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「妹を金づちで殴っちゃって」閉鎖病棟に収容される少年たちの"ある共通点"

プレジデントオンライン / 2021年5月31日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Alex Potemkin

精神科病院には症状の重い患者などを収容する「閉鎖病棟」がある。閉鎖病棟に入院した経験のある牧師の沼田和也さんは「私が入院した閉鎖病棟には、金づちで妹の頭を殴打した少年や、幻覚に苦しむ少年など、さまざまな症状を抱える少年たちがいた。交流をするなかで、彼らはある共通点を持つことに気づいた」という――。

※本稿は、沼田和也『牧師、閉鎖病棟に入る。』(実業之日本社)の一部を再編集したものです。

■「まさかそんな人と同じ部屋になるなんて」

同室の16歳の少年、マレと仲良くなると、彼の友人たちとも親しくなった。隣室の17歳の少年、キヨシ。廊下を挟んだ部屋にいる21歳の青年、カケル。19歳の大人しい少年、リョウ。彼らはいつも、わたしがいる部屋に集まってくる。

閉鎖病棟は、することが少ない。週なんどかの作業療法や、看護師に引率されての買い物があるとはいえ、基本的には暇である。彼らはとくに夕食後から就寝時間まで、修学旅行で旅館に泊まった子どもたちのようにじゃれあい、ときには喧嘩もした。マレが自分語りを始めた。

「ぼくはこの春、○○校の中等部を卒業しました。で、この春から高等部に入ったんですよ」

わたしはハッとした。幼稚園とも交流のある特別支援学校である。

「その学校、ぼくも入学式や卒業式に、来賓で呼ばれて参列しているよ。ぼくは教会の牧師で、幼稚園の理事長兼園長だったんだよ」
「じゃあ、ぼくが卒業証書を受け取るのを見てたんですね!」

マレの眼が輝く。

「そうそう! へえ、ぼくたちは出会ってたんだね」
「そういえば、あなたをエレベーターで見たような気が。パリッとしたスーツ姿だったから目立ったんです」
「うん、先に妻が入院していたからね。その見舞いに来ていたんだ。今度は入れ替わりで、ぼくというわけ」
「まさかそんな人と同じ部屋になるなんてなあ!」

■「あ、妹は死んでません。ただ…」

「それにしても、きみはなんで入院しているの? ああ、先にぼくのことを話そう。ぼくは教会の牧師や園長をしていたんだけれど、その、まあ……キレちゃってね。

職場で大声で怒鳴り散らしちゃったんだよ。知能テストと医者の診察の結果によると、どうやら発達障害らしいってさ」

「ぼくもそうです。発達障害です。妹を金づちで殴っちゃって。テレビのチャンネル争いをしていたんですよ。それで腹が立って。殴ったあとは彫刻刀握って、自分の部屋に閉じこもりました。

ベッドの上で、両手には彫刻刀を持ってね。あと、部屋にはガスガンの拳銃やマシンガン、ナイフもたくさんありますから。立てこもってやろうと思って。そしたら親が警察呼んじゃって、強制入院させられたんです。

あ、妹は死んでません。ただ、今回のことですごくショックを受けてしまったみたいで……。ちょっとおかしくなっちゃって、今は別の施設に保護されています」

マレのおだやかな語りと、その内容の壮絶さとのギャップに、わたしはどう相槌を打ってよいのか分からなかった。

マレはとても丁寧な敬語を遣う。表情もおだやかだ。ただ、活舌が悪いので、ときどき聴き取れないこともあった。彼はそのことを気にしている。

「ぼくの言葉、聴きにくいですよね。小学生のときから発達障害の薬をたくさん飲まされて。舌がうまく回らないんですよ。それが恥ずかしくて……」

■どの少年や青年にも共通していたこと

食後にトレイを看護師に返すとき、交換で看護師が患者に薬を渡すのだが、たしかに少年の薬は何錠もあった。

薬を手に取る
写真=iStock.com/simpson33
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/simpson33

薬を飲み残さないか確かめるため、患者は看護師の前で服薬し、舌を出して看護師に見せる。マレもそうしていた。わたしはといえば、服薬にまつわるこんなささいなことさえ、嫌で仕方なかった。監視されなくても飲むよ! いちいちストレスがたまった。

自由の重さを初めて体験したのだと思う。少年たちはわたしに興味津々だった。どこへ行くにもついてくる。牧師で、園長もしていた、いわば彼らから見て最も遠い存在であるはずの「先生」という仕事をしていた人間。

そんな人間が今、目の前に自分たちと同じ患者として入院していることが不思議でたまらないのだろうか。彼らは折を見てはわたしに話しかけてきた。

彼らの境遇はさまざまであった。どの少年や青年にも共通していたのは、親の度重なる結婚と離婚だった。彼らの親のなかには、6回離婚と再婚を繰り返した人もいた。どの少年や青年も親権はみんな母親にあるので、「一貫した」親は母である。

