「3年ぶりの皆既月食はスーパームーン」5月26日の夜空はコロナ禍の癒やしとなる
プレジデントオンライン / 2021年5月25日 11時15分
■晴れていれば3年ぶりに全面的に皆既月食が見られる
コロナ感染症による「緊急事態宣言」対象エリアが拡大する中、5月26日(水曜)の夜は心身が癒やされる時間が流れるかもしれない。仮に晴れていれば、およそ3年ぶりに全国的に皆既月食が見られるのだ。
皆既月食とは、「太陽—地球—月」が一直線状に並び、月が地球の影の中に入ってしまう天文現象をいう。皆既月食の場合、月は幻想的な赤銅色に染まって見える。今回の皆既月食は、一年のうちに最も大きく月が見える「スーパームーン」にも重なる。双眼鏡やデジカメで、その瞬間を狙いたいものだ。
一方、「太陽—月—地球」と月が太陽を隠す皆既日食や、太陽が月にはみ出して光の輪をつくる金環日食はめったに見られるものではない。近年で記憶に新しい日食ショーは2012年5月21日、日本の広い範囲で観測された金環日食であろう。ワイドショーなどでも大きく取り上げられ、話題になった。筆者も当時、東京の自宅近くで日食グラスをかけて、「リング」を観測し、声にならないほど興奮した思い出が残っている。ちなみに次回、日本における金環日食は2030年6月1日である。
■なぜ「太陽や月を弔う」という不思議な慣習があるのか
さて、本稿では「太陽や月を弔う」という、なんとも不思議な慣習について紹介したい。
天文学が確立されていなかったその昔は、日食や月食は「凶兆」とされ、それから逃れるために太陽や月に対して祈りを捧げたのだ。その痕跡が各地に残っている。
東京都内には「日食の墓」なるものがある。一見、頭を捻ってしまうが、れっきとした日食を供養する墓なのだ。人やモノではなく、天文現象を供養することにどんな意味があるのだろうか。
その墓は多摩川河口からおよそ100km上流にある小河内ダム湖畔にある。小河内ダムは東京都の水源の20%を供給する巨大ダムである。19年の歳月と150億円の総工費、そして工事関係者87人の犠牲を払って1957(昭和32)年に竣工した。
そのダム湖を望む遊歩道に、古い石仏や石碑が20基ほど、きちんと管理された状態で置かれている場所がある。石仏群は、今ではダム湖底に沈んでしまっている複数の村にあったものを、移転したものだ。
■人々は日食を凶事の前兆として畏れていた
そのひとつに、旧原村の恵日山門覚寺に置かれていた「日食供養塔」がある。門覚寺はすでに廃寺になっており、石碑だけが移された。
門覚寺の日食供養塔は、国内では他に類を見ないものだ。高さ118cmのどっしりとした石塚である。大きく「日食供養塔」と刻まれ、上部に「○(太陽、もしくは金環食の円相)」が描かれている。
しかし、日食を供養する、とはいったいどういうことか。百歩譲ったとしても、せいぜい「太陽供養」ではなかろうか。
日食はその昔、凶事の前兆として人々から畏れられていた。『古事記』や『日本書紀』には、太陽神天照大神にまつわる物語が記されている。
暴れん坊の須佐之男命が理不尽な暴挙をはたらいた時、姉の天照大神は嘆き悲しみ、怒り、岩戸に引きこもってしまった。太陽神が隠れたことで、世界は暗闇に包まれた。神々は怯え、さまざまな災禍が押し寄せてきた。神々は知恵を結集して、岩戸から天照大神を誘き出すことに成功すると、たちまち辺りは陽の光に満たされた——。
この「天照大神の岩戸隠れ」の物語は、神秘的な皆既日食の現象を神話として仕立てたものだと考えられる。
日食の記録をさかのぼれば、最古のものが『日本書紀』に残っている。
《推古天皇三十六年三月戊申 日蝕(は)え尽きたり》
「蝕尽きたり」とは「皆既日食となった」、という意味である。この時の日食は皆既に近い93%の食分だったとされている。推古天皇はくしくも日食の4日前に病に伏し、日食の7日後に崩御した。
■「太陽が欠けるのは、お天道さまが降りかかる病や災難の身代わりに」
古事記や日本書紀の記述にもあるように、日食は人知では推し量ることのできない奇妙な現象であった。われわれの命の源である太陽が突如として欠けていくのだから、庶民の多くが、日食にさまざまな凶兆を重ねたとしても無理もない。
「太陽が欠けるのは、お天道さまがわれわれに降りかかる病や災難の身代わりになってくれているから」
そんな日食を擬人化した民俗信仰も生まれた。
太陽が凶事の犠牲になってくれている。そんな理屈が成立したからこそ、日食は「供養の範疇」に入った。日食供養には、太陽を悼み、太陽の恩恵に感謝する意味が込められているのだ。
では、奥多摩湖畔の日食供養塔が建てられた当時、この地域では本当に日食が見られたのだろうか。
石碑には「1799(寛政11)年建立、己未(つちのとひつじ)十一月」とある。220年以上前の江戸時代のことだ。奥多摩地域での日食の記録を調べると、実は同年には日食は観測されていないことがわかった。
