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洋服の虫食い経験がないのに、なぜ防虫剤「ムシューダ」を買う人がいるのか

プレジデントオンライン / 2021年6月8日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Rike_

生活様式の変化で「洋服の虫食い」を経験する人は減った。それなのに衣類の防虫剤「ムシューダ」は、いまでもエステーの看板商品だ。CM制作を担当した鹿毛康司氏は「『洋服の虫食いを避けたい』はコアなニーズではなくなった。しかし『虫に関わりたくない』というニーズはある。その点を訴求すれば、きちんと売れる」という――。

※本稿は、鹿毛康司『「心」が分かるとモノが売れる』(日経BP社)の一部を再編集したものです。

■虫食いは減っているのになぜ?

エステーの看板商品の一つに、衣類の防虫剤「ムシューダ」があります。衣替えの時季にタンスやクローゼットにこの商品を設置するだけで虫から衣類を守ってくれるという優れもので、春と秋に集中して売れる季節商品です。「♪においがつかないムシューダ」というサウンドロゴの認知とともに、今や衣類向け防虫剤市場で圧倒的なシェア1位を誇ります。

しかし、この商品にも課題があります。それは生活様式が大きく変化していることです。着物から洋服に変わり、さらにはファストファッションの普及によって同じ洋服を着続けるという習慣は薄れつつあります。昔はどこの家にもタンスが当たり前のように置かれていました。しかし今はタンスではなく、クローゼットのある生活に変わってきています。

これまで防虫剤の最もコアなニーズは「洋服の虫食いを避けたい」でした。ところが、流行している洋服を安価に購入して、季節ごとに買い替えるという生活へと変化する中で、そもそも洋服の虫食いを経験した人が減少しています。

虫食いの経験がなければ、それを問題点と捉えなくなり、防虫剤は必要ないと思われても不思議ではありません。そのため、エステーでは長年にわたって「虫食いの大変さ」と「防虫剤の意義」を伝えるマーケティングで、コアな機能価値を伝え続けてきました。

■怖い怖い“あの虫”を見て気づいたこと

しかし、2018年に大きな転換点を迎えます。きっかけは、エステーと友好関係にあるフマキラーの研究所を訪ねたときです。研究所ではさまざまな虫が飼われています。その中には、世界中のゴキブリも含まれています。見せられた瞬間、思わず見学者全員が後ずさりしました。研究員の方に「このゴキブリは悪い菌など一切持っていないから安心してください」と説明され、頭では分かっていても恐怖が先に立つのです。

その後、殺虫剤を使った実験を別室で見学させてもらったのですが、研究に対する尊敬の念とは裏腹に、つい後ずさってしまう自分たちがいました。

似たような光景を見たことがないだろうかと記憶をたどると、浮かんできたのは自分の子供たちの姿です。私には3人の子供がいますが、全員が大の虫嫌いです。家の中でも外でも虫を見かけると「おとう! 虫!!」と私を呼びつけ、駆除をせがみます。害虫かどうかは関係ありません。とにかく虫は嫌いで近寄りたくないもの。父親任せにして、関わりを持たないようにするのが常でした。

ムシューダはひょっとしたら、うちの子供たちにとっての「私」のような存在なのではないかと気付きます。自分の代わりに、衣類の虫を寄せ付けないようにしてくれる。ムシューダがあれば、虫食いがあったらどうしようと気をもむ必要もなく、自由に暮らせる。これこそが、「心の価値」なのではないかと考えました。

■「タンスから離れている」のがポイント

その視点を基に作ったテレビCMが「ムシューダ そこにいる編」です。オリジナルキャラクターであるムッシュ熊雄が防虫剤を持って立っています。その隣で、タレントの高橋愛さんが「出てきなさい。そこにいるんでしょ!」と叫ぶと、「♪ムッシーシ、ムッシーシ、虫、虫」のゆるい音楽とともに、虫たち(全身タイツ姿の男性たち)がゾロゾロと現れるという演出です。

このCMの最大の特徴は、タンスから3メートルも離れたところから「出てきなさい」と虫を追い出すシーンです。お客様の「虫に関わりたくない」「虫よけは、ムシューダに任せたい」という心理に応えた描写になっているのです。

指から飛んでくる昆虫
写真=iStock.com/Tutye
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tutye

完成したテレビCMを2018年4月から放送すると、同年5月の前期好感度調査(CM総合研究所調べ)で作品別総合1位を獲得。これは西川貴教さんとミゲル少年が初共演した2011年8月前期の消臭力のCM以来の記録となりました。そして売り上げも市場シェアも好調な推移をたどっています。

■同じ防虫剤でも違った「米唐番」

ムシューダに対するお客様の深層心理には何があるのか。その問いに対する一つの答えが虫と関わりたくないであることが分かりました。では、このインサイトはすべての防虫剤に共通するのでしょうか。

答えはノーです。一見、同じような商品カテゴリーでも、対象が異なるとインサイトには大きな違いが生じます。その典型例が「米唐番」という商品です。唐辛子の形をした容器の中に唐辛子のゼリーが入っていて、米びつに入れておくだけで米を食い荒らすコクゾウムシを寄せ付けないという優れものです。

お客様にどのようなメッセージを伝えるのかを考えるに当たって、まずは売り上げや市場シェア、競合商品、売り場の状況、現在のお客様の声、季節変動、米の購買状況や虫が発生した人がどれくらいいるのかといった使用実態に至るまで調べ尽くします。既存のマーケティング手法を使って、お客様の心がどのあたりにありそうかアタリをつけるのです。そのうえで、お客様の心を探り当てる作業に入ります。

■商品のことを1秒も考えない相手にどう訴える?

