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「監督賞は中国系女性に」白すぎるアカデミー賞が生まれ変わった本当の理由

プレジデントオンライン / 2021年5月1日 11時15分

2021年4月25日、米国カリフォルニア州ロサンゼルスのユニオンステーションで開催された第93回アカデミー賞授賞式のプレスルームでポーズをとる『ノマドランド』で最優秀作品賞と監督賞を受賞したクロエ・ジャオ氏。 - 写真=EPA/時事通信フォト

■監督賞は初めてアジア系女性の手に

2021年のアカデミー賞は、女性として史上2人目、アジア系女性としては初めて監督賞をとったクロエ・ジャオ(作品『ノマドランド』)や、助演女優賞に輝いたユン・ヨジョンなどが脚光を浴び、「史上最もダイバーシティ溢(あふ)れるオスカー」と大きく報道された。

しかしつい5年前には、「Oscars So White=オスカーはとても白い(白人受賞者が多すぎる)」と強く批判され、その論争はつい最近まで続いていたのを覚えている人も多いだろう。アカデミー賞は一体どうやってそれを克服したのだろうか。

そのハッシュタグ「#OscarsSoWhite」がSNS上で広く拡散されたのは2016年だった。前年に公開された映画から選ばれたノミネートは、女優、男優全員が白人だったからだ。

アメリカはこの年、オバマ政権最後の年に入ったところだった。ピープルオブカラー(有色人種)が人口の4割に迫る勢いで、アメリカの顔はもう白人だけではないと言われるようになってからも久しかった。

映画を見る客にこれだけ非白人が増えているのに、なぜハリウッドだけが白人ばかりを押しつけてくるのだ? という批判は大合唱に変わっていった。

なぜアカデミー賞は「白い」のか、それには2つの理由がある。

■配給会社も制作陣もみな白人ばかり

まず、ハリウッドの映画業界が白いからだ。

大手配給会社のトップは年配の白人であるところから始まって、プロデューサーもディレクターもキャスティングエージェントも多くが白人だ。彼らが作る映画は自然と白人目線のものになり、主役も白人になる。2011年に公開された映画で、ピープルオブカラーの主演はわずか11%だった。

一方女性に関して言えば、2011年の女性の主役は3割、しかも40歳を超えると役がないというエイジズムに直面し、#metooではセクハラの犠牲になっていることも明るみに出た。同様にアカデミー賞の投票メンバーも白人男性に偏っている。2016年当時、約8000人のうち女性は25%、ピープルオブカラーになるとわずか8%だった。

その結果、93年の歴史の中で、主演男優賞を受賞した黒人はわずか4人、主演女優賞は1人、また監督賞を受賞した女性も2人しかいない。

これを変えなければ未来はないと悟った映画業界は、改革に着手する。

■『パラサイト』は脚光を浴びたが…

2016年のオスカーの後、賞を主催する映画芸術科学アカデミーは女性とピープルオブカラーの投票メンバーを2倍にすることを表明。雇用についても、俳優はもちろん裏方にもピープルオブカラーと女性を増やすことを宣言した。

そのためか、1年後の2017年オスカーでは『ムーンライト』が最優秀作品賞をとり、マハシェラ・アリが助演男優賞、ヴィオラ・デイヴィスが助演女優賞に輝いた。

しかしその後3年間、ピープルオブカラーはそれなりにノミネートされていたが受賞数は低迷し、2019年には『ブラック・クランズマン』で監督賞の呼び声が高かったスパイク・リーが受賞を逃すなど、多くのファンが首をひねる結果が続いた。

翌2020年では、女性とピープルオブカラーの投票メンバーはそれぞれ31%と16%まで増えた。その結果が韓国映画『パラサイト 半地下の家族』の作品賞につながったとも考えられる。字幕映画は受賞できないというこれまでの常識を打ち破り、折からのアジアブーム、特にK-POPや韓国ドラマ人気の追い風にも乗った。

しかし、ピープルオブカラーで主演俳優のノミネートはシンシア・エリヴォのたった1人。ダイバーシティはパラサイト1点に集中したかのような印象を受けた。

ところが今年になると話は全く変わってくる。

■最多受賞…いったい何が起きたのか?

