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「公務員なら60歳以降も給与7割」露骨な"官高民低"を放置していいのか

プレジデントオンライン / 2021年5月13日 11時15分

閣議に臨む(左から)小此木八郎国家公安委員長、赤羽一嘉国土交通相、茂木敏充外相、菅義偉首相、麻生太郎副総理兼財務相、河野太郎行政改革・規制改革担当相、田村憲久厚生労働相=2021年4月13日、首相官邸 - 写真=時事通信フォト

■70歳までの雇用はあくまでも努力義務

4月1日、「改正高齢者雇用安定法」が施行された。70歳までの就労機会確保を企業の努力義務とするもので、これを受けて4月から雇用年齢を70歳までとする企業が相次いだ。

そんなニュースを眺めていれば、いよいよ「70歳雇用時代」が現実になったように思うかもしれない。だが、70歳までの雇用はあくまでも努力義務であり、法的な強制力はない。いわば、制度の思いだけが発進したにすぎない。

一部の大企業を除き、多くの企業の労働者には「70歳雇用時代」は非現実的だろう。

■公務員は2031年度に65歳定年、給与は7割水準で支給

一方、政府は国家公務員の定年を現在の60歳から段階的に65歳に引き上げる国家公務員法改正案を4月13日に閣議決定した。検察幹部の定年延長などを絡めたために一度は頓挫していたものだ。

国家公務員法改正案が今国会で成立した場合、2023年4月から2年ごとに現在60歳の定年年齢を1歳ずつ引き上げ、2031年度に65歳に引き上がる。給与について60歳以降は当分の間、それまでの7割水準で支給するとしている。

また、定年延長が現役世代の昇進を妨げる要因になるとの懸念に対しては、60歳に達した時点で管理職のポストから外れる「役職定年制」を採用する。ただ、例外規定として60歳以降も管理職で業務を続けられる特例も設けるという内容だ。

国家公務員法が改正されれば地方公務員法もそれに倣う手はずになっており、自治体職員も連動して定年年齢が延びる。

■民間に合わせるはずなのに「官優遇」の制度設計

国家公務員、地方公務員ともに65歳までの定年延長が実現するとなれば、民間企業の今後の定年延長に向けた人事制度の刷新に大きなインパクトを及ぼす。それだけにシニア層雇用促進の梃子になると、国家公務員法改正案を「70歳雇用時代」に向けて前向きに評価する向きもある。

しかし、国家公務員法改正案が示した内容は、民間企業のシニア層雇用の実態とあまりにもかけ離れており、「官優遇」の姿が明らかな制度設計となっている。

改正高齢者雇用安定法に基づく努力義務で「70歳雇用時代」などと言っても、現実的には、民間の定年は、まだ60歳が圧倒的だ。その中で官が先駆けるシニア層雇用の構図は、「官高民低」の歪みを生みかねない。

そもそも人事院勧告は国家公務員の給与や賞与などの待遇については民間の実績に基づき、それに合わせるのが基本原則とされているはずだ。

■民間の65歳雇用確保の実態は給与の大幅ダウンと嘱託雇用

確かに、民間企業の場合も、現状で65歳までの雇用確保が法的に義務づけられている。ただ、60歳定年制が圧倒的多数を占める現実において、企業は、定年以降は嘱託社員として再雇用しているにすぎない。給与水準は現役時代から大幅にダウンし、半減さらにはそれ以下といった実態がある。

ベンチに座っている落ち込んだアジアの実業家
写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

もちろん国家公務員の65歳定年延長と民間の嘱託再雇用とを単純に比較することは難しい。しかし、65歳定年延長によって60歳以降の国家公務員の給与を7割水準に据える法案を、「民間並み」とする人事院の主張は、あまりにも民間の実態とかけ離れている。明らかに「官優遇」との指摘がそのまま当てはまる。

その意味で、国家公務員法改正案で示された65歳定年への引き上げについての制度設計は基本を逸脱しているといわざるを得ない。

政府はこの点を「公務員制度が先行して高齢者雇用の環境を整備して、官が民間を主導する必要性がある」と正当化する。ただ、コロナ禍にあっても国家公務員の給与が目減りすることはなく、雇用も守られる。

■ダイキン工業、アサヒは「嘱託」で再雇用

これに対し、民間の労働者、特に中小企業では給与が減り、雇用の維持すら危ぶまれる厳しい環境に置かれているところが多い。コロナ禍に翻弄されているこのタイミングに、国家公務員の定年を延長し、シニア層雇用に「官高民低」の構造を生む国家公務員法改正案。これに合理的な理由は乏しく、国民の理解を得られるかと言えば、大いに疑問は残る。