この年以前の日食を20年ほどさかのぼってみた。すると1786(天明6)年1月30日、当地域でほぼ金環日食に近い状態(食分99%)のものが観測されている。そのわずか3年後の1789(寛政元)年、10年後の1796(寛政8)年、12年後の1798(寛政10)年にも部分日食があった。供養塔が立てられる前の数年間には、一定の頻度で日食が観測されていたようだ。
江戸庶民は太陽をきちんと供養しなければ、こんにちのコロナ禍のような疫病の流行や天変地異を招いてしまうのでは、と恐れたのかもしれない。
ちなみに、供養塔ができた翌年1800(寛政12)年4月1日には奥多摩地域では金環日食に近い部分日食(食分93%)が観測されている。奥多摩の人々はこの供養塔の前で必死に手を合わせ、凶事が起きぬことを願ったに違いない。
奥多摩町にはかつて、21の寺院と33の神社があり、信仰に篤い風土であった。路傍には地蔵や神像があちこちに置かれていたとされる。日食供養塔を生んだ背景に、当地の豊かな精神文化があったことを言い添えておかねばならないだろう。
■昔の人は「月食」をどのように捉えていたのか
次に、「月の供養塔(墓)」の話をしたい。実は、月の供養塔は全国のあちこちにある。それが、月待供養塔というものだ。「月待」と呼ばれる講中(信仰を同じにする結社、集団)が建立した。今でも昔ながらの集落を歩いていると、路傍に月待供養塔が立っているのを見かけることがある。
月待供養塔の特徴は、「十三夜」「二十三夜」など、「○○夜」といった碑文が刻まれている点にある。先の小河内ダム湖畔でも、「二十三夜(下弦の月)塔」を見つけることができた。
月待供養(信仰)とは月の出を待ちながら、お供えをし、歌や舞を奉納したり、念仏を唱えたりする年中行事のこと。月待の行事は、社寺のほか、山の頂など月が見える眺望の良い場所で営まれた。月待講は江戸時代の中期以降、各地につくられていく。
■月の満ち欠けに畏怖の念を抱き、信仰や供養の対象に
月待の考え方もまた、日食供養と似ている。月の満ち欠けを自然に対する畏怖ととらえ、信仰や供養の対象としたのだ。
旧暦では毎月1日が新月となり、三日月、上弦の月を経て15日が満月に当たる。以降は再び欠けていく。十六夜、下弦の月、そして月末にかけて再び新月になっていく。特に旧暦9月13日に行う十三夜、旧暦8月15日に行う十五夜、旧暦23日の二十三夜などに集う月待講が有名だ。講の記念として供養塔が立てられた。
月待は仏教や神道とも混じり合い宗教色を強めていく。例えば月齢に対応する仏が祀られるようになる。二十三夜の仏は勢至菩薩、二十六夜は愛染明王、といったふうに。
月待が仏教行事として広がっていくにしたがって、禁忌なるものも生まれた。月待の夜には夫婦の営みが禁忌とされた。これに反すると、奇形児が生まれるという俗信も広がったという。
月待は明治期までは続けられていたが、現在ではほぼ姿を消している。唯一、十五夜(中秋の名月)だけは、今でも一般に受け継がれている習わしだろう。満月に見立てた団子と魔除けのススキを供え、観月会に参加した人も多いのではないだろうか。
月待に類似したものでは太陽を信仰の対象にして供養する「日待」、庚申の日の夜に徹夜をして念仏などを唱える「庚申待」などが存在する。日待は夜を徹して日の出を待ち、朝日を拝する行事である。
東京都大田区馬込の万福寺では高さ4mにもなる立派な日待供養塔が立っている。そこの案内板には大正時代までは馬込地区では日待供養が実施されていたと記されている。
コロナ禍にあって東京の繁華街では多くのネオンが消えた。暗くて不安な夜こそ、ひとり空を見上げ、静かに月を眺め、謙虚に手を合わせてはいかがだろう。明日への希望が見えてくるかもしれない。
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浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『寺院消滅』(日経BP)、『仏教抹殺』(文春新書)など多数。近著に『仏具とノーベル賞 京都・島津製作所創業伝』(朝日新聞出版)。浄土宗正覚寺住職、佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事、(公財)全日本仏教会広報委員など。
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(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)
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