しかし、母親が再婚するたびに環境は激変する。親が再婚するごとに、日本中を転々としたキヨシ。母親はぜんぜんかまってくれず、いつも新しい男に夢中。キヨシは家族団らんも、母親とのゆっくりとした時間も知らない。

■「殺せよ」「殺したらいいじゃないか」という幻聴

「おれは野球部にいたんですよ。それと暴走族」「そおそお、おれらのちーむよね」とカケルが相槌を打つ。彼は交通事故の後遺症で、言語と歩行に障害がある。キヨシが続ける。

「おれ、しばらく児童養護施設で育ったんですけど。でもまあ、幻覚や幻聴がね。なんかひどくなっちゃって。あ、牧師さん、幽霊って見たことあります? おれはあるよ。部屋にね、青い顔が浮かんでるわけ。で、それが見えだすと、もうどこに行っても顔がついてくる。なんか、ずっとこっちを見てるんだよね」

頷いていたマレが口を挟む

「ぼくは声かな。ずっと話しかけられて。『殺せよ』『殺したらいいじゃないか』って。すごくはっきり聴こえる」

彼らは怪談話に興じているわけではない。わたしを怖がらせようと、わざと大袈裟に話しているのでもなく、ただ淡々と事実を語っている。むしろその口調に、わたしは背筋が凍りつくような恐怖を覚えた。

「なるほど、君は施設から学校に通い、野球部にいて、暴走族もやったと。幻聴や幻覚があるから入院したの?」「ま、それもあるけどね。リストカットね。そうそう、牧師さんに訊きたいんだけど。なんでリストカットしたらいけないの? 腕にね、彫刻刀をぐさっと突き刺す」

キヨシは刺す真似をしてみせる。手つきが慣れている。

■「リストカットをするとほっ、とする」と語る少年

「で、あたたかい血が流れてくる。するとね、ほっ、とするんですよ。煙草を一服するのと、そんなに変わらないと思うんだけどなあ。いろんな人から言われたよ?『自分の身体を傷つけるのはよくない』とか『自分を大切にしなさい』とかって。

でも、なんでそれがいけないのかは教えてくれない。煙草を吸うのとなにが違うのかなあ。牧師さん、分かる?」わたしにはなにも答えられなかった。

なにも。聖書には「あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか。」(コリントの信徒への手紙一三章一六節、新共同訳)とある。

聖書
写真=iStock.com/tomorca
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tomorca

わたしは今まで、「自殺はよくない」とか「自分を傷つけてはいけない」とか、「自分を愛そう」などと語ってきた。

しかし彼の一言の前に、すべての言葉が飛んだ。ありのままの自分を愛そう?

この子たちはもうじゅうぶん、自分の「ありのまま」とやらを見せつけられてきたんじゃないか?

この子たちに言うのか、「『あなたには神が宿っている』って聖書には書いてあるよ。だから神が宿るような、貴い自分を傷つけちゃだめだよ」って?

わたしはこのとき気づいた。自分が神の神殿であり、神の霊が自分の内に住んでいることを、このわたし自身ぜんぜん知らないし、信じてもいないと。そんなわたしが、この少年たちになにを偉そうに言えるのかと。

■「聖書にこう書いてある」は通用しない

沼田和也『牧師、閉鎖病棟に入る。』(実業之日本社)
沼田和也『牧師、閉鎖病棟に入る。』(実業之日本社)

17歳で喫煙することが法に触れるということなら、「法律違反だから」と説明できたかもしれない。

けれども、なぜ自分の身体を傷つけてはいけないのか。本人が「ほっ、とする」と言っている、しかも出血多量で死ぬほどには至らない行為を、絶対にダメだと言い切る根拠はあるのか。

わたしは黙り込むしかなかった。キヨシはキヨシで、わたしが答えられないような質問をしたことに対して申し訳なさそうにしていた。どうやらこの病院のなかでは「聖書にこう書いてある」という、あらゆる回答は無効である──そのことだけは答えられそうだ。

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沼田 和也(ぬまた・かずや)
牧師
1972年生まれ。兵庫県神戸市出身。高校を中退、引きこもる。その後、大検を経て受験浪人中、1995年、灘区にて阪神淡路大震災に遭遇。かろうじて入った大学も中退、再び引きこもるなどの紆余曲折を経た1998年、関西学院大学神学部に入学。2004年、同大学院神学研究科博士課程前期課程修了。そして伝道者の道へ。2015年の初夏、職場でトラブルを起こし、精神科病院の閉鎖病棟に入院。現在は東京都の小さな教会で再び牧師をしている。Twitterはこちら

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(牧師 沼田 和也)

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