「畳の上で死にたい」93歳の独身男性が"おひとりさま在宅死"で大往生するまで
プレジデントオンライン / 2021年5月28日 15時15分
※本稿は、中村明澄『「在宅死」という選択』(大和書房)の一部を再編集したものです。
■今の日本の医療保険と介護保険は、基本的によい制度
ひとり暮らしだと自宅で最期を迎えるのは難しいと思われがちですが、ある程度の覚悟と周りの理解があれば、おひとりで最期まで自宅で過ごすことは可能です。
まず、ひとり暮らしといっても、ご家族が近くにいるのか、遠くにいるのか、あるいは天涯孤独なのかという違いがあります。また、物理的な距離だけでなく、ご家族との関係がどのような距離感かによっても、その可能性が変わってきます。
何より、ひとり暮らしのご本人がどんなに在宅死を希望していても、ご家族から却下されてしまうことがあります。やはり、「ひとりのときに何かあったら」と心配だからでしょう。また在宅医療や在宅ケアの実状を知らないがために、「自宅で大丈夫なの?」という不安もあるのだと思います。
けれども、誰も手伝うご家族がいないという場合でも、天涯孤独な方でも、自宅で最期を迎えることができます。
今の日本の医療保険と介護保険の制度は、問題点を指摘されることもありますが、基本的によい制度だと私は思います。在宅医療を受け、介護保険サービスを上手に利用することで、ひとり暮らしの在宅死も可能になるのです。
■小さな不自由さえ我慢できれば問題ない
とはいえ、自宅で、おひとりで療養生活をつづけていくためには、ある程度の不自由があるのは覚悟していただかなければなりません。
たとえば、病院や施設のように、ナースコールを押したら、すぐに誰かが来てくれるわけではないので、おむつがぬれて気になっても、つぎの介護士が来るまで待つ必要があります。「何かものを取りたい」「背中のシーツのずれを直したい」といったちょっとしたことに対して、すぐの対応は難しくなります。ですから日常生活でのこうした小さな不自由さがイヤだという人は、在宅ではつらくなってしまうかもしれません。
逆に、そうした不自由さはまったく気にならず、やっぱり住み慣れた家がどこよりも安心で心地いい、という人には在宅はもってこいです。病院では基本的には病院食しか食べられませんし、テレビもイヤホンですし、就寝時間や面会時間も決められていますから、なかなか自由を叶えることは難しいでしょう。
自分の食べたいものを食べたり、寝たり起きたりする時間も自由、会いたい人に時間を気にせず会ったり、大音量でテレビを観たり音楽を聴いたりできる自由が、在宅では叶います。この自由さが、在宅ならではのメリットです。
病院や施設にいても、ご家族が同居していたとしても、患者さんご本人のタイミングに100%合わせてもらえるとは限らないのも現実です。また、在宅のデメリットもできる限り最小にするべく、枕元の手の届くところに必要なものをすべてそろえるなどして、自分だけのコックピットをつくってしまうというのもありです。少しの不自由さを受け入れられれば、おひとり暮らしでも十分療養生活は可能です。
■口出ししないのも立派な決断
おひとり暮らしでも最期まで過ごせるようなサービスは整っていますから「おひとりさまだから、こうした方がいい」というものはありません。十分にある選択肢の中から、自分の価値観に照らし合わせて、「自分らしい」過ごし方を選ぶことができます。
ですが、せっかく、おひとり暮らしで、自宅で最期まで過ごすことを決めても、ご家族やまわりの方々の理解が得られないと、その希望を叶えることがむずかしいことがあります。ご家族がどうしても心配で「無理でしょう」と判断してしまうために、ご本人の意に反して、病院や施設に入ることになってしまうこともあるのです。ご本人が「ひとりがいい」と言うなら、ご家族としては「もうあれこれ口を出さずに支えよう」と腹をくくるのも、ひとつの立派な決断だと思います。
おひとりさまの在宅死を叶えるためには、その事実をもっと多くの人に知ってもらうことが、いちばんの近道なのではないかと思っています。
■家族の理解がカギ
現在、年間100名以上のお看取りをしていますが、実際は、完全なひとり暮らしでそのまま最期をご自宅で看取った方は、まだおふたりしかいらっしゃいません。
