが重要
8、「潜在需要層」は隠れた大きな需要層
ターゲットは2つの需要層。「本来の需要層」と「潜在需要層」
9、成功事例を作れ!
まずは、成功事例を作る。成功事例を見せれば、取引先はついて来る
10、ブランドには2つのステップあり
ステップ1 認知的価値(商品の品質・性能が良い)
ステップ2 情緒的価値(感動の共感〈憧れ、誇り、セレブリティ、人に自慢できる〉)
■50年低迷期を脱し「売上を5年で3倍増」からのステップ&ジャンプ
50年の低迷期を脱したグランドセイコーの売上は、5年で3倍となりました。これを私は、成長戦略の〈第1ステージ〉と位置づけました。
ただしグランドセイコーの成長はここで止まるものではありません。
〈第2ステージ〉では、100万円以上の高級品市場への本格参入および女性市場の開拓・拡大を進め、さらなる飛躍を遂げました。
そして次なる〈第3ステージ〉では、国産高級ブランド腕時計として海外市場に本格進出し、グローバルブランド化に着手しました。
こうしてグランドセイコーは長期間の売上低迷期を脱しただけでなく、「一流ブランドとしての地位を確立」するとともに、世界で戦える高級ブランド腕時計に成長していったのです。
この成果は、10の戦略メソッドで裏づけられた戦略の結果です。
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BRAIN RESOURCE 代表取締役社長
1951年、大阪市生まれ。同志社大学経済学部卒。元セイコーウオッチ株式会社代表取締役副社長兼COO。74年三菱商事株式会社入社、鉄鋼輸出・国内業務に携わる。その間通算9年のタイ王国駐在。その後セイコーウオッチ株式会社に転職、同社代表取締役副社長兼COOとして、50年にわたり低迷が続いたグランドセイコーを5年で売上3倍に急成長させ、高級腕時計ブランドに育て上げた。現在、事業戦略コンダクター、BRAIN RESOURCE株式会社代表取締役社長。
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(BRAIN RESOURCE 代表取締役社長 梅本 宏彦)
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