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「トップの売上は月580億円」急拡大する中国ライブコマースの危険な裏側

プレジデントオンライン / 2021年5月28日 11時15分

「かわ尊ぷ」という謎の日本語書かれた釣り竿を販売(筆者提供)

5月25日、中国政府はライブコマース産業の規制を強化する新法を施行した。一体どこに問題があったのか。中国ITライターの山谷剛史さんは「中国では、ライブコマースにおいても胡散臭いニセモノが販売されている。今年の3月には著名インフルエンサーの販売商品にもニセモノが含まれていた。今後もニセモノ問題が解決することはないだろう」という――。

■「かわ尊ぷ」と書かれた怪しい釣り竿がどんどん売れる

「釣り竿、サイズは各種あるよ!」「釣り竿を買ったら、これもこれもつける。計7点お土産につけちゃうよ!」

中指に金色の指輪をはめたポロシャツの中年男性が熱く語る。中国では街中でおなじみの光景だがライブコマースだ。

男性が売ろうとしているのは「かわ尊ぷ」という謎の日本語が書かれた釣り竿だ。中国の釣り竿は日本製を偽る商品が多く、「かわ尊ぷ」の他にも「カンマ鯉」や「手に日る」など謎の日本語の商品がライブコマースでも売られている。要はニセモノだ。

「見て。落としても大丈夫だから頑丈。」

男性は釣り竿を手放し、地面に落ちた釣り竿がタイルにあたり「ガラーン!」と大きな音を立てる。拾っては落とし拾っては落とし、その度に「ガラーン!」と見ているスマホが大きな音を鳴らす。

「質問ください。えっとなになに? 130サイズの長さはどれくらいですか?」。男性は画面を覗き込む。「わかった、みてくれ」。そういうと男性はスッとかわ尊ぷの釣り竿を伸ばし、水の入ったペットボトルを釣り竿の先端にくくりつけてカメラの方角を変え、手際よく実演する。

■中国の「泥臭い生活空間」を垣間見れるライブコマース

一方こんな光景も。ライブコマースで眼鏡を販売する深センの眼鏡企業「普莱斯眼鏡」は、スタッフが社内の配信部屋からメガネのラインアップ情報を発信しつつ、メガネを買いたい視聴者から質問が来たら丁寧なやりとりをし注文を受け付けている。

同社には配信部屋が複数用意され、各ライブコマースサービス向けにスタッフをおいて配信。注文を受けたら2時間で製品を完成させスピーディに配送する。

中国で普及したライブコマースアプリを利用すると、格差社会中国の様々な光景が数限りなく見られる。ライブコマースは解釈のしかたによっては、「覚えておきたい最新中国ビジネス」であり「中国ECトレンド」である。

また一方でライブコマースアプリをだらだらとみていると、以前のいかにもなECサイトでは感じなかった、「泥臭い生活空間」そのものの中国を、スマートフォンやタブレットで見ることができる。

「ジャパネットたかた」のようなECサービスとも言えるが、むしろ中国のリアルショップがそのままウェブ上に移ってきたようなものだ。不本意にも新型コロナウイルスの影響で長く住んでいた中国に行けていない筆者にとっては、懐かしくも胡散臭い風景がそこにあった。

ところで中国のライブコマースが普及した背景についてだが、各所に書かれているので簡単にまとめておこう。

■コロナ禍をきっかけに急速に普及

2020年の年始に中国で新型コロナウイルスが感染拡大し、感染地域を中心に人々の動きが制限された。

特に武漢がある湖北省で感染が拡大していったが、それ以外の地域においても各住民に極力外出させないよう、都市において「小区」と呼ばれるマンション団地の入口で出入りを制限し、農村においても各村に通じる道を封じ検問所を設置した。

人々は家や庭で待機するしかなく、百貨店をはじめ各店舗も客足が途絶えたため商品を売りようがない。そこで注目されたのが、コロナ以前にも公開されていたライブコマースのサービスだ。