在宅医療を紹介した『なんとめでたいご臨終』(小学館)という本の著者でもある日本在宅ホスピス協会会長の小笠原文雄先生は、おひとりさまを何十人も看取られているそうですが、私が関わったおひとりさまは、最終的には、ご家族が一時的に同居されてご自宅で最期まで過ごされるか、離れて暮らしているご家族の希望で最期は病院か施設に入ることが多い現状があります。
おひとりさまがご自宅で療養生活を送ることは、ご本人のご希望があり、小さな不自由を許容できれば、十分に可能です。ですが、おひとりさまが最期まで自宅で過ごすことを叶えるには、ご本人のご希望について、ご家族の理解を得ることが鍵となります。
■「ぜったい畳の上で死ぬ」が叶った一人暮らしのおじいちゃん
完全なるおひとりさまで在宅死を遂げたのは、93歳のK茂おじいちゃん。
奥さまがずいぶん前に先立たれて、お子さんもいないので、ずっとひとり暮らしでやってきた方でした。ご兄弟も旅立たれ、血縁の方はいらっしゃいませんでした。
私が訪問診療に入ったときも、はじめから強い意思がおありで、開口一番こう言いました。
「オレは絶対に病院とか施設とかに行く気はないから、ここでなんとかしてくれな。畳の上で死にたいんだ」
K茂おじいちゃんは、それまでにも入退院を繰り返していて、医師や看護師が何度も様子を見に来ては「あれしろこれしろ」と言われるのに、もううんざり。だから自宅でひとりでのんびり死にたいんだという、強い希望がありました。
ですから、人の出入りをできる限り減らしたいと、介護保険サービスは最小限を希望されていました。経過中に発熱があったときも、おそらく肺炎であったこともありましたが、「自宅で治療ができる範囲で治らなければ仕方ない」と、病院受診は断固拒否されました(そのときは幸い抗生物質の点滴で改善されました)。
だんだん動けなくなってきて、おむつになっても、「最近のおむつは性能がいいだろ? だから大丈夫だよ」と、私の訪問診療のほかには、1日1回の訪問介護と週1回の訪問看護のみ。お伺いすると決まって笑顔で迎えてくださいますが、「ひとりは気楽でいいよ」と常々おっしゃっていました。寝たきりになり、床ずれを心配して介護ベッドをお勧めするも「布団がいちばん」と、もちろんお断りでした。
それから2週間ほどして、K茂おじいちゃんは、約束どおり畳の上で眠るように亡くなりました。おひとりさまの大往生をしっかりお見送りできました。
■おひとりさまの在宅死と孤独死は別もの
ひとり暮らしで最期を迎える場合、介護士や看護師などが訪問中に息を引き取ることもありますし、おひとりで亡くなって、翌朝に訪問した看護師や介護士が見つけるという場合もあります。
ただ、いずれにしても在宅ケアに携わってきたチームみんなで支え見守った最期ですから、たとえ、おひとりのときに逝ったとしても、孤独死ではないのです。
また、ひとり暮らしの方が、おひとりのときに亡くなった場合でも、在宅医が関わっていて、老衰や末期がんなど死に至る病気の経過があり、その病気で亡くなったことが明らかであれば、在宅医は死亡診断書を発行できるため、自宅に警察が来ることはありません。
ですから、おひとりさまであっても、暮らし慣れた場所で、安心して穏やかな死を迎えることができます。
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在宅医療専門医
家庭医療専門医、緩和医療認定医。2000年東京女子医科大学卒業。国立病院機構東京医療センター総合内科、筑波大学附属病院総合診療科を経て、2012年8月より千葉市の在宅医療を担う向日葵ホームクリニックを継承。2017年11月より千葉県八千代市に移転し「向日葵クリニック」として新規開業。訪問看護ステーション「向日葵ナースステーション」・緩和ケアの専門施設「メディカルホームKuKuRu」を併設。病院、特別支援学校、高齢者の福祉施設などで、ミュージカルの上演をしているNPO法人キャトル・リーフも理事長として運営。
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(在宅医療専門医 中村 明澄)
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