「女性総合職は増えた、"男性の一般職"がもっと増えていい」男性学の権威がそう主張する深い理由
プレジデントオンライン / 2021年5月25日 8時15分
■男性は総合職であるべきという思い込み
少し前、大手総合商社の丸紅が総合職新卒採用で「女性半数」を打ち出して話題になりました。従来は、男性は総合職、女性は一般職という採用方法が主流でしたが、近年は職種におけるこうした性別分業は少しずつ崩れ始めています。
これは、女性の選択肢が広がるという意味でとてもいいことだと思いますが、逆に男性の選択肢はどうでしょうか。この点を考えてみると、やはり男性の職種はいまだに総合職が「普通」で、一般職は決して選びやすい選択肢とは言えないように思います。
日本には、「男性は総合職であるべき」という固定観念が根強く残っています。多くの親は、娘が大企業に勤務する男性を結婚相手として連れてきたら歓迎するでしょうが、その男性が一般職だったら難色を示すのではないでしょうか。本人たちも、親の反応を気にして何となく引け目を感じてしまうかもしれません。
■男性一般職にある“引け目”の正体
こうした状況は問題だと思います。職種も配偶者も、選ぶ上でいちばん大事なのは本人の納得感で、この時に周囲を気にすると選択肢が減ってしまいます。本来、理想的なのは、誰もが自分が選んだ道を自信を持って歩める社会です。なのになぜ、男性一般職には引け目のようなものがつきまとうのでしょうか。
一つには、まだ人数が少なく「珍しい選択肢」として見られるからです。人数が増えていけば、女性にとっての総合職と同様に「普通の選択肢」になるはずですが、現状はそうは進んでいません。
■なぜほかの選択肢が目に入らないのか
今は、企業が人材を募集する際に性別を明記してはいけないので、表面的には男女ともどちらの職種にも応募できるようになっています。しかし、男性は以前と変わらず総合職に応募するのが「普通」で、一般職を希望する人はほとんどいません。
これは、やはり男性は「生涯にわたって働かねばならない」という思いが強いせいだと考えられます。将来は結婚して家族を養うことを前提に、それだけの収入や昇給が見込める職種に就くべきだと思い込んでいるのです。
これは思い込みというより、何も考えていないと言ってもいいかもしれません。ひたすらにそこへ向けて歩んでいるだけで、それが自分に合っているのかどうか、本当にそうした生き方を選びたいのかどうかは考えていない──。人生にはほかの選択肢もあるのに、まるで目に入っていないように見えます。
■男性に何も考えさせない日本社会
男性一般職が少ないのは、それを選択する男性が少ないからで、その原因は「男は家族を養うべき」という思い込みにあると言えるでしょう。しかし、無理して自分一人で養おうとしなくても、今は共働きという選択肢もあります。なのに、日本社会の思考も男性自身の思考も、なぜか「養うのは男の責任」というところで止まったままなのです。
これは常々感じていることなのですが、日本社会は、男性に何も考えさせないことで回る仕組みになっているように思います。毎日満員電車に乗って通勤し、家族を養うために人生の大半を仕事に費やす。楽しい生き方とは言いがたいのに、なぜこれが「普通」になってしまっているのでしょうか。
日本には、男性にこうした生き方に対する疑問を持たせない仕組みがあるような気がします。例えば、多くの男性は小さい時から暗に「競争に勝てないと幸せになれない」と言われて育てられます。すると、自分が何をしたいかよりも、他者に勝つことを優先する思考がつくられてしまいます。なぜ働きたいのか、なぜ出世したいのかは考えず、「勝つこと」が習慣になってしまうのです。
■「男だろ!」に感じる違和感
今年の箱根駅伝では、逆転優勝した駒澤大学の監督が「男だろ!」という言葉で選手を励ましていました。SNS上では女性差別だという意見も出ていましたが、私が特に興味深く思った点はそこではなく、今ここで選手たちが勝たねばならない理由が「男だから」になっているということでした。
こうした思い込みは、男性にとっては間違った男らしさに、女性にとっては競争相手から排除されることにつながるもので、男女どちらにも有毒になりえます。最近、よく話題になっている「有毒な男らしさ」という言葉は、この点をよく表していると言えるでしょう。
■つらさを生み出す「有毒な男らしさ」
男性学では、男性が男らしさを証明する方法には「達成」と「逸脱」の2パターンがあるとされています。前者は一流企業への就職や出世などいわゆる社会的地位の達成を指し、後者は荒れる成人式や働きすぎ自慢のように、一般から外れた行動によって自分のすごさをアピールするものです。
私の考えでは、より問題が大きいのは「達成」のほうです。日本では、男女とも男らしさのあかしとして男性に勝利や出世を求めがちですが、これらを人に課すことの有毒さはあまり知られていません。常に勝たねばならないというプレッシャー、そして達成できなかった時の挫折感は、実はその人の人生を台無しにしかねないほど有毒なのです。
負けたら途方もない挫折感を味わい、勝ってもその地位で特にやりたいこともなく充実感を味わえない──。男性には、そんな生き方が自分にとって本当にいいのかどうか、一度立ち止まって考えてみてほしいのです。
■立ち止まるという選択肢を知らない男性たち
男性は、一度社会に出ると立ち止まる契機がほとんどありません。女性は妊娠・出産すれば一時的に立ち止まらざるを得ませんし、それがなくても子どもをほしいかどうかなど、自分の生き方を真剣に考える時期を経験する人が多くいます。
しかし、男性にはそうしたライフイベントが少ないため、大多数の人が立ち止まるという選択肢を知らないまま働き続けています。ある段階で意図的に立ち止まれば、自分の生き方を問い直す余裕も生まれ、その中で一般職という選択肢も見えてくるのではと思います。
一般職には、総合職よりチャレンジングではない、上を目指している印象が薄いというイメージがあるかもしれません。けれど、それを男らしいかどうかという観点で語るのは、もう終わりにすべきではないでしょうか。
男性が勝利を目指していないことに対して失望感を抱くような社会は、男女どちらにとっても有毒になりえます。男性でも女性でも、一般職でも総合職でも、「その職種を自分で選んだ」という点をもっと評価すべきだと思います。
■女性総合職同様、男性一般職も増えるのが理想
その意味では、一般職と総合職の行き来ができない仕組みも問題だと考えています。人生はそう予定通りには行きませんから、ずっとフル回転で働き続けるのは無理があります。ある時期は仕事に全力を注ぎ、ある時期は時間的余裕のある働き方をするというように、その時々で自分に合った職種を選べるようにすべきではないでしょうか。
いちばん望ましいのは、男性一般職も女性総合職と同じように増えていくことです。企業も社会も、誰もがその時々に納得のいく生き方や働き方ができるように、さまざまな選択肢を用意していくことが大事だと思います。
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大正大学心理社会学部人間科学科准教授
1975年生まれ。博士(社会学)。武蔵大学人文学部社会学科卒業、同大学大学院博士課程単位取得退学。社会学・男性学・キャリア教育論を主な研究分野とする。男性学の視点から男性の生き方の見直しをすすめる論客として、各メディアで活躍中。著書に、『〈40男〉はなぜ嫌われるか』(イースト新書)、『男がつらいよ 絶望の時代の希望の男性学』(KADOKAWA)『中年男ルネッサンス』(イースト新書)など。
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(大正大学心理社会学部人間科学科准教授 田中 俊之 構成=辻村 洋子)
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