このサービスによって、コロナ禍における商品の売買が促進されていった。さらに、中国における新型コロナウイルスの感染状況が落ち着いてきた2020年6月と11月に行われた2大ネットセールにおいてもライブコマースは注目され、一気に普及して今に至る……と、こんな感じである。

ライブコマースでさくらんぼを直販する農家
ライブコマースでさくらんぼを直販する農家(筆者提供)

中国の調査会社「iiMedia Research」によれば、ライブコマース企業市場規模は、2019年の4338億元(約7兆円)から2020年には9610億元(約16兆円)と前年比2倍以上の成長を記録した。(※1)

ライブコマースが普及したことにより、中国のネットビジネスでは様々な変化が起きた。アリババ、テンセント、バイトダンスなどの大手がライブコマースで競合するようになったのだ。

ライブコマースに合わせた専用ディスプレーや、外国語にリアルタイム翻訳できるサービスなどが開発され、CGを活用したVTuverが配信する試みも行われた。

また、安心安全を求める消費者と、農作物を売りたい農家、それに農村の経済をITで改善していきたい政府と事例を作りたいIT企業によって、農村がライブコマースで農作物を売るようになった。ライブコマース人気に合わせて新技術が登場したわけだ。

(※1)https://www.iimedia.cn/c1061/78301.html

■1万人のライバー育成を掲げる自治体も

ライブコマースが急速に普及していくなかで、桁違いの販売額を叩き出すスタープレーヤーやMCN(マルチチャンネルネットワーク:ライブ配信者のタレントマネジメントとコンテンツ制作配信をサポートする組織)が台頭し、のちほど紹介するが一部のスタープレーヤーが売上額の多くを占める結果となった。

MCNはライブコマースで稼げる組織と認知され、当初は数多くのMCNが資金調達を受けた。また、社会的な認知度が高まったこともあり、ライブコマースによる販売を地場産業にすべく、MCNなど関連企業を誘致する自治体も出てきている。

例えば広州市が行った「広州市商務局関于印発広州市直播電商発展行動方案(2020~2022年)」では、「2022年までに1つのライブコマース集中産業地区の建設、ライブストリーミングでリーダー企業10社の台頭、100社のMCNの育成、1000社のネットトレンドによって人気となるブランド形成、1万人のライバーの育成」を目標としている。

ライブコマースが普及するや企業も役所も動き出すあたり中国はアクションが早く、なにかと行動が遅いと評される日本も見習いたいところだ。

■超人気ライバーがニセモノ商品を販売し謝罪

中国の市井の問題にニセモノ販売が挙げられる。

以前よりは安全な正規品が買えるようになったが、それでもニセモノは意図せず掴んでしまうことも少なくないようだ。ライブコマースにおいても信頼を得ていてちゃんとした仕入れチャンネルがあると思われている、人気ライバーですらニセモノを売ってしまっている。

11月11日のセール日「ダブルイレブン(独身の日)」に人気ライバー「辛巴(シン・バー)」氏が昼から夜まで行った1日の実況販売では、総額約19億元、日本円に換算すると約320億円を売り上げて話題になった。

ところが、同氏が販売した商品のひとつである「高級燕の巣」が高級品ではなく激安なニセモノだと判明しリコールに発展。

辛巴氏はその後、2021年3月27日に、広東省広州市の中心から北に離れた「黄石街道」で謝罪復帰イベントを行うべく、地元警察に頼んで周囲800mの道を封鎖し、安全圏から華々しい謝罪と復帰宣言の会見を行ったものの、「散々騙したのに復帰するのか」「黄石街道政府は人民の味方か? 辛巴の味方か?」とネットで話題になった。

中国のライブコマース市場では、辛巴をはじめ一部のライバーだけに注目と売り上げがあつまった。トップの女性ライバーのviyaは2021年3月だけで34億元分(日本円=約580億円)の販売額を記録、続く上位3人が同月に10億元(日本円=約170億円)以上を販売した。