今年はピープルオブカラーが最多ノミネート、最多受賞という歴史的なオスカーになった。

特に助演女優賞に、アジア女性としては2人目で初の韓国人受賞を果たした『ミナリ』のユン・ヨジョン、助演男優賞は5人のノミネートのうち3人がアフリカンアメリカンで、『ユダとブラック・メサイア』のダニエル・カルーヤが受賞。主演男優賞はノミネートでは5人のうち3人、主演女優賞もノミネートでは5人のうち2人がピープルオブカラーだった。

メークアップ&ヘアスタイリング賞で初の黒人が受賞、短編映画でも、黒人への警察暴力をモチーフにした『トゥー・ディスタント・ストレンジャーズ』が受賞した。

 ハリウッド大通りのお土産店に並ぶオスカー像
写真=iStock.com/vzphotos
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/vzphotos

しかし、今年最もインパクトが大きかったのはやはり監督賞だろう。女性が2人ノミネートされたのも初めてなら、クロエ・ジャオは女性2人目の受賞、また初のアジア人女性でもある。

今年はいったい何が起きたのか? 実はノミネート対象となる2020年に公開された上位185作品のうち、ピープルオブカラーが主役の作品は40%、女性の主役は48%と例年よりも比率が大幅に上がったのだ。しかしそれは、ハリウッドが雇用を劇的に拡大したからではない。

■ストリーミング配信で多くの人が注目

2020年は映画業界にとって苦しい1年だった。コロナ禍で映画館がオープンできず、ストリーミングは一気に主流になった。また大作の公開が相次いで先送りとなり、昨年の公開本数は前年の3分の1にとどまった。そんな中、比較的低予算のピープルオブカラーや女性を主役にした作品がストリーミングで公開され、自宅巣ごもり中のアメリカ人に注目されることになった。

一方、ブラックライブスマター(BLM)運動でアメリカ人のダイバーシティに対する意識が飛躍的に高まり、こうした作品への需要も増えた。特に『ユダとブラック・メシア』は、1960年代の公民権時代に人種差別と戦いながらコミュニティー起こしに力を注いだ黒人の若者集団「ブラックパンサー」を描いた映画で、これまで白人にとっては危険な存在でしかなかった彼らのイメージを大きく変えた。

作品賞は取れなかったものの、パンサーのリーダー役を演じたダニエル・カルーヤが助演男優賞を受賞した。

またユン・ヨジョンが助演女優賞をとった『ミナリ』は韓国からの移民家族の物語で、これまでほとんど知られていなかったアジア系移民の暮らしにスポットが当たった。これも2020年という年だったからこそ実現した快挙だろう。

■期待を裏切るどんでん返しも…

ダイバーシティは、作品だけでなく会場のセレモニーでも大いに発揮された。

今年はパンデミックを受けて、ロサンゼルスのユニオンステーションという小さな会場で、大掛かりなステージも作れず華やかなパフォーマンスもなかったが、プレゼンターの半分を占めるピープルオブカラーの存在が目立った。

前回アジア系男性として2人目となる監督賞をとったポン・ジュノは、監督賞にノミネートされた全員のプロフィールを韓国語で紹介、またドキュメンタリー部門のノミネート作品は、すべて手話で紹介されるなど前代未聞の演出が話題を呼んだ(ちなみに作品賞ノミネートの『サウンド・オブ・メタル』は、聾唖(ろうあ)者でドラッグ依存症の人々を描いている)。

しかし最後にはどんでん返しも待っていた。

誰もが受賞は確実と信じていたチャドウィック・ボーズマン(がん闘病の末、昨年43歳で死去した黒人俳優)ではなく、大御所で史上最高齢のアンソニー・ホプキンスが受賞。本人も全く期待していなかったそうで会場にも来ていなかった。

