正体を隠して加齢臭を嗅がせると、8割の人が「臭くない」と答えるワケ
プレジデントオンライン / 2021年6月4日 9時15分
■記憶に残る場面は匂いとともにあり
食事の香り、好きな香水、自宅の匂い……私たちは常にたくさんの「香り」に囲まれて生活している。
そして香りと、それを感じた場面の「記憶」は密接に関係している。
例えば、牡蠣を食べてお腹をくだした経験があると、その後に牡蠣の匂いを嗅ぐたびにつらさが蘇るだろうし、仲間とポップコーンを食べながら楽しい映画を見たのなら、ポップコーンの匂いでその時の一場面が浮かぶ。恋人が身にまとう香水と近い匂いに接すれば、その人のことを思い出すだろう。
だが、今の生活を振り返ってみてほしい。コロナ禍でオンライン化が進み、人とのふれあいが極端に減った。それによりあなたの“記憶に残る場面”は、少なくなっていないだろうか。
香りを科学的に研究する東京大学大学院農学生命科学研究科の東原和成教授は「視覚のみでなく、五感を使って取り入れた情報のほうが記憶がより強固になる」と説明する。
「オンラインでの会話は、どのような空気が流れているのか、どのような匂いなのか、視聴覚以外の感覚を相手と共有できません。すると会話をした相手も、その内容も、記憶に残りにくいのではないかと考えています」
■そもそも私たちはどのように香りを感じるのだろうか
たしかに私の場合は取材に置き換えると、それを実感する。今回、東原教授の研究室にお邪魔したが、〈取材日はコートが必要な気候、古い建物の中にあった研究室、研究室で嗅いだ匂い〉とともに、〈話した内容、会話に沿った東原教授の表情〉が鮮明に思い出される。ところが、電話やリモートによる取材では「誰と何を話したか」は覚えていても、その“深い感じ”は記憶に残りにくい。取材日が、暑かったか寒かったかどうかさえも、はっきり思い出せないのだ。
「“脳の緊急事態宣言”を出す事態だと感じる」と、東原教授が続ける。
「五感すべてをバランスよく使って情報を取り入れ、適切な行動を取るのが人間らしさだと思います。ところが今は皆がマスクをしているため相手の顔色が読み取りにくい。口の動きが見えないので言葉のニュアンスを感じにくい。視覚情報としても“目”しか見えないから情報が十分にない。となれば読み取る力が育まれません。特に子供たちの行く末を感じると、人間としてのコミュニケーション能力が育たないのではないかと危機感を感じます」
そもそも私たちはどのように香りを感じるのだろうか。
「鼻の奥には嗅覚受容体という香りを感じるセンサーたんぱく質(香りセンサー)が存在します。センサーは約400種類。そこに香り物質が『はまる』と、香り情報が脳に送られます」(同)
香りの情報が脳に入ると、前頭眼窩野(がんかや)や扁桃体、海馬へと伝わり、「好き? 嫌い?」「過去に嗅いだことがある?」などと判断される。400種類の香りセンサーと、香り物質の組み合わせで、私たちは何万種類もの香りを嗅ぎ分けられるのだ。甘み、酸味、苦み、塩味、うまみの大きく5種類に分けられる「味覚」と違い、香りは無限にあるといわれている。
しかし視覚や聴覚(言語)に頼る情報化社会の中で、私たちは香りを“情報”で判断しやすく、本能的な嗅覚感覚はえてして封印されている。
「情報で判断するとは、同じ匂いでも『納豆の匂い』と言われれば大丈夫なのに、『足の匂い』と言われたら途端に嫌になるような感じです」と東原教授。
読者が気になるであろう「加齢臭」も、そうと告げずにブラインドでその臭いを嗅がせると、「好きでも嫌いでもどちらでもない」人が8割という。要するに“臭くない”のだ。人の体臭そのものも、ブラインドで嗅げば「安心感を得られるもの」なのだとか。
「花や柑橘系とは違って人の体臭は“動物的な匂い”。本質的には、“人間臭がする”ことで、むしろ仲間がいるという安心感につながっているのです。緊張すると鼻に手をもっていくことがあると思いますが、あれも自分の匂いを嗅いで安心させているのです」
■上手に香りを使えばテレワークも捗る
コロナ禍の今だからこそ、自分を癒やしたいときに香りを選ぼう。薬剤師で「自然療法学校マザーズオフィス」講師である久保田泉氏は、「セルフケアの手段としてエッセンシャルオイル(精油)を活用してほしい」と話す。好きな精油をティッシュに数滴垂らして部屋に置いたり、使用するマスクにひと振りしても。
「無香料のバスミルクか植物油に精油を1~5滴くらい加えたものを浴槽に入れ、“香りつきお風呂”に入浴するのもいいでしょう。マカデミアナッツ油やホホバ油などで精油を約1%の濃度(小さじ1杯に精油1滴程度)になるよう薄めて自分の手に塗ったり、体をトリートメントするのもお勧め。瀬戸内海の柑橘や北海道のハッカなど、ある地域を連想させる香りを嗅いで、国内旅行をしたような気分になるのも楽しいですね」
香りは、人とつながる手段にもなる。
「離れたところにいる大切な人に香り付きのお便りをするんです。『庭に咲いていたよ』と植物の花や葉を添えるのもよし、ムエット(試香紙)に付けた精油を同封してもよし」(久保田氏)
100%天然のものから作られた精油に対し、人工的に作られた香水が良くないかというと、そんなことはない。久保田氏は「食べものでも精油でも香水でも、極端な話、芳香剤でも、香りを大切にする生活は脳を喜ばせる」と話す。
“気持ちの切り替え”にも、香りが使える。特にテレワークで平坦な日々になりがちな会社員は、要所要所で使う香りを自分で選択しておくのだ。
「仕事前に必ずコーヒーを飲むなら、コーヒーの香りが仕事に入るスイッチになりやすい。一例として、朝起きたときはレモンなどの刺激のある香りを、商談の前には集中力を高める木の香りを、仕事を終えたときのスイッチオフにはラベンダーなどを嗅ぐ。シーンに応じた香りを自ら選択していけばいいと思います」(東原教授)
このときに気をつけたいのは、自分にとって嫌なにおいはストレスになるということだ。例えば私は安眠できる香りとして代表的なラベンダーの香りがあまり好きではないが、それを無理して好きになる必要はないという。東原教授によると「香りの好き嫌いは、胎児期の記憶をはじめ、それまでの経験や、そのときの体調などで個人差がある」という。
大切なことは嗅覚を最大限働かせ、自分にとって心地よい香りを見つけ、味わうこと。鬱々と平坦になりがちな日々を、好きな香りを嗅いで少しでも華やかに彩りたい。
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ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)など。
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(ジャーナリスト 笹井 恵里子 写真=PIXTA)
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