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塾講師が「志望校はどこか」と両親に聞くのは、詐欺の手口と同じである

プレジデントオンライン / 2021年5月30日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/taa22

詐欺師はどんな手口で消費者を騙すのか。ルポライターの多田文明さんは「よく使われるのが『対立思考』という方法だ。理想と現実など、物事の見方をはっきり2つにわけることで相手に考える隙を与えない。私も若いころ騙されそうになったことがある」という――。

※本稿は、多田文明『サギ師が使う交渉に絶対負けない悪魔のロジック術』(イースト新書Q)の一部を再編集したものです。

■カルト教団が悪用する「対立思考」

善か悪か、敵か味方か、白黒をはっきりつけて物事を考える方法は、よくカルト教団の思想などで見られる。これは二極思考、対立思考などとも呼ばれる。

実は、有能なビジネスマンはこの手法を取り入れているのだが、「正」の側面に触れる前に、「負」の側面をざっと解説しよう。

現代社会においては、物事が複雑に絡み合っており、仕事や人間関係などで対処すべき方法がわからず、悩みやストレスを抱えてしまう人は多い。

ところが、この思考ではすべての事象を白と黒のふたつに分けて考えさせるので、物事の判断が楽になる。白を取るとすれば、黒の側を排除すれば良いので、どっちつかずの曖昧さのなかで悩むことがなくなる。

それゆえ、現代人のなかには、この思考を自らの心に取り入れることで、思い煩いから解放されたような気持ちになる人もいる。

だが、この考えは一方で危険なものにもなりうる。

たとえば、カルト教団などではこの思考を使い、相手にマインドコントロールをかけてくる。すなわち自らの教団の意向に沿う行為を善行とし、それ以外を悪行と定めて、物事をスパッとふたつに割って判断させる。

となると、必然的に自らの教義に反対する人々は悪魔の側、敵とみなされ、徹底的に排除されることになり、なかには、この世の法律よりも、自らの教義を優先させることで、反社会的な行動を引き起こしてしまうことにもなる。過去に起きた一連のオウム真理教の信者らによる事件などが、その好例であろう。

さて一方、カルト教団同様に社会問題化している悪徳商法を行う人たちはこの思考法をどのように使っているのであろうか。

■入所金に15万円の次はスクールに50万円

30代の頃、俳優志望だった私のもとに「芸能事務所所属のためのオーディションを行う」というダイレクトメールが届いた。

参加してみた。セリフテストを受けると、数日後、「合格した!」という一報がきた。所属契約を交わすために事務所を訪れると、契約を結ぶ段階で、事務所の男性は言った。

「入所金として、15万円がかかります」

あまりの高額に、私が契約するのを渋ると男は「これ以上、お金はかかりません」と言い、「この場でお金を払う約束をしなければ、合格を取り消します」と言ってくる。せっかくの合格をフイにしたくない一心で、清水の舞台から飛び降りるような気持ちで15万円を払うことにした。幸いなことに、こんな連絡がすぐに入った。

「Vシネマのオーディションを受けてほしい」

合格すれば、俳優の仕事がくるというのでもちろん受けてみた。しかし、私は柄にもなく緊張してしまい、棒読みという大失敗の演技をしてしまった。

数日後、事務所に呼ばれ、「オーディションに落ちた」ことを伝えられた(いい演技をしても不合格だったに違いない)。しかも、話はこれだけで終わらずに、事務所の男はこう話し始めた。

「あんな演技じゃ使いものにならん。俳優になりたいのなら、私たちが勧める演技スクールに通え!」

その金額は50万円を超えていた。

■「理想」と「現実」を対比させて追いつめる

私が「所属契約時に、これ以上、お金はかからないと言ったじゃないですか!」と抗議するも、男は「本気で俳優になりたくないのか!」と迫る。

拳を握るビジネスマン
写真=iStock.com/Viorika
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Viorika

さらに金がないと言って断ると「俳優になりたいなら金の問題じゃない! 今すぐに、消費者金融で金を借りて払え」とまで言ってくる始末。正しい投資だと言わんばかりの顔つきだった。結局、数時間も説得され続けた。

「(スクールに)通うか、通わないか」「(お金を)払うか、払わないか」二者択一をごりごりと迫られた。笑われそうだが、当時の私は自分の人生を俳優業に捧げる気が満々だった。本気だった。しかし、結局のところ断ったのは、どこかで冷めた自分がいたのかもしれない。

なぜなら、後で調べたところ、同じ事務所に所属した「目標:俳優」と大マジメに語る多くの人たちがこの手口で高額な契約をさせられていたからだ。ここでは、ふたつの対立概念を使って説得している。それは、「理想」と「現実」である。

