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「覚せい剤中毒より治療が困難」普通の人を薬物依存に陥らせる"あるクスリ"

プレジデントオンライン / 2021年5月22日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

薬物依存患者の半数は、違法薬物ではなく処方薬の依存症を抱えている。精神科医の松本俊彦氏は「ベンゾジアゼピン受容体作動薬などの処方薬の依存症は治療がむずかしい。精神科医の気軽な処方が患者を増やしている」という――。(第2回/全2回)

※本稿は、松本俊彦『誰がために医師はいる――クスリとヒトの現代論』(みすず書房)の一部を再編集したものです。

■精神科医がやってしまいがちな「ドリフ外来」

以前、尊敬するベテラン心理士からこういわれた。

「精神科医は薬を出すから、いつまで経っても心理療法がうまくならないのよ」

彼女はいつも精神科医に手厳しいが、このコメントもその例に漏れなかった。私は、「ですよねえ……」と曖昧(あいまい)に濁すほかなかった。

たしかにその通りだったからだ。「では、お薬を調整しておきますね」「お薬を追加しておきましょう」――こういった言葉で、出口の見えない診察室でのやりとりを強制終了する。問題は何も解決していない。

医師として前向きな姿勢を失っていないことを患者に示しつつ、ただ時間稼ぎをしているだけだ。そんなやりとりをこれまで何百回、いや何千回も行ってきたことか。

かつて私は、わが国の精神科医療をこう評したことがある。曰く、「ドリフ外来」。つまり、「夜眠れてるか? 飯食べてるか? 歯磨いたか? じゃ、また来週……」といったやりとりで、次々に患者を診察室に呼び込み、追っ払う。そのありさまを、ドリフターズの『8時だョ! 全員集合』のエンディングのかけ声になぞらえたつもりだった。

これは批判であると同時に自虐でもあった。弁解を許してもらえば、何もすべての患者にそうしているわけではないのだ。

日に50人診察するとして、そのうちの何割を「ドリフ外来」的にサクッと捌(さば)けるかで、その日の診療で重症者にどれだけ時間とエネルギーを割けるかが決まってくる。だから、患者によって緩急つけながら自分の外来診療を進めていくのは、業務マネジメント上、やむを得ないことなのだ。

とはいえ、これは容易ではない。

■つい口に出てしまう「お薬を調整しておきましょう」

医師にとってはその日の50分の1の相手だとしても、患者にとって主治医は一人だ。

しかも、2~4週間という期間待ちつづけ、期待を膨らませて診察にたどり着いている。それなのに、こちらが平均的な再診患者に割くことのできるのは5~10分だ。患者が抱えている問題の多くは未解決のまま先送りとなる。

そんなとき、今日のところは矛を収めてもらおう、いったん兵を引いてもらおうとして、つい口に出てしまう言葉が、「お薬を調整しておきましょう」なのだ。たとえるならばそれは、激しい連打に耐えかねたボクサーが反射的にしてしまうクリンチに似ている。

断言できることがある。おそらく私は薬をいっさい処方しない精神科医にはなれない。もちろん、できるだけ無駄な処方は避けるべきだと思っているし、そもそも、薬物依存症治療が専門である以上、患者に薬を出すよりも薬をやめさせることのほうが多い。

しかしそれでもやはり、まったく薬を使わないことはできないと感じているのだ。なぜか。

ここからはじめよう。処方薬の話だ。

■“薬物依存”の半数は処方薬に対する依存が占めている

精神科医としてどんな患者が一番好きかと問われたら、私は迷うことなく「覚せい剤依存症」と答えるだろう。

決して犯罪行為を肯定するつもりはないが、法の一線を越えた彼らには、アルコールや処方薬、市販薬の依存症患者にはない独特の潔さ、すがすがしさがある。

およそ10年前、私は、「覚せい剤依存症?」と表情を曇らせる病院幹部の懸念をよそに、現在の所属施設で薬物依存症専門外来を開設した。その理由は、まさに「思う存分、大好きな覚せい剤依存症患者を診たい」との思いからだった。

しかし、実際に診療を始めると、いささか期待外れな事態に直面した。というのも、たしかに多くの覚せい剤依存症患者が受診してくれたものの、それは全体の半分にすぎなかったからだ。

残りの半分は、処方薬(その大半は、エチゾラムやフルニトラゼパム、トリアゾラム、ゾルピデムといった、ベンゾジアゼピン受容体作動薬として分類される睡眠薬や抗不安薬だ。ここでは略して「ベンゾ」と呼んでおきたい)の依存症患者だった。

当時、ベンゾ依存症患者は薬物依存症外来の新興勢力であり、「わが国伝統の乱用薬物」である覚せい剤の依存症患者と比べると、さまざまな点で違っていた。

たとえば、学歴が高く、犯罪歴を持つ者が少ないなど、一般の人と変わらない生活背景を持ち、何よりも、薬物依存症とは別に、うつ病や不安障害といった精神障害を併存する者がとても多かった。

