「コロナ前より好調」奈良駅前の海鮮居酒屋が売上94%減から大復活するまで
プレジデントオンライン / 2021年5月29日 11時15分
■緊急事態宣言で倒産寸前に追い込まれた
緊急事態宣言に伴う時短営業要請などで、依然として苦しい状態が続く飲食店。
1回目の緊急事態宣言が出されていた2020年4月。売上が前年同月比94%減まで落ち込み、倒産も時間の問題というくらいに追い込まれた居酒屋がありました。
そのお店は、海鮮系総合居酒屋「九鬼水軍」。ティラドルチェが運営し、奈良県に4店舗展開しています。団体などの宴会向けの店舗で、このお店は今回の新型コロナウイルスにより、大打撃を受けました。
ティラドルチェのお店はどこも、奈良駅の近くの観光地にあります。団体や家族連れなど、ある程度の規模の宴会に対応するスタイルで、インバウンド需要もあり、コロナ前は大きく伸びていました。
しかし、コロナで状況は一変。コロナの感染拡大の報道が増えるにつれて、キャンセルが出始めたのです。
メインターゲットの家族連れ客はピタリと止まり、インバウンド客も消失しました。緊急事態宣言が出たあとはまともに営業もできず、2020年4月の売上は前年同月比94%減と、壊滅的な結果になったのです。
■「どうしよう、どうしよう……」
「そのときはただひたすら『どうしよう、どうしよう……』と思っていました。お店は営業できないので、手の空いていたスタッフで、弁当のテイクアウト販売くらいは始めていましたが、売上も微々たるもので、閉店も視野に入り始めていました」
ティラドルチェ社長の寺村聡志氏は、当時を振り返り語ります。
90%以上売上が落ちたならば、まともな精神状態でいられなくなるのは当然です。倒産という言葉も頭によぎるでしょう。寺村社長にそのタイミングで船井総研の主催するセミナーにご参加いただき、ご支援をさせていただくことになりました。
人の来ない観光地のお店でも、宅配ならば商圏を広くできる、デリバリーで売れる商材を考えることから始めました。デリバリーにどのような需要があるか、価格帯はどのくらいがいいのかといったことを、サポートさせていただきました。
「自分たちがやろうと思っていたことと、市場が求めていることのギャップは大きいとわかりました」。寺村社長はそう語っています。
「緊急事態宣言が出て、お店の営業ができなくなったことで、周りの店はどこもテイクアウト販売を開始しました。そのとき売れていたのが398円、400円、500円といった価格帯の弁当でした。ですから、自分たちもそのくらいの価格でいくのがいいかと漠然と考えていましたが、後々、売上のボリュームが上がっていっても、それでは厳しいとわかりました。400円、500円のものを売っても利益は微々たるもので、『よそよりもっと安く』の価格競争に巻き込まれて、お店同士のつぶし合いになるだけでしたから」
■1000円、1500円でも売れるデリバリー商品をつくる
飲食店と、弁当などの「中食」では価格に対する考え方がまったく違い、取るべき戦略も違うものです。なお、中食と一言でいっても種類があり、厳密には「テイクアウト」と「デリバリー」があります。その違いは以下です。
テイクアウト:用途がない日常のための商品。専門性を持たないと値段の高いものは成り立ちにくい
中食で売上、利益を出しているところは、デリバリーの商品を開発し、1000円、1500円といった高価格で勝負しています。
「せっかくの人気飲食店が持つ料理の技術を盛り込んで、店舗で出している商品の延長でテイクアウトもやりながら、1000円、1500円でも売れるデリバリーの商品を作っていきましょう」とアドバイスさせていただきました。
そして今までの支援で成功した事例をお伝えしながら、その後数カ月後の動き、道筋を共有し、再建に向けて歩み始めたのです。
■壁になった「デリバリーへの意識の切り替え」
しかし、高価格のしっかりしたデリバリー商品の開発は、難航を極めました。試作品を作っては変更を重ね、できたと思ったら売れるものになっていない、と改良の繰り返しです。
売れる商品のセオリーを、ティラドルチェの店でどう実現できるかに落とし込んでいくのですが、その結果出来上がったものが、どうも思っていたイメージと違う。それは味以外でもそうで、たとえば、おいしそうでも作るのにすごい時間がかかりオペレーションが回らないとか、この包材ではとても数を多く売れないから作り直し、を繰り返しました。