最初にオーディションに合格させて、「君なら売れる俳優になれる」という、夢、希望といった「理想」を見せる。しかし、その後に別のオーディションを受けさせて、落ちたことをネタにし、いかに演技が下手なのかという「現実」を実感させる。

こうした理想と現実のふたつを対比させることで、今、本人が何をすべきなのか(演技の学校に通うこと)を考えさせて、契約を迫ってきたのだ。

夢や理想を人質に取ったような形で、強引に契約を迫るのはしてはいけない行為だが、一般のビジネスでも、自らの望む契約をさせるために、対立概念を用いて相手を説得することはよく行われる。

■なぜ学習塾の講師は最初に志望校を確認するのか

たとえば、語学スクールの受講契約を促す場合。

まず客が将来、どのようなスキルを身につけたいのかを尋ねる。相手の答えが「語学が堪能になって、ビジネスに生かしたい」という「理想」だったら、現在のスキル状態を、テストなどを通じて現状把握させて、どのような学習プログラムを組めばよいのかを提案する。

では、学習塾に子どもを通わせようという親にはどう接するか。

最初に子どもの親に「どの教科を何点くらい上げたいのか」「志望学校はどこか」を尋ねて、子どもに学力診断テストを受けさせる。その点数から、今の実力を把握させて、抱いている希望と現実がいかに乖離しているかを示し、さらに原因と結果の関係を使い、苦手な点(原因)を指摘する。

そして「その弱点を克服すれば、良い結果をもたらせる」という話を展開しながら、具体的な契約話を進めていく。ふたつのことを比較し、その違いを明確にして話すことで、わかりやすく、かつ説得力のある説明ができる。

営業などでも自らが販売する金融商品の特徴を話すのに、まず「なぜ、儲かるのか」を話す。

当然、リスクのない金融商品はないので、「どうなると損をしてしまうか」といった点もあえて公開し、相手に自分が信用するに足る人物だと思わせたうえで、「損得」のふたつに分けて話せば、相手に商品を売り込みやすくなるだろう。

■対立思考は有用だが使い方には注意が必要

また、新製品を販売・展開するにあたっては、それが消費者にとってどう受け止められるのかを知る必要がある。

多田文明『サギ師が使う交渉に絶対負けない悪魔のロジック術』(イースト新書Q)
多田文明『サギ師が使う交渉に絶対負けない悪魔のロジック術』(イースト新書Q)

私は過去に商品の市場調査のモニターをしたことがあるが、リニューアルした缶コーヒーの試飲などをする際に、次のような項目を尋ねてくる。

ふたつのコーヒー(これまでのコーヒーと、新製品のコーヒーなど)を飲み比べて、「どちらが甘いか、苦いか」「酸味はどちらが強いか、弱いか」……。ある商品のパッケージを見せられて、「明るく感じるか、暗く感じるか」。

この商品を150円で販売したら、「高いと感じるか、安いと思うか」など、その商品が消費者において、どのようなポジションにあるのかを知るために、対立概念を用いてくる。

こうして物事をふたつに分解し、どんどん考えを深掘りさせていくことで、重大なポイントをあぶり出して、緻密な商品の販売戦略を立てられるというわけである。ただし、先にも述べたように、この思考法では、一方を善とし他方を悪とする。

当然、人は悪いままでよいと思う人はいないので、自然とこれを排除しようとする心が生まれる。先のオーディション商法で言えば、俳優志望の私にとって、演技の勉強をして夢に向かうのが「善」となり、それをせずに夢を失うのが「悪」となる。

芸能の仕事をしていくうえで、悪は排除されるべきものである。すなわち、対立思考で選択を迫られている段階では、実は、一方の道しか進めないようになっていることが多い。

この対立思考を使うことで、自らの意図する方向へ誘導できるが、この手法を強引に推し進めると、悪質な勧誘とみなされるので、使用する際には注意が必要だ。

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多田 文明(ただ・ふみあき)
ルポライター
1965年生まれ。北海道旭川市出身。日本大学法学部卒業。雑誌『ダ・カーポ』にて「誘われてフラフラ」の連載を担当。2週間に一度は勧誘されるという経験を生かしてキャッチセールス評論家になる。これまでに街頭からのキャッチセールス、アポイントメントセールスなどへの潜入は100カ所以上。キャッチセールスのみならず、詐欺・悪質商法、ネットを通じたサイドビジネスに精通する。著書に『ついていったら、こうなった』(彩図社)、『あなたはこうしてだまされる 詐欺・悪徳商法100の手口』(産経新聞出版)、『ワルに学ぶ黒すぎる交渉術』(プレジデント社)、『マンガ ついていったらこうなった』、『迷惑メール、返事をしたらこうなった。』、『あやしい求人広告、応募したらこうなった。』(いずれもイースト・プレス)などがある。

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(ルポライター 多田 文明)

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