またトップの50人が1億元(日本円=約17億円)を記録している。上位に集中した結果、その他大勢のライバー・MCNが儲からなくなり、新しくMCNを設立しづらい状況になったのだ。(※2)

その結果、弱小MCNによるレッドオーシャンが出来上がり、生き残りをかけて有象無象の配信者による偽物販売などが横行している。

ライブコマース中に出頭を要請されるライバー
写真=新民網
ライブコマース中に出頭を要請されるライバー - 写真=新民網

2020年8月末には、ニセのブランド服を生配信で販売していたライバーの配信用スタジオに警察が訪れ、出頭を要請されるというニュースもあった。このほかにも目立たないニセモノ販売ニュースは無数に存在している。

(※2)https://baijiahao.baidu.com/s?id=1696281422830081225&wfr=spider&for=pc

■ライブコマースを管理する法律が施行されたが…

ほかにも「フォロワー数などを買って水増し」「サクラを使って取引額を水増し」「有名人が出演と称してそっくりさんを出演」「配信中に内紛が起きる茶番劇の台本・ブックがECサイトで販売」「中国人俳優が扮したニセ日本人が、ニセの日本製鉄鍋を日本人が聞き取れない日本語で販売」と、カオスな状況になっている。

そんなニュースばかりなのでライブコマースの信用そのものがなくなり、ライブコマースはリアルショップ同様「だいたいなんだか胡散臭い市場」と化したのである。

そんななか、中国政府は昨年の11月23日にライブコマースに関する新ガイドラインを発表し、出演者の実名義務化やいわゆる“投げ銭”の規制など、業界全体に対する規制をはじめた。

また、5月25日には「国家ライブコマース管理弁法」を施行し、規制を強化していく方針を打ち出している。

海賊版のファミリーコンピュータをライブコマースで販売する女性
海賊版のファミリーコンピュータをライブコマースで販売する女性(筆者提供)

「国家ライブコマース管理弁法」は「ライバーやMCNは16歳以上で、ニセモノの販売・評価の水増し・消費者に誤解を与える情報の配信など不正行為をしてはいけない。プラットフォームについては生放送のブロック、アカウントの閉鎖、ブラックリストへの登録、法規制違反に対する共同懲戒処分などの措置を講じることを要求する」という内容で、プラットフォームに対する罰則も含まれている。

とはいえ、規制強化が発表されたいまも状況は変わっていない。冒頭の通り、日本の文字をまぶした怪しげなニセモノや、著作権無視のゲームハードなどが売られ、ライバー本人は知ってか知らずかニセの日本製鍋を片手に堂々と「日本製」を訴えている。

要は、規制前のカオスな状況とまったく変わっていないのだ。権利者がしかるべき手段で抗議するか、消費者が大きなうねりとなって抗議運動にでも発展しない限りこうした商品が取り締まられることはないだろう。

 

■今後もニセモノ販売はなくならない

結局、ライブコマースに合わせた新規制は、これまでのECのルールを無法地帯だったライブコマースにも適応させたものだ。そして規制を出したところで、売られるものはリアル同様変わらずところどころ胡散臭い。

今後考えられる規制の影響としては、水増しなど一部の不正が改善される程度だろう。規制によって名もなきMCNや配信者は生き残りが難しくなったわけだが、日本企業の訴えが届かない中国でニセ日本製品を売る状況は変わらない。

今後も、MCNやインフルエンサーによるニセモノ販売はなくなることはないだろう。

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山谷 剛史(やまや・たけし)
中国ITライター
1976年生まれ。東京都出身。東京電機大学卒。システムエンジニアを経て、中国やアジアを専門とするITライターとなる。現地の消費者に近い目線でのレポートを得意とし、バックパッカー並の予算でアジア各国を飛び回る日々を送っている。著書に『中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか? 中国式災害対策技術読本』(星海社新書)、『中国のインターネット史 ワールドワイドウェブからの独立』(星海社新書)、共著に『中国S級B級論―発展途上と最先端が混在する国』(さくら舎)などがある。

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(中国ITライター 山谷 剛史)

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