実際、現状で民間は60歳定年制を採用する企業が圧倒的に多く、シニア層を正社員に抱え固定費が膨らむ定年延長には二の足を踏んでいるのが実態だ。改正高齢者雇用安定法の施行に沿って企業が打ち出した70歳までの雇用を確保する人事制度にしても、ほとんどは定年後に嘱託社員として再雇用するケースが多い。

この4月にシニア層の継続雇用で人事制度を刷新したダイキン工業、アサヒグループホールディングスはいずれも従来65歳だった上限を、改正高齢者雇用安定法の施行に沿って、最長70歳まで引き上げた。しかし定年延長でなく、両社ともに嘱託社員としての再雇用の形で就労機会を確保するにとどまった。

アサヒグループホールディングス
写真=iStock.com/Starcevic
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Starcevic

■サントリー、明治安田生命も定年延長ではなく嘱託再雇用

2019年度に生命保険大手でいち早く65歳定年制を導入した明治安田生命保険もこの4月に、併設する60歳以降の嘱託再雇用を65歳から最長70歳に引き上げた。

同じくすでに65歳定年制を導入しているサントリーホールディングスも2020年4月に定年を迎えた後も70歳まで働ける再雇用制度を設けた。

65歳定年でシニア層雇用の先を行く明治安田生命、サントリーにしても、一気に70歳までの定年延長には踏み込むわけにはいかなかった。

改正高齢者雇用安定法が企業に課す70歳までの就労機会の確保をクリアするには定年廃止、定年延長、再雇用延長などいくつかの選択肢はある。

確かに、YKKグループのようにこの4月から正社員の定年を廃止した例はあるものの、多くの企業は固定費増で財務負担を避けるため再雇用を選ぶとみられる。

■「現時点で対応は考えていない」が32.4%

一方で、70歳までの継続雇用の形態として改正高齢者雇用安定法が定年廃止、定年延長、再雇用に加えて掲げた、「希望者と70歳まで継続的に業務委託契約を結ぶ場合」と「企業が関わる社会貢献事業に従事する」という選択肢を労働者保護の観点から問題視する専門家らもいる。

この場合はいわばフリーランスのように企業との雇用関係は切れ、法律による労働に対する保護が及ばなくなる恐れがある。嘱託での再雇用にしても1年ごとの契約であり、改正高齢者雇用安定法によってシニア社員が必ずしも70歳まで安心して長く働ける環境が守られるわけとはいかない。

こうした問題点もあり、企業は改正高齢者雇用安定法が企業に求める70歳までの雇用機会確保に対する努力義務に困惑しているのが実態だろう。帝国データバンクが2月に実施した調査によると、社員の70歳までの就労機会確保に「継続雇用制度」の導入を挙げた企業は25.4%だったのに対して、「現時点で対応は考えていない」が32.4%とこれを上回り、「分からない」の14.9%を含めると、調査結果からは「企業が対応を決めかねている様子がうかがえる」(帝国データバンク)。

■高齢者の就労機会確保まで手が回らない中小企業

改正高齢者雇用安定法には法的強制力がないうえに、社会保障財源確保といずれやって来る年金支給開始年齢の引き上げを視野に入れた政府に「押し付けられた努力義務」との意識が企業側に働いている結果かもしれない。

帝国データバンクの調査の有効回答は1万1073社でうち中小企業が8割超の9143社を占める。採用難の中小企業にあっては人手不足や技術伝承の面から前向きに高齢者雇用を実施している企業もある。

ただ、帝国データバンクの調査レポートによると、高齢者の体力、健康などを考慮すると「業種や業態にもよりさまざまであり、一括りに70歳までの就業機会を確保するのは厳しいのでは」といった声が多数みられたという。

それ以上に、コロナ禍に見舞われ事業の維持・継続に懸命な中小企業だけに、高齢者の就労機会確保まで手が回らないというのが確かな実情だろう。大企業ですら業種によっては雇用確保もままならない中にあって、中小企業ならなおさらだ。

■「70歳雇用時代」はこの先の道筋すら見えない

膨らみ続ける社会保障費を現役世代の負担だけに頼る構図はすでに限界にきている。

今は企業の「努力義務」にとどまる70歳までの雇用機会確保がいずれ法的強制力を持って義務付けられるのは目にみえている。しかし、改正高齢者雇用安定法の施行に伴う民間企業の対応を見る限り「70歳雇用時代」は、ようやくとば口に立っただけで、道半ばどころか、この先の道筋すらも見えない。

成立を視野に入れた国家公務員法改正案によって「官高民低」を「官が民間を主導する」と正当化する理屈で突き進むシニア層雇用促進が、さらに官民格差を広げる「歪み」になりはしないか。

政府は65歳定年制を民間に先駆けて実施するなら、「官優遇」の批判を正面から受け止め、民間を主導できるだけの説得性を備えた制度設計を明確に示す責務がある。

(経済ジャーナリスト 水月 仁史)

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