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エステーのCMがこの1年間、強みの「除菌効果」をあえて封じているワケ

プレジデントオンライン / 2021年6月1日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/adisa

日用品メーカー・エステーの商品には除菌効果のあるものが多い。新型コロナウイルスの蔓延は除菌をアピールするチャンスだったが、クリエイティブディレクターの鹿毛康司氏は、テレビCMでその強みをあえて封じたという。一体なぜなのか――。

※本稿は、鹿毛康司『「心」が分かるとモノが売れる』(日経BP社)の一部を再編集したものです。

■「除菌」を強く打ち出せばもうかるが…

コロナ禍はさまざまな企業活動に影響を及ぼしています。私がクリエイティブディレクターを務めるエステーも例外ではありません。世界的な感染拡大の影響で、2020年2月に海外から調達予定だった新商品の原材料が手に入らなくなり、マーケティング戦略を大きく変更せざるを得なくなりました。

テレビCMをはじめとする広告枠は既に買い付けており、撮影日も確定しています。当初予定していた新商品に代わって、どの商材をプロモーションすべきか。すみやかに、決断しなくてはなりません。

エステーの商品の多くは除菌効果があります。コロナ禍で「除菌」を強く打ち出せば、売れる可能性が高いでしょう。しかし、それでは短期的な収益は得られても、中長期的に見ると、お客様からの信用を失うリスクをはらんでいます。私自身もそうですが、有事のときほど人の心は敏感になります。

新型コロナウイルスに便乗してもうけようとしている気配を感じたら、お客様の心は確実に離れていきます。「法人」という言葉にあるように、企業も人格を持っています。単に、商品の価値やベネフィット(便益)を情報として届けるだけでは「人としてどうなのか」と思われることは避けられない。こういうときだからこそ、人に寄り添った、広告クリエイティブが求められるのです。

■「このタイミングだからこそ良いCMを」

私が決断を迫られていた2020年2月の時点では、国内の感染者数こそまだ少なかったものの、マスクの価格は高騰し、事態が深刻化する予兆が見え隠れしていました。私自身も在宅勤務が続く中、頭をグッと抑え込まれるような感覚を何度となく経験しています。

不安になって医療機関で受診すると「ストレスによるもの」と診断されました。自分では前向きに、陽気にやっているつもりでしたが、知らず知らずのうちに気が滅入っていたのだと、突き付けられたような思いがありました。

そこで「空気を変えよう」というメッセージをCM作りの軸に据えようと思い立ちます。この空気を変えようは、エステーの主力商品である消臭剤「消臭力」のコアな価値であると同時に、今まさに世の中に広がりつつある閉塞的な空気を払拭しようというメッセージにもつながるのではないかと考えたのです。エステーの鈴木貴子社長に相談すると、すぐさま「こういうタイミングだからこそ良いコマーシャルを作りましょう」と決断してくれました。

■西川さんの熱い気持ちが乗ったシーン

2020年4月に放送した消臭力のテレビCMは、巻物を手にしたアーティストの西川貴教さんが街から田舎道を駆け抜けて断崖絶壁に到達し、「空気を変えるぞ」と叫ぶというものでした。

悲しいときは泣けばいい
ただ明日の朝には
笑ってる君がいてほしい
あー君に伝えたいんだ
あーこれを伝えたいんだ
空気を変えるぞ
消臭力

芳香剤
写真=iStock.com/Antonistock
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Antonistock

なぜ、「空気を変えるぞ」という強いメッセージを打ち出したのか。実は、出演者である西川さんにはその意図を詳しくお伝えしていません。しかし、西川さんは明らかに意図を理解されていて、いつにも増して真剣な表情で思い切り走り、足場の悪い場所をも駆け抜け、思い切りセリフを叫んでくれました。

西川さんの“人”としての熱い気持ちも映像には込められている。だからこそ、多くの人の心を動かす、CMソングと映像になったのだと思います。こうしたことはなかなか起こりえないことです。

■感情を出すことまで自粛しなくていいんだ

西川さんが力強く「空気を変えるぞ」と歌った消臭力のテレビCMが放送された直後、ツイッターにはたくさんの感想が寄せられました。

「音楽を聴く余裕がなくなっていたことに気付き、子供と一緒に歌ったら涙が出た。心が疲れてきている今このCMを見れてよかった。空気を変えるぞ」
「笑いたくなったら笑う!怒るときは怒る!泣きたくなったら泣く!自粛だからって感情を出すことまで自粛しなくていい!」
「今日は母の誕生日!じいちゃん、ばあちゃん、ひいばあちゃんに、子供たちの元気な顔を見せられるようにみんな元気でがんばろう」
「この前お店を開けてくれてありがとう、というお客さまの心からの言葉に泣きそうになりました!(小売業)」
「泣くことを我慢するのはやっぱり良くないね!悲しいとき、つらいとき、泣いてもいいって思えることって、ほんとに素敵なことだと思う!」

しかし、その後ほどなくして、世の中の空気はまた大きく変わっていきます。

政府による、初めての緊急事態宣言の発令、「生活の維持に必要な場合」を除く外出自粛要請、学校や映画館などの休校・休業、イベント開催の制限の要請。県をまたぐ移動や飲食店の開業時間の制限、出社の制限、リモート勤務など次々に感染対策が打ち出されました。

■コロナ禍で生まれた広告業界の「暗黙の了解」

感染防止拡大の観点から提唱された「新しい生活様式」は、広告制作の現場にも影響を及ぼしました。広告業界ではさまざまなガイドラインが作られています。その内容には制作現場のスタッフや出演者を守るものはもちろん、「世の中の空気に沿わない表現をしないため」の暗黙の了解も含まれています。

例えば、こんな内容です。

・大人数が集まる表現(飲み会、居酒屋、スーパーマーケットなど)には感染リスクがあるため、注意が必要である
・新型コロナの感染拡大に伴い、亡くなった方もいるため、「おめでとうございます」「お祝いです」といったメッセージには配慮が必要である
・同じ空間内に2人以上の出演者がいる表現は、感染リスクがあるため、配慮が必要である

これらのさまざまなガイドラインを背景に、テレビでは遠隔出演が一般的になり、音楽ライブイベントは中止あるいはオンライン配信に替わっていきました。報道は新型コロナ一辺倒です。世間の空気は「正論」一色となり、新型コロナ陽性者はバッシングされ、感染リスクも顧みずに里帰りした人は非難を免れません。そして、高校生たちが明るく元気に歌い、踊るテレビCMはネットで炎上しました。

論理的に考えれば、新型コロナの感染リスクを下げるにはできるだけ外出を避けるのが正しいし、飲み会に行っている場合ではない。私自身もそれが正しいと思っているし、社会のルールに従っているのだけれど、心の奥底では納得できず、不満に思っている。どこか無理やりに不条理を押しつけられているような心持ちがそこにはあったのです。

■そして始まった新CMの制作では

こうした中、エステーの冷蔵庫用消臭剤「脱臭炭」のテレビCMの制作がスタートします。打ち出したメッセージは「不条理な心を溶かすために、何気ない生活を楽しもう」です。広告クリエイティブでは底抜けに明るくて、能天気。見てくださった方がほんの少しでも、不条理な気持ちから解放されるようなものにしよう。そう思って制作したテレビCMはこんな内容でした。

出演者の元モーニング娘。の高橋愛さんと田中れいなさんが、部屋の中で楽しそうに食事をしています。舞台は、高橋さんが投稿したSNS「インスタグラム」からヒントを集め、ご自宅を再現したものです。高橋さんの家に、田中さんが遊びに来たという設定です。

「愛ちゃんって得意料理とかあるの?」

「うん、冷やし豆腐にキャビアを添えて、かな」

「フランス料理?」

「発酵させたビーンズにネギを添えてとか」

「それ、納豆だよね」

取るに足らない、だけどクスッと笑える会話をしながら、2人が冷蔵庫に脱臭炭を設置します。カメラは2人が歌うCMソングとダンスを追いかけて、そのまま冷蔵庫の脱臭炭に迫っていきます。

♪冷蔵庫のにおいをとろう
♪炭の力でにおいをとろう
♪美味しい料理だ
♪おうちが楽しい
♪脱臭炭

■正論をうのみにせず、問い直す大切さ

このテレビCMの撮影時、部屋を模したセット内には高橋さんと、田中さんの2人しかいません。小型ドローンを使っての無人撮影という初めての試みでした。途中、小型ドローンがセットにぶつかり落下するというアクシデントもありましたが、なんとか部屋を飛び回りながら撮影するという一発撮りを成功させたのです。撮影現場に入る人数を少なくし、さらには収録時間も短くすることで感染リスクを抑えるというアイデアが、新たなクリエイティブを生み出したのです。

鹿毛康司『「心」が分かるとモノが売れる』(日経BP社)
鹿毛康司『「心」が分かるとモノが売れる』(日経BP社)

このテレビCMは緊急事態宣言が解けた直後の2020年6月10日に撮影しています。広告制作のガイドラインに従って制作されていますが、広告クリエイティブでは、世の中で語られていた正論をそのままうのみにはしていません。有事のときだからこそ、「有事で変化した、お客様の心」に徹底的に寄り添う姿勢を目指しました。

世の中に「△△だから、◯◯すべき」という正論があふれ始めたときは注意が必要です。違和感を覚えても、正論を持ち出されると反論しづらい。多くの人が本音を押し殺し、本当は納得していないのに「しょうがないことだよね」と自分をなだめてしまいます。何の疑いもなく、素直に従ってしまう人も大勢います。でも、そこで語られている「正論」は本当に正しいことなのでしょうか。「それって本当?」と今一度問い直し、考えたうえで行動を起こすことが大切なのではないかと考えています。

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鹿毛 康司(かげ・こうじ)
クリエイティブディレクター
株式会社かげこうじ事務所代表、マーケター。早稲田大商学部卒業後、雪印乳業を経て、2003年にエステー入社。同社を日本有数のコミュニケーション力のある企業に導く。同社執行役を経て、2020年に独立、かげこうじ事務所を設立。代表作は消臭力CM。11年震災直後の「ミゲルと西川貴教の消臭力CM」で一大社会現象を起こす。現在、グロービス経営大学院 教授、エステー コミュニケーションアドバイザー、日経クロストレンド アドバイザリーボードメンバー/Ad-tech 東京ボードメンバー。著書に『愛されるアイデアのつくり方』(WAVE出版)、『「心」が分かるとモノが売れる』(日経BP社)などがある。

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(クリエイティブディレクター 鹿毛 康司)

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