授賞式の演出上、例年は作品賞が最後に発表されるが、今年は主演男優賞を最後にすることで、ボーズマンの追悼とダイバーシティを祝ってのエンディングを狙ったのだろうが、それが覆され尻切れとんぼの結末になっただけでなく、何よりも「黒人は結局受賞しない」という一般認識を強烈に裏付けることになってしまった。

■“白人ばかり”の映画は売れなくなっている

しかし、これからのアカデミー賞はダイバーシティに向かう流れが後戻りすることはないだろう。それは社会的な理由だけではなくビジネス上の理由もあるからだ。

米国の調査によれば、今やピープルオブカラーのキャストが4~5割を占める作品が、最も興行成績が良いことが分かっている。反面、その比率が11%以下の作品の売り上げは最低ランクだという。

無人の映画館
写真=iStock.com/peshkov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/peshkov

多様化した社会に住むアメリカ人はリアルなアメリカが見たい。グローバルマーケットであればなおさら、自分たちを代表する俳優たちが躍動している映画が見たいのは当然だろう。

こうした中でアカデミー賞は昨年9月、ノミネート作品に対するダイバーシティ・ルールを策定し、2024年からはルール違反の作品はノミネートできなくなる予定だ。

■なぜ『ノマドランド』は評価されたのか

監督賞受賞など作品として圧倒的な評価を得た『ノマドランド』だが、出演者も主演女優のフランシス・マクドーマンド含めほぼ100%白人。彼女が演じるファーンは、キャンピングカーでアメリカ西部を放浪する60代の女性だ。高齢化、失業、ホームレスなど、アメリカ人が抱える恐れや不安を静かに描き、コロナで疲弊した人々の心に染みわたった。

こうした白人の恐れはピープルオブカラーへの怒りや憎しみに向きがちだが、この映画では冷徹な現実を、同じ非人間的なシステムの中で白人も苦しんでいるという、皆が共感できるアメリカの物語に昇華させた。それをクロエ・ジャオという中国出身女性が監督したのも象徴的だ。彼女はスピーチで中国の詩を引用し「人間は生まれた時は皆本質的に良い人だと信じている」と語った。

■「あらゆるヘイトを拒絶しよう」

俳優・プロデューサーとして数々の黒人主役映画を製作、慈善家でもあるタイラー・ペリーの言葉も今年のオスカーを象徴している。ジーン・ハーショルト人道賞を受賞した際のスピーチで、「すべてのヘイトを否定しよう、白人だから、黒人だから、LGBTだから憎むことを否定しよう。アジア人だから、警官だからといって憎むことを拒もう」と述べた。

さらにこうも付け加えた。「この賞を、“真っただ中にいる人”に捧げたい。どんなに壁が高くてもそれを超えて対話を始めることが、何かを変えるきっかけになる」

コロナという人類未曾有の危機と、BLMというアメリカを揺るがす社会運動を受けて行われたオスカーは、俳優やクリエイターたちの思いを静かに発信して幕を閉じた。これが来年にどうつながっていくかは、私たち受け手がどんな映画を望むかにかかっている。

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シェリー めぐみ(しぇりー・めぐみ)
ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家
早稲田大学政治経済学部卒業後、1991年からニューヨーク在住。ラジオ・テレビディレクター、ライターとして米国の社会・文化を日本に伝える一方、イベントなどを通して日本のポップカルチャーを米国に伝える活動を行う。長い米国生活で培った人脈や米国社会に関する豊富な知識と深い知見を生かし、ミレニアル世代、移民、人種、音楽などをテーマに、政治や社会情勢を読み解きトレンドの背景とその先を見せる、一歩踏み込んだ情報をラジオ・ネット・紙媒体などを通じて発信している。

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(ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家 シェリー めぐみ)

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