商品開発と同時に、売っていくための準備も2~3カ月かけて行っていただきました。SNSの運用、顧客管理、弁当販売に特化したHPの整備などです。
寺村社長は語ります。
「外食とデリバリーでは、同じ食べ物を扱う業態でも、考え方も実際の工程もまったく違います。私の頭の中がデリバリーになりきっていなかったので、その意識を変えることに時間が必要でしたね。これまで外食では、時間をかけてこだわってきれいなもの、よりおいしいものをつくる、に8~9割の労力をかけていました。それをデリバリーでは“速く”に意識を変えることになりました」
「外食のスピード感では、一度に大量生産するデリバリーのそれに対応できないからです。弁当の中身に関しても、意識が変わるまではうまくいきませんでした。弁当を3種類作成するとして、バラエティに富んだものを、1つずつまったく違うものがいい、と思っていたのですが、多くの注文が入ってくると、その形では製造に時間がかかり、対応できないのです」
「デリバリーのスピード感で回していくためには、弁当箱は統一する、仕込みもある程度同じにし、一部食材のみ違う形がいいとわかったころに、『これがデリバリーなんだ』と少し意識を変えられたように感じました」
■店の命運を懸けた“大和牛ローストビーフ弁当”
そうして完成した弁当は、大和牛や奈良県産野菜など、奈良県の食材をふんだんに盛り込んで作ることにこだわっています。
コロナの影響で飲食店は苦しいですが、苦境なのはお店と取引する卸売業者や生産者も同じです。急にお店から要らないと言われても、そんな簡単に生産量は変えられません。生産者を支える思いも、弁当に込めています。
看板メニューは20品目彩り野菜と藁燻焼き弁当のシリーズで、どれもパッケージは同じ、使用している野菜は同じで、メインのローストビーフとローストポーク、地鶏のローストチキンだけを違う形にしています。
配達範囲は奈良市内としました。そこまで広げることで、周辺に住民がいない立地のデメリットも解消できます。
「店舗開発に関しても、これまでは『こういう店をやりたい』と考えて、周りにライバル店はいないかといったことだけに目を向けていましたが、『デリバリーでしっかり売り上げるためには、それではダメだ』とも気づきました。『どういうものに需要があるか』で考えていく必要がある、そこも意識が変わりました」(寺村社長)
■「昼も夜もデリバリー、テイクアウト対応」で売上を取り戻す
コロナで完全に売上のなくなった居酒屋「九鬼水軍」は、別の形に業態転換することにしました。飲食店をベースにしながらも、テイクアウトやデリバリーもしっかりできるお店です。
どのようなお店にするか? を考えていくなかで、「ハンバーグ」というキーワードが出てきました。市場の大きいもの、多くの人が食べられるものをやっていこう、でハンバーグ(肉)を選び、それに特化したお店で行こうと決まったのです。
次に決めたのが価格帯です。600~700円でハンバーグ弁当、800~1000円のステーキ弁当、それも炭焼きでやりたい。ハンバーグも牛100%の、ガツンと肉肉しいものに。「肉」「炭焼き」などのキーワードが出て、そこから炭焼き台など必要なものを整えていきました。
また、肉といっても部位を指定すると価格が高くなり、こちらが希望する価格では仕入れられないので、木材で言えば端材のような、少しだけあるいろいろな部位を肉の卸売業者からまとめて買うことで、相場より安く仕入れられました。
ハンバーグ、ステーキに使えるもの以外の部位は、バラバラなことを活かして、「牛串」として売り出す形です。
こうして11月にオープンしたのが「かむら精肉店」です。
2.ランチ
3.テイクアウト
4.デリバリー
の4つの機能を、1拠点にて実現する形です。
営業形態も、時間に応じて変えています。
昼はランチとテイクアウトが中心。昼は「テイクアウトをやっている」「弁当を売っている」とわかるディスプレイにしています。夜は「60分500円でレモンサワー飲み放題」と提灯やのれんを出し、2~3人の少人数の短期滞在客を呼び込む形です。
■業態の大転換でコロナ前の売上を達成
業態を転換した結果、12月の売上は500万円を突破しました。これは、コロナ前の店舗、九鬼水軍のときの前年同月の売上と同程度です。