もっとも注目すべき特徴は、依存形成の心理機制(*)だった。

(*)編集部註:受け入れがたい状況になった場合に、そのことによるストレスを軽減しようとする無意識的な心理メカニズム。

■「苦痛の緩和」を求めるベンゾ依存症患者

覚せい剤依存症患者の多くは、「刺激を求めて」「(友人や恋人に)誘われて」など、刺激ないしは快楽希求的な動機、あるいは、人との親密な関係を契機として乱用を始めていたのに対し、ベンゾ依存症患者は、「不眠や不安を軽減するために」「抑うつ気分を改善するために」といった意図から、単独で使いはじめているのが特徴だった。

このことは二つの重要な事実を示唆していた。

一つは、ベンゾ依存症患者は決して「快感」を求めて薬物を乱用しているのではなく、あくまでも「苦痛の緩和」を求めて薬物を乱用している、ということだった。

これは、たとえ快感を引き起こさなくとも、苦痛緩和の作用さえあれば、人は依存症に罹患しうることを意味する。いや、快感ならば飽きるだろうが、苦痛緩和となると飽きるわけにはいかない。自分が自分でありつづけるためには手放せないものとなる。

もう一つは、この「苦痛の緩和」をしてくれる薬物を最初に提供した人物が、しばしば精神科医である、ということだった。事実、私の調査では、ベンゾ依存症患者の84パーセントは、併存する精神障害の治療を受けるなかで依存症を発症していることがわかっている。

これは悩ましい問題だった。というのも、医師のミッションはいうまでもなく患者の苦痛緩和にあるが、そのミッションに忠実であろうとする善意が患者を依存症に罹患させることを意味するからだ。

非常に疲れている男性医師
写真=iStock.com/makotomo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/makotomo

依存症に陥る機制はさておき、ベンゾ依存症患者の治療は実に手がかかる。覚せい剤依存症患者の少なくとも倍は手がかかるといってよいだろう。

理由は三つある。

■自己判断で中断すれば重篤な離脱症状を起こすことも

第一に、併存する精神障害のせいで、いっさいの精神科治療薬をやめるという選択肢がとれないことだ。

通常、ベンゾを比較的依存性の低い別の薬剤(抗精神病薬や抗うつ薬)に切り替えて精神症状をコントロールすることを試みるが、副作用の問題からそれがむずかしいこともある。そうした場合、ベンゾを規定用量内まで減らしたうえで、医師の管理下で継続服用をさせるという選択肢をとらざるを得ない。

その治療目標の奇妙さは素人でもわかるだろう。たとえば、アルコール依存症患者に「焼酎はやめてビールだけにしなさい」と、そして、覚せい剤依存症患者に「覚せい剤は注射で使わないで、アブリ(加熱吸煙)で使うようにしなさい」と指示する治療は想像できるだろうか。

けれども、ベンゾではときとしてそれをやらないといけないのだ。

第二に、入院が必要ということだ。意外に思うかもしれないが、典型的な覚せい剤依存症の治療は、外来通院だけでこと足りる。

覚せい剤には離脱症状がほとんどないからだ(その分、なかなか「懲りない」という問題はあるが)。ところが、ベンゾは連用で耐性が生じやすく、乱用期間が長いケースでは、急な中断により重篤な離脱症状を呈しやすい。

■12カ所の通院先を抱える「薬中心の生活」

実際、典型的なベンゾ依存症患者は、ベンゾの錠剤を、それこそ「FRISK」感覚で日に数十錠も口のなかに放り込む生活を送っている。もしもこの状態にある人が自己流で断薬すれば、かなりの確率でてんかん発作のように危険な離脱が出現するはずだ。

ベッドで自分の膝を抱いて座っている女性
写真=iStock.com/bunditinay
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bunditinay

だから、減薬は入院してもらい、医学的管理下で行わなければならない。具体的には、これまで服用していたベンゾと同じ量を、もっと血中半減期の長い、「切れ味の鈍い」ベンゾで置き換え、しかもすべて散剤化して、小刻みかつ慎重に減量していくことになる。

そして最後に、ほかの医療機関との調整をしなければならないことだ。典型的なベンゾ依存症患者は、平均して12カ所の通院先を持っている。週3回異なる医療機関に受診し、その都度1カ月分の処方を受け、翌週はまた異なる医療機関3カ所だ。それをひと月に4セットくりかえす。それはそれで多忙な、文字通り「薬中心の生活」といえよう。

■時間も手間もかかるベンゾ依存患者の治療

入院期間中に、そのような「売人」的医療機関と縁切りをしておくことはきわめて重要だ。入院中にせっかく減薬しても、退院後に再びそうした医療機関で処方を受けてしまえば、それこそ元も子もない。

そのような事情から、患者に入手元の医療機関名を教えてもらい、患者の許可を得て、「当該患者はベンゾ依存症で現在治療中です。今後は受診しても絶対にベンゾを処方しないでください」と、医療機関にお願いの手紙を出すのだ。

外来で処方できる規定範囲の量まで減薬ができたら、そこでようやく治療の場を入院から通院へと移すことができる。処方は依然として散剤のままだが、通常、乳糖粉末で薬袋を膨らませ、過量摂取しにくい工夫を施し、さらにゆっくり減薬していくことになる。

このような具合に、ベンゾ依存症の治療は細々と手がかかる。ちなみに、ベンゾ依存症治療を数多く手がける知人の依存症専門医は、こうした減薬治療のことを「ベンゾ掃除」と呼んでいた。その際、彼が見せたうんざりしたような表情はいまでも記憶のなかで鮮明だ。

ベンゾ依存症患者は、2000年以降、薬物依存症臨床の場で目立ちはじめたが、この世紀の変わり目の年は、精神医学にとってさまざまな意味で分岐点であったと思う。

■「うつは心の風邪」が変えたもの

一つは、新しい抗うつ薬の登場だ。1999年に最初の選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)であるフルボキサミンが、そして続く2000年にはパロキセチンが国内上市された。従来の三環系抗うつ薬に比べて副作用が少なかったことから、精神科医はそれまでよりも気軽に抗うつ薬を処方できるようになった。

それから、すでに多くの識者が指摘している通り、製薬会社による、「うつは心の風邪」というキャッチコピーを用いた新薬プロモーションは、人々の精神科受診に対する抵抗感を緩和し、確実に精神科医療ユーザーの裾野を広げたことは想像に難くない。

新しい抗うつ薬とベンゾ問題とを関係づけるのは奇妙に感じられるかもしれないが、抗うつ薬とともにベンゾを処方するという精神科医療の古い慣習が無視できない影響を与えていたと思う。

ともあれ、こうした変化は、依存症外来におけるベンゾ依存症患者を増加させただけでなく、救命救急医療現場における過量服薬患者を増加させて、精神科医は救命救急医から顰蹙(ひんしゅく)を買うこととなった。

というのも、過量服薬患者のほぼ全例が精神科通院中だったからだ。実際、私は、ある救命救急医からこう吐き捨てるようにいわれたことがある。「私は精神科患者が嫌いだが、精神科医はもっと嫌いだ」

■時代の変化に後れをとった精神医学の現場

精神科医は明らかに時代の変化に後れをとっていた。精神医学の中心的疾患は依然として統合失調症であり、それゆえに治療論はともすれば、「まずは薬物療法」だった。

そのような臨床現場では、精神科医の腕の見せどころは、病識を失い、被害妄想の影響で極端に猜疑(さいぎ)的になっている統合失調症患者に、決して強制ではなく、説得によって服薬に応じてもらう場面だった。

だから、駆け出しの精神科医は、郊外の精神科病院で統合失調症治療の修行をし、「薬を飲ませる技術」を磨くことに専心したわけだが、その熱意に比べると、薬物のやめ方には驚くほど無関心だった。

松本俊彦『誰がために医師はいる クスリとヒトの現代論』(みすず書房)
松本俊彦『誰がために医師はいる クスリとヒトの現代論』(みすず書房)

それはおそらく、統合失調症は慢性疾患であり、治療薬の服用は生涯継続されるべきという考え方を、多くの精神科医が無邪気に信じていたせいだろう。

そして世紀の変わり目が近づくころ、修行を終えた精神科医たちが、郊外の精神科病院を抜け出して、大挙して都市部駅チカにパラシュートで降り立ち、「メンタルクリニック」という店を開きはじめたのだ。

しかし不幸にも、すでに彼らの技術は患者の病態にマッチしなくなっていた。外来に押し寄せた患者は、統合失調症患者ではなく、これまで精神科医療にアクセスしてこなかった層だったからだ。

その多くは、仕事の問題、家族関係の問題、込み入った恋愛の悩みなど、薬だけでは解決できない問題を抱えていた。そこで医師が、自慢の「薬を飲ませる技術」だけを発揮したならば、どのような結果になるのか――それは推して知るべしというほかない。

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松本 俊彦(まつもと・としひこ)
精神科医
国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部部長 兼 薬物依存症治療センターセンター長。医学博士。1967年生まれ。93年佐賀医科大学医学部卒業。横浜市立大学医学部附属病院などを経て、2015年より現職。近著に『薬物依存症』(ちくま新書)がある。

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(精神科医 松本 俊彦)

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