商品の特長としてお客様からの評価が高かったのは主に「唐辛子ゼリー」「天然成分」「米びつに入れるだけなので簡単」「お米に臭いがつかない」でした。さらに「虫の悩みから解放される」という安心感があることも再確認できました。

米
写真=iStock.com/AG
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AG

これらの機能価値と情緒価値までは既存のマーケティング手法で比較的容易に把握できます。しかし、大ヒットさせるための要因はこれらだけでは足りません。さらなる成功の突破口が欲しいとき、私は機能と情緒価値に加えて「心の価値」を加えるように心掛けています。

売り上げを上げなければいけない立場にあるマーケターは、担当商品を起点に考えがちです。しかし、重要なのはお客様が、商品のことを考える時間はほぼなく、あったとしても非常に短いという点です。自分自身について振り返ってみるとすぐ分かります。

皆さんはこの1年間で米唐番についてどれぐらい考えたことがありますか。おそらく1秒もないという人が大半を占めるはずです。例えば、ビール好きの人でさえも朝起きて夜寝るまでに商品名やブランド名のことを考える時間は少ないはずです。

企業が思うほど、自分たちの商品について、お客様が考えてくれているわけではありません。ましてや、米唐番のようなニッチな商品の場合、お客様の頭の中にはほとんど存在していないと言い切れるでしょう。しかし、商品にまつわる生活全般にまで視野を広げると思わぬチャンスに出合えます。

■お米は「もったいない」ではなく「申し訳ない」

日常のふとした会話が、発想のヒントになることも少なくありません。米唐番の商品名は一切口にせず、食事や料理のこと、そして普段、お米をどうやって保存しているのかなどをテーマに話を聞きます。といっても、アンケート調査やインタビューのようなことはしません。質問攻めも禁物です。ただ、とりとめもなく、楽しくおしゃべりしながら、女性たちの本音に耳を傾けます。

「冷蔵庫の食材が、気付けば賞味期限切れになっていて失敗したなと思いました」
「あるある! この前、野菜を腐らせてしまって……。もったいないことをしちゃった」
「お米はできるだけ少量で買って、冷蔵庫で保存しています。以前、虫が湧いてしまって、嫌だったんです。なんだか申し訳なくて」

よくよく聞くと、野菜や肉をダメにしてしまったときは「もったいない」、お米に虫がつくのは「申し訳ない」と、無意識のうちに言葉を使い分けているようです。

そこからさらに、自分自身の心に深く潜って、その心理を見つめます。私自身はどうやらお米を「清らかで尊い食べもの」と考えているようです。子供の頃、よく母親や祖父母に「お百姓さんが作った大切なお米なんだから、ご飯粒を残さないように食べなさい」と繰り返し教えられていたことを思い出します。私たちにとって、お米は他の食べものとはまた異なる神聖なものなのではないかと気付かされます。

■本人ですら自覚していない部分に価値がある

そこで、米唐番のマーケティング戦略を考えるに当たり、テーマを「日本の文化を守ろう」にしました。大袈裟なテーマだと思われるかもしれないですが、お米が持つ神聖なイメージにぴったりだと考えました。

♪お米の虫よけ米唐番
♪唐辛子の力だ米唐番
♪日本の文化を守りぬけ
♪こめこめこめこめ 米唐番

鹿毛康司『「心」が分かるとモノが売れる』(日経BP社)
鹿毛康司『「心」が分かるとモノが売れる』(日経BP社)

この米唐番のテレビCMでは作詞作曲からプランニング、監督までを担当しました。店頭に設置するボードやホームページも「日本の文化を守ろう」に統一しました。機能、情緒価値と心の価値の合わせ技で作ったマーケティングを展開したのです。米びつ防虫剤市場での最高シェアを更新し、現在も1位の座を守っています。このように同じ防虫剤でも、ムシューダと米唐番ではそこにあるお客様のインサイトが全く異なることを理解いただけたでしょうか。

もちろん、あらゆる商品・サービスにおいてコアな機能の価値は絶対に必要です。ただ、そこだけではない、別の心の価値で買われている事実もあります。そのことを本人も気がついていないから、「私は心では買っていません。ちゃんと合理的に行動しています」と口にされるのです。

ムシューダのような価格帯の低い消費財だけではありません。自動車や家などの高額商品でさえも合理的な判断だけで購入はされていません。それが人間らしい行動だと私は思っています。お客様は心を持っています。だからこそ、知らず知らずのうちに心で買っているという当たり前の事実があります。そこをきちんと理解することが商品開発を含めたマーケティング活動の大きな指針になるのです。

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鹿毛 康司(かげ・こうじ)
クリエイティブディレクター
株式会社かげこうじ事務所代表、マーケター。早稲田大商学部卒業後、雪印乳業を経て、2003年にエステー入社。同社を日本有数のコミュニケーション力のある企業に導く。同社執行役を経て、2020年に独立、かげこうじ事務所を設立。代表作は消臭力CM。11年震災直後の「ミゲルと西川貴教の消臭力CM」で一大社会現象を起こす。現在、グロービス経営大学院 教授、エステー コミュニケーションアドバイザー、日経クロストレンド アドバイザリーボードメンバー/Ad-tech 東京ボードメンバー。著書に『愛されるアイデアのつくり方』(WAVE出版)、『「心」が分かるとモノが売れる』(日経BP社)などがある。

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(クリエイティブディレクター 鹿毛 康司)

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