2020年の12月はコロナの影響で、忘年会売上はまったく上がらないときでしたが、忘年会で大きな売上を立てていた2019年12月の九鬼水軍の数字に並んだのは、非常に大きな成果でした。
「売上がついてくるまでは家賃助成、持続化給付金、雇用調整助成金など、もらえるものはすべてもらいました。正社員の料理人を失わない、解雇しないで済むように、もらったお金はすべて従業員への給与に充てています。ほかにも賃料を大家さんが考慮してくれて、なんとか回せる形がつくれました」(寺村社長)
■勝てるテイクアウト4つのポイント
なお、話は少しそれますが、テイクアウトで大きく売り上げられているお店と「テイクアウトを始めたけれど儲からなくてやめた」ところがあります。
その差はどこにあるかは、ズバリ「商材選定」です。ポイントは4つです。
② ①を満たし、かつ家でつくるのが面倒なもの(揚げ物、スパイスを使うカレーなど)を扱う……お客様は「よく食べるけど家では作らなくなった」もの、すなわちご家庭の調理業務の代行を請け負えるものにお金を払います。
③門構えをテイクアウト対応できている……多くの飲食店では、飲食店のままテイクアウト商品を提供していますが、テイクアウトを本格的に伸ばしていくためには、「テイクアウト専用の窓口」を作ったり、「テイクアウト専門店」にすることが必要です。そのような窓口であるほうが、お客様も注文、受け取りをしやすいからです。
④出来立てを提供、つくっている様子を見せる……温泉地の土産店などで、温泉まんじゅうを店頭でふかしていて、つい買ってしまうことはないでしょうか。テイクアウト販売もまったく一緒で、つくっている様子を見せる、出来立てを提供することが、お客様に強く訴求します。かむら精肉店であれば、炭火焼、炎が上がっている様子などがそれです。
■中食に力を入れたことで、外食も好調になった
寺村社長は語ります。
「この業態にしたときは、いろいろ不安でしたね。まず、『やりたい店』から『売れそうな店』で店舗開発したこと。かむら精肉店は入りやすい大衆酒場の窓口にしましたが、看板や販売カウンターなどを、弁当が売りやすい形にしています。中食はそれで売れるようになっても、果たして外食は売れるのかが不安でした。外食がヒマになってしまっては、本末転倒でしたから」
「とはいえ、やはり外食が一番というわけではなく、外食も中食も、すべてで売上を取っていかないとダメだと思うようになりました。また、ぜんぶが売り上がることで、コロナでどんなに売上が落ちても、前年比100%を超えたことは自信につながりました。これからも残っていくお店は、そのすべてに力を入れているところだと思っています」
「中食に力を入れたことで、外食にも非常によい影響がありました。外食は出来立ての料理を提供し、すぐに食べていただけるので、きちんと作ってすぐに出す、さえ守っておけばそう失敗はありません。中食は、そうはいきません。冷めてもおいしいか、時間が経っても品質的に問題ないかを、食材管理の面からもより厳しくしていく必要があると、私だけでなく従業員の意識も上がりました」
「今後はバルタイプの別店舗をランチ、夜でそれぞれテイクアウトとデリバリーができる形に変えていく予定です。総合的な居酒屋から食事業態へ転換します。コロナ対応をしながら、コロナが終わったあと、Go to eatなどのキャンペーンが始まったら巻き返す、一気にアクセルを踏めるように、準備をしているところです」
■人がいなくなった観光地でも勝機は十分にある
なお、お手伝いをさせていただいた当初の懸念事項「住宅地でもない、周りに会社もない場所で、テイクアウトをして果たして売れるのか?」は、結果的に杞憂に終わりました。
お店のある奈良駅周辺は観光地で人は住んでいませんが、スーパーマーケットがあり、生活道路になっている場所でもあります。そのような場所に展開し、先述のテイクアウトで成功するポイントを押さえてアピールできれば、十分に勝機はあると、今回私も学んだことです。
今はどの飲食店も苦しいときだと思います。売上の94%を失ったお店でも、こうして復活することができました。お店の復活、これからの経営のヒントにしていただければ幸いです。
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(船井総合研究